第15話 ジリオラの妖精
フロンダの町は、祝光祭の夜から大騒ぎになった。白の妖精は消えてしまい、色付きの妖精は主を変え、昨日子どもたちが授かった光珠は翌朝には全て消えてしまった。
そんな騒ぎの最中、ジリオラからどうしてもセレナに合わせて欲しいとせがまれ、渋々引き受けざるをえなかったサルヴァトーレ。仕方なくセレナは彼女が待つ神殿をサルヴァトーレと共に訪れた。セレナの傍には二体の白い妖精がふわふわ飛んでいる。
「サルヴァトーレ様、お忙しいのにありがとうございます。こんにちはセレナさん、わざわざ来てくれてありがとう」
ジリオラの父、サムエルが学舎の教師らしく丁寧に挨拶をしている横から、ジリオラがセレナに突っかかってきた。
「私の妖精さんを返してよ!」
セレナは困ったなと思いながらも、妖精に頼んでみた。
「こんにちはサムエル先生、ジリオラさん。ジリオラさんの妖精さん、どうかジリオラさんの所へ帰ってあげてください」
しかし、ジリオラの妖精に戻る様子はない。それを見たジリオラが妖精に向かって手を伸ばして近寄ると、スッと手の届かない高さまで、逃げるように舞い上がった。
「どうして、こんな子の傍がいいの。もうあなたなんか嫌いよ、こんな子のそばに居るくらいなら、居なくなっちゃえばいい!」
癇癪を起こしたジリオラの言葉に、慌てたセレナとサムエルは同時に叫んだ。
「そんなこと言っちゃダメ!」
「ジリー、止すんだ」
しかし、ジリオラはセレナを睨みつけて言い放つ。
「何よ、人の妖精を盗んだくせに、勝手なこと言わないで! あなたもその妖精も大っきらい」
「ダメだったら!」
セレナの悲痛な叫びも虚しく、一体の妖精は悲しそうな顔をして空気に溶けるように薄くなって消えて行った。
「うそ……なんでそんなこと言えるのっ」
セレナは妖精が去っていくのを止められず、涙が滲んでくる。
「お主のせいではない」
サルヴァトーレがセレナの肩を抱き寄せ、慰めてくれているが涙は止まらない。
「酷いわ、私の妖精さんが! あなたのせ……」
そう言いかけたジリオラの両肩を掴んで。サムエルが自分の方を向かせ、感情を押し殺したような声でジリオラに告げる。
「ジリー、止めなさい。妖精が消えたのは君のせいだよ」
無言になったジリオラに、サムエルは淡々と事実を告げていく。
「ジリオラ、君が自分の妖精に『嫌いだ、居なくなれ』と願ったんだ。妖精は君の願いを聞いて居なくなったんだよ」
「違うわ、私は悪く無い! その子のせいよ!」
その言葉に、サルヴァトーレは、セレナが見たことのない冷ややかな目でジリオラを射抜くように見据え、低く冷たい声で告げた。
「私は言ったはずだ、どうしても会うというなら何が起こっても承知してもらうと。これで気が済んだであろう、そなたは妖精を自分で拒んだ、その結果がこれだ。これ以上、そなたの我儘で私の大事な娘を傷つける気ならば、もう容赦はしない」
サルヴァトーレ神官はいまだ涙を流すセレナを連れ、振り返りもせずに神殿から出て行った。二人を追いかけようとするジリオラをサムエルが制止する。
「ジリー、パパもとても残念だ」
「何で、離して」
「ジリオラ、聞くんだ。ここに来るまでに、町中で白の妖精が消えたと騒いでいるのを聞いて来ただろう。なのに何故サルヴァトーレ様の妖精とお前の妖精が消えていないのか、不思議には思わなかったのかい?」
「そんなの、あの子が盗んだからよ」
「違うだろう。何故かはパパもわからないけど、きっとあの子の傍に居ることで、白の妖精は消えずに済んでいたんだと思うよ」
「あんな子に、そんなこと出来るわけないじゃない」
「ジリオラ、なぜそうもあの子を悪様に言うんだい? 僕は親として、君にもっと人の気持ちに寄り添える、優しい素敵なレディに育って欲しい。だから、今、君が彼女のせいだと感じている憤りは、本当は君自身の行いのせいだと云うことを忘れないで」
「……」
ジリオラは無言でサムエルを睨むばかりで、少しも自分が悪いとは考えていないようだ。サムエルは、これは当分聞く耳も持たず、口も聞いてくれなさそうだと深いため息をついた。
(ジリオラ、僕は本当に君が変わってしまって残念でならないよ)
ラーナが掃除をしていると、泣き腫らした目をしたセレナを連れてサルヴァトーレが帰ってきた。それを見たアルマが表情を曇らせる。
「トト坊、今度は何があったんだい?」
「例の娘の我儘に付き合わされたんですよ、全く、俺は行くだけ無駄だって言ったのに。セレナはお人よし過ぎだ、あんな奴のこと心配して」
後ろから入ってきたセルジュ兄が大層ご立腹だ。
「くぅーん」
「キュゥ」
奥の部屋からリーノとディノと名付けられた白黒妖精が出てきてセレナにまとわりつく、セレナはディノを抱きしめ、その場に座ってリーノをかまい始めた。
「だって、自分にだけ妖精さんが居ないのは、淋しいから……」
サルヴァトーレたちは顔を見合わせる。
「まったく、可愛い顔が台無しだよ、よく目元を冷やそうね。ラーナ手伝っておくれ」
そう言ってアルマはセレナを立たせ、奥の部屋へ連れて行った。ラーナはサルヴァトーレたちに大丈夫と目配せをして、アルマに続いて行った。
その夜、ラーナがそっと様子を伺うと、セレナが眠っている寝台の足元にはリーノが丸くなり、白の妖精のルカはへそ天で寝ている白黒妖精のディノに寄りかかっている。リーノが片目だけ開けてラーナを見たが、ラーナが手を振るとそのまま目をつぶって寝てしまった。
ラーナがダイニングに戻ると、珍しくサルヴァトーレたちはお酒を飲んでいた。
「セレナちゃん眠ってたよ、熱も出てないみたいから大丈夫じゃないかな」
「あいつ、赤ん坊の頃はしょっちゅう熱出しちまってたからなぁ」
「そうそう、そういや、そん時だけは俺らの妖精がセレナの傍に行きたがるから、不思議だったよな」
セルジュはそう言って、入れ替わった妖精たちを見まわした。
「本当に皆には世話をかけた。私が傍に居られないとき、娘を大事にしてくれて感謝する」
静かに杯を傾けていたサルヴァトーレが、真剣な面持ちで感謝を述べ、頭を下げる。
「いやいやいや、頭をあげてくださいっ。俺らはサルヴァトーレ様に会ってなかったら、今頃ただのゴロツキだったかもしれないんすから」
慌てるエリオに、アルマが声をあげて笑う。
「立派になってくれて良かったよ、じゃなかったらラーナは今だに独り身さね」
「くっ」
思わずサルヴァトーレが笑い声をあげて、エリオは少し赤くなった顔を片手で隠すようにし、外方を向いた。それを見たラーナは夫に助け舟を出すことにした。
「ねー、不思議っていえば、どうして白の妖精なのに、ルカだけは消えないんだろうね。ほかの白の妖精たちは消えちゃったんでしょ?」
「確証はないが、セレナが居るからか、名を持っているからか、いずれかだと推測している」
「まぁ、ちっせー頃のセレナが、俺らの妖精に勝手に名前をつけて呼んでたのを、つい、そのままにしちまってますが……」
夫がそう言うのを聞いて、ラーナは思い出す。セレナがお話ができる位に大きくなった頃、ラーナの妖精を見て名前をつけた時のこと。
「たんぽぽみたいな色の妖精さんだから、んーと、んーっと、そうだ! レオ! あなたはレオね」
ラーナの肩に乗っていた黄色の妖精は、ふわりと宙に舞い、一瞬キラキラと輝いた。
妖精は女神ルーチェから授かる神聖なもので、人々は妖精に名を付けるという恐れ多いことはしない。いや、正確には、もしそうしていても口外しない。ましてや、他人の妖精に名を付けるなど、本来はありえないことなのだ。でも、今はアルマの傍に居る元ラーナの妖精は、あの時に自分のことを「レオ」と名付けられたと受け入れたようだった。そして、いつしかラーナ自身もその名を当然のように内に思っていた。
「ルカを、そう、私がルカを『ルカ』だと認識してから、ルカの力が以前より増えたようにも、さらに気持ちが通じているようにも感じたが、みなは違うのか?」
サルヴァトーレの問いに、ラーナがみなを見回すと、ほかのみんなもセレナが自分の妖精に名をつけた時のことを思い出しているような顔をしている。
「たしかに、俺もそう感じてはいますが、それより、あいつが居るからとは、どういうことですか?」
セルジュが問うと、サルヴァトーレは書いた方が解りやすいか、と紙とペンを出して何か書きつけた。
「左が髪色、右が妖精のまとう色だ。こうして整理してみると、よく判るであろう」
赤系[エリオ]・・・・・・・水色の妖精[アリア]
水色系[セルジュ]・・・・・赤色の妖精[ルビーノ]
黄系[アルマ]・・・・・・・青(紫)色の妖精[ヴィオ]
青(紫)系[ラーナ]・・・・黄色の妖精[レオ]
緑系・・・・・・・・・・・・赤紫色の妖精
赤紫系・・・・・・緑色の妖精
金・銀[サルヴァトーレ]・・白色の妖精[ルカ]
黒[セレナ]・・・・・・・・妖精はいない
「なるほど、人の髪色と妖精の色が逆になってるのか、だから、俺と兄貴の妖精、ばあちゃんとラーナの妖精、そして、サルヴァトーレ様とセレナも入れ替わって、で、黒髪の奴が近くに居ない白の妖精は行き場をなくして消えたと?」
「まだ、仮説ではあるがな。精霊は好む色の者を主に選ぶと言われているが、その性質が反転したのか、あるいは、妖精自身の性質が変わったのか」
「妖精の性質が変わっちゃうってどういうことですか?」
ラーナがサルヴァトーレの言う意味を捉えきれずにいると、それを聞いたサルヴァトーレは、セルジュとエリオに確かめるように問いかける。
「ロスクリタの黒い魔物は光の魔法で消えたが、精霊樹から湧いた黒い獣は光の魔法で消えなかったであろう?」
「たしかに、セルジュからは剣で切れなかったって聞いてたのに、神殿に出てきた獣は切れちまったよな」
サルヴァトーレはエリオの言葉に頷いてから先を続けた。
「光の精霊が精霊樹を介して妖精として形をなす。あの黒い獣が、強い光があれば消える闇だと考えれば、何らかの原因で形のない闇の精霊のような獣が、精霊樹を通して実態を成したのがあの黒い獣。と言えるのではないか?」
「そうだとして、なんで消えたら石になっちまうんですかね」
「それはまだ不明だが、この石を見てくれるか」
サルヴァトーレは、水色の石を手のひらに載せ差し出した。
「この石は、セルジュの妖精ルビーノが持ったままだったものだ」
「元は黒い石だったはずでは?」
「そうだ、そして、こちらはルカに持たせてみた石だ」
サルヴァトーレは今度は真っ白になった石を見せる。
「この石には、魔力が込められているのかもしれない」
「魔力、ですか」
セルジュがそう繰り返すと、サルヴァトーレが出した水色の石に、空色の妖精アリアが近づき大事そうに抱き抱えた。
「おい、何して……え?」
アリアが抱き抱えた石から少しずつ色が抜けていき、淡い水色になっていく。全員が見守る中、その石が白色になったとき、満足そうにしたアリアが石を手放した。




