13
「なにをニヤけてるのかしらね。ワタシが可愛いから?」
そう言う目の前の銀髪の少女に、俺は改めて目を向けた。
確かに、可愛いのだろうと思う。
薄暗い地下牢の中でも、その顔立ちの端正さははっきりと見て取れた。整った鼻梁に、意志の強そうな瞳。長い銀髪が、小さな窓から差し込む光を淡く反射している。
「いや〜、悪いことばかりが続いていたんだが、それだけじゃないんだなと思ってね」
俺は淡々とそう答えた。
「あら、嬉しいことを言うのねー」
少女はそう言って、牢の奥に据えられた粗末なベッドに腰掛けた。
囚われの身だというのに、その仕草には妙な余裕がある。
「私は商人のミースよ。よろしくね」
「俺の名前はハル。ミースは、なんで捕まってるんで?」
俺が問いかけると、ミースは綺麗な銀髪を揺らして口を開いた。
「この町を牛耳ってる商店に嫌われただけよ。有ること無いこと吹き込まれて、このザマね」
その言葉に、俺は内心で苦笑した。
まだ喋り足りなさそうなミースには悪いが、これ以上深掘りするような内容でもないと判断した。
ただ、地下牢での暇つぶしにはちょうどいい。俺はもう少しだけ話を続けることにした。
「へぇ〜、あんたも商人なんだ」
俺が何気なくそう言った瞬間、ミースが食いついた。
「と、いうことは、あなたも商人なのね。可哀想に。分かってあげられるわ」
そう言って、少し同情したように下唇を噛みながら、うんうんと頷いている。
「――ミースは、どうするんだ。ここから」
「どうするって? このままひっそり死ぬかどうか、っていう話?」
肩をすくめて、ミースは軽い口調で言った。
自分の死をそんな風に語れるあたり、この少女はこの少女で、相当に肝が据わっている。
「違うよ。ここから出るかどうか、って話だ」
「出られるわけないわね」
ミースは即答した。
「外にも兵士はいるし、そもそもここの錠前は黒褐蝕鉱石で出来てるから、錆びもしないし、壊れもしないわよ」
「こく……ん? なんだって?」
「黒褐蝕鉱石よ。え? あんた、知らない癖に商人を名乗ってるの?」
ミースが、信じられないものを見るような目を向けてきた。
「色々あるんだよ。俺はそもそも、異国の商人だからな」
「異国――!?」
俺が口にした言葉に、ミースは強い反応を示した。
ベッドから腰を浮かせ、銀色の瞳を見開いてこちらを見つめてくる。
だが、そのミースの反応よりも先に、俺が待っていたものが来た。
「あぁ〜、そうそう。悪いことばかりじゃない、っていうのはな」
俺はゆっくりと立ち上がりながら言った。
「今から起きることだぜ」
その直後だった。
鉄格子の扉に取り付けられた錠前が、ことりと音を立てて床に落ちた。
あれほど「壊れない」とミースが断言した黒褐蝕鉱石の錠前が、見事に両断されていた。
俺は扉に手をかけ、半身を外へ出した。
「はぁ!? 何が起こって――」
驚いて声を上げかけたミースの口元を、俺は素早く手で押さえ込んだ。
「流石に静かにしろよな」
俺は彼女の耳元で、低く囁いた。
「ミースは、ついてくるのかどうなのか。それだけ言え。ついてくるなら、何かの縁だからな。多少は融通してやる」
俺はあくまで、普段と変わらない調子で言い放った。
ミースの銀色の瞳が、俺の顔をじっと見つめてくる。
迷い、警戒、そして好奇心。様々な感情がその瞳の中を駆け抜けていくのが見えた。
返答は――頷きで返された。
「よし」
俺はそう言って、ミースの口元から手を離した。
* * *
俺が扉から出るのが少し遅れたのを気にしたのか、扉の足元から、錠前を切断した当の本人がひょっこりと顔を覗かせた。
偵察機2型Ω。
二本の鋏と、背後でくるりと丸まったサソリのような尻尾。
その尻尾を小刻みに動かし、鋏を軽く開閉させて、こちらにアピールをしてくる。
まるで「上手くやっただろう」と誇っているような仕草だった。
2型は潜水艦のベッドの下で、ただの銀色のつるりとした円盤の状態になっている。
今回は、それが幸いした。
ババ・ロウは俺の潜水艦の内部に侵入したものの、ベッド下に転がっていたあの円盤が何なのか分からなかったのだろう。
危険物とも判断できず、かといって価値あるものとも見なせず、結局は適当にどこかへ保管してしまった。
そのおかげで、俺は右手首のディスプレイから遠隔で2型に指示を出し、こうしてこの地下牢まで来てもらうことができたのだ。
主人の俺が潜水艦から引き離されても、2型との繋がりだけは切れていなかった。
「鍵はあるか?」
俺が問いかけると、2型は背後の尻尾の付け根に引っ掛けていたものを、鋏で器用に摘んで差し出してきた。
潜水艦の鍵。
『ゴアデビル』という、前世で読んだ漫画のキャラクターを模したキーホルダーが、尻尾の付け根に上手く引っかかってくれていた。
潜水艦の鍵さえあれば、こちらのものだ。
ババ・ロウが潜水艦を係留したまま保管しているなら、あとはそこまで辿り着いて、鍵を差し込んで起動するだけでいい。
「何をしてるの?」
後ろから、おずおずとミースが顔を出した。
俺は、彼女が2型を見て驚き、騒ぎ立てるのではないかと身構えた。
脱獄の真っ最中だ。ここでまた大声を出されては困る。
だが、ミースの反応は意外なものだった。
「あなた、魔物使いだったのね」
そう言って、妙に冷静に納得したのだ。
2型を魔物の一種だと解釈したのだろう。実際には機械なのだが、わざわざ訂正する必要もない。むしろ、その誤解は都合がいい。
「まあ、そんなところだ」
俺は曖昧に頷いておいた。
鍵は手に入った。
あとは、潜水艦をさっさと回収するだけだ。
だがその前に、まずはこの地下の建物から脱出しなければならない。
通路の構造も、兵士の配置も、俺にはまだ分からない。
「2型、頼むぞ」
俺がそう声をかけると、2型は鋏を一度だけ高く掲げて応えた。
そして器用に床を蹴り、薄暗い通路の先へと先行していく。
偵察と露払い。
こういう状況でこそ、こいつの本領が発揮される。
俺はミースを伴って、2型の後を追って通路へと踏み出した。
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