第1話 不幸は突然に――スフォルトゥーナータ
粗があるとは思いますが、少しでも面白いと思ってもらえたら嬉しいです!
「大当たーりー! おめでとうごっざいまーすっ!」
吹き抜けのフロアに、福引の当たり鐘の音が鳴り響く。
「お客さん、これなっかなか手に入らない、マニア垂涎の超激レアのゲームギアなんっすよ!」
「あら、嬉しい。どうもありがとう」
景品を渡してきた店員のお兄さんが、なんとなく恨めしそうな顔をして見てくるが、キヌは素知らぬふりをして、長年の仕事で鍛えられた微笑みを返しておいた。
さぁ、早く帰ってごちそうを作ろう、と振り返れば、後ろにずらっと並ぶ人たちの視線が突き刺さる。彼女はそそくさと福引会場を後にして、人混みを避けるようにして店を出た。
(はぁ驚いた。まさか私がくじに当たるなんて、珍しいこともあるものねぇ、前の時みたいに反動で悪いことが起こったり? ――無い無い――無い、よね?)
エントランスから見える店内を横目に歩き出し、ガラスに映った姿を見て、キヌは仕事の制服のままだったことに気がついた。
(ひゃぁ、これじゃ、この店で悪目立ちするはずよ)
ひっつめの黒髪を手で直す振りをして、朱みを帯びる顔を隠すキヌ。最下層へ降りる昇降機に向かい、足早に歩いていると不意に誰かが彼女を呼び止めた。
「あのぉ、すみませーん、これ落としたのおばさん?」
「え? 私?」
足を止め振り返ると、ツヤのないホワイトブロンドの髪をツインテールにした少女が、何も持たずに立っている。キヌが口を開こうとした矢先、反対側から手提げ袋をひっぱられた。よろめいたキヌは倒れまいとその誰かにすがりつく。
「きゃぁ! 誰? やめて!」
「うっせーんだよ、ババァ! さっさと放しやがれ」
色のさめた灰色のつなぎを着た男が、力づくで手提げ袋を奪うと、乱暴にキヌを突き飛ばした。キヌが慌てて買い物カートにつかまると、ガシャンと派手な音を立て、積んでいた食料が床に散らばっていく。
「誰か来るよ」
「ちっ、ズラかるぞっ!」
「あ、ちょっと待……」
かけ声も虚しく、二人が逃げる足音は遠ざかっていく。その時、キヌの前を疾風が吹き抜けた。
「きゃぁあああ」
「ぅあぁあああ」
あの二人の叫び声が通路にこだまする。まさか居住区に脱走した獣でも出たのかと、キヌはその場にへたりこんだ。そのまま身を固くしていると、ふいに影が落ち、気遣うような声が降ってきた。
「Are you hurt?」
(んんっ? ローラシア語?)
ゆっくりとキヌが見上げると、まるで投影かと思うほどに端正な容姿の、壮年の男性が手をさしのべている。
しかも、何と彼はさっきの二人組を拘束して連れていた。あの叫び声はこの人のせいだったらしい。よく見ると、胸元に憲兵らしいドッグタグをつけている。
キヌが理解していないことに気づいたのだろう。彼はしばらく宙に指を動かして、こちらの言葉でキヌに話しかけてきた。
「Ah. ケガ? ナイ? ダイジョブ?」
「はい、ご親切にありがとうございます」
そんなやりとりをしている後ろでは、捕まった二人の言い合いが始まっていた。
「もう、捕まったのはトーヤのせいよ! ユリエは食べ物がよかったのに」
小さな声で怒りをぶつける少女を、トーヤと呼ばれた男が宥める。
「バカ、ユリエ諦めんな、ちょっと我慢してろ。使用者登録しちまえばこっちのもんだ」
トーヤは指輪の仕込ナイフで紐を切り、銀髪の男がキヌを気遣っている隙をついて、目当てのゲームギアの箱を素早く開ける。しかし、入っていたのは手のひら大の虹色に煌めく水晶だった。
「なんだこれ、中身が違うじゃねーかっ、くっそババァ! 騙しやがって、ぜってーゆるさねー!」
激昂したトーヤが叫び、止める間もなくそれが通路に叩きつけられた。硬そうに見えたその水晶は、敢えなく縦に二つに割れ、一番大きな破片がトーヤに向かって跳ね返っていく。
「ぐわぁっー」
水晶が左目に突き刺さり、痛みにのけぞるトーヤ。
「くそがぁ、お前ら全員呪ってやる、お前らだけいい思いしやがって」
そう銀髪の男に向かって叫んだトーヤは、白目をむいて崩れ落ちた。
「トーヤっ、トーヤっ、トーヤーっ!!!」
ユリエは狂ったように繰り返し叫び、その声に次第に野次馬が集まってきている。
その喧騒の最中、キヌは銀髪の男の肩越しに、なぜ通路の天井が見えるのかと不思議に思っていた。
「Stay with me! Don't die on me!」
(しっかりしろ! 逝くな!)
銀髪の男がしきりにキヌに呼びかけてくる。そして、彼の眼鏡には、左胸に薔薇のような、赤いシミが広がっていくキヌの姿が映っていた。
繰り返される彼の声は悲痛に濡れ、彼の左頬には目元から涙のような血が一筋流れている。
段々とキヌの視界は薄れ、周りの音が消えていった――。
(あぁ、やっぱり私くじ運が悪い。今日はお祝いに本物の食材を手にいれたのに。このまま味わうこともなく、コツコツ働いて貯めたお金も使わないまま逝くなんて、そんなのってない。
…………私の……望み?
小さい頃に聞いた美味しい物が食べられて、みんなが健康で笑顔でいられる、安心で平和で争いのない豊かな国。そんなところで、大好きな人と一緒に暮らしたい。それに、外の世界を旅してみたかった……)
その刹那、二つに砕けた水晶から、目の眩む光が溢れ、その場に居た全員の視界を奪う。誰もが咄嗟に顔の前に腕を上げ――そして、キヌの世界は暗転した。
【システム起動要求を承認】
【プログラムの欠損を確認】
【システムエラーが起こりました】
【システムの再起動を行います】
【エラー】
【システムの再構築を試みます】
【再構築に成功しました】
【システムの再起動を行います】
【再起動に成功しました】
【マスター認証確認】
【マスター認証成功しました】
【システム一部破損のため、マスター権限に一部制限がかかります】
【マスター要望サーチ】
【エラー】
【要求範囲を最大値に広げ、候補地の探索を開始します】
【ヒットしました】
【地下迷宮マスター権限を発動、プログラムを開始します】
――――――Hello, World!――――――
秋晴れの空にたなびく薄い雲、涼しい風が黄金色のススキを揺らしている。静かな秋の昼下がりに、神殿の裏口あたりから赤子の泣き声がする。
オルキディア王国の北、この辺境の村に立ち寄っていたサルヴァトーレ神官が、その声を聞きつけ、様子を見に行ってみると、籠に入れられた黒髪の赤子がすやすやと寝息をたてていた。
「黒髪の子とは、珍しい」
サルヴァトーレはその赤子を、神殿の隣にある孤児院へ連れて行った。しかし、
「神官様、この田舎の孤児院では、これ以上の子どもを預かる余裕がございません。神官様が見つけられたのはきっと女神ルーチェ様のお導き、どうかその赤ん坊は神官様の元に」
と、そこの孤児院長から体良く押し付けられてしまった。
この国の古い伝承で『黒き者や黒き獣は、光の女神から見放された妖精に厭われし者』と伝わっているからだろう。
「まったく、どうしてこうも髪色にこだわるんですかね。なぁ、お前もそう思うだろ?」
サルヴァトーレの護衛見習いをしている水色の髪のセルジュが、すやすやと眠る黒髪の赤子に不満を漏らしている。
サルヴァトーレは静かに呟いた。
「言っても詮無いことだ」
それは、赤子のことか、自分のことか。
風に揺られた灰金色の髪を撫で付け、サルヴァトーレは赤子の眠る籠をそっと抱えると、低めの優しい声で語りかける。
「さぁ、セレナ。一緒に帰るぞ」




