第22話 夜明け
このお話から、サルヴァトーレとセレナの二人が世間から隠れるために名前を変えます。
サルヴァトーレ → アルバ
セレナ → エレナ
猫の目のように細く白い三日月が、夜明けの空にうっすらと浮かんでいる。聞こえるのは風の音と、時折巻き上がる砂ぼこりの音。ここはオルキディアの南、赤い土が剥き出しになった人も住まない乾燥地帯だ。
そこに野営をしていたセレナ達は早めの朝食を摂っていた。
「じゃぁ、デゼルティアを目指すってことでいいんだな」
「他に行く当てもねぇし、意義なしだ」
「わたしも意義なーし。ねぇ、セレナちゃん。りんごまだある?」
ラーナが冷たいりんごをご所望だ。
「はい、どうぞ」
セレナが氷で冷やしたりんごを差し出すと、ラーナ以外からも手が伸びてきた。
「今日も暑くなりそうだな」
そう呟き、りんごを齧るサルヴァトーレ。いつも神官服だったサルヴァトーレが、エリオ達と同じような服を着ているのはまだ見慣れないが、そういう格好もいつもと違う髪型も似合うなと、セレナはサルヴァトーレに見惚れていた。
「サルヴァトーレ様、この先、人は少ないとはいえ、喋り方とか呼び名は変えた方がいいんじゃないですか? 俺たちも慣れておかないと、咄嗟に本名を呼んじまったら、その、まずいでしょ?」
セルジュが少し心苦しそうにしながらそう提案してきた。
「あぁ、そうだな」
サルヴァトーレは遠く明けゆく東の空に目を向け、一度目を伏せた後、柔らかな視線をみなに向けて言った。
「それでは――――アルバ、というのはどうだろうか」
「夜明けかい、いい名前さね」
「アルマの一字をいただいたが、いいだろうか」
「おや、私の名前でよけりゃいくらでもいいさ」
そう言いながら、アルマは嬉しそうな顔を隠すかのように、カップを持ち上げて一口お茶を飲んだ。
「セレナも変えた方がいいだろうな」
「私も? じゃぁ、サルヴァトーレ様がSの字を無くすなら、私もそうする」
「エレナ、か」
「はい!」
「ではエレナ、これまでは娘と公言していなかったが、これからはちゃんと父親でありたいと思っている」
「おや、やっとかい。長かったさね。セレナ、じゃなかった、エレナはずっとお前さんのこと父親だと思っていたっていうのにさ」
「すまぬ、夕べも少し話したが、国のいざこざに巻き込みたくなかったのでな」
「へ? じゃぁ、これからは人前でも『お父さん』って呼んでも構わないの?」
「あぁ、エレナ」
サルヴァトーレ改め、アルバは優しい目をしてエレナの頭を撫でた。
「まったく、あの国は髪色にこだわり過ぎなんだよ」
「はっ、今頃は白の妖精がみぃんな居なくなっちまって、上層部の連中は大慌てしてるだろうぜ」
二人がいい気味だといいそうな顔をしている。セルジュとエリオも髪色で嫌な目にあったのだろうか、とエレナが思っていると、ラーナがこっそり教えてくれた。
「エリオもセルジュ兄も、髪色のせいで小さい頃に家から縁を切られたの。あの国の孤児院は、お貴族様が望まない髪色の子を預けたり、捨てたりする場所でもあるんだよ」
孤児院にそんな闇があるとは知らなかったエレナ。
(何それ、酷い。エリオ兄もセルジュ兄も頭も良くて、腕っぷしも強くて、ちょっと口は悪いけどすごぉく優しいんだから!)
とエレナが誰にともなくプリプリしていると、その様子を見たアルバがポンポンとセレナの頭を優しく叩く。
「もう過去のことだ、これからのことを考えよう」
「そうさね、これからは自由に生きればいいさね」
「あぁ。そうさせてもらう」
アルバは今まで見せたことが無いような表情でにやりと笑う。
「何をしでかすか判らん娘がここに居るからな、退屈している暇はなさそうだ」
(へ? 私? それにお父さん急にワイルドになり過ぎでは!?)
「あぁ、それには完全に同意」
「右に同じく」
「ほんとぉね」
「あぁ、そうさね」
「へ? みんなと比べたら、私が一番普通だよね?」
「お嬢さんは、今更何を言ってるんだか……」
エレナの後ろから援護ではなく、爆弾が落ちる。
「何者だ!」
全く気配を感じさせなかった若い男の登場に、アルバたちが一斉に剣を抜き、その男の周りを囲む、アルバはエレナを背後に隠し、その剣先はその男の喉元に突きつけられている。ラーナは弓をつがえてアルマの前に立ち、その男に狙いを定めていた。
「ラウルさん!? その姿で出てきて大丈夫なの?」
セレナの言葉に大人たちの戦闘体制が緩んだ。その銀髪の若い男は両手を挙げ、にこりと笑って一歩後ろへ下がり、
「セレナ、いえ、エレナお嬢さんの保護者の皆様、改めましてご挨拶申し上げます。僕はエレナお嬢さんのガーディアン。リーノこと、ラウルと申します。ここまで連れてきていただいたエレナお嬢さんのお陰で、本来の姿を取り戻しました。感謝申し上げます」
そう挨拶すると、完璧で優雅な礼をしてみせた。
ふよふよと飛んできたディノとルカが、ゆっくりと頭をあげたその若い男の肩に座る。
「ほらな、言ってるそばからこれだよ」
セルジュの呆れ声に、アルバ以外の全員がうなずいた。
「で、君がリーノだという証拠は?」
アルバは未だ剣を納める気配がない。ラウルが不敵に笑みを浮かべるとふわりと風がおき、その姿が小犬に変わる。ディノとルカはエレナのそばに飛んできた。
「うっそぉ」
ラーナが驚いて目を瞠いている。
「あのね、リーノ、じゃなくてラウルさんは、外だと魔力が減り続けて、人の姿を保っていられないの」
「ほぉ、では今なら簡単に抑えることができると?」
そう言ってアルバがラウルに向かって剣を振り下ろす、一瞬で大きな狼に姿を変えたラウルの周囲に、氷の礫が混じった風が吹き荒れ、アルバの振り下ろした剣は
「ガキン」
と、ラウルの足元から生えた氷柱に阻まれて止まった。
「お父さん! 何するのっ」
エレナが叫ぶと同時に、その場に居た全員がざっと片膝をつき頭を下げた。アルバも剣を置き、膝をついた最上の礼をとる。
「光の御使様に大変なご無礼を、何卒お赦しを」
みんなのその姿を見たセレナとラウルが、訳が分からず立ち尽くしていると、ラウルがパフンと空気が抜けたかのように、小犬の姿に戻ってしまった。
「わあぁ、大変!」
エレナがラウルを腕に抱きかかえるのを見たアルバは、渋い顔をしてエレナを見据えた。
「エレナ、その方は本当は小犬じゃないんだぞ?」
「ラウルさんは外では魔力が補充できないの、放っておくのは危険なの」
「まったく、いつかはエレナもお嫁に行くんだよ、今からあんなんじゃ先が思いやられるねぇ」
「ほんと、リーノ、じゃなくて、ラウル様だっけ。ほぼ俺らと同じ位の年恰好だっただろ、エレナにしてみたら保護者っすよ保護者」
とアルマやセルジュが、小さい声でぼそぼそと話しているのが聞こえる。
その会話が聞こえたのか、嫌そうに顰めっ面をするアルバ、エレナだけは大人たちの会話の意味を図りかねていた。
「エレナ、そういやリーノ、いやラウル様だっけ? たしかお前たちが町で拾ってきたよな?」
「うん、実はね」
エリオの問いにあの時の光景を説明したエレナ。いつか想像した通り、セルジュが大層腹を立てている。
「ラウルさんは私が帝国の兵に連れ去られた時、追いかけて来て色々助けてくれたの。あの時、私一人だったら今ここに居ないかもしれないの」
「そうか、光の御使様がお前を守ってくれたとはな。知らぬこととは言え、大変な失礼を。お赦しいただけるだろうか」
そう言ったアルバに合わせるように、またもみんなが頭を下げる。
「あの、ラウルさんが光の御使様ってどういうこと?」
「エレナ、お前さん光の御使様を知らないのかい?」
アルマの問いにコクンとうなずくセレナ。
「あぁ、そういや、エレナは妖精を賜ってないし、そのまま逃げてきたから、魔法や神話については教わってないんだよな」
ポンと手を叩いて、セルジュがそう言うと、大人たちは全員忘れていたという顔をした。
ラウルが光の御使様ではないと、なんとか納得してもらったエレナたち、朝食の洗い物を引き受けてマスタールームに戻ってきた。エレナの前には人の姿に戻り、いつも通りの穏やかな顔をしたラウルが立っている。
「あーびっくりした、いきなり切りつけるとか、お父さんがあんなに物騒な人だとは知らなかったよ」
ラウルはしゃがんでエレナと目線をあわせ、楽しそうに笑って言った。
「あれは、父親として当然の反応だろ、僕があの剣を止められると判っていたようだし。きっと今だって相当心配しているんじゃないかい? 娘が見ず知らずの男と、助けにも行けない場所で二人きりなんだから」
よく判っていないようなエレナの頬を、ラウルがつまむ。
「彼らにとって、君はまだ十歳の子どもなんだよ」
「いひゃいでふ、はらひてふらはい」
「くくっ」
エレナは頬に手を当てて文句を言う。
「もう、ラウルさんってば、絶対わざとやってるでしょう!」
プンスカと怒るエレナを楽しそうに見つめるラウル。
「それにしても、僕を光の御使様と間違えるなんて、みんな目がおかしいんじゃないのかい?」
エレナはその意味が分からずにキョンとする。
「へ? だって、狼の姿になったラウルさんは白と銀色の毛並みがすごく綺麗だよ」
その答えに、今度はラウルの方が不可解そうな顔をしている。
「ねえ、ジェニーさん、そうだよね?」
【はい、マスター。ラウル様の毛並みは銀色に輝いています。雪狼とも呼ばれるフェンリル族で間違いありません】
「いや、まぁ、そうだね。僕にはたしかにフェンリル族の血は混じっているけれど、本来の姿は白とブルーグレーの普通の狼族じゃないか」
【ラウル様、おそらくですが、ラウル様にかかっていたと思われる呪いは、マスターのお力で解呪されたと思われます】
「呪いが解けた?」
ジェニーさんからもたらされた思いがけない情報に、二人は声を揃えた。




