第2話 祝光祭
サルヴァトーレは、セレナを神聖アルジェンティーナ帝国の帝都まで連れ帰り、中央神殿の庇護下にある孤児院を訪れた。
「おや、トト坊、やっと自分の子を見せに来たのかい?」
出迎えの挨拶もなく、いきなりからかってくる孤児院長のアルマに、苦虫をかみつぶしたような顔をするサルヴァトーレ。
「いい加減その呼び方は止めてもらいたい」
「そうさね、他人の子ばかり世話するんじゃなく、自分の子を連れてきたら考えるさね」
サルヴァトーレは元教師のアルマには叶わないと、深いため息をつく。
「で、その子はどうしたんだい?」
「セレナ、と名付けた」
アルマは片眉をあげてサルヴァトーレを見つめてきた。そうして、なにやら満足そうな顔をして、赤子を大事そうに抱え上げると、優しい声でその子へ語りかける。
「そうかい、お前さんはセレナというのかい。セレナや、今日からここがお前さんの家さね」
アルマに抱かれて目を覚ましたセレナがニコニコと笑っている。
「おや、お前さん綺麗な黒髪に黒い瞳なんだねぇ、大きくなったらべっぴんさん間違いなしさ」
「苦労をかけるかもしれないが、その子をよろしく頼む」
サルヴァトーレは、いつもと変わりないアルマに深く頭を下げた。
――十年後。
孤児院ですくすくと育ったセレナは、もうすぐ念願の妖精を授かれると、祝光祭までの日数を指折り数えていた。
ここ、神聖アルジェンティーナ帝国の帝都、アルジェントで行われる祝光祭は地方のそれよりも数段規模が大きく、その準備で街は大賑わいになっている。
今日のセレナは、同い年のルッソとヴィオレッタ、そして、年下の弟妹分を孤児院から連れ出して、下町を抜けた先にある中心街を探索中だ。
「うわー、おいしそうな匂い」
それは少し先にある露天から漂ってきている。ジュウジュウという音とともに、香ばしい肉の焼ける香りがたまらない。店主が『アッチェンデレ』と火の魔法を唱えると、赤色の妖精が炭に火をつけ、火加減を調整している。
「お嬢ちゃんたち、危ないからちょっとどいてな」
匂いにつられ立ち止まっていると、いかついおじさんから声をかけらた。セレナたちがその場から離れると、その家の二階の一室からふわりと箪笥が降りて来る。次々と下ろされてくる家具。どうやら掃除屋さんのようだ。
出入り口から水色の妖精を伴った女性が顔を出し、
「あんたー、あとはお願いね」
とおじさんに声をかける。
「よしきた。頼んだぜ相棒、『ラヴァーレ』」
おじさんがそう唱えると、青色の妖精が、二階の窓の外から洗浄魔法を使って部屋をピカピカにしている。
「わー、すごーい」
セレナたちは口々に感嘆の声を漏らす。祝光祭が済んだら自分たちもと、セレナたちのわくわくが止まらない。
そんなセレナたちの気分に水をさす声が聞こえてきた。
「いやぁね、汚いったら。あっちへ行って!」
「ぎゃんっ」
銀髪の少女が灰色の薄汚れた小犬を追い払っている。隣に立っているのは、サルヴァトーレ神官の側付のマウロ神官だ。二人はそのまま用意された馬車に乗り込み、中央神殿の方へと走り去った。
「なんだよあれ、ひっでー女、なんであんなのが神官様と一緒に居んだよ」
ルッソは一瞬であの少女が嫌いになったらしい。セレナはそれよりも、蹴られたように見えたあの小犬の様子が気になって、一人走り出した。
「ちょっと見てくるね!」
「セレナ!? あーもう、みんな行くよ』
慌ててヴィオレッタたちもセレナを追いかけた。
「よし、誰もいないぜ」
その声にこっそり孤児院の裏庭へ忍び込むセレナたち。
「コォラ、まぁたお前たち、抜け出して悪さしてきたのか」
庭木に隠れて進んでいると頭上から、下男のエリオの低い声が響く。
「ルッソー、どこが『誰もいない』なの?」
「いや、今の問題はそこじゃなくない?」
「はぁ、おまえら……」
セレナとヴィオレッタの会話に額に手を当て、気の抜けた様子のエリオ。その隙に年下の子たちに早く行けと、ルッソが手で合図を出し院内へと逃す。
いつもなら、ここでエリオのお小言が始まるのだが、今日は様子が違っていた。
「くぅーん」
セレナが弱々しく鳴く、痩せた小犬を抱えていたからだ。
「エリオ兄、お願い、この子を助けて」
「お願い」
「頼むよぉ」
セレナたち三人と一匹の縋るような眼差しに、元々優しいエリオが陥落するのに時間はかからなかった。
「わぁったよ、とりあえず、そいつに何か食わせなきゃだな、お前たちの罰はその後だ」
「さっすがエリオ兄、頼りになるぅ」
そう言ったセレナの頭にペシと手を置いて、すごみのある笑みを見せるエリオ。
セレナが内心冷や汗を掻いているところに、エリオの奥さんが現れた。
「エリオどこぉ? あ、いたいたー。あら、セレナちゃんたちもここに居たのね」
「ラーナお姉ちゃん!」
セレナはここぞとばかりに、その神様にすがった。
そうこうしているうちに、とうとう今日は、待ちに待った祝光祭。十歳を迎えた子どもが、精霊の御珠を授かる、年に一度のお祝いの日だ。
「さぁ、これでよしっと」
「えへへ、ありがとうラーナお姉ちゃん。どう? エリオ兄、似合う?」
セレナは花モチーフのついた帽子を被せてもらい、その場でくるりと回ってみせる。
「あぁ、バッチリだ」
「わふわふ」
セレナの足元には、リーノと名付けられた小犬が座って尻尾を振っている。
「それじゃぁ、そろそろ行こうかね」
孤児院長のアルマは、今年十歳になった三人を連れて中央神殿へ向けて出発した。儀式用の白の服を着たセレナたちは、いつもより賑やかな街を弾むように歩いて行く。
時を告げる鐘が鳴り終わると、神殿の扉が静かに開けられた。光の神殿の祭壇には神の像はなく、ステンドグラスが設えられているだけだ。そこには透明なガラスと白のガラスのみで描かれた女神ルーチェが光をたたえ、神々しくも幻想的な雰囲気をかもし出している。
今日はその祭壇の中央に、十歳ほどの子どもの背丈の、葉も幹もほのかに光る小さな丸い実も、すべてが白く美しい樹が顕現していた。
その祭壇に立っていたのは上級神官のサルヴァトーレではなく、側付のマウロ下級神官だった。サルヴァトーレは貴族のお祝いに参加させられているのかと、セレナが少し残念に思って座っていると、マウロ神官が起立をうながし儀式が始まった。
「これより、精霊の御珠の授与式を始める。名前を呼ばれたらこちらへ来るように」
そうして、最初に名前を呼ばれた赤髪のルッソが、祭壇へ上がって行く。
「精霊樹の前に立って祈りなさい。光る御珠の下に左手を添えて、右手でそっと触れるように」
ルッソは緊張した面持ちで真っ白な精霊樹の前に立ち、女神ルーチェに祈る。
しばらくすると、精霊樹の端の方の実が一つ明滅した。ルッソがためらいがちに左手を下に添え、おそるおそる右手でそれに触れると、やわらかな光を発してその実がポトンと手に落ちる。ルッソの手の中のそれは少し色を帯びていた。
「精霊に選んでもらえたな。ではこの袋に入れて、首からかけておくように」
ルッソはマウロの差し出す網状の小さな袋に、手に持った淡い青色の光珠をそぉっと入れると、大事そうに紐を首にかけ顔をほころばせた。
「羽化するまでは絶対に他人に触らせないように。よいな」
マウロはルッソを席へ戻るように促し、ヴィオレッタの名前を呼んだ。同じようにして賜った光珠を首から下げ、ヴィオレッタは愛おしそうに黄色味を帯びた光珠を撫でている。
「次、セレナ、こちらに」
「はいっ」
名前を呼ばれたセレナは、帽子を脱いで祭壇へ上がった。
期待に胸をふくらませ、セレナは女神ルーチェに祈りを捧げ、精霊樹を見つめるが、いつまで経っても光る実が見つけられない。
いつまでも突っ立ったままのセレナに、マウロがもう一度手順を説明しようと声をかける。
「セレナ、左手を下に……」
「光らない……」
「ん? 光る実がない? そんなことが」
「どうして……。ルーチェ様、どうかおねがいします」
セレナが何度祈っても、精霊樹の実が光ることはなかった。
その夜遅く、貴族の祝いからやっと解放され、孤児院を訪れたサルヴァトーレは、泣き疲れて眠るセレナの髪を優しく撫でた後、院長室へ向かった。
「セレナが御珠を賜らなかったと聞いたが」
「あの子がいくら祈りを捧げても、御珠は一つも光らなかったのさ」
それに、とアルマが続ける。
「あんのマウロのバカモンが、考え無しに伝承は本当だったとかセレナの前で言うもんだから! ほんとに情けないったらありゃしないよ」
サルヴァトーレは、今度しっかりマウロを教育せねば、と心に誓う。
「自分は昔話のとおり『光の女神から見放された存在なんだ』と泣く姿は、可哀想で見ちゃいられなかったよ。仲良しのルッソとヴィオレッタが慰めるのも逆効果みたいでね」
「……私の責任か……」
地を這うような低い声でサルヴァトーレが呟く。
「御珠を授かれないかもしれないから参加するな、と言っても同じことさ」
重苦しい沈黙が落ち、風が窓ガラスを叩く音だけが室内に響く。
先に口を開いたのはアルマだった。
「こればかりは、私たちにどうこうできることじゃない。せいぜい出来ることは女神様に祈ることだけさね。明日の朝は、あの子に顔を見せておやり」
サルヴァトーレは、用意していたお祝の入った小さな箱にそっと触れたあと、それを大事そうに懐に仕舞って言った。
「あぁ、そうしよう」
孤児院からサルヴァトーレが帰った後、深夜に突然、神殿の護衛兵が訪れ、無作法にもアルマの寝室まで乗り込んできた。スラリと剣を抜き、アルマに剣先を向けて威圧する。
「黒髪の少女はどこだ、隠すならお前たちも同罪だぞ」




