第17話
道中。
八重はシャーロットが気になる。シャーロットが本田家の跡取りにと声をかけられた事が腹立たしいのだ。
八重は幼い頃から厳しく育てられた。武芸に学問、それこそ箸の上げ下ろしまで厳しく注意された。
最近はそれらへの反発からグレている。
これまで勝手に跡取りだと厳しく育てておいて、手のひらを返して他の人間を跡取りに据えるというのが腹立たしい。
どれだけ人をバカにしているのか。
ここでふと思う。
自分は何に対して怒っているのか?
シャーロットに対してか。家族に対してか。自分自身に対してか。
それとも全員に対しての怒りなのか。
答えは見つからない。
ぼんやりしていると、突然シャーロットが話しかけてくる。
「八重ちゃん、今日はよろしくな」
「え?は、はい」
屈託のない笑顔に思わず警戒を解く。
「八重ちゃんはやるなぁ。所作のひとつひとつがきれいやわ。一流の武人やと分かるで。さすがお金持ちのおじい様の孫や」
その言葉が八重の弱ったこころに突き刺さる。素直にうれしい。
一方、そんな自分が腹立たしくもある。
つい愚痴っぽくなる。
「シャーロット様ほどではないでしょうね。なにしろ、祖父が養女にしたいと申し出たとか」
「ええと…なんや、気に障っとるんか」
頭に血が上った。
「はい!?ぜんっぜん、気に障ってないんですけど!」
シャーロットがニヤリと笑う。
「なるほどなぁ。武芸はともかく、心ではあたしの圧勝やわ」
「な!?し、失礼な」
「そう言うとこやで。頭に血がのぼって隙だらけや。あのジジイから指摘されたことあらへんか?」
「…うん。虚実ができてない、と」
「それや。さすがあのジジイや。ハゲのくせによう分かっとる」
八重の身体がわなわなと震える。
それを見て、シャーロットが言う。
「虚実とは何か、教えてやらんでもない。知りたいか?」
「…し、知りたいです」
「よし。じゃあ1回だけ言うたるから、耳の穴かっぽじってよく聞きや。1回しか言わんで」
八重が力強く応える。
「はい!お願いします」
「ずばりチンチロや」
「…え?」
「何回でも言うたる!あんさんにはチンチロが足りへんのや!チンチロ!ギャンブル!」
「え?1回しか言わないって…」
「細かい!そういうところや!木を見て森を見ず!」
「チ、チンチロって賭け事ですよね。そんな悪いことは…」
「かあー、甘い甘い!砂糖をまぶした砂糖より甘い!ええか、戦いとは虚実を制したものが勝つ。それを学ぶためにチンチロて言うとんのや。遊びやないし、賭け事でもない。チンチロは心の修行なんや」
「な、なるほど?」
「じいちゃん金持ちなんやろ?金借りてこい。あたしがチンチロで倍に増やしたる」
「はい!?お金を借りて賭け事なんて…できません」
「…まあ、ええ。やりたいようにせえ。でもな、この言葉だけはよう覚えておきや」
「な、なんですか」
「地獄の沙汰も金次第。あたしは待っとるから、チンチロしよな。金を頼むで」
八重が呆然とする。
「…なんで、こんな人に私が負けていると言うのよ」
綱良一行より先に、蔵五といね子が主戦場にたどり着いていた。
平地。向こうには荒れた土地と、小さく見える沢山の人影がある。デュラハンの陣地である。
そしてこちらには警護された一人の美少女。巫女の天羽である。
天羽が蔵五達を手招きする。それに従い近寄る。
天羽が優しく言う。
「私は巫女のあもうです。あなた方は村田蔵五と楠本いね子ですね。ふふふ、もっと近くへ。顔をよく見せてください」
天羽が慈愛に満ちた表情で、じっとふたりの顔を見つめる。蔵五といね子は気恥ずかしくなる。だが不快ではない。
「おや?」
天羽が蔵五の胸元に目をやる。
「ふふふ、座敷わらしの贈り物ですね。それを出してみてください」
「え?」
蔵五が懐から紐のついた一文銭を取り出す。天羽がそれに人差し指をあてる。ぼっ、と光がともり、消える。
「呪いは弱まりましたよ。男が近づいても相手を不幸にしません。数カ月はもつはずです」
「え?ありがとうございます」
「お安い御用ですよ。さあ、座ってください。お二人のお話を聞かせてちょうだい」
蔵五といね子は請われるまま、自分たちの身の上を話す。あもうは優しくそれを聞く。
蔵五といね子は、天羽を親のように感じるようになっていた。
やがて、綱良一行がやってきた。
天羽が言う。
「さて、楽しい時間はおしまい。残念ね。ふたりとも、私が護ってあげますから、穏やかでいなさい」
「第一陣、はじめ」
綱吉が言う。
千代姫の手に光る手槍が生まれた。身体をひねり構え、しばし力を蓄える。そして、投擲。
放たれた槍はデュラハン陣の中に着弾する。光の小爆発を起こす。敵兵達が吹き飛び、煙と消えるのが見えた。
その後、敵兵がこちらに殺到してくるのが見える。残り数百人程度の、土くれでできた落ち武者たち。
次に綱良が光の槍を放つ。迫る敵の戦闘に着弾する。敵兵達が吹き飛ぶ。
「千代、あと何発いける?」
「二発、といったところでしょうか。お兄様は?」
「同じだ」
残り2発ずつ、順番に槍を放つ。小爆発と共に、敵兵の数が目に見えて減っていく。残り約50。
「第二陣、用意」
綱吉の言葉に従い、本田源兵衛、本田八重が前に出る。
「はじめ!」
「はい!」
源兵衛の獲物は大槍の岩突き。
八重の獲物は小槍の風斬り。
2人は獲物に気力をまとわせる。そして敵兵の真っ只中に突撃し、敵陣に穴を開ける。そのまま中央を突破し、向こう側へ突き抜ける。
敵の陣形が乱れる。
「第三陣、はじめ!」
「まかせてやー」
シャーロットが光の拳で格闘する。
前後からの挟撃。またたく間に敵兵は減っていく。
そして、最後の一体。源兵衛が槍を繰り出そうとした時。源兵衛の動きが止まる。
「ぎ、ぎっくり腰が」
「おじいちゃん!あぶない!」
敵兵が刀を振り上げる。
八重が叫ぶ。
「いやぁぁぁぁ!」
細い閃光が走る。頭を打ち抜かれた敵兵が煙となり消えた。
シャーロットのセントジョージだった。
「貸しやで」
シャーロットがにやりと笑う。
八重が源兵衛に走り寄る。
「おじいちゃん、大丈夫?」
「もう、だめだ。斬られた」
「どこを斬られたの?ねえ!傷が見当たらないんだけど!」
「八重や…家門を継いでくれるな?」
「だからどこを斬られたのってば!無傷じゃないの」
「家門を継ぐと言っておくれ」
「ああもうっ!会話にならないっ」
そして、ペンドラゴンが前に出る。
「ペラペラペラ」
綱良がシャーロットに言う。
「ペンドラゴン殿は何と?」
「デュラハンと一騎打ちをしたい、と言うてはる」
「相分かった。存分になされよとお伝え願う」
「おっしゃ。ペラペラ。ペン様頑張ってー!」
ペンドラゴンの背中にスピリットの翼が生まれる。
そして、シャーロットに一つウィンクして、デュラハンへ突撃する。
「うひょー!ペン様あざと可愛い!P・E・N!P・E・N!」
後ろに控えていた天羽が立ち上がる。
「さて、そろそろ頃合いでしょうか」
そして、蔵五といね子に手をつなぐよう指図する。自分はいね子と手をつなぐ。
「ではいね子や。蔵五の気力を私に注いでおくれ」
「え?は、はい…おおおおお♡」
「懐かしいですね…おおおおお♡」
そして、蔵五をじっと見つめる。気力が霧散し、手が外れた。
「では、行ってきますね」
天羽がデュラハンの方角に跳ねる。ひと跳びで宙を飛び、青空に溶ける。そのままペンドラゴンとデュラハンを跳び越え、その後ろへ。
そこには祠。
そして、祠の前に黒く光る杭が地面に刺さっている。周辺の大地は枯れて黒ずんでいる。
天羽がつぶやく。
「なんと禍々しい。こちらの世界の気力を奪おうと送り込んだのでしょうね」
懐から天の八咫鏡のオリジナルを取り出す。杭にコツンと当てる。そして、蔵五から受け取った気力を送り込む。
「安倍晴明。あなたの好きにはさせませんよ」
杭が砕け散る。溢れた気力が周囲に満ち、大地が浄化される。雑草が青く芽吹く。
天羽が振り返る。
「さて、ペンドラゴンの方はいかがでしょうか」
デュラハン。黒馬に乗り、甲冑を全身にまとう騎士。右手に黒槍。左手に自らの首。
ペンドラゴンが光の槍となり、デュラハンに体当たりをする。
それに合わせて、デュラハンがカウンターの槍を寸分なく繰り出す。
ぶつかるスピリットの衝撃に、双方が弾け飛ぶ。黒馬は耐えきれず霧となり消えた。
地面に着地したペンドラゴンが翼を消す。そして、全スピリットを込めて、右手に光り輝くグングニルを生み出す。
デュラハンも右手の槍に全スピリットを込め、黒く光る禍々しい槍を生み出す。
ちょうどその時、天羽が杭を浄化した。
しかし、ペンドラゴンとデュラハンは気にも止めない。互いの武芸に集中している。
ペンドラゴンがニコリと笑う。デュラハンの左の首も、ニヤリと笑う。
突如双方が突進し、槍を繰り出す。
槍先の衝突。
周囲はスピリットの閃光に包まれる。
光が収まった時、立っているのはペンドラゴンひとりだけだった。
雲ひとつない空を見上げ、つぶやく。
「ペラペラペラ…」
遠くからシャーロットが騒ぐ。
「P・E・N!P・E・N!」
八重も頬をあからめてつぶやく。
「ペンドラゴン様…カッコ可愛い♡」
数日後。
ペンドラゴンが逗留している改易大名の屋敷。
非番の槍花がシャーロットに会いにやってきた。
部屋にはペンドラゴン、シャーロット、八重がいる。
ペンドラゴンは日本語の文字の練習をしている。その横で八重がうっとりとしてペンドラゴンを見つめている。
槍花はペンドラゴンと八重に軽く挨拶する。そして、ゴロゴロしているシャーロットに話しかける。
「あちらの方は?」
「本田のジジイの孫娘やで」
「本田のジジイ?ああ、槍奉行の本田源兵衛殿の事か。しかし、なぜここに?」
「ペン様のファンになったんやな。ええことやで」
シャーロットがゴロゴロと転がり、ブッと屁をこく。
八重が眉をひそめる
「ちょっとシャーロット、下品な真似はよしなさいよねー」
「ふん。忠義者やと言ってくれんかね」
「はあ?何を理由の分からないこと言ってんのよ。ちょっとは反省しなさいよ」
「はいはい、ごめんねごめんね~」
槍花が苦笑する。
「まあ、仲が良さそうで何よりだ」




