第8話
江戸。世界最大級の人口を誇る都市。
ペンドラゴンとシャーロットは改易大名の屋敷を与えられ、そこに滞在することとなった。
その一室で、机に向かい日本語の書き取り練習をするペンドラゴン。その横でゴロゴロとだらけるシャーロット。
そこに槍花が訪問してくる。
ペンドラゴンに挨拶をして、シャーロットと会話を始める。
「シャーロット、非番なので様子を見に来たぞ。何をしている?」
「暇やから、考え事をしとるで」
「ほう。なにを考えているのか?」
「地位と金と名誉なら何が欲しいか、やな」
「興味深いな。私は名誉だ。神器府若年寄の名に恥じぬ立派な存在となりたい。シャーロットはどうだ?」
「悩むなぁ。金なのは間違いないんやけど、地位も悪くない。地位があれば人をこき使って金が入ってくるやろ?名誉は論外やな」
「ふふふ。お前ほどのつわ者だ。自己の存在の証明として、名誉を求めてみても良いのではないか?今度、御前試合がある。参加すればよい」
「クソめんどくさいなぁ」
シャーロットが寝たままゴロゴロと転がり、屁をする。
「ブッ。そや、他の皆は何してるんや?」
「小鈴は旅の間に溜まった仕事を懸命に片付けている。いね子は事務室の雑用だな。お絹は私が面倒をみているよ。蔵五は例の貧乏神体質だから、小鈴の指示で細々と外を歩き回っている」
「蔵五は男の仲間が近寄ると不幸が起きるんやったか。一体それって何なんやろなぁ。で、姫さんは?」
「ご機嫌がよろしくないな。体調を崩して休んでいた総年寄の紀州重造様が戻られるという事で、ひどく嫌がっていて…」
のんびりと、ふたりで仲良く世間話を続ける。
ペンドラゴンが勉強をしながら、ニコニコとその声音を聴いている。
神器府内、千代姫の執務室。
千代姫はたまっていた決裁仕事を行っていた。
やがて全てやり終えた千代姫は、自身の居住地である江戸城に帰ることにする。
執務室を出ると、巴姫がいた。
神器府総年寄紀州重造の娘であり、千代姫と同じ神器府年寄役の役職である。
巴姫がにんまりと笑いながら言う。
「あら、千代姫様おかえりなさいませ」
「長らくの留守、ご迷惑おかけしました」
「聞きましたわよ。長州で若い男を拾って来たとか」
「村田蔵五と楠本いね子ですね。お会いする機会が来ればご挨拶させて頂きなさいと言っております」
巴姫が嬉しそうに笑う。
「おーほっほっほ。いね子ちゃんとは先ほどお会いしましたわ。素直で優しい、大変よい娘ですこと。村田なにがしはまだお会いしておりませんが…ふふふ、千代姫様は、もう村田なにがしと事をいたしましたの?」
意地悪な巴姫の視線に、千代姫が首をかしげる。
「事をいたす、とは?」
「ふふふ、おとぼけになさらないで」
「いたす、とは?」
「…え?いや、あの、その」
「いたす、とは?」
「ええと、ほら、なんていうか、その…雄しべと雌しべがゴッツンコする、あの例の奴ですわ」
「ああ、性交の事ですか」
「ぐはっ!なんとはしたないっ!失礼、私は帰ります」
立ち去る巴姫。
そこに小鈴がやってくる。
「姫様、巴姫と一悶着ですか?」
「ふふふ。そうですよ」
「はぁ、あのお方は相変わらずですねぇ。ところで姫様にちょっと相談なんですが」
「おや、何ですか?」
「姉が蔵五くんに興味を持っておりまして…その、大坂での、例の気力を注ぎ込むヤツのとき、私は姉と感応をしていまして。私の感情が姉に流れ込んだみたいです。そのせいで、姉が蔵五くんに興味を持ってしまいまして」
「興味ですか?」
「その、雄しべと雌しべがゴッツンコ的な興味でして…」
千代姫が固まる。
「ぜひ直接気力を注ぎ込まれたいと申しております。どうしましょう?」
千代姫はしばらくして答える。
「考える時間をください」
その時、事務室にて。
小鈴が千代姫と話すため、部屋を出ていった後である。
もう一人の事務方である小糸が、いね子に言う。
「いね子ちゃん、そろそろ休憩にしようか」
「はい」
「さっき、蔵五くんが帰ってきたのが見えたよ。お団子を持っていってあげて。ふたりで食べてきていいよ」
「分かりました」
いね子はいそいそと鏡の前に行き、髪を整える。そして箱からびいどろのかんざしを丁寧に取り出して、頭につける。
それを小糸がニヤニヤとしながら見ていた。
いね子はお盆に2人分のお茶と団子を乗せ裏口を出る。裏口の離れ小屋が蔵五の住居だった。
「村田様、お茶を持ってました」
「いね子ちゃん?」
蔵五が引き戸が開け、いね子を招き入れる。
2人で団子を食べる。
「お仕事の調子はいかがですか?」
「小鈴様の指示で怪異の聞き取りをするだけだからね。そんなに大変じゃないよ。いね子ちゃんは?」
「雑用ばかりです。今は小糸様に帳簿仕事を教わっています」
「そうなんだ」
しばらくの無言。
蔵五が言う。
「ひと月前は、長州で乞食みたいなことをしていたのに。今は江戸で役人になっている。人生って不思議だね」
いね子がくすくす笑い出す。
「いね子ちゃん?どうしたの?」
「だって村田様、私もおんなじ事を考えていたんです」
「そうなんだ」
「…わたし、こんなに幸せでいいんでしょうか」
「いいと思うよ」
いね子が優しく笑い、言う。
「村田様のおかげです。感謝しております」
「え?いや、姫様達のお陰だよ」
「姫様達のお陰でもありますが、何より村田様のお陰なのです。感謝しております」
「う、うん。なんか照れるな」
ふたり赤くなり、黙々と団子を食べる。
「嫌な話を聞いてしまった…」
小鈴との話を終え、神器府の外に出る千代姫。江戸城への帰りの護衛をつけるため、警護詰め所に向かう。
そこで、神器府年寄役である徳川綱良と出会う。
「あ、お兄様!」
「千代姫か。おかえり」
綱良は慌てて手に持っていた物を後ろ手に隠す。
「長らく留守をしてしまいました」
「いや、私もしばらく出所していなくてな。今日は、自分の席が残っているか確認しに来たんだ。ほれ、これを持参でな」
恥ずかしそうに隠していた物を前に出す。酒瓶だった。
「あらあら。確か、団子があったはずですよ。おつまみにどうですか?」
「そうか。じゃあ団子で一杯やってくるよ」
「ふふふ。では、失礼します」
綱良は神器府内の、自分の執務室に入る。席に座りしばしぼんやりする。
やがて言う。
「楓はいるか?」
「はい、ここに」
突然、忍者姿の美しい女が現れる。
「村田蔵五と楠本いね子の様子はどうだ?」
「はい。ごく普通の人間です。性質も穏やかで常識的です。報告書はこちらにございます」
「うむ、ご苦労」
楓の姿がかき消えた。
綱良は報告書を読み耽る。時折、酒瓶の酒を飲む。
「失礼いたします」
外から声が聞こえた。書面を懐に隠し答える。
「入りなさい」
引き戸が開き、小鈴が平伏する。
「お茶と団子をお持ちしました」
「うむ、ご苦労」
小鈴が茶と団子を置く。酒瓶が小鈴の視界にはいる。一瞬だけ、小鈴の目に侮蔑の色が浮かんだ。
「失礼いたします」
「うむ」
小鈴が出ていくと、綱良はくっくっくと笑う。
「酒瓶が気に入らなかったか。なるほど、神器府は人材に恵まれている」
報告書を取り出し、また読み出す。
「村田蔵五と楠本いね子。この子達は村田茜と楠本葵の子孫で間違いないだろう。そろそろ将軍に報告しよう。そして、彼らには安倍晴明との戦いに備えて成長の機会を与え続けなくてはなるまい」
団子を一口かじり、深くため息をつく。
「そして、早く引退したい。静かな晴耕雨読の日々が待ち遠しい」




