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異世海で自分だけの潜水艦を手に入れたので、海のど真ん中で海上交易国家を建国します  作者: 上昇線


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11/17

10


 俺はヴィソンの宿舎で体を起こし、大きく伸びをした。


 昨夜の祭りは、宝海日に向けて溜め込まれていた海産物が一斉に放出されたこともあり、村人全員が夜が更けるまで騒いでいた。

 その余韻のせいか、祭りの翌日だけは朝の進みがどこか緩やかに感じられる。


 宿舎の玄関で複数の足音がした。

 俺は軽く身だしなみを整えると、円盤状の2型を脇に抱えて扉を開けた。


 立っていたのはコウだった。

 大きな荷物を背負ったその少年の後ろに、村長とウェルが付き添っている。


「おはようございます! よろしくお願いします!」


 深く頭を下げてくるコウに、俺は短く返事を返した。


 村長やウェルからも、何度目になるかわからない礼の言葉を貰い、俺たちは港へ向かった。



 荷物を大量に抱えたコウへ、俺は「ちょっと待っててくれ」と告げて、先に潜水艦上部のハッチを開けて中へ入った。


 2型をベッドへ放り投げると、驚いたように一瞬だけ鋏脚を展開してベッド下の隙間へ素早く陣取り、それからまた寝入るように円盤の形に戻った。

 その動作を横目で見送りながら、俺はハッチに戻ってコウを呼び込もうとした。


 その瞬間。


 手首から警告音が鳴り響いた。



【警告】

 主人以外の人間が乗り込むことはできません。

 搭乗を許可した場合、潜水艦の全機能を使用できません。



 その文字が表示される。


「ちょっと待ってくれ、コウ」


 ハッチから顔を出して、今にも乗り込もうとしていたウキウキ顔のコウへ、慌てて待ったをかけた。


 焦ったのは俺の方だった。

 他人を乗せることができないのか、この潜水艦は。


 俺はそのまま操縦席へと戻った。


「たしか、あるはずだ」


 独りごちながら、操作盤を見渡す。

 昨日まではなかったスイッチが、明らかに増えていた。


 押し込むと、正面のディスプレイに表示が出た。



【搬送用結合コンテナを展開しますか?】


 ▶ はい  ▷ いいえ



 迷わず「はい」を選んだ。


 ぼん、と低い音と共に、船体全体に振動が走った。

 操縦席に変化はない。後ろの居住スペースを覗いても、特に何かが変わった様子はない。


 俺はハッチから外を覗き込んだ。


 潜水艦の後方に、楕円形のつるりとした船体がぴたりと結合されていた。

 銀色の表面が朝日を受けて鈍く光っている。

 追加された船体にも、上部に大きなハッチが設けられていた。


「えーと、こちらには乗り込めないみたいなので、そっちに乗ってもらえるか?」


 俺がそう言うと、コウは目を丸くしながらも頷き、海面にぷかぷかと浮いて見えるハッチを見様見真似で開けて中に潜り込んだ。


 その間、俺の手首は何も反応を示さなかった。

 搬送用結合コンテナは、潜水艦の中とは判定されていないらしい。


 俺もコンテナの中を確認するためにハッチから入った。

 中はコンテナという名前に反して、思ったよりも快適な作りだった。

 四方の壁にはクッション材のような柔らかい素材が貼られており、ベッドのような居心地の良さがある。

 窓は一つもないが、その分どこにぶつかっても怪我をしないように配慮された構造だった。


「すまないが、これで村まで向かう」


「自分のベッドよりもよほどふかふかなので、むしろ嬉しいです!」



「そ、そうか……」


 とりあえず満足してくれているなら問題はない。

 俺は脇に抱えていた小さな端末をコンテナ内の壁に取り付けた。


「コウ、この通信機を渡しておく。受話器を耳に当てれば俺と話せるはずだ……たぶん」


 今朝にポイントで購入していた簡易通信機だ。


 その後、自分の潜水艦に戻り、操縦席へ座る。


 あくびを噛み殺しながら、手元のレバーを押し下げた。

 目の前の景色が一斉に水に包まれていく。

 気泡が無数に立ち上り、海面が頭上で遠ざかっていった。


 ララカ海域を、これから潜って越える。



    * * *



 水中は、別世界だった。


 夜の海上を進むのとは違い、潜水艦は淡い青の中を滑空するように進んでいく。

 頭上から差し込んでいた光が、深度が増すごとに緑がかった青へと変わり、やがて深い藍色へと沈んでいく。

 その色彩の変化は、地球の海で見たことのあるグラデーションとよく似ていながら、決定的にどこかが違っていた。


 光が、不自然なまでに均一に届く。

 深いはずなのに、闇に沈み切らない。

 水そのものに、目に見えない薄い光源が溶けているかのようだ。


 ディスプレイには、生物の影が次々と現れては流れ去っていく。


 細長い銀色の魚の群れ。

 半透明の体に淡い光を点滅させながら漂う、傘のような生物。

 目のない、口だけの大きな魚。

 潜水艦のライトに照らされた瞬間に怯えたように逃げていく、針のような細い魚体。


 どれもこれもが、地球の海では見たことのない造形をしている。


 ララカ海域。

 海面は荒れる海域だが、ある程度の深度まで潜ってしまえば、荒波は表層だけの現象で、水中は嘘のように穏やかになる。

 ただし、その深度には別の脅威が待っている。


 海の大型の魔物。

 あの蛇のような巨体に追われた記憶が、まだ生々しく残っていた。


 今回は速度の強化があるおかげで、以前よりも早く進める。

 ディスプレイを流れる景色の流速が、明らかに違っていた。

 水を切る感覚そのものが研ぎ澄まされている。


 ただし、深度を上げすぎるのも危険だ。


 いるはいるは、魔物の影。


 俺は速度を最大に維持したまま、慎重に深度を調整しながら進んでいた。

 その時、ディスプレイの前方が暗くなった。


 巨大な影が、視界を横切ろうとしている。


 俺は咄嗟に潜水艦を停止させ、推進エンジンを最低出力に絞った。

 光を完全に落とし、計器の表示だけが操縦席を照らす状態にする。


 目の前を、群れが通過していった。


 カバのような体型をした巨大な魔物。

 胴体だけで潜水艦の数倍はある。

 ぼってりとした体躯に短い四肢、丸みを帯びた顔。陸の動物のそれを限界まで巨大化させて、水中に放り込んだような造形だ。


 一頭、二頭、三頭。

 数えるのが追いつかないほどの数が、ゆったりとした泳ぎで群れを成して横切っていく。

 その一頭一頭の動きは緩慢で、攻撃的な気配は一切なかった。


 しかし、もし一頭が口を開けて方向を変えただけで、後ろのコンテナごと一飲みにされるだろう。


 コンテナに窓がないことが、せめてもの救いだった。

 コウがあの光景を見たら、二度と潜水艦に乗りたくないと言い出すかもしれない。


 群れが完全に通り過ぎるまで、俺は息を潜めて待った。


 数分の沈黙の後、最後の一頭の尾が視界から消えた。

 俺は再びエンジンを起動し、進行を再開した。


 マーカーまでの距離は120キロ。

 ミニマップ上のピンが、ゆっくりと近づいてくる。


 その後の道中は、比較的平和だった。


 前回のような蛇の魔物に遭遇することもなく、深度の調整さえ気をつけていれば、大型の捕食者と正面からかち合うこともなかった。

 速度では潜水艦の方が優っているため、遠目に魔物の影を認識した時点で進路を逸らせば、追いつかれることはない。


 強化された潜水艦の本領は、こういう時にこそ発揮される。


 無人島に到着したのは、出発から一時間と少し経った頃だった。



    * * *



 海面へと浮上する。


 ディスプレイが青から朝の空へと切り替わり、目の前にあの小さな無人島が再び現れた。

 砂浜と低い雑木林。前回訪れた時と何一つ変わらない佇まいだ。

 ただ、今回はここを「拠点」として整備するという目的がある。


 俺は収納スペース③に置かれている、黒く四角い一塊の物体を持ち上げた。

 簡易拠点キットだ。

 見た目に反して重量はそれほどでもなく、片手でも持てる程度だった。


 2型を一度に持っていくのは無理だ。

 とりあえず潜水艦の中に置いておく。


 潜水艦の上部からコンテナへ降りて、ハッチを叩いた。


「着いたぞー」


 中で寝ていたコウを起こして、二人で島へ向かう。


 浅瀬を膝下まで濡らしながら砂浜へと上がる。

 


 俺は手にした簡易拠点キットを、雑木林に少し入った辺りの開けた場所に下ろした。


 砂浜から濡れた足のままで歩いてきたコウが、足元のキットを覗き込んでくる。


「これはなんですか?」


 使い方は、正直なところ俺もわかっていない。


 疑問を抱えたまま立っていると、右手首に振動が走った。

 ディスプレイを確認する。



【簡易拠点をこの場所で作成しますか?】


 ▶ はい  ▷ いいえ



 俺は「はい」を選択した。


 次の瞬間、足元の黒い四角い物体が一人でに動き始めた。

 カタカタと小刻みに振動し、表面が分割されて、内部から別の構造体が次々と展開されていく。


 パネルが伸び、柱が立ち、屋根が組み上がる。

 まるで折り畳まれた紙が、見えない手によって広げられていくような動きだった。


 あっという間に、少し狭めの小屋が砂浜の傍らに完成していた。


「す、すごい!」


 コウが目を見開いて声を上げる。

 俺自身も、正直驚いていた。


 扉を開けて中に入ると、想像していたよりも遥かに整った造りだった。

 簡易的なかまど。蛇口の付いた水場。さらにトイレとシャワー、ベッドまで完備されている。

 建坪は決して広くないが、人が一人で暮らすには十分すぎるくらいだった。


「ここが今日から家だ」


「すごい、すごい! 俺の村での家よりもよほど上等です!」


 コウは興奮した様子で部屋の隅々を見て回っている。


 水場の蛇口を開いてみると、清浄な水が当たり前のように出てきた。

 雨水を濾過するシステムが付いているようで、それでいて、初期の潜水艦よりもよほど多くの水を貯水しているらしい。


 俺はコンテナから運び出した食料品と、もう一台の通信機を小屋の中に運び込んだ。


「当初の予定通り、このまま俺は王国とは反対側、()()へ向かう」


 村に伝わる口伝の話だった。

 ララカ海域の更に向こうには、帝国と呼ばれる国がある。

 その国は王国と異なり水軍を持っており、海への進出も格段に進んでいる。大昔に一度、ララカ海域を越えて一人の人間がヴィソンに漂着したことがあり、その存在が今も語り継がれているのだという。


「わかりました! この島を、切り開いていきます!」


 狭い島だが、俺はコウにこの無人島の開拓を事前に任せていた。


 よろしく頼む、と短く言葉を残して、俺は潜水艦へと戻った。

 ハッチを閉め、操縦席に座り、コンテナを格納する。


 ヴィソン村とは反対の海へ。

 まだ見ぬ大陸の方角へ、潜水艦を進ませた。



    * * *


【簡易拠点キット】

 雨を濾過し、飲用可能な真水へと変換する。

 あまり機能を過信して水を使いすぎると、あっという間に貯水量が尽きるので注意。

 簡易とは言うが、陸の魔物相手であれば、よほどの大型でない限り外壁を破壊することは不可能。



【バルーシュ】

 カバのような見た目の魔物。

 群れで生活しており、体長は五十メートルを超える大型の魔物。

 ララカ海域付近で深度を上げないと現れない。

 大きな見た目だが、性格は温厚寄りで、攻撃はしてこない。

 カバとは違い縄張り意識は希薄で、群れで移動を行う。


 海中に漂う養分とプランクトンが主食。






お読み頂き誠にありがとうございます。

お気に召しましたらブクマや星、大変励みになります。

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