第14話 変容する世界の理
それは、妖精という常識から外れた姿をしていた。
サルヴァトーレがもう一度白黒のそれを捕まえようとしたのだが、なんと、彼の守護妖精がセレナの肩にいる白黒のそれと手を繋ぎ、飛びながら楽しそうにぐるぐると周り始めたのだ。
「かわいい、かわいい、かわいいー」
語彙力のなくなったセレナが可愛いを繰り返しつぶやいている。今ではセルジュとエリオの妖精も一緒に手を繋ぎ、輪になって足をあげたり、手をあげたりして、空中で踊っているように見える。その様子を見ている大人三人の顔からは表情が抜け落ちたままだ。
「えっーと、これは、この白黒も妖精ってことでいいんですかね?」
エリオが誰ともなしに尋ねたが、セルジュは首すくめて解らないのポーズだ。
「妖精たちが仲間と思っているようだから、認めたくはないが、恐らくそうなのだろう」
サルヴァトーレが絞り出すように声に出す。その空気を変えるように、セルジュが妖精たちに釘付けのセレナを問い質してきた。
「それよりもサルヴァトーレ様。聖霊樹がなんで黒に染まって、御珠が黒の獣になったかの方が問題ですよ。セレナ! 本当にお前が原因じゃないんだろうな?」
「え? 私? 何で?」
「ほ・ん・と・う・だ・な?」
セルジュは人差し指をセレナに突きつけるようにし、一文字口に出すごとに一歩ずつセレナに迫る。セレナはそれを避けるようにして、一歩ずつ後退し、聖霊樹の置かれている祭壇の段差によろめき尻もちをついた。
「痛っ。もう、セルジュ兄のいじわる! 知らないってば」
セレナが膨れっ面をしてセルジュを見上げると、見上げた先に新たな黒い実が大きくなっていく様子が見えた。
「うそ、また実が大きくなってる」
セレナがそう言って聖霊樹を指差すと、白黒の妖精が飛んで聖霊樹の幹の近くに降り立ち、ファイティングポーズを取った。そして、勢いよく踏み込むと、その丸く小さな前足の握り拳で、ポフンと聖霊樹を殴る。
――が、何も起こらない。
自分の身の丈よりも数倍も大きい精霊樹の根本に、勇ましく拳を叩き込んだ姿で佇む丸っこい白黒の妖精。その姿に、セレナが笑いを堪えられなくなった時、セレナの吹き出した声とともに、パリンと硬質な音を立てて砕け散り、空気に溶けるかのように消えていく聖霊樹。
「セーレーナー?」
サルヴァトーレたちが渋い顔をして、セレナを一斉に見てきた。
(えぇー、なんで私?)
そんな男達三人を尻目に、ふぅ、いい汗かいたぜ、とでもいうように右前足で額を拭う仕草をする白黒の妖精。結果に満足したのか、ぱたぱたと羽を動かし、ふよふよと浮かんでセレナの肩へ戻ってきた。
「えーっと、君? が助けてくれたのかな、ありがとうね」
セレナにお礼を言われ、コテンと首を右に傾げる白黒の妖精。
「あれ? 違うの?」
「はぁ、わけわかんねーけど、こいつのお陰でこの黒くなった精霊樹が砕かれたんだよな」
セルジュはセレナの横にしゃがんで白黒の妖精を観察している。その手は白黒の妖精に触りたそうに動いていた。
(セルジュ兄って、ほんと動物好きだよねぇ)
セレナがセルジュと白黒妖精を見て一人和んでいると、
「でもよぉ、精霊樹壊しちまってよかったのか?」
「あ」
エリオの問いに三人が固まった。ふぅっと長い息を吐き、いち早く気を取り直したサルヴァトーレ。
「壊れて消えてしまったものは仕方ない、それに、黒の獣を産む精霊樹など残しておいた方が問題だろう」
サルヴァトーレはそう言いながら、セレナに近寄り、手を貸して立たせてくれている。
「それもそうか。それにしても、黒い獣がこんな石になっちまうなんてな、あれは生き物じゃないのか?」
「エリオ兄、それ、元に戻ったりしないよね?」
無意識に石を弄んでいるエリオにセレナが問うと、エリオは慌てたのか、投げていた石を掴み損ねた。
すると、エリオのそばにいたセルジュの妖精が、それを空中で素早くキャッチして、そのまま抱え込む。
「何かおかしなことばかり起きるな。サルヴァトーレ様、とりあえず表でも待ってもらってるし、一度出ませんか?」
「そうだな、そうしよう」
セレナ達は床に散らばった黒い石を拾い集め、神殿の外へ出ることにした。黒く染まった精霊樹が砕け散って、消えてしまった後から、おかしなことが起きている。
サルヴァトーレの守護妖精がセレナの肩に乗り、セルジュの紅色の妖精はエリオの肩に、エリオの空色の妖精はセルジュの肩に乗っているのだ。
白黒の妖精はセレナが抱っこしている。誰が見ても妖精とは思わないだろう。どうみても人形にしか見えない。
「なぁ、これどういうことだ?」
エリオが自分の肩にいるセルジュの妖精を指差しながら聞いてくるが、誰もが首をひねるばかり。
四人が揃って神殿を出ると、そこには避難してもらった下級神官とジリオラ親子が居た。サルヴァトーレが一歩前に出て問いかける。
「みな、怪我はないか?」
「はい、私たちは大丈夫ですが、あの獣は?」
「心配ない。もう片付いたので神殿に戻っても大丈夫だ」
「安心いたしました。それにしても精霊樹に一体何が……」
下級神官はそれ以上言葉を続けられなかった。目の前で、ジリオラの守護妖精が、セレナの頭の上に飛んでいき、ニット帽の上に座ったのだ。それを見たジリオラが癇癪を起こす。
「何するのよ! 私の妖精さんを返して!」
「私何もしてないよ……」
セレナは弱々しく答えたが、どうやら神殿の外でも妖精の様子がおかしいと騒ぎが始まっているようだ。
「サムエル殿、妖精の様子がおかしいが、我らにも今は何が起こっているのか判らぬのだ。それに妖精に強制はできぬ。そなたらも一度町長の屋敷へ戻った方がいいだろう」
サルヴァトーレがジリオラの父へ提案すると、妖精を取られたとぐずるジリオラを宥めながら帰って行った。
今、セレナの傍にはサルヴァトーレとジリオラの妖精が飛んでいる。
「サルヴァトーレ様、これ、どうしたらいいんでしょうか?」
「妖精に強制はできぬ、好きなようにさせるしかないな。そなたたちは宿に戻っていなさい」
そう言って、サルヴァトーレとセルジュは神殿へ戻って行った。
神殿へ報告に行ったサルヴァトーレ達と別れ、宿として借りた家に戻ってきたセレナとエリオ、妖精はいまだにおかしなままだ。そして、セレナの足元にはリーノ(ラウル)がまとわりついている。
「わふわふわふわふ」
「ただいまぁ、リーノ」
そう言うとセレナはしゃがんで頭を撫でる。リーノ(ラウル)は目を細めて気持ちよさそうに頭を擦り付けてきた。セレナがリーノをかまっているところに、
「ただいまぁ」
とラーナとアルマが帰ってきた。随分疲れた声をしている。
「ねぇ、みんなの妖精もおかしいのね」
部屋に入ってくるなり、そう言うラーナ。全員がラーナを見ると、アルマとラーナの妖精も入れ替わっていた。
「おや、お前さんたちの妖精も入れ替わってるじゃないか。それに、セレナや、その白黒のは一体なんだい?」
「うっわぁかっわいいー、セレナちゃん、どうしたのそれ?」
(だよね! パンダ妖精可愛いよね! この世界にパンダが居るか知らないからパンダって言えないけどっ)
白黒の妖精を初めて可愛いと言われてにんまりするエレナ。
「あぁ、とりあえず、ばあちゃん、ラーナ座ってくれ。腹減ったからさ、なんか食いながら話すよ」
エリオが奥から出てきてみんなを誘う。セレナは三人分の妖精とリーノに取り囲まれたまま食卓に向かった。
(ほんとに、一体何が起こってるんだろう)




