第21話 逃亡
サルヴァトーレ達は逃げる算段をしながら、必要な荷物をダイニングに集め、セレナがマスタールームに運び込む。マスタールームでは、人の姿に戻ったラウルが、次々と入ってくる荷物を並べてくれていた。
「ラウルさん、手伝ってくれてありがとう」
「いや、こんなことなら、あの人たちにも素性を明かしておくんだったな」
「ううん、みんなで逃げるのにポルタは使えないし、ラウルさんが居ると知ったら、絶対二人でこのまま逃げろって言い出すような人たちだよ、それは絶対嫌」
「あぁ、僕もあの人たちを犠牲にして逃げるのはごめんだ」
「ふふ、ありがとう。でも、ラウルさんはここで待機でもいいんだよ?」
「いや、僕に出来ることはするよ」
「ふぅ、これでおしまいっと」
セレナが荷物を全て運び入れ、マスタールームから出ると、頭にバンダナを巻いた、色黒の知らない男が立っていた。
(ひっ)
セレナが逃げようとすると、エリオの声がする。
「準備はいいか?」
「へ? エリオ兄?」
「へへ、セレナが判んねーなら大丈夫だな」
エリオはいつものようにニカっと笑ってセレナの頭をグリグリと撫でる。
「えっへん。ラーナちゃんの魔法大成功ね! さ、セルジュ兄もこれでヨシっと」
そこには、エリオと同じようにメイクされ、いつものセルジュとは似ても似つかない、髪は薄汚れてボサボサのガサツな印象の男性が居た。
「さ、そろそろ行くか」
サルヴァトーレのかけ声で、全員で裏口へと向かう。
セレナが用意したねむり薬の効果は抜群だった。裏口に立っていた見張りは気持ちよさそうにすやすやと寝息を立てている。
「ディオ、もう大丈夫だ、ありがとうな」
セルジュが白黒の妖精を労い、裏口を抜けてそのまま路地裏へ進む。貴族街から程遠い南東の門の近くまで来ると、エリオがセルジュ以外のみんなの手首に縄をつないで端を持ち、エリオを先頭にして詰所へ連れて歩いて行く。
「なぁ、お尋ね者たちを見つけたんで連れてきたぜ」
エリオが声をかけると、詰所に立っていた兵がサルヴァトーレの顔を確認し、即座に彼らはそのまま詰所の地下にある牢へ拘束された。
一階ではエリオが聴取を受けている。その後ろに立つセルジュの足元にはさりげなく例の木箱が置かれていた。
「へー、賞金もらえんのか? おい、今夜はうまい酒が飲めるぞ」
そう言ってエリオがセルジュの方に振り返る。
「すげー、やったな兄貴!――――『エオリコ』」
セルジュが歓声をあげながら足元においた偽宝箱を蹴ると、すばやく風魔法の言葉を唱えた。
途端に部屋に広がる白い煙、それがおさまった時、立っていたのは口と鼻を布で覆い、風の妖精魔法で守られたエリオとセルジュだけだった。
「すげー効き目だな、下にいるばあちゃんたちまで眠ってたらどうすんだ?」
「んんー、とにかく急ごう」
二人は眠っている兵の服を脱がせて着替えると、セルジュは地下牢に、エリオは馬車を確保しに動く。
地下牢前には見張りが一人座っていたが、ここでもねむり薬が効果を発揮した。セルジュは見張りが持っていた鍵を使ってサルヴァトーレ達を牢から出す。
「お待たせしました、サルヴァトーレ様は見張りの服に、セレナは用意した服を頼む、さぁ、みんな急いで着替えてくれ」
「承知」
『ホーム』
セレナはマスタールームから麻の服と粗末なローブを二組出し、アルマとラーナはそれに着替えた。全員が着替え終わるとエリオが準備しているだろう馬車へと急ぐ。詰所の兵はいまだにぐっすりお休み中だ。
(兵隊さん、ごめんなさい)
その姿を見たセレナは心の中で謝りながら、部屋を通り抜けた。
詰所の入口には馬車と馬二頭が準備されていた。外で待っていたリーノは既に馬車に乗り込んでいる。セレナ達女性陣が馬車へ乗り込むと、男三人は馬と御者台へ飛び乗った。
馬車は二人の騎馬兵に守られた形で、南西門へと向かっている。南西門でも検問は行われていたが、荷台の中のボロを纏った薄汚れた《《囚人》》をチラリと確認されただけで、あっさりと通された。
この南西門の先はオルキディア王国の中でも乾燥した地域で、イルローザ公国との国境に砦もおかれていないほど、ほぼ人の住まない地域。この道を行くのはオルキディアの端にある地下坑道送りの囚人位らしいのだ。
ここから逃亡しようにも住む人もいない不毛の地、そんなところに逃げ込むのは死にに行くのも同然なのだが、サルヴァトーレ達が選んだのはこの道だった。
オルキディアの外壁が見えなくなった頃、坑道行きの馬車の轍の跡を辿っていたその馬車は道を逸れて進み始める。
「ふー緊張した、ラーナしばらく交代してくれるか」
「りょうかーい」
ラーナが御者台に出ると、エリオが荷台に入ってきて、兵服を脱ぎ自分の服に着替え始める。
「ばあちゃん、レオに車輪の跡と足跡を消して欲しいんだけど、できっかな」
アルマは元々ラーナの妖精だったレオに問いかける。
「レオ。お前さん、車輪の跡と馬の足跡を消せるかい? 『プリーレ』」
たんぽぽ色の妖精は、白黒妖精のディオと手を繋ぎ、馬車の外へと飛び出して行った。
セレナ達の乗った荷馬車は、夕暮れの茜色に染まった空の下、乾燥地帯の道なき道を走っている。今の所追っ手は来ていないが、今頃は南東門の詰所の兵も目覚めて騒ぎになっていることだろう。南西門から逃げたとバレるのも時間の問題かもしれない。
「馬車を隠せるような所も見当たらねぇな」
エリオが並走しているセルジュに声をかける。
「まぁ、坑道行きの道を外れたし、轍の跡もできるだけ消してきたからな、こんな所まで追っかけてくるより、水もなくて野垂れ死ぬ方に賭けるんじゃないか?」
不吉なことを言うセルジュにエリオが渋面を作って見せる。
「ま、俺らは水に苦労しないから大丈夫だろ」
気楽な調子でそういうセルジュに、エリオもそりゃそうかと納得して、馬車を走らせ続けた。
すっかり日も落ちて、頭上には星空が広がっている。高い木もなく、隠れようもないが、いまだに追っ手は見当たらない。エリオ達はここで休むことにした。
「セレナ、荷物と食事を頼む」
「はーい」
エリオに頼まれた荷物を出そうと、マスタールームに入っていたセレナの目の前の表示が点滅する。
【ラウル様が、守護獣:個体名ディノの入室を求めています。入室を許可しますか?】
(へ? ディノが守護獣? なにそれ)
「ジェニーさん、ジェニーさん、ディノが守護獣ってどういうこと?」
【個体名:ディノは名前の通り、マスターを守護するために生まれた獣です。この世界の妖精とあちらの世界の魔獣、両方の性質を合わせ持つ特殊個体のようです】
(ディノは妖精でもあるけど、姿形は魔物ってことなのかなぁ?)
セレナが許可するを選択すると、リーノがディノを背中にのせたままポータルから入って来た。風が起き、リーノの姿はラウルに変わる。
「ふぅ、うまく脱出できてよかったな。しかし、外は暑くてバテそうだ」
ラウルは暑いのが苦手らしい、ディノはふよふよと羽を動かして、セレナの肩へ移動してきた。
「ラウルさん、ゆっくり涼んで。冷凍庫にシャーベットも入ってるよ」
「外に居るみんなにも冷たい物が必要じゃないかい?」
「どっちかといえば、お風呂かも?」
「それは言える、樽にお湯を詰めて転がそうか」
「エリオ兄と相談してくる、それまではラウルさん、冷たい物食べて涼んでて!」
「あぁ、お言葉に甘えてそうさせてもらうよ」
「ディノはどうする?」
「キュ?」
「ラウルさんと一緒に涼んでる?」
セレナがそう聞くと、ディノはラウルの肩に移動した。
【マスター、ポルタに接近者。マスターを探しているようです】
「あ、いっけない、ラウルさん、私探されているみたいなんで、一旦外に出るね」
「じゃぁ、ジェニーさん、ポルタを開けてください。あぁ、ディノのことお願いします。」
【ポルタを解放しました。いってらっしゃいませマスター】
マスタールームから出ようとすると、エリオが目の前でセレナを探していた。
「エリオ兄、お待たせ」
セレナが声をかけるとほっとした顔をするエリオ。
「よかった、おせぇから中で疲れて倒れちまったかと焦ったぞ」
「ごめんなさい、お風呂のこととか考えてて」
「ま、いいから早く来い。みんな待ってるぞ」
エリオに連れられてきたセレナ。全員で車座になって夕飯を食べながら、これからのことを話し合っている。
「セレナが行きたいって言ってたデゼルティアってところには何があるんだ?」
セルジュがパンをスープに浸しながら、セレナを見て聞いてくる。
セレナは自分だけが入れる部屋があるとは伝えていたが、みんなの意識では、セレナは何かしらの魔法が使えている位に捉えられているようだった。
「えっとね、私が行ける部屋があるでしょ? その部屋はイルローザ公国の南東にあるデゼルティアと呼ばれるところにあるらしいの。そこまで皆が来てくれたら、別の入り口から中に入ってもらえるんだけど……」
「へぇ、じゃぁ、そこまで行けば、セレナちゃんの秘密のお部屋に私たちも入れるの?」
「うん、今は狭いけど、もっと広くもできるから、生活するのに困らないと思うんだよね。それに、周りに集落はないし、ひとまず隠れて生活するのにはもってこいの場所だと思うんだけど」
「セレナ、ここからどの方向に行けばいいか判るか?」
サルヴァトーレに聞かれて、慌てるセレナ。
「へ? ちょっと待ってて、確認してくる!」
「セレナ、慌てなくていいぜ、飯食ってからにしろよ」
「そうさね、ゆっくり食べな。この時間まで追っ手が来ないんだ。急がなくても大丈夫だろうよ」
「そうそう。これ美味いな、おかわりあるか?」
「たくさんあるよぉ、セルジュ兄。こっちの冷たいのも美味しいよ」
国を追われやっと落ち着いた思ったら、またもやお尋ね者になって逃亡するはめになったのに、普通に明るく話す大人たち。その様子に、セレナの口から思わず謝罪の言葉がこぼれ出た。
「私のせいで、ごめんなさい」
「セレナ、そなたが謝るようなことは何もない。そなたを見つけ名付けた時から、共に歩むと決めていたのだ。私がもっと早く国を捨てられていれば、そなたに、このようないらぬ思いをさせることはなかった。本当にすまない」
隣に座っているサルヴァトーレが、思いもかけないことを話す。
「ほんとさね、後にも先にも、トト坊が名付け親になったのはセレナ、お前さんだけさね。いつか綺麗なお嫁さんを連れてくるかと期待して待っていたのに、子どもを先に連れて来るんだから」
とカラカラと笑うアルマ。
セルジュやエリオ夫婦も知っていたことのようで、驚くそぶりがない。セレナ一人が思いがけない話にびっくりしていると、サルヴァトーレは腰鞄から取り出した髪飾りをセレナの黒髪につけながら言った。
「今から行くところでは、帽子は必要ないのだろう?」
それは、サルヴァトーレがセレナの十歳のお祝いに、自ら手渡そうと用意していた贈り物。
「これからは一緒に居る時間はたっぷりある。何もない場所を、娘と一緒に開拓するのは面白そうだ」
セレナはサルヴァトーレ抱き寄せられ、その腕の中で喜びを噛み締めていた。




