第14話
庄内藩の羽黒山。
五重塔。
一階の暗闇のなか、一体の怪異が潜んでいた。
鵺。美しい少女の顔を持つ怪異。
身に鎧をまとっている。鎧から伸びた手足には黄金色の虎の毛が生えている。
そして首には錆びた大きな釘。
体育座りをして、力なくうつむく。
時折、首にささった釘を自分で抜こうとする。しかし、抜けない。
周囲の霊気をその釘が吸い込んでいく。
力なくつぶやく。
「誰か助けてよぅ」
鵺の目から涙がこぼれる。
そして、江戸。
神器府の評定の間。
いつものメンバーである紀州重造、紀州巴、徳川綱良、徳川千代が座している。
上座に座る重造が言う。
「では、これより評定を始める。1つ目の議題だが、庄内藩で問題だ。詳細は不明ながら、怪異が羽黒山に住み着いたという。修行者は恐れ、退散。危害はまだない。まれに天狗が羽黒山近辺を飛行。元々、人と友好的な天狗だったので、これは問題なしと考える。現地の豪傑では退治が困難と判断。幕府評議から神器府に指示。弓頭の那須梓を主力とした派遣隊の結成をせよ、ということだ」
そして、綱良を見て言う。
「前回は千代姫に長崎まで出向いてもらったので、今回は巴姫に頼もうかと思うのですが。綱良様はいかがお考えですか?」
「異議はない」
「ありがとうございます!いやぁ、我々は気が合いますなぁ。もし巴と綱良様がご結婚なさったとしたら、私は良い義父になれそうな気がしますぞ。げっへっへ。で、巴はどうかね?」
ため息をつきながら巴が答える。
「意義はございませんわ」
「ふむ。では、千代姫はいかがかな」
「異議はありません」
「…ふーん」
「イラッ」
ここで綱良が口を挟む。
「那須梓と巴姫、その他の人員は誰とする?」
「副官兼警護は真白ですな。幕府評議からは小梅が監察として派遣されます。以上、四名です」
「ふむ…若者の見聞を広めてやりたい。そこに、村田蔵五、楠本いね子、あとお絹も入れてやれぬか?」
「さすが綱良様!実は私もそう思っておりまして、いやぁ我々は本当に気が合いますなぁ云々かんぬん」
「はぁ…」
ため息をつく千代姫。ここでふと気づく。
総年寄である重造は、以前は、責任者として毎日神器府に顔を出していた。しかし、最近は顔を出さなくなった。理由は蔵五だ。蔵五の貧乏神スキルで痛い目に遭ってから、蔵五を恐れて顔を出さなくなったのだ。
もし蔵五が巴姫と長旅に出れば、その間、重造は神器府に顔を出すことになる。鬱陶しい。
そこに気付いた千代姫が言う。
「村田蔵五を同行させるのは異議ありです」
「却下。いやぁ綱良様は誠に頭脳明晰で云々かんぬん」
「…イラッ」
千代姫の思考を読んだ巴姫が、横で呆れて言う。
「千代姫。いね子やお絹に広い世界を見せてやるのも大切ですよ。今回は、私にあの子たちを任せて、留守を守ってください」
「はあ、分かりました。しかし巴姫もご立派になられて。ご先祖方も、さぞ地獄で喜んでおられることでしょう」
「おーほっほ。そんなに褒めても何もでませんですことよ…今、地獄とか言いませんでしたか?」
「気のせいでしょう」
「くっ!」
そして、評定は次の議題に移る。
翌日、早くも出立である。
隊員は以下の通り。
主力、那須梓。
指図役、巴姫。
指図役副官、真白。
監察役、小梅。
見習い同行、蔵五、いね子、お絹。
計7人。
旅路は賑やかである。
陰キャの梓ははじめは引っ込み思案だったが、やがてメンバーに馴染み、旅を楽しんでいる。特にお絹と気があった様子である。
小梅は当初蔵五につきまとっていたが、いね子の無言の反発や巴姫の叱責で、やがてつきまとうのをやめた。江戸の小鈴と感応で会話をしている。
男ひとりの蔵五もいね子とよく会話し、よく笑う。
真白は無言、無表情で巴姫の警護を勤める。
それらを巴姫がにこやかに見守る。
巴姫が言う。
「真白、ひとりの怪我人も出さずに帰りましょうね」
真白が黙って頷く。
そして、庄内藩へ。
一行は、庄内藩に用意された屋敷に荷物を置く。
巴姫、梓、真白は身なりを整えて城へ、藩主との挨拶に出向く。
残された蔵五達は、巴姫の配慮で、暇つぶしに城下町の散策をする事となった。
薬屋の前に通りかかると、異様な風体の人物がいた。
頭にずらした天狗のお面をかぶり、半纏姿。足は一本足の下駄。スタイルのよい美少女である。
名前は天子。世間知らずのアホ。
天狗に拾われ育てられた、人間の元捨て子。
時々町に降りてくるので、住民からは受け入れられている。
その天子が薬屋の主人に食ってかかっている。
「なあ、おっちゃん。薬を売っておくれよ」
「いや、天子ちゃん。うちは人間専門の薬屋だよ。妖怪さんの薬はないよ」
「この際、人間の薬でもいい。父ちゃんがぐったりしてるの治してよ」
「そうは言ってもなぁ。じゃあ、この赤まむし汁を持ってくかい?3回戦は楽勝の逸品だ。イヒヒ」
「3回戦?よく分からないけどありがとう。試してみる」
天子が赤まむし汁を奪い取り、走り出す。そのまま宙に浮き、山の方へ飛んでいく。
店主がその背中に言う。
「天子ちゃん、お金払ってよー…まあ、いいか」
小梅が店主に話しかけた。
「店主さん、さっきのは何?」
「ん?さっきのは天子ちゃんだよ。天狗のお父さんが体調をくずして、薬を探しに来たんだ。ガサツでちょっとアホだけど、すごく優しい偉い子なんだよ」
「いえ、そうじゃなくて、赤まむし汁の事。すごいの?」
「え?そ、そっちの事かい。苦いけど、すごいよ」
「おひとつ頂くわ。これをこっそり蔵五君に…ふふふ」
蔵五が怯える。
その横で、いね子がわなわな震えている。
お絹が店主に言う。
「ところで、お父さんの天狗って、どうして体調を崩したんですか?」
「ああ、五重の塔に怪異が住み着いたんだ。天狗さんがそれと戦ってくれて、でも負けて弱ったみたいだ。天狗さんは天子ちゃんを人の世に戻したいからって、人間に肩入れしてくれるんだね。しかし、天子ちゃんは親孝行だから、人に戻らずずっとお父さん天狗と一緒にいるつもりらしい。泣かせるねぇ。おっと、失礼」
他の客が来たので、店主はそちらに行ってしまう。
そこに、城から戻ってきた巴姫一行と鉢合わせする。
巴姫が言う。
「皆さん、散策は楽しまれたかしら?」
蔵五達が頷く。
「そう、よかったですわ。さて、さっき空を飛んでいった女の子は見ましたかしら」
お絹が答える。
「はい。天狗の天子さんらしいですね。そこの店主さんに聞きました」
「あら、それなら話は早い。これからそのお父さん天狗に会いに行きますよ。五重の塔の怪異について話を聞きます」
一行は天狗のもとに向かう。
山中の使われなくなった猟師小屋。
そこが天狗と天子の住居である。
ガサツな天子は家事をしないので、天狗が丁寧に手入れをしている。
そこへ、巴姫。扉をコンコンと叩く。
「失礼します。神器符年寄り役の紀州巴と申します。他、六名。五重の塔の怪異について、天狗殿にお伺いしたくお伺いしましたわ」
内側から天子が引き戸を開く。
奥に布団で寝込む天狗の姿が見える。赤ら顔に高く伸びた鼻。そして白いひげ。
天子が言う。
「父ちゃんはいない!帰れ」
「あらあら、そちらに天狗殿のお姿が見えますわよ」
「う、うるさい。いないから帰れ」
天狗が言う。
「天子。人間達を中に入れなさい」
「でも、父ちゃん。今は体を休めないと」
「ふふふ、儂は大丈夫だよ。さあ、父ちゃんの言うことを聞きなさい」
「…よし、お前たち中に入れ。父ちゃんは疲れているからな。騒ぐなよ」
巴姫が中にはいる。
天狗が天子に言う。
「ここは狭い。他のお客様には外で待っていて頂きなさい」
「分かった」
小屋の中は、天狗と巴姫のふたりになった。
「がさつな娘ですまない」
「いえ。心ばえのよい、大変良くできたお嬢さんです。きっと、お父様の教育が良かったのですわ」
天狗がにこりと笑う。
「さて、なんの御用かな?」
「五重塔の怪異についてです。人間が近寄ると気力を吸い取られるとのことで、正体が分かりません。戦った天狗殿からお話を伺いたく参りました」
「うむ。あれは手負いの鵺だな。毛深い、鎧を着た女の怪異だ。首に不吉な釘を打ち込まれている」
「くぎ?」
「うむ。あれは危険だ。近づくだけで力が吸い取られる。お陰で私も力を出せずご覧のとおりだ。このままでは、あの釘は霊場に満ちる気力を吸い尽くすであろうな。人間よ、一刻も早くあの釘を何とかすべきであろうよ」
「なるほど。問題はその釘ですわね」
天狗がひとつため息をつき、言う。
「さて、人間よ。頼みが一つあるのだが」
「何ですか?」
「儂はもうすぐ滅する。天子を引き取ってくれまいか?」
「…」
「自分の事はどうでもよい。ただ、あの子の事だけが心配だ。怪異の私を父と慕い、一生を共に過ごそうとしてくれている程だ。しかし、それではいけない。天子には人として生き、人としての幸せをつかんでもらいたい。あの子の面倒をみてもらいたい」
天狗はよろよろと起き上がり、深く頭を下げる。
「どうか、このとおりだ」
巴姫は応えて深く頭を下げる。そして言う。
「よろしいですわよ。天子を実の妹と思い、立派な女人に育ててみせましょう。おまかせください」
「感謝する」
天狗が喜ぶ。
そして、巴姫が言う。
「それはそうと、あちらに蔵五といね子と言う者がいます。彼らは気力を注ぐ事ができます。天狗殿を助けられるのでは」
「ありがたいが、無理だ。すでに器が壊れた。あと一日もせぬうちに、私は元の扇子に戻るだけだ」
「そうですか…」
「さて、鵺を退治する方法だ。優れた射手を用意すればよい。先の戦いで残った破魔矢が3本ある。それで呪われた釘を打ち抜くが良い」
「射手はおります。今から鵺退治に向かいますわ」
そこに、引き戸が少し開く。天子が中をのぞき込む。
天狗が笑う
「ほれ、天子。入りなさい」
「うん!」
天子が中に入ってくる。
「天子、今から人間たちが鵺を退治に行く。お前も付いて行き、助けてあげなさい」
「でも、父ちゃんが心配だよ」
「鵺を退治すれば、父ちゃんも治るかもしれん」
「すぐ行ってくる!」
「よし、よし」
巴姫が外に出て言う。
「では、小梅とお絹はここで天狗殿のお世話をしておきなさい。私と梓殿、真白、そして蔵五といね子は同行。宜しいですわね」
一同が応える。
「はい!」
言ってるそばから天子が走り出し、宙に浮く。
巴姫が睨み見つける。途端に転び、頭から転けた。
天子が慌てる。
「なんだ!?何がおきたんだ?」
「あらら、お転婆の妹ができてしまいましたわ。ふふふ」
そして、巴姫たちは山中に消える。
残された小梅とお絹。
小梅が天狗に言う。
「天狗さん、あれどうでしたか?」
「あれとは?」
「赤まむし汁です。ハァハァ」
天狗が独白する。
「…この者たちに娘を託して、本当に大丈夫なのだろうか」




