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2型はズンズンと先を進んでいく。
この牢はそもそも地下に位置しているため、外へ出るには必然的に階段を登る必要があった。
「なんでお前ら、出てるんだァー?」
ふと通りがかった別の牢から、唐突に腕が伸びてきた。
俺はすんでのところでそれをかわす。
鉄格子の隙間から顔を覗かせていたのは、無精髭を生やした中年の男だった。
しかし、その目はこちらを見ているようでいて、焦点があらぬ方向を向いている。半開きの口の端からは、泡のようなものが滲み出ていた。
「無視よ。ソレは薬中で助からない」
一目見ただけで、ミースはその男を薬物中毒者だと断じた。
「俺も出してくれよぉ〜!!!」
男は鉄格子をガンガンと揺さぶりながら叫び続ける。
俺たちが遠ざかっても、その声は止まなかった。
男の濁った目と、その牢から漂ってくる甘くすえたような匂い。それが鼻腔の奥に張り付き、軽い吐き気すら覚えた。
「――流行ってる薬なのか?」
俺が問うと、ミースは少し顔を曇らせた。
「王都の裏で流行りつつある薬ね。ここまで来てるとは――」
その先の言葉を、ミースは飲み込んだ。
商人である彼女にとって、それは単なる雑談ではなく、何か思うところのある話題だったのかもしれない。
短い時間だったが、あの男の姿は強烈に脳裏に焼きついた。
俺は頭を振ってその残像を払い、先へと進んだ。
背後では、男がまだ大声で叫び続けている。
* * *
「さっさと出ないとまずいな。声でバレる」
今にも右手首から警告音が鳴り響くのではないかと怯えていたが、いくつかの曲がり角を抜け、上へと続く階段を見つけるまで、それが鳴ることはなかった。
階段の足元で、2型がこちらを振り返る。
この牢に入れられた時のことを思い出す。
兵士たちは、地下へ降りるための施錠された扉を開けてから、俺をこの牢まで連れてきた。
ということは、この階段を登り切ったところに、施錠された扉があるのだ。
もっとも、それは来た際に2型が既に破っているだろうが。
俺たちが階段を登っていると、右手首に警告が表示された。
【警告】
敵性存在が一体います。
――確実に、この階段の上だ。
間に合わない。
このままだと、登り切る前に発見される。
「あれ? なんでこの扉が開いてんだ? ――ドアノブが壊れてやがる」
少し先で、扉が開き始めた。
隙間から漏れる光が、少しずつ光量を増していく。
俺は足を止めなかった。
「――ミース」
俺は隣を登るミースに、低く呼びかけた。
「俺たちの勝利条件は、――海に辿り着くことだ。それだけだ。それ以外は、全部過程に過ぎない」
ミースは黙って頷いた。
俺たちが今ここで兵士に見つかること自体は、特に重要ではない。
重要なのは、海に辿り着けるかどうか。それだけだ。
やがて、扉が完全に開かれた。
俺たちは、扉を開けた男性兵士の視界に、はっきりと入った。
「なっ、おま――」
兵士の言葉は、最後まで言い切られることはなかった。
その体が、糸の切れた人形のようにどさりと床に倒れる。
既に2型が、その尾を兵士の首筋に突き立てていた。
兵士の意識が階下の俺たちに向いた、その一瞬。
天井を這って先行させていた2型が、ぎりぎりのタイミングで奇襲を成功させたのだ。
まだ、即座に騒ぎにはなっていない。
俺たちは階段を一気に駆け上がり、扉の奥へと出た。
扉の先は、廊下だった。
「殺したの?」
そう尋ねてくるミースに、俺は顔を向けず、言葉だけを返した。
「死んでいない。神経毒で意識がないだけだ。非殺傷の毒だ」
2型の毒には、殺傷性がない。
良くも悪くも、そういう性能だった。
どれだけ深く打ち込もうと、対象を痺れさせるか、意識を奪うか。それしかできない、出所の知れない謎の毒だ。
しかしこの毒は、ヴィソン村であの魔物から、最後の逃走の力を完全に奪い去るほどには強力でもある。
殺さないが、確実に無力化する。脱出には、これ以上ない性能だった。
「どっちだ?」
俺は左右に分かれた廊下を前にして、2型に問いかけた。
2型は迷うことなく、右手方向へと進み出す。
駆け出すように進み、いくつかの角を曲がっていく。
途中、警告音が鳴ったので咄嗟に物陰に身を隠すと、数人の兵士が俺たちには気づかず、慌ただしく走り過ぎていった。
牢の脱獄が、バレている。
ここは一階。
あとは、目と鼻の先にある玄関を抜ければいいだけだ。
「駆け抜けるぞ」
そう言って、俺は走り出した。
ミースもすぐに追従する。
門番のように玄関の外を見張っていた兵士が、背後からの足音にすぐ振り返った。
だが、振り返り切るよりも早く、2型の尾がその体を捉えて倒す。
もう一人の兵士は、倒れかかった同僚を咄嗟に支えようとした。
その隙に、俺たちは玄関をそのまま走り抜けた。
「力技すぎる! 窓とか探せばあったかもじゃん!」
走りながらそう言うミースに、俺は否定の言葉を返した。
「窓や裏口を探すのも考えた。だが、時間をかければかけるほど、出口になりそうな場所は警備が厚くなる。今ならまだ薄い」
初動の混乱が冷めやらぬうちに、一気に建物の外へ抜ける。
それが、俺の狙いだ。
建物を出ると、後方から兵士たちが追ってくる気配がした。
俺はミースを伴って、この港町の大通りへと飛び込んだ。
人を避け、さらに避ける。
「すまん!」
ぶつかりかけた客引きの店員に、片手間に謝りながら、なおも突き進む。
俺は、この町を知らない。
桟橋付近しか見ていなかったが、バババという港町は思った以上に広く、人が多かった。
「ミース! 道がわからない!」
俺の右手首には潜水艦の位置だけが表示されている。
最短距離を行こうとしても、町の建物に阻まれて何度も迂回を強いられ、思うように進めない。
「こっちよ!」
この町を俺よりかは知っているミースが、すかさず先導に回った。
彼女が先を走り、俺がその背中を追う。
人通りの多い橋に差し掛かった。
俺は、ミースの銀色の髪を見失わないよう、必死でその後を追った。
その時だった。
ガクン、と体に強い衝撃が走り、前へ進めなくなった。
「よぉ〜やく、捕まえたぜ」
そう言ったのは、やけに人相の悪い兵士だった。
人混みの中、俺の左手首をがっちりと掴んでいる。
その握力は、俺の腕ではとても振り解けそうになかった。
「終わりだ、お前は。これで俺も、ババ・ロウ様に覚えていただけるぜぇ」
そう言って、兵士はニヤリと笑った。
「ハルッ!」
ミースが、橋の少し先で振り返って叫ぶ。
2型を呼び寄せるよりも早く、俺は目の前の兵士にがっぷりと組みつかれてしまった。
「その魔物に注意しろ!」
近くにいたもう一人の兵士が、周囲の人々を強引に押し退けた。
橋の上に、ぽっかりと空間が開く。
助けに近づこうとした2型は、別の兵士に牽制されて、俺のもとへ寄れずにいた。
ミースの瞳に、迷いの色が濃く滲んだように見えた。
助けに戻るべきか、それとも一人で逃げるべきか。その葛藤が、銀色の瞳の中で揺れている。
俺は、兵士に組みつかれたまま口を開いた。
「ミース……初めに言ったろう。勝利条件を」
俺はまっすぐにミースを見て、続けた。
「そこに到達するまでの過程は、敗北じゃない」
俺の言葉に呼応するように、2型が鋏を一際大きく突き出し、これまでで最大の威嚇を放った。
その瞬間。
俺は、組みついてくる兵士を巻き込んだまま、橋の欄干を越えて身を投げた。
「お前――バカなッ! それでも逃げられんぞ!」
空中で、兵士がさらに強く俺に組み付いてくる。
落ちながらも俺を逃すまいとする、その執念だけは大したものだった。
俺は、これから一緒に水面へと落ちていくその兵士に、静かに問いかけた。
「お前は、どこまでついて来れるんだ? ――海まで、来れるか?」
大きな水飛沫が上がった。
橋の上の2型は、先ほどまでの威嚇が嘘のように、兵士たちを完全に無視してすぐさまその場を去った。
その動きを確認したミースもまた、身を翻し、2型の後を追って駆け出した。
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