第13話 おわりとはじまり
サルヴァトーレがフロンダの町に赴任してから二週間後、彼ははこの町の祝光祭の準備をしていた。
古より伝わる神聖な聖霊樹の水晶、この水晶から精霊樹を顕現させることができるのは白き光の妖精を持つ者のみ。おそらく、元は光の女神への信仰を広めるためでもあったのだろうが、それを持つ神官が村や町を訪れ、日をずらして祝光祭を行うのが昔からの慣わしだ。
オルキディア王国には、神聖アルジェンティーナ帝国から貸与された聖霊樹の水晶が三つある。今サルヴァトーレが持っているのはそのうちの一つだ。それを祭壇の中央に配し祈りを捧げる。
「清浄なる光よ、新たなる精霊の子らよ、女神ルーチェの御名のもと我らとともにあれ。このよき日に光の祝福を賜らん」
祈りの言葉が終わると、水晶の上をサルヴァトーレの守護妖精が光の粒を散らしながら飛び回る。水晶から出た双葉が根を張り一気に枝を伸ばして成長し、その形を変えて虹色に輝く白い聖霊樹が顕現した。
「はぁ、何度見ても素晴らしい光景ですね」
この神殿の若い下級神官が感嘆のため息をつく。
サルヴァトーレは拝殿に立つ彼の方を振り返り、問いかける。
「そろそろ時の鐘が鳴る時間ではないか?」
「そうですね、扉を開ける用意をいたします」
神官が扉の前へ移動して、ほどなく時を告げる鐘の音がなる。フロンダの町の祝光祭が始まりを迎えた。
フロンダの町は住む人も多く子どもの数も多い。貴族の子息も居る町の祝光祭では、孤児院の子たちの祝光祭は町の祝光祭が終わったあとに、下級神官によって執り行われることになっている。
今、神殿内に居るのは孤児院の子たちだ。最後の一人が光珠を授かり、祝光祭はつつがなく終了した。しかし、聖霊樹を蔵めるために来るはずのサルヴァトーレの姿がない。おそらく、いまだ貴族のお祝いに付き合わされているのだろう。
「サルヴァトーレ様にお声がけをしてくるので、申し訳ないけどここで少し待っててくれるかい?」
孤児院の祝光祭を司った若い下級神官は、片付けを手伝っている少女に声をかけた。
「はい、承知しました」
セレナはそう返事をすると、最後の飾りを箱に仕舞い、することもなくなったので、椅子に腰掛けて待つことにした。
今日は、セルジュとエリオはサルヴァトーレの護衛兼手伝いに行っている。ラーナは勤め先でお祝いの料理の手伝い、アルマは孤児院で幼児たちの面倒をみている。セレナは教会の飾り付けや掃除の手伝いだ。
誰も居なくなった拝殿でセレナが聖霊樹を眺めていると、少しずつ聖霊樹の色が灰色になっているように見えてきた。光の加減かと立ち上がってみても、同じように色が翳って見える。祭壇に近寄ってみると、その色がどんどん暗さを増して行くのがわかった。
「何が起こってるの?」
セレナが近くで確認しようと聖霊樹の前まで行くと、中央にある実がほわりと光り明滅した。
「嘘……、光ってる」
セレナは辺りを見まわし、もう一度精霊樹を見る。そうして、意を決してゆっくりと左手をその光る実の下に置いて、右手でそっとその実に触れた。ポトリと手のひらに落ちたその実は、白と黒が混じり大理石のような模様がついていた。
「これ、光珠なのかな?」
「何をしている?」
急に背後から聞こえたサルヴァトーレの声に飛び上がって驚くセレナ。掌の中の実に気を取られて、サルヴァトーレ達が戻ってきたことに全く気がついていなかった。
「サルヴァトーレ様、聖霊樹の色が……」
セレナがそう言うと、サルヴァトーレたちも聖霊樹の異変に気がついた。聖霊樹はどんどん黒味を帯びて行く。
「これは何だ、どうしてこんなことが」
そう言ったサルヴァトーレの後ろから、可愛らしい少女の声が発せられた。
「その子のせいじゃないの?」
その声の主は先日光の聖女と認定されたという、銀髪の少女だ。この町の祝光祭に招待されて来たらしい。先日サルヴァトーレに会いに来たが、セレナはちらっと姿を見た程度で面識はないはずだ。
「なぜ、これが彼女のせいだと言うんだい?」
一緒に戻ってきた若い下級神官がその少女に向かって問いかける。
「あら、だって、その子は……」
と少女が言いかけた時、真っ黒に染まりきった聖霊樹の実が一つ、また一つと床に落ち始めた。
「ジリオラ、憶測で物を言うのはよしなさい」
少女の傍に居たもう一人の男性がそう制するも、ジリオラはセレナを嘲笑うかのように言い放つ。
「だって、その子が妖精を持たざる黒髪の子、なんでしょう?」
ジリオラがそう言い放った直後、最初に落ちた聖霊樹の黒い実が、徐々に大きさを増し、その形を取り始めた。
「セルジュ、皆を外へ! エリオ、剣を構えよ」
サルヴァトーレが素早く指示を出す。
「私も!」
とジリオラが進み出るが、
「邪魔だ! 外へ出ていろ!」
と珍しくサルヴァトーレが語気を強めた。即座にサルヴァトーレの光の言葉がセレナの背後から聞こえる。四人はセルジュに追い立てられるようにして、教会の外へ出た。
『ルストラーレ』
サルヴァトーレの守護妖精から強く眩い光が放たれた。エリオが怯んだ獣を袈裟懸けにする。獣は形をなくし、その場には小さな石が残った。床に落ちたばかりの黒い実は、妖精の光に触れて小石位の大きさに萎んだように見える。しかし、成長した獣は光の言葉だけでは消えなかった。
『ルストラーレ』
もう一度サルヴァトーレが唱えるが、獣は怯むだけだ。
「加勢します!」
四人を外に連れ出したセルジュが戻ってきて、エリオと連携をとり、サルヴァトーレも加わって怯んだ獣を次々と切り捨てた。やはりそこには小さな石だけが落ちている。
「獣が石になっちまうなんて、一体この獣は何なんだ?」
「ロスクリタでは切れなかったんだが、切れちまった」
「光では消えぬのか……」
その場に残った石を拾い、三人が三様に頭をひねっていると、神殿の外が騒がしくなっている。
「ジリオラ、そう簡単に人を疑ったり、悪く言ったりしてはいけないよ」
ジリオラのそばに居た男性が彼女を宥めている。
「パパだって見たでしょう、この子があの樹の側に居たじゃない。聖霊樹が黒くなったのはこの子のせいよ。私の妖精だって近づきたがらないんだから! こんな子、暁光のサルヴァトーレ様にふさわしくない!」
ジリオラに父と呼ばれた男が諭すも、ジリオラは余計声高に根拠なく目の前にいるセレナが悪いと言い募る。ジリオラの父はかける言葉が見つからず困っているようだ。セレナと下級神官が何とも言えず、居心地を悪くしていたところに、セルジュの助けが入った。
「セレナ、中でサルヴァトーレ様がお呼びだ、ちょっと来てくれ。あぁ、みなさんはここでもう少し、静かに待っていてください」
セレナは三人に頭を下げた後、神殿内へ戻った。
セレナが祭壇まで戻ると、聖霊樹の実は全て落ちてしまっていた。聖霊樹は黒いままで、幹や枝の表面には細かいヒビが入り、まるで枯れ木のように見える。
「サルヴァトーレ様」
セレナが声をかけると、サルヴァトーレがいつもよりも低く硬い声で尋ねてきた。
「なぜ聖霊樹の側にいた?」
「色が変わって行くのが見えたので、近くで確認していました」
「それだけか?」
「…………御珠を」
「精霊の御珠がどうかしたのか」
セレナはポケットに入れていたものを取り出し、手のひらに置いて見せた。
「これは何だ」
大理石模様の光珠など見たことがないサルヴァトーレには、これが光珠とは思えなかったのだろう。
「そばに来たら御珠が一つだけ光ったので……」
「はぁ?」
エリオとセルジュが同時に声を裏返す。サルヴァトーレは額を押さえ、ひとつ小さく息をついてから、セレナの方へ手を伸ばす。
「それから黒い獣が出てきたらどうする。早くこちらへ」
「でも、これが本当に光珠なら……」
「セレナ」
三度目はないぞ、とばかりに低い声でセレナの名前を呼ぶサルヴァトーレ。しぶしぶセレナがそれを渡すと、すかさず光の言葉が唱えられた。
「みな、目を守れ、『ルストラーレ』」
全員が一斉に目を瞑る。
光が収まってからセレナがゆっくり目を開けると、サルヴァトーレの手の上には、背に白い羽のある白黒の丸っこい動物がちょこんと座っていた。
「何だこれ??」
またもやエリオとセルジュが同時に声を上げる。
セレナが手を差し出すと、その白黒の丸っこい子はパタパタと羽を動かして浮き上がり、セレナの右肩にポヨンと座った。
「か……、かわいいー!」
セレナは丸いお腹を左手で撫でながら、頬擦りして可愛さに悶える。
「また面妖な」
サルヴァトーレがセレナの方へ手を伸ばして来るのが見える。セレナは身を捩ってそれを避けた。
「だめです。きっとこの子は私の守護妖精です! ねー」
丸っこい白黒のそれは肯定するかのように、セレナの肩の上で「キュ」と鳴いた。
大人三人は目を白黒させて立ち尽くす。
「妖精? それが?」




