4
俺はすぐに強化項目の画面を開いた。
【強化項目】
新たに強化可能な項目
・マップ機能
必要ポイント:8,000
現在強化可能な項目は以上です。
この果てのない海を当てもなく進み続けるのは、精神的にも物資的にも限界がある。自分がどこにいて、どの方角に何があるのかを把握できるだけで、生存の確率は格段に上がるはずだった。
【マップ機能強化】
現在のポイント:20,000
必要ポイント:8,000
強化しますか?
▶ はい ▷ いいえ
【強化完了】
マップ機能が解放されました。
残りポイント:12,000
大量にあったように思えたポイントが、必要なものを揃えるたびに削り取られていく。
だが、使わなければ意味のないポイントだ。後悔している暇はない。
強化が完了した直後、ディスプレイの左下に小さなミニマップが追加表示された。
簡易的なものだが、現在地を中心として周囲の地形がリアルタイムで描画されている。
今までのように「何もない水平線を睨みながら勘だけで進む」という状態からは、大きく前進したと感じる。
右手首のディスプレイからもマップが確認できることがわかり、表示をいじっていくとマーキング機能も搭載されていた。
試しにこの無人島をマーキングすると、ミニマップ上に小さなピンが刺さり、現在地からの距離がメートル単位で表示される。
現在は0メートル。
当たり前だ。まだ島の目の前にいるのだから。
続けてショップの画面を開く。
【ショップ】
現在購入できる商品:
・真水補充 6,000ポイント
・携帯食料 8,000ポイント
・簡易拠点 15,000ポイント 【NEW】
新たに簡易拠点が追加されていた。
拠点を置ける土地を発見したから、選択肢に加わったということか?
だが、15,000ポイント。今の手持ちでは到底手が届かない。
偵察機2型は購入済みのため、既に選択肢から消えていた。
残りの所持ポイントは12,000。真水が6,000、携帯食料が8,000。合わせて14,000。
両方を買うポイントすら足りていなかった。
食料と水の確保ができていない以上、この二つの購入分のポイントは最低限確保しておかなければならない。
だが、両方買えない。どちらかを選ぶか、あるいはどちらも買わずにポイントを稼ぐ手段を先に確保するか。
簡易拠点の購入は、もっと先の話だ。
俺は画面を閉じ、操縦桿を握り直した。
留まっていても何も変わらない。
何かを見つけなければ。難破船のような回収対象か、あるいはもっと大きな陸地か。
マーキングした無人島がミニマップ上で少しずつ遠ざかっていくのを横目に確認しながら、俺は再びこの海を進み始めた。
強化された速度で、海面すれすれを突き進む。
波を切る振動が椅子越しに伝わり、ディスプレイの映像が勢いよく流れていく。
しばらくは何事もなかった。
先ほど潜水艦のライトの点け方がわかったので、暗くなり始めた海面を照らしながら進んでいたが、起伏のない水平線が延々と続くだけだ。退屈と言えば退屈だったが、あの果てしない虚無の海を一度経験している分、少しは耐性がついていた。
異変に気がついたのは、それからしばらく経った頃だった。
海が荒れ始めている。
最初は緩やかなうねりだった。波の高さが徐々に増していき、潜水艦の船体が上下に揺さぶられる頻度が上がっていく。
速度を落とすべきかと迷ったが、立ち止まっている余裕はなかった。そのまま進み続ける。
揺れは次第に激しさを増した。
上下だけでなく、左右にも船体が振られ始める。操縦桿を握る手に力が入った。
やがて特に大きな波が船体を持ち上げ、その頂点から一気に海中へと沈み込んだ。
視界が青に変わる。水面を突き抜けて、潜水艦が海中に没した。
その瞬間、揺れが嘘のように消えた。
——沈んだ方が荒れていない?
先ほどまで上下左右に振り回されていたのが嘘のように、船内はわずかな揺れだけで安定していた。
海面の荒波は、あくまで表層だけの現象だったのだ。少し潜るだけで、水中は穏やかそのものだった。
試しにそのまま前進を続けてみる。
しばらく進むと、再び水流の乱れが感じられた。海中にも荒れている層があるらしい。だが、さらに深く潜ると、また静けさが戻った。
深度を取れば取るほど、海は安定する。
俺はミニマップだけを頼りに、船体の進行方角を一定に保ちながら、ある程度の深さを維持して進んだ。
しばらくは順調だった。
大きな音がし始めたのは、その直後だった。
海中であるにもかかわらず、強い風が壁に叩きつけられるような重低音が響いている。潜水艦の船体全体が振動し、計器の針が細かく震えていた。
これは風ではない。
何かが、近くで動いている。
嫌な予感というものは当たる。
後方のディスプレイを確認した瞬間、血の気が引いた。
長い。
とにかく、長い。
うねうねとした蛇のような大きな体躯がまず見えた。
そしてその口は横ではなく縦に裂けており、上下に大きく開くことで獲物を丸ごと飲み込む構造になっている、裂けた口の奥には、無数の細い歯が内側に向かって生え揃っていた。
その頭部の両側面に据えられた黄色い目が、こちらを真っ直ぐに捉えて光っていた。
「うわァァ」
情けない声が出た。
だが、決して操縦桿は離さなかった。
潜りすぎたのだ。
この深度は、この化け物の縄張りだった。浅瀬では安全だった海も、深く潜れば潜るほど、より巨大な捕食者の領域に踏み込むことになる。
操縦桿を限界まで握り、全速前進。
速度を強化しておいたことが、ここで効いた。
化け物との距離は縮まらなかった。
潜水艦の最高速度が、ギリギリで勝っている。追いつかれることはなく、むしろほんの少しずつ、確実に引き離していた。
あの縦に裂けた口に追いつかれていたら、この潜水艦ごと噛み砕かれていたかもしれない。
だが、化け物は諦めなかった。
追いつけないと理解していないのか、それとも縄張りを侵した者を絶対に逃さない習性なのか。振り切ったと思っても、後方のディスプレイには延々とその長い体が映り続けていた。
俺は画面を凝視し続けた。
操縦桿を握る指が白くなるほど力を込め、一度も手を離さなかった。
どのくらいの時間そうしていたのかはわからない。十分にも感じたし、一時間にも感じた。
やがて、後方のディスプレイから化け物の影が完全に消えた。
それでもすぐには速度を落とさなかった。
姿が見えなくなっても、油断すれば追いついてくるかもしれない。俺はその恐怖を振り払えないまま、しばらくの間全速力で進み続けた。
操縦桿から片手を離すと、掌がべったりと汗で濡れていた。
ズボンの裾で拭い、深く息を吐く。
ミニマップに目を落とした。
画面の端に、陸の影が映っている。
俺は即座に浮上した。
海上に出ると、先ほどまでの荒れは既に収まっており、穏やかな夜の海が広がっていた。
そして、遠くの方に明かりが見えた。
星の光ではない。
水平線の上に、点々と並ぶ橙色の光。
規則的に配置された、人工的な灯り。
文明だ。
この海に来て初めて見る、知性ある存在の痕跡。あの難破船のような過去の残骸ではなく、今現在そこに誰かが生きているという証拠。
嬉しくなった。
口元が勝手に緩むのを止められなかった。
だが、すぐに冷静さを取り戻す。
この潜水艦をそのまま乗り付ければ、間違いなく大騒ぎになる。
この乗り物がこの世界でどういう位置付けになるのか分からず、友好的に迎え入れてくれる保証はどこにもなかった。
俺は少し遠回りをして、灯りの集まる場所から離れた地点で陸に寄せた。
浅瀬に潜水艦を停め、ハッチを開ける。
夜風が頬を撫でた。
潮の匂いに混じって、かすかに煙の匂いがする。焚き火か、炊事の煙か。
人が暮らしている匂いだった。
俺はベッド脇に立てかけてあった2型の円盤だけを手に持ち、梯子を登って外へ出た。




