第20話 出頭命令
フロンダの町の祝光祭から二週間後、ラーナが町の噂話を拾ってきた。フロンダの町以外でも精霊樹が黒く染まり、黒の精霊樹は黒の獣を定期的に生み出すため、各地の兵が住民を守るために常駐しているそうだ。
それに、黒く染まった精霊樹はどうやっても水晶には戻らないし、破壊もできないらしい。
「ディノは簡単に壊しちゃったけど、あれどうやったの?』
セレナがディノに聞いてみても、ディノは首をかしげるばかり。隣にいるルカと頭をくっつけているその姿はとても可愛らしく、思わずディノの頭を撫でるセレナ。
悪いことは重なるもので、セルジュが神殿で働く下働きや出入りする業者たちに探りを入れ、慌てて帰ってきた。この町に黒髪の娘が居ると中央神殿に報告がされたようだ。加えて、とうとう黒の子の存在を知った帝国は、手配書を配布し、国を出奔した神官を探して尋問するよう求めてきそうだとか。
「大方、この騒動の責任を取らせる誰かが必要なんだろうよ」
セルジュの話を聞いたエリオが憤懣やる方ない様子でサルヴァトーレに訴える。
「サルヴァトーレ様、このままだと全てサルヴァトーレ様とセレナのせいにされちまいますよ」
アルマも同意のようだ。エリオの言葉に大きく頷きながら、サルヴァトーレに問いかけた。
「光の妖精持ちじゃなくなったんだ、神官を辞めるいい機会さね。もう帝国に義理立てすることもないだろ。それとも、またセレナを危ない目に合わせるつもりかい?」
「いや、今度こそセレナは守る」
「サルヴァトーレ様、私だけ守ってもらうのはイヤです。守ってくださるというのなら、サルヴァトーレ様も一緒に居てください」
「そうですよ、セレナちゃんもサルヴァトーレ様も、みんなでだよね!」
ラーナがセレナの気持ちを後押ししてくれる。
「しかし……」
「サルヴァトーレ様、俺もそう思います。もう神殿にも国にも縛られなくていいんじゃないですか?」
セルジュも煮え切らない態度のサルヴァトーレを、もどかしく思っているようだ。セレナはダメ元で聞いてみることにした。
「あのね、みんなに聞いてほしいことがあるの。もしも、みんなが良いって思ってくれるなら、イルローザ公国のデゼルティアという所に行きたいの」
みんなが、また唐突に変なことを言い出したぞ、という顔をしてセレナを見るが、サルヴァトーレは静かに問いかけてきた。
「なぜお主はそこに行きたいのだ? 身寄りでも見つけたのか?」
「えぇと……」
セレナがどこから、どういう順番で説明すれば良いかと逡巡していたところに、ドアを強く叩く音と男の声が響く。
「サルヴァトーレ様、神殿までご同行をお願いします。それと、黒髪の娘もここにいるとの報告がありました。その子も一緒にいらしてください。裏口にも護衛兵がいますので、大人しくご同行願います」
「くそ、もう来やがった、行っちゃだめですよ、サルヴァトーレ様」
エリオが小さい声でつぶやき、剣を構えようとするが、サルヴァトーレがそれを制した。
「落ち着きなさい」
「ですが!」
「セルジュ、裏口の兵は何人か見えるか?」
「うーん、気配からすると四、五人って感じですね」
窓際からそっと裏口を覗き見たセルジュが答える。それを聞いたサルヴァトーレがセレナの方へと腕を伸ばす。
「ディオ、ルカ、セレナやみなを守りたい。手伝ってくれるだろうか?」
白黒妖精のディオと元サルヴァトーレの守護妖精ルカは小さな羽をぱたぱたと動かして、サルヴァトーレの両方の肩に座った。
「みな、静かに、声や音を出さぬよう。『チェラーレ』」
セレナが初めて聞く光魔法の言葉を、静かにサルヴァトーレが唱えた。
段々扉を叩く音が大きくなってきて、ついにはドアを蹴破る音がした。兵たちが室内に入ってきているようだ、大きな声が壁の向こうから漏れ聞こえてくる。
「おい、誰も居ないぞ、逃げられたんじゃないか」
「全ての部屋を探せ!」
「はっ」
兵達が乱暴にドアを開け閉めしている音が室内に響く。セレナが身を固くしていると、隣にいたサルヴァトーレがセレナの肩に手を回して優しく抱き寄せる。
「どの部屋にも誰も居りません」
「まだ町から出たという報告はない。周辺を探すぞ。ここの表と裏口に一名ずつ見張りを残し、残りは付いて来い」
騒々しい足音が遠ざかっていき、玄関のドアが閉まる音がした。どうやら無事に見つからずに済んだようだ。
(あの人たち、この部屋のドアを開けなかった)
セレナが不思議に思っていると、サルヴァトーレが小さく長い息を吐く。
「上手くいったようだな。ディオ、ルカ、感謝する」
サルヴァトーレは優しい目をディオとルカに向けた後、部屋にいる者たちを見回して、静かな声で問いかけた。
「みな、後悔はしないか?」
「当たり前です」
セルジュが間髪入れずに答え、それに全員がうなずく。
「感謝する。では、見張りに気づかれないよう、静かに荷物の準備を。セルジュ、エリオ、準備をしつつ門を抜ける算段をしよう」
「えぇ、任せてください」
サルヴァトーレが静かにそう言うのを聞いて、セレナはセレナには当然の疑問を口にした。
「サルヴァトーレ様、見張りに聞こえないように、音を遮断する魔法はないんですか?」
「あるにはあるが」
とエリオとセルジュの方を見るサルヴァトーレ。
「アリアは俺の願いは聞かなくなってる、頼むならセルジュだな」
どうやら、妖精が主を変えたことで、使える魔法も入れ替わったらしい。
「俺の魔法じゃ範囲も狭いし効果時間も短いだろうな、サルヴァトーレ様ならいけるんじゃないですか?」
セルジュが両手をあげて無理とアピールしてきた。それを聞いたセレナが妖精たちを見て問いかける。
「ねえ、アリア、ルカ、ディオ、魔法のお手伝いをお願いできる?」
「キュ!」
ディオがまっかせなさい、とでも言うように自分の前足で胸を叩く。アリアとルカはディオと手を繋いだ。それを見たサルヴァトーレが風の魔法を唱える。
「この家に防音を、『シレンツィオーレ』」
セレナにとっては特に何の変化もなく思えるのだが、セルジュとエリオはびっくりした顔をしている。
「ほぉ、これなら多少の音は漏れないだろう、効果時間が判らないから、みんな急いで支度を。あまり大きな音はたてないように」
サルヴァトーレがそう言うと、全員がうなずいて動き出した。
セレナは自分の部屋に戻り、ポルタを開けリーノと一緒に扉をくぐった。
【おかえりなさいませ、マスター、ラウル様】
「ただいまジェニーさん、ちょっと出たり入ったりするけど、よろしくね」
「ふぅ、また面倒なことになったね」
小犬の姿から人の姿に戻ったラウルが、心配そうな顔をしている。
「そう、だね。私のせいでまた迷惑かけちゃう」
しょんぼりとするセレナの頭をポンポンと軽く叩くと、ラウルが優しい声で元気づけるように話す。
「ほら、顔をあげて。国境を越える時、僕はあの人たちがどれだけ君を心配していたか、話を聞いて判ったよ。それに、ずっと一緒に過ごして、どれだけ優しい人たちかもね。君の大切な家族なんだろう? どうにかこの危機を乗り越えることを考えよう」
セレナはその言葉に励まされ、自室から荷物を運び入れながら、逃げるのに使えそうなものを考える。
「ラウルさん、見張りの人たちや門の兵士に気づかれないように町を出られると思いますか?」
「ん? 殴って気絶させればいいんじゃないかい?」
(しまった、ラウルさんは戦える人だった……)
きっとセレナが嫌そうな顔になったのだろう、ラウルは苦笑して話を続けた。
「それが嫌なら、眠らせればいいんじゃないかい?」
「なるほど。ジェニーさん、ねむり薬ってありますか?」
【罠 (偽宝箱 さぁ眠りなさい、心ゆくまで眠りなさい。そのまま明日が来なくとも)】
【宝箱 (下級ねむり薬 これ位で眠る僕は腕立て500回の刑に処す)】
「ジェニーさん、宝箱の下級ねむり薬を5個、偽宝箱を2個、お願いします」
セレナは出てきた宝箱を開け、持っていた袋に詰めていく。偽宝箱は意外と小さかった。
セレナが自分の持ち物をしまい終わり、ダイニングに戻ると、サルヴァトーレ達はどういう経路で逃げるか考えているところだった。
「やっぱり馬車は必要だよな」
「きっと今頃は門の警備も検問も厳しくなっているだろう。馬車で通るのは無理じゃないか?」
セルジュとエリオの会話にサルヴァトーレが静かな声で諭すように告げる。
「荷物は最小限にしよう、重い荷物を持って逃げるのは難しいからな」
そこへセレナが割って入る。
「大丈夫、荷物は置いておけるから、『ホーム』」
サルヴァトーレ達は顔を見合わせうなずきあう。
「そうだったな。セレナ頼まれてくれるか?」
サルヴァトーレが片膝をつき、セレナと目線を合わせて聞いてくる。
「うん、私が持てない重い物は無理だけど……」
「よし、じゃぁ荷物はセレナ、任せたぞ」
エリオがそう言ってセレナの前に拳を出す。その拳にセレナは自分の拳をあわせて、にっこりと笑った。
「あ、そうだセルジュ兄、これ使えないかな、効くかわからないけど、ねむり薬とねむり薬が仕込まれた箱。これは蓋を開けるとねむり薬が散布されるって」
そう言ってセレナは用意したねむり薬と偽宝箱を渡す。セルジュは、驚いた顔をしたが、すぐにいたずらっ子が悪さを思いついたような顔をして言った。
「サルヴァトーレ様、セレナの提案通り、イルローザ公国に行きませんか?」




