閑話 下級神官マウロの暗躍
セレナが追放された夜と翌朝に起こっていた出来事です。
帝都の祝光祭が終了した、その日の夜、一人の下級神官が中央神殿の神官長室を訪れた。
「何か重要な報告があるとか」
くすんだ金色の巻き毛に、でっぷりとした体型の神官長が尊大に聞いてくる。彼の妖精はひざまずいたマウロの顔を探るように飛んでいる。白に近い明るい金髪のマウロは、少々芝居がかった仕草で訴え始めた。
「はい、神官長様に報告があがっていないようなので、直接お伝えしにまいりました」
「どういうことだ」
「今日の孤児院の祝光祭に立ち会いました時のことでございます。黒髪の少女が御珠を授かれませんでした」
「なに? そのような者が孤児院に居るなど聞いておらんぞ、黒髪の娘なぞ不吉な」
我が意を得たりと、マウロは内心ほくそ笑みながら続ける。
「今から十年前、オルキディア王国に黒い獣が現れたと騒ぎになったことを、神官長様ならご存じなのではありませんか? なんとその黒髪の娘は、その時にヴェルフォーリアの森の近くで、私の上官が拾って来た赤子だとういうのです。ですから、娘の髪色についての報告はされなかったようでして」
「なんだと、すぐに彼奴をここへ呼べ!」
神官長が側付きの神官を見やると、側付きの神官は即答する。
「まずは、その娘の処分を決められてから、彼の者をお呼びになった方がよろしいかと」
苛立つ神官長の姿にますます気をよくしたマウロは、殊更に神官長の不安を駆り立てるような言葉を並べていく。
「『黒の者や黒き獣は光の女神から見放された妖精に厭われし者』という伝承は本当なのです! 神官長様、このままその娘を神殿の庇護する孤児院に置いていては、この国に害をなすかもしれません! もしそうなれば、皇帝陛下はどのようにお考えになることか」
マウロの報告に色めきたった神官長は、即座に護衛兵を呼び、皇帝陛下に知られる前に、即刻、その孤児院の娘を国外へ追放するよう命令を下した。
翌朝、サルヴァトーレ神官が孤児院へ顔を出した時、孤児院長室で待ち構えていたのは、孤児院を毛嫌いして寄り付かなかったサルヴァトーレの側付きのマウロ下級神官だ。そして、そこにはセレナもアルマもエリオ達夫婦も居なかった。
「どういうことだ、マウロ」
「あの黒の子は十年前に黒き獣の洞穴近くで拾われたとか。きっとあの娘が黒き獣を呼び寄せたに違いありません! あのような呪われた娘を我が神聖なるアルジェンティーナに住まわせるなど、もってのほか、ましてや庇いだてするなど」
詰め寄るサルヴァトーレに大仰な態度を見せるマウロ。
「本気で言っているのか? マウロ神官」
「ええ、本気ですとも、サルヴァトーレ様。追放処分で済んだことに感謝してほしい位です。中には極刑を望む声もあったのですから」
「追放? たった十歳の娘を一人追放したと? 黒い髪というだけで」
「その髪色が問題なのではないですか。黒は国をも滅ぼす災いをもたらす色なのです」
サルヴァトーレは掌を強く握りしめ、マウロを睨みつける。
「アルマはどうした」
「存じませぬ」
「どういうことだ?」
「言葉通りの意味です。アルマ様は昨夜、黒の者を密かに育てた責任をとって、自ら孤児院長を辞されたと伺っております」
「なっ」
言葉を失うサルヴァトーレ。
「孤児院から呪われた娘が居なくなって、子どもたちも安心していることでしょう。女神ルーチェ様のお慈悲に感謝を」
事もなげにそう言い、胸に手を当て神官らしく拝礼するマウロ。ゆっくりと顔をあげると、したり顔でサルヴァトーレに進言する。
「あの娘を保護していたのはあなただとか。いまさら異議を唱えても、今度はあなたが異端者として告発されかねませんよ、サルヴァトーレ様」
勝ち誇ったような顔をするマウロ。そんな脅しのような言葉にサルヴァトーレが動じずマウロを見つめていると、マウロはさも今思い出したと言わんばかりに、サルヴァトーレに告げた。
「あぁそうそう、神官長様があなたをお探しです。疾く、神殿へ行かれますよう」
「……邪魔をした」
言いたいことを全て飲み込んで踵を返し、サルヴァトーレは院長室を後にした。
いつもはサルヴァトーレが顔を出すと寄ってくる子どもたちも、今日はみな視線を避けるようにして隠れてしまう。
「くそ、あいつらだってセレナに頼ってたくせに」
セルジュが苛々した様子で愚痴をこぼすと、サルヴァトーレが静かに嗜める。
「あの子らも親に望む髪色じゃなかったと見捨てられたくちだ、セレナに味方すればどうなるか。そなたも、あの子らの気持ちは判るであろう」
「それは……、ですが、髪色ごときで差別されるのは、悔しいじゃないですか」
「あぁ、悔しいな」
孤児院の玄関を出て、遠くに見えるチェレステ山脈の方に視線を向けたまま、サルヴァトーレはそう呟いた。
サルヴァトーレがすぐにセレナを探しに行きたい気持ちを抑え、神官長へ赴くと、不吉な娘を保護した咎により、ただちに精霊樹の水晶を返納し、オルキディア王国へ転属するよう言い渡された。ここで何を言っても、マウロだけでなく、低い身分の生まれのサルヴァトーレを妬み、厭う者たちから異端審問にかけるべきと声があがるだけだ。
そんな不毛なことをするよりも、この思い入れのない国から出ていけと言われるならば、出ていくまでだ。サルヴァトーレは、その場で精霊樹の水晶の入った小さな腰鞄を外し、神殿の自室に戻った。
昼過ぎになると、アルマたちは先にセレナを探しに出発し、国境付近で待ち合わせをする手筈でいる、とセルジュが言伝を受け取ってきた。サルヴァトーレもできるだけ急いで出発の準備をしていたが、思いもかけず、オルキディアからこの国の中央神殿に招かれていた娘から横槍が入る。
「まったく、今日は厄日ですかね」
「とにかく、今はセレナが無事であることを祈るだけだ」
「大丈夫ですよ、兄貴が絶対にセレナを見つけてくれますから」
そう確信を持って言ったセルジュを見てうなずくと、サルヴァトーレは振り向くことなく馬車に乗り込んだ。
次回は本編(現在)に戻ります。




