第20話
出雲国松江藩領の星上山。
麓の里から見れば、こんもりと盛り上がる丸い山。
かつて星の神が降りたが、やがて信仰は忘れられ、いまは神が堕ちかけている。
船旅を終え、宿に辿り着く綱良一行。
星神鎮護メンバーは以下の通り。
主力、橘景光、本田源兵衛。
指図役、徳川綱良。
指図役助役、徳川千代。
指図役副官、真白。
監察役、天羽。
観察役助役、小鈴。
見習い同行、蔵五、いね子、天子。
小使い、潮。
予定より早く着き、天羽はまだ到着していない。
綱良と千代姫は近くの大名屋敷で、松江藩の侍と打ち合わせ。
真白と源兵衛は警護としてそれに同行している。
他の者は各々、好きに時間を潰す事となっている。
景光は宿で武器の手入れをする為、留守番とのこと。
潮は天子と散策をする。
「景光様からお小遣いをもらっております。天子様と、買い食いなりなんなりするように、との事です」
「まじか!景光はいい奴だな」
散々楽しみ、茶屋で一休みとなる。
潮がふとつぶやく。
「景光様は女性にとてもおもてになるそうです」
「そうなのか?」
「はい。今も本当は、宿で武器の手入れでなく女の人と遊んでいるんじゃないかと思ったりします。そう考えると、私は胸が苦しくて…」
「食べ過ぎか?」
「いえ、食べすぎで苦しいのではなくて…」
「よく分かんないけど、とりあえず宿に戻るか?」
「…はい、そうしましょう」
道すがら、雑貨店の前で天子が声をあげる。
「おい潮、景光がいるぞ」
「あ、本当だ」
見ると、雑貨屋の女店員と楽しそうに話をしている。
「ああいうのが嫌なんだな」
「…はい。行きましょう」
「ちょっと待ってろ。俺が潮の代わりに文句を言ってきてやる」
「え?て、天子様!?」
走る天子と追いかける潮が雑貨店にたどり着く。
景光が言う。
「潮と天子ちゃん、ここで何してるの?」
「宿に帰るところだ。お前は何してるんだ?」
「俺は見てのとおりだ。買い物だよ」
店員は美しい大人の女性だった。スタイルが良く白い肌をしている。潮は敗北感を感じる。
店員が景光に言う。
「こちらが仰っていた妹さん?」
「そうだ」
潮が声を上げる。
「妹!?」
そして景光が、手に持っているかんざしを潮の頭にさす。
「ほら、これを潮に買ってあげよう」
「え?」
潮が固まる。そして一瞬の後、耳まで赤くしてモジモジする。
「まさかこの為にここへ…景光様、ありがとうございます」
「うん、よく似合っている」
「や、やだぁ」
「ささ、店員さんと天子ちゃんにも買ってあげよう」
「…は?」
潮のあごがカクンと外れる。
天子が言う。
「景光、私は食べ物の方がいい」
「分かったよ天子ちゃん、好きな物を買ってあげる。あと、千代姫たちにも買ってあげないと。そうそう、店員さんこの後ヒマ?ふたりでご飯しようよ」
「えー!?どうしよっかなー」
「景光、ごはんなら連れてけ」
「はっはっは。いいともいいとも」
潮が怒りでプルプルと震える。
蔵五といね子。このふたりも里を散策している。
歩き疲れて茶屋にはいる。
いね子の頭には、蔵五が買ってあげたびいどろのかんざし。
蔵五がいね子に言う。
「使ってくれているんだね。ありがとう」
「はい。私の宝物です」
「そう?あ、ありがとう」
ふたりでモジモジする。
意を決して蔵五が言う。
「あの、いね子ちゃん」
「はい、何でしょうか?」
「た、大切な話があるんだ。聞いてくれるかな」
「え?は、はい。聞きます」
「あの、その、まだ俺は半人前だけど。貧乏神体質で自信が持てないけど。でも、俺はいつか、いね子ちゃんを…」
いね子が興奮する。待ちかねた言葉がついにやってくる。下を向き、続き待つ。だが、蔵五は何も言わない。
「…村田様?」
「いね子ちゃん、あれ。女の子の乞食が地面に転がっている。助けないと」
蔵五が立ち上がりそちらへ行く。
いね子のあごがカクンと落ちた。
「ま、前もこんなことがあったような…」
蔵五は少女に近づく。頭巾をかぶった美しい女の子。手には瓢箪。
追いついたいね子か言う。
「お酒臭いですね。村田様、この子は酔っぱらって道で寝ているんじゃ」
「そうだね。起こしてみようか」
蔵五が少女の体を揺らす。
少女の目が薄く開き、非難するように言う。
「なんじゃお前は」
「え?大丈夫?なにかできることないかな、と思って」
「なら、揺らさんとゆっくり寝かしておいてくれんかの…いや、待て」
少女は起き上がりいう。
「で金をくれんか?」
「え?お金?」
「そうじゃ。酒を買ってすっからかんなんじゃ。なにかできることはないか、と言うたじゃろ?金じゃ。金をくれ」
蔵五はいね子と顔を見合わせる。そして言う。
「ええと、お父さんとお母さんはどこ?」
「そんなもんは元からおらんわい」
「捨て子?」
「なんじゃ、質問の多いやつじゃな。晴明から逃げてここまで来ただけじゃ。捨て子などとは違う」
「せいめい?ええと、もしかして、人身売買かな」
「あほう。理由のわからないことを抜かすな」
いね子が言う。
「お嬢ちゃん、お名前は?」
「わしか?酒呑じゃ」
「しゅてんちゃん、お家はわかる?」
酒吞が頭を抱える。
「いちいち会話の通じない奴らじゃのう。もういいから、金を置いて去ってくれんか?」
「…村田様、とりあえずここはお金を置いて去りましょうか」
「そうだね。じゃあお嬢ちゃん、困ったら誰か大人を頼るんだよ。あと、子供がお酒なんか飲んだら駄目だよ」
「ええい、金を置いてとっとと去らんかい」
蔵五といね子は立ち去る。
渡された金を見て、酒吞はニンマリ笑う。
「よし、これでもっと酒を飲める」
翌朝。
合流した天羽と共に、一行は星上山へ。
荒れた山道を分け入り、やがて朽ちた社へたどり着く。
そこには一人の美しい少女。
うつ伏せに寝て、ひとりブツブツ言っている。
「なんで誰も私を祀ってくれないのよ…ブツブツ」
その前で、一同、膝をつく。先頭には天羽と綱良。
綱良が言う。
「星神様、供物をお持ちしました。どうぞお納めください」
酒、スルメ、昆布を差し出す。
星神が首を曲げて、それをチラリと見る。目の下には隈。
「ふ、ふーん?今さら供物とかもらってもねぇ。別にうれしくなんかないしー」
「そこを何とか」
「まあ、そこまで言うなら貰っちゃうけどねー。でも私、落ちちゃうからねー」
「そこを何とか、ご機嫌をなおして頂きたく」
「どうしよっかなー。あ、そこの男前、顔を上げて」
景光が頭を上げる。
「私ですか?」
「あんたじゃないわよ。そっちの方」
源兵衛が顔を上げる。
「儂か?」
「黙んなさい」
くすくす笑い、天羽が蔵五に声をかける。
「蔵五、出番ですよ。頭を上げてください」
蔵五は頭を上げてキョドる。
「わ、私ですか?」
星神が起き上がり言う。
「そうよ、あんた。あんたの名前は?」
「村田蔵五です」
「ふーん。蔵五ちゃんね」
そして天羽に言う。
「そこの現人神。蔵五ちゃんを置いていけ。それでいい」
現人神と言う単語に、綱良以外の人間がビクッとする。
天羽は頭を上げて、にっこりと答える。
「なりません」
その余裕に星神がイラっとする。
「じゃあ、落ちちゃおっかなー。落ち神になっちゃおっかなー」
「失礼」
立ち上がり、星神の前に移動し両膝をつく。にっこり笑う。
「な、なによう」
「落ちてはなりません」
「あ、あんたなんか、こ、怖くなんかないんだからね」
「にっこり」
「お、落ちちゃおうかなー。蔵五ちゃんをくれないなら、落ちちゃおっかなー」
「にっこり」
「…」
星神がうなだれる。そして、卑屈に言う。
「…ごめんなさい。調子に乗ってました」
天羽が言う。
「でも、少しだけなら良いですよ」
「本当!?やったー」
星神が喜ぶ。
「蔵五ちゃん、こっちにおいでー」
「え?」
「蔵五、星神様の仰せのとおりになさい」
「わ、わかりました!」
天羽の指示で、蔵五は星神の前に膝をつく。
星神がニタニタ笑いながら蔵五の顔を見る。
「うまそうだなぁ…あれ?」
星神が蔵五のお腹に目をやる。
「呪われてんの?」
蔵五のお腹を軽く叩く。
「取れないなぁ。術者を滅しないとこりゃダメだ。まあいっか。いただきまーす」
おでこにおでこをあてる。
ふたりの体がほのかに光り出す。
よだれを垂らしながら星神が言う。
「うーん、美味」
後ろの社の隙間からも光が漏れ出す。星神の血色が良くなる。やがて言う。
「…ふう、ごちそうさま。あ、蔵五ちゃん、もうさがっていいよ。ごちそうさま」
「は、はい。失礼します」
星神が天羽に言う。
「じゃあ、酒飲んで寝るわ。あんたも付き合う?」
「いえ、恐れ多いので。これにて失礼します」
「じゃあねー」
天羽が一行の元に戻る。そして、改めて一同で平伏する。
鎮護は問題なく完了した。
その夜、貴人用にと、里から用意された屋敷にて。
綱良と千代姫が会話をしている。
「お兄様、あもう様というのは、一体何者なのですか。星神様が現人神とおっしゃっていましたが」
「うむ…そろそろ話すべきだろうな」
綱良が頭をかく。
「ごく一部の人間にしか伝えられていないのだが…安倍晴明を知ってるだろう?」
「ええと、百鬼夜行を引き起こした、人知を超えた陰陽師ですね。700年前に封じられたと言う」
「その安倍晴明に因縁のある人物だ。700年前、蔵五といね子の先祖と共に安倍晴明を異界へ送った。その際に御饌物に触れすぎて、現人神となった」
「ええと、蔵五さんといね子さんの先祖、ですか?ということは、あもう様は700歳以上!?」
「うん、そういう事だ。で、その安倍晴明が近々復活するとされている」
「え?」
「まあ、あもう様はまだ少し先だろうと言っているが…予断は許されない」
その時、星上山に光が湧く。里が光に包まれる。
少し時間を遡る。
ひとり満天の星空を見ながら酒を飲む星神。スルメをくちゃくちゃと噛みながらつぶやく。
「なかなかいい酒じゃない。スルメもうまいし。結構結構、コケッコー」
そこに、一人の少女がやってくる。酒吞だった。
星神はそれを見て不機嫌になる。
「なによ、あんた。怪異風情がなにしに来たの?」
「そう言うな。酒の相手が欲しくてな。一緒に飲まんかの?酒も持ってきたぞ」
「ふーん、まあいいけど…」
そして1 時間後。
「…で、その時に安倍晴明の奴が言ったのが、天羽のせいでタンスの角で小指をぶつけたー」
「ギャハハハ。なにそれ、超ウケるんですけどー」
「ほれほれ飲め飲め、もっと飲め」
「飲む飲む。あんたも飲め飲め、もっと飲め。ギャハハハ…こてん」
酔い潰れる星神。その場に昏倒し、寝息を立て始める。
酒吞が笑う。
「なんじゃ星神、酒が弱いのう。起きんか、もっと飲むぞ…ふむ。起きんか。ではでは頃合い」
酒吞は社の中に入る。そのなかにはひとつの石。はるか昔にこの山に落ちたという隕石。蔵五から受け取った力に溢れ、ミシミシと空間をゆがませている。
「清明よ。よくも、さんざんこき使ってくれたのう。嫌がらせに今すぐ異界の門を開いてやろう。慌てて出てきて、滅せられればよい」
懐から釘を出し、隕石にコツンと当てる。
その瞬間、光が溢れる。




