4話 家中に広がる不思議な香り
あの謎の国の自己流スープを飲んでから、どのくらい経っただろうか。
父上は言った。
「今、ハマっている料理があるんだ」
脳裏に、はてなが浮かんだ。
父上は次はどんな料理を作るのだろうか。
一体どのくらい待つのだろうか。
そう思いながら、またテーブルをきれいに整え、ゲームをしながらリビングでおとなしく待った。
「……なんの匂い?」
幼い私は、心の中でそう思った。
なんとも言えない匂いが、家中を包む。
香ばしい匂いだった。
そう、父上は謎の国のスープの次に、燻製料理にハマっていたようだった。
大人になればいい匂いだと思うのかもしれない。
でも、子どもの嗅覚には、少し強すぎる匂いだった。
「何か焦がしている?」
心の中でそう思ったけど、口には出さなかった。
一時間ほど経った頃だろうか。
「いっちゃん、できたよ」
燻製の卵、燻製の手羽元、燻製のベーコン。
すべてが燻製だった。
美味しかった。
あの謎のスープよりも、美味しかった。
その頃の私は、
匂いが強い食べ物は、美味しいこともあるのだと覚えた。
父上は、ビールの後にウィスキーを飲み、赤ワインを飲むような無敵な男だった。
そして巳ノ星家は、私以外は酔わない飲んべえなのだ。
きっと、酒のつまみを作るうちに、いろいろな料理を試すようになったのだろう。
でも、全部が燻製料理だとは想像もしなかった。
そうだ。父上は完璧主義な男だ。
だからこそ、ときどきバランスというものを忘れてしまう。
真冬でも換気をするのが好きな父上でも、
燻製を作っているときだけは、換気扇だけに頼ることがあった。
父上の集中力は凄まじい。
家中が燻製の匂いに包まれる、巳ノ星家の夜。
どこの家庭よりも、香ばしかった。
燻製料理まで作ってしまう父上は、やはり無敵だった。




