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〜私、知らないうちに迷宮のマスターとやらになっていたらしいです〜白と黒のカプリオーラ  作者: 白河胡桃
第二章

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第16話 マウロ上級神官と消える白の妖精

 フロンダの町で精霊樹が黒に染まった頃と時を同じくして、神聖アルジェンティーナ帝国の北、サントーロ侯爵が治める領内でも祝光祭しゅくこうさいが行われようとしていた。


 神官長に黒髪の娘の件を進言した功績により、ようやく昇級したマウロ上級神官が、初めて自分で執り仕切る祝光祭だ。サントーロ公爵はマウロの血縁にあたり、マウロが上級に上がったことを大層喜び、例年よりも盛大に準備がなされている。


 マウロは意気揚々と精霊樹の水晶アルポリスクリスターロを祭壇の中央に配し、祈りを捧げ始めた。

「清浄なる光よ、新たなる精霊の子らよ、女神ルーチェの御名のもと我らとともにあれ、このよき日に光の祝福を賜らん」


 祈りの言葉が終わると、水晶の上をマウロの守護妖精が飛び回る。水晶から出た双葉が根を張り、じわじわと枝が伸び始める。サルヴァトーレ神官ならば、()()()()枝は一気伸びて成長し、その形を変えて聖霊樹が顕現するのだが、マウロの前の精霊樹はなかなか形を変えていかない。


 マウロの額に玉のような汗が吹き出してきたが、まだ精霊樹は形を成さないでいた。それを見たマウロ付きになった下級神官たち二人と下男が慌てて駆け寄ってきた。すると、妖精の光が増して精霊樹が一気に形をあらわす。


 それと同時に、駆け寄ってきた三人ともその場でくずおれた。マウロは片膝を付き、肩で息をしている。

(どういうことだ、何故こんなに時間がかかる)

 マウロは荒い息をつきながら、汗をぬぐって立とうとするが膝に力が入らない。下級神官たちはその場で倒れ込んだままだ。


「おい、誰か、誰か居ないか」

 マウロが気力を振り絞って大声で人を呼ぶと、この神殿の下級神官や下働きが集まってきた。倒れている三人の様子に慌てて駆け寄ってくる。


「水を、水を頼む」

 そう言ってマウロもその場に倒れ込んだ。

「マウロ神官様! 誰か、早く担架を持ってきてくれ」


 この神殿の下級神官が指示をだし、中央から来た四人は救護院へ運ばれて行った。四人とも命に別状はなかったが、すぐには起き上がれそうになく、急遽、この神殿の下級神官が役目を司り祝光祭が始まった。


 そして、三人目の子どもが光珠を受け取ったあとに異変が起こる。精霊樹がうっすらと黒味を帯びてきたのだ。五人目の子どもが祭壇に上がった時には、ほぼ真っ黒になっていた。黒くなった実が一つ、また一つと床へと落ちる。

「ひっ」

 祭壇の上にいる少年が怯えてあとずさりしている。


 異変に気がついた参列者も騒ぎ始めた頃、床に落ちた黒い実が段々と獣の形に変化し、大きく成長し始めた。


「ぎゃぁーーー!!」

 悲鳴をあげて少年が逃げ出したのをきっかけに、我先にと入口を目指して参列者が押し寄せている。黒い実から形を変えた獣は一番近くにいた下級神官に飛びかかった。それを、この神殿の護衛兵が防ぎ、神官に向かって大声で指示を出す。


「光の言葉を!」

『ル、ルストラーレ』

 下級神官が光の言葉を唱えると、妖精から発せられた光に一瞬黒い獣は怯んだが、光が収まると護衛兵に向かって攻撃してくる。次々に床に落ちた実から現れる黒い獣。


「神官様っ、裏手から出て詰所に助けを求められますか?」

「やってみよう、みなも無理をするな」

 護衛兵たちは参列者に襲い掛かろうとする黒い獣を、なんとか切り伏せているが、まったく人数が足りない。

「みなさん、落ち着いて! 順番に外へ!」

 掛け声も虚しく、恐慌をきたした参列者たちは、先を争い、なかなか神殿から出られないでいる。

「あぁ、もう」

 ままならない状態に悪態をつき、彼女は次の黒い獣に向かって行った。


 やっと神殿に増援の兵が到着し、次々と怪我人が運び出されている。獣から襲われたものより、逃げようと入口に殺到した際の怪我の方が多そうだ。今は黒く染まった精霊樹の実がなくなり、湧き出る黒い獣の波は一時的に収まっていた。



 サントーロ侯爵の屋敷では、マウロ上級神官が厳しく追及されていた。

「マウロ、どう言うことだ、精霊樹から黒い獣が現れたのだぞ! お前がやったのか?」

「滅相もございません。私が顕現させた精霊樹は白き美しいものでした、それは伯父上もご覧になったはず」


「だが、お主は神殿には居なかったではないか。精霊樹を準備して倒れる神官など聞いたことがないぞ。わざと救護院へ行って、わしを亡き者にしようとでも画策したか!」

 サントーロ侯爵は、自分が狙われたとマウロを疑い激昂しているのだ。


「伯父上、私が伯父上を狙うなどありえません。そ、そうです。あの精霊樹の水晶アルポリスクリスターロはサルヴァトーレが返納したもの。きっとあの者が私を恨み、黒髪の少女に呪わせたのです」

 ありもしないことをさも本当のことのように言い連ね、マウロが糾弾から逃れようと画策している時、神殿から新たな報告が届いた。


「何事だ」

「ご報告申し上げます。神殿内の精霊樹に新たな実が成り、成長しているとのこと、ご容体がよければマウロ神官にも来ていただきたいのです」

「ふん、神殿の神官は出てくる獣には、光の言葉も効かぬと言っていたが」

「マウロ神官なら精霊樹をおさめることが出来るのではと……」


「そうだな、護衛を二、三人つけてマウロを神殿へ連れて行け、マウロ、精霊樹を水晶に戻すのに妖精の魔法(ちから)は要らぬのだろう、行って事を収めて来い」

「は、承知いたしました」


 そうして、即答したマウロが神殿へ向かおうとしたのだが、サントーロ侯爵が後ろからいぶかしげに声をかける。

「して、マウロ、そなたの妖精はどうした?」

「は? 妖精ならここに……」

マウロが自分の左肩を見るが、守護妖精の姿がない。周囲を探すと、なんとサントーロ侯爵の側にいる妖精も見当たらない。


「伯父上。伯父上の妖精も居ないようですが……」

「なにっ」

 室内に居るものたちが、慌てて自分の妖精を確認すると、妖精がいなくなっている者や、いつもと色が変わっている者ばかりだった。

「マウロ、早急に神殿へ行き、事を収めて参れ!!」

 サントーロ侯爵の声が屋敷中に響き渡った。


 サントーロ侯爵家の護衛兵に連れられて神殿へ戻ってきたマウロ、黒く染まった精霊樹を目にして腰が引けている。マウロは見張りに残っていた護衛兵から注意を促された。


「実が少しずつ大きくなってます。床に落ちると黒い獣に変化しますので、あまり猶予はありません。お急ぎを」


 マウロは祭壇に立ち、女神ルーチェに祈ってみるが、いつもの祈りの言葉では何も起こらない。

「女神ルーチェ、この黒き精霊樹に浄化の光を賜らん。その清き光で悪しき黒の者たちを救い給え」


 言葉を変えて祈ってみても黒の精霊樹はそのままだ。マウロは打つ手なく立ち尽くす。すると、再び背後から声をかけられた。

「お前のせいなのか?」

 マウロが振り返ると、先程声をかけてきた護衛兵が睨みつけている。


「お前のせいで、何人もの人が怪我をし、妖精がおかしくなったのか?」

「ちがう、断じてちがう。私は何も……」

「じゃぁ、何故お前には白き妖精が居らぬのだ!!」

 マウロは、その勢いに押されあとずさった。


「民を守るため、我が姉はここで大怪我をした、その黒い精霊樹から出てくる魔物と戦って、戦って――その間お前は何をしていたっ!」

 その気迫にマウロがさらに一歩後ろへ足を引いた時、ポトリと落ちた黒い実から黒い獣が沸き始めた。

「全員構えっ!」

 マウロを糾弾していた護衛兵が命令を出す。


 黒い獣が、一番近くにいるマウロに襲いかかってくる、マウロは逃げようと必死になるが、小さく素早い獣に足に噛みつかれた。そのまま精霊樹に倒れ込んだマウロ。細くて脆そうな枝が折れもせず、マウロの腕に食い込む。

「ぎゃぁ、離せ、やめろ。おい、誰か」

 マウロが助けを求めるも、護衛兵は他の黒い獣と戦っていて助けに入れる者がいない。マウロがもがき、腕に流れる血が精霊樹の枝に垂れた途端、頭の中に直接声が聞こえてきた。


『あなたは選ばれしお方、今日から貴方はフレッド様のしもべ、さぁ私たちと一緒に歩もうではありませんか』

 声が途切れると、黒い精霊樹の立つ祭壇が中央から崩れ始めた。護衛兵たちは襲いくる黒の獣を退治しながら、マウロを助けようと最後まで試みていたが、その助けは間に合わず、崩れ落ちる祭壇ごと、黒い精霊樹と一緒にマウロは暗い地の底へと落ちていった。

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