第18話
江戸。
神器府の評定の間。いつものメンバーである紀州重造、紀州巴、徳川綱良、徳川千代が座している。
上座に座る重造が言う。
「では、これより評定を始める。1つ目の議題だが、富津岬の海長神社と言う霊場に怪異が現れたとのことだ。鬼女の三人組とのこと。血気盛んな地元の漁師がひとり、この怪異を退治せんと山中へ分け入り返り討ち。亡くなったとのこと」
死者の存在に一同の空気が張り詰める。
重造が続ける。
「さて、幕府評議から神器府に指示。剣術指南役の橘景光を主力とした討伐隊の結成をせよ、ということだ。ところで綱良様」
「なんだ?」
「千代姫も齢19。とても品良く美しく育ったものですなぁ。兄としては誇らしい限りではありませんか?」
「え?まあ、そのとおりだな」
突然話題がアクロバット旋回したので、千代姫が身構える。
「な、何ごとてすか?」
重造が続ける。
「そろそろ婿を迎えるにしても、余程の男でなければ、千代姫には釣り合いますまい」
「まあ、そうだな。貴人である上、才色兼備。並の男では気後れしてしまうだろう」
「ですなぁ。いや、関係のない話をしてしまいました。お気になさらず」
「う、うむ」
「そういえば、橘景光殿も23歳。結婚適齢期ですなぁ。幕府の最強戦力ですし…まあ、いいや。綱良様は先日デュラハン相手にご活躍されたばかりだし、巴姫も若手の指導に忙しい様子だし。さて、千代姫」
「な、なんですか」
「いやぁ、お美しくなったものだ。さらに指導者としての風格も備えたと来たものだ」
「や、やめてください。何ですか?怖い」
「いやいや、今回は千代姫に鬼女討伐の指図役をして頂こうと思ってな」
「お、お受けいたします」
わざとらしく重蔵が言う。
「そっかー。千代姫は19歳かー。景光も23歳かー。へえー」
怯える千代姫を見かねて、巴姫が千代姫に耳打ちする。
「千代姫。父は最近仲人をして、男女をくっつけるのにハマっておりますの。そのせいですわ」
「な、なるほど。でも、景光殿のような女たらしと結婚なんて、する訳がないでしょう」
「あらあら、意外とお似合いかもしれませんわよ」
「や、やめてください」
重造が言う。
「で、監査役は小糸。小糸は17歳かー。小糸には許婚とかいるのかなー」
評定は続く。
その頃、江戸市中にて。
橘景光がパトロールの為、市中を巡回している。
景光は老若男女に人気がある。
景光に気付いた人々が景光に笑顔で挨拶する。女達は黄色い声をあげる。
それににこやかに応える景光。
しかし、その眉が突然しかめられた。
「あれは…エレノア・ペンドラゴン」
ペンドラゴンが茶屋でひとり、お茶を飲んでいた。
こちらも御前試合以降、江戸のアイドルとなっている。
男たちがモジモジしながらペンドラゴンを眺める。
女たちもペンドラゴンを見て、うっとりとしている。
景光が舌打ちをする。
「チッ。異人の分際で…」
ふと思いつき、景光はペンドラゴンに歩み寄る。そして横に座った。
お茶を頼む。
しばらくして、ペンドラゴンに小声で言う。
「あまり調子に乗らないことだ。デュラハンとか言う怪異を倒したらしいが、俺でも簡単に倒せる。最強は俺だ。わきまえるように」
そして茶に手を付けず、支払いをする。ペンドラゴンの分のお金も払う。
「では、失礼する」
そのまま立ち去る。
そこに、シャーロット、槍花、八重がやってきた。
「ペン様お待たせー」
「ペラペラペラ」
「うん?へー、不思議な御仁やな」
八重が聞く。
「シャーロット、ペン様はなんて?」
「なんか男が横でブツブツ言って、ペン様の代金も払っていったらしい。ペン様のファンやろか」
「ふーん。まあ、ペン様に憧れるのはいいことね。あ、店員さんお団子四つくださーい」
そこに、那智梓が向こうを通り過ぎる。
槍花がそれに気付く。
「あれは弓頭の那智梓殿だ。ご挨拶せねば」
梓もペンドラゴンに気付く。
「あ!あれはペンドラゴン様!?はわわわっ!は、恥ずかしいっ」
こうして、五人の友情が始まる。
鬼女討伐メンバー。
布陣は以下の通り。
主力、橘景光。
指図役、徳川千代。
監察役、小糸。
見習い同行、蔵五、いね子、天子。
目的地の富津岬へは船で半日かからない距離である。早朝に出立し、昼前に着く予定。
船上、景光が空を見上げてポーズを決めている。そして言う。
「風が泣いている…」
そして黙る。
おそらく、なぜ風が泣いているのか誰かに尋ねて欲しいのだろう。そう察して、周りはイラっとして何も反応しない。
やがて沈黙に耐えかねたのか、景光が膝を叩く。
「…さて、あとどれくらいで目的地かなー。ええと、小糸ちゃん、目的地まで…」
「姫様、喉は渇いていませんか?」
「おっと、小糸ちゃんは忙しいのか。じゃあ、いね子ちゃん、目的地まで…」
「村田様、喉は渇いていませんか?」
「ふふふ、いね子ちゃんも忙しそうだ。ええと、天子ちゃん、目的地まで…」
「千代姉ちゃん、喉乾いた」
景光が座り直し、空をみあげる。
「…ふふふ。風が泣いている」
千代姫がそれを見てため息をつく。
「景光様、もうまもなく到着ですよ」
「そうですか。千代姫、わざわざ話しかけて下さって光栄です。どうですか、今度私と食事でも…」
「そうだ天子さん、干し芋がありますよ」
「食べる!」
「…俺、避けられてるよな」
昼前、船は富津岬に着く。
着岸したところに美しい少年がいる。日に焼けた肌。
「お侍様!」
少年が叫ぶ。
「鬼女達を倒しに行くんだろ?俺も連れて行ってくれ」
千代姫が前に出る。
「ええと、いきなりどうしましたか?」
「父ちゃんの敵を取りたい!鬼女共に父ちゃんを殺されたんだ」
天子といね子がピクリとする。ふたりとも父の敵討ち志望の経験がある。
千代姫が続ける。
「ええと、お名前は?」
「潮。この村の者だ」
「そう、潮さんね。私は千代です。いいですか、怪異はすごく危険です。申し訳ないですが連れていけません。私達に敵討ちは任せて下さい」
「荷物持ちでも何でもいい。父ちゃんのために何かをさせてくれ」
天子といね子が言う。
「姉ちゃん、連れて行ってやれよ。私が世話するからさ」
「私もお世話しますから…」
「うーん、困ったわねぇ」
千代姫が困り顔になる。
そこに景光が口を挟む。
「駄目だ」
毅然とした言葉に皆が景光に注目する。景光は続ける。
「潮と言ったな。お前はここにいろ」
「な、なんでだよ」
「弱いからだ。戦場に足手まといには不要。お前を守るために誰かが死ぬかもしれない。だから、だめだ」
「頼むから」
「駄目だ!」
「…分かったよ」
「よし」
景光が山へ向けて歩き出す。他のメンバーも黙ってその後に従う。
天子が空を飛び物見に行く。
千代姫が言う。
「先ほどの毅然とした態度、お見事でしたわ」
景光が困り顔になる。
「いや、俺とした事がお恥ずかしい。色々ありまして、つい」
「色々とは?」
「あの…俺が小さい頃、村に怪異がありまして。父親が怪異退治に行ったんです」
「ほう」
「強くてモテモテで自慢の父親だったから、怪異なんて楽勝だと思っていたんです。だから軽い気持ちで、俺はこっそりと後をついて行ったんです。それがいけませんでした。親父は私をかばって…」
「そんな事があったのですね」
「父は最期に言いました。日本一強くなれ」
「うんうん」
「そして怪異を斬きりまくれ」
「うんうん」
「そしたら女も斬り放題」
「…はあ?」
ここで突然、景光が足をとめる。
そして振り返り、言う。
「潮、出てきなさい」
草むらから潮が出てくる。
「ごめんなさい。俺、どうしても父ちゃんの敵を取りたくて」
「その意気やよし」
「え?」
「ついてこい。そして、俺の戦いを見ろ。そして、日本一強くなれ」
「は…はい!」
「さて、千代姫、鬼女はまとめて俺が退治します。姫達はこの子を守ってください」
「…まあ、よいでしょう」
そして山中、海長神社。朽ちた建屋の前、大地に打たれた禍々しく黒い杭。
その前に三人の鬼女が錆びた刀を持ち立っている。
「さて、戦だ」
景光がひとり、前に進み出る。そして、小太刀鬼丸を鞘から抜く。
「剣術指南役、橘景光。潮の父の仇を取らせていただく」
鬼丸に気力を込める。長刀程の光る刃が生まれ、周囲の空間をミシミシと歪める。
鬼女が怯える。
「一の太刀」
景光が空気を斬り上げる。光の刃が放たれ、鬼女をひとり、縦に斬り裂く。
「二の太刀 」
次は斬り下げる。光の刃が放たれ、ふたり目の鬼女を斜めに斬り裂く。
「三の太刀」
最後、横に薙ぐ。呆然とする最後の貴女が横に斬り裂かれた。
3人の鬼女は煙と消える。
戦いはあっけなく終わった。
景光は小太刀鬼丸を鞘にしまう。
そして、振り返り言う。
「潮、仇はとったぞ」
潮が顔を赤くして言う。
「か、カッコいい…日本一カッコいい!」
「そうだろう、そうだろう」
「弟子にしてください!」
「よしよし、特別に弟子にしてやろう」
盛り上がるふたりを置いて、千代姫がいね子に話しかける。
「さて、私たちは後始末をするとしましょうか」
懐から香炉の蓋を取り出す。
「いね子さん、これは神器、天の八咫鏡の倣古物です」
「天の八咫鏡?」
「ええ。気力を散らす宝具です。これを使いあの禍々しい杭を破壊するのですが…今回はいね子さんがやってください」
「は、はい。分かりました」
「蔵五さんはいね子さんに力を貸して差し上げて」
「分かりました」
蔵五といね子は進み出て、杭の前に立つ。
「じゃあ、いね子ちゃん」
「はい。村田様」
手をつなぐ。
「おおおおお♡」
いね子がアホな顔になる。天の八咫鏡に気力を注ぎ込み、杭にあてる。弾かれる。
「いね子ちゃん、頑張って」
「はい…おおおおお♡」
数度弾かれ、やがて成功する。杭は砕け散る。
「ふたりとも、お疲れさまです」
千代姫がいね子の持つ天の八咫鏡に手を触れる。
「んっ」
声を漏らし、蔵五を睨見つける。途端、気力が霧散し、蔵五といね子との手が離れる。いね子が倒れ、ビクンビクンする。
千代姫が言う。
「では小糸、これにて決着。帰りますよ」
「はい」
「天子はいね子さんを背負って差しあげて」
「はーい」
そして、下山。
村で用意された屋敷で一泊し、翌朝一行は帰りの船へ乗り込む。
そこに、ひとりの美しい少女がやってくる。日に焼けた肌。背中には大きな荷物。
少女が景光に近寄り、モジモジしながら言う。
「先生、宜しくお願いします」
「…ええと、誰だっけ?」
「潮です。女では敵討ちさせて頂けないと考え、昨日は男装しておりました。」
景光が答える。
「…嘘つけ。今、女装してるんだろ」
「景光様、昨日はすごくカッコ良かったです」
頬を赤くして言う。
「これから先生の身の回りのお世話をさせて頂きますので。ふつつか者ですが、よろしくお願い申し上げます」
景光は天を見上げ独白する。
「…なんだこれ?」
風が泣いていた。




