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誰の為のバスケ



誰もが晶の放ったシュートは “ 入った ” と確信していた。


しかし…


“ガゴーンッ”


リングに響く鈍い音と同時にゴールに嫌われたボールは弾かれ、地面をバウンドしながらラインを割る。


「…!」

天を仰いだ晶。

コートに落ちたボールを拾える力は残ってない。



「丈留、悪いけどあたし、下に行くわ。あんた担いでる暇無いから」

「おう、階段くらいテメエで降りてやったから」

美魚は居ても立っても居られなくなり丈留を見る事も無くギャラリーを駆け出して行く。



「完璧なシュートだったのに…」

隣りで悔しがる珠代の肩をぽんと凜里花は叩いた。

「それでもミハルはまだ諦めてない」

「え?」


見てみなと指す先、晶はまた “痛くない” と呟きながら開始ラインに重い足取りで戻ろうとしていた。


「…」

真琴は茫然自失となっていた。

ー 負けた…二本続けてシュート打たれた。なんで、今だってまともに動けてないのになんで、なんで…


「…」

怖い、先輩が怖く見える。

なんでこんな事になったんだろう。


私はミハル先輩を超えた。ミハル先輩と全て同じで、和久井君に認めて貰いたくて、でも彼は私を見てくれない。どんなに先輩と同じ事しても彼は私を認めてくれないから、だから私は先輩から直接認めて貰いたかった。そうすれば和久井君だって認めてくれる。そうすれば和久井君だって私の気持ちに気付いてくれる。

私が彼の一番になれるのに…


なんで私は先輩を怖いって感じてるのだろう。


「ミハル!」

ギャラリーからコートに降りた美魚が叫ぶ。

「!」

その声に真琴がビクッとなる。


「ちんたら歩くな、4本目、やるの?やらないの?」

「ミワ、ちゃん」


「…」

「…」


「やれないなら病院に…」


「やるに決まってるだろ、ミワ公!」

晶は激しい呼吸の中で声を絞り出す。


「先輩…」


「今の見た?今のがお前を倒す為の新兵器だ、コンチクチョー!」

「…新兵器?0ステップで突っ込んでフェイドアウェイが?バカかお前」

「⁉︎」

「あんなもんウチのガッコじゃ朝飯にもなんねぇよ。シュート外してデカイ口叩くな、アホ」

「つ、次は決めるもん。まだ新兵器あるんだから」

「その前にディフェンスあるの忘れるなよ、さっきみたいに腑抜けた事したら帰るからな」

「帰らせるか、デカ女」

「痛いんだろ?無理すんなよ、あたしが代打やろっか」

「うっさい!全然痛くない、ちゃんと見ててよ…わんこ、さっさと4本目やるぞ、来い!」


「は、はい」


「見てろ、ミワ」

晶は眼の焦点も定かではなかった。ただ、そんな中でも輝きだけは失うどころか更に増して見えた。


だからこそ真琴は感じた。


「…」

見てない…

「次は仕留めるからな、見てろ」

「…」

ミハル先輩は見てない…

「バスケサイボーグをナメるなよ、ミワ公め」

「…」

眼中に無い…

ミハル先輩もミワ先輩も…


「ミハル先輩、まずは一本です」

「ミハル!しっかり」

ナベも安里先輩も…


「…」

誰も…


ダレモワタシヲミテクレナイ


ワタシガアイテナノニ


ダレモワタシヲミテクレナイ


「…」

湊からボールが渡る。

真琴はボールを突く……ドリブルを始めた瞬間だった。


「うぁぁぁ!」

晶の身体が真琴の右手を掠めて行った。


「!」

晶は真琴が見せた隙を見逃さず、力を振り絞ってドリブルカットに成功した。

倒れながらも真琴からボールを奪うと、ボールはバックラインを離れ転がっていく。


真琴の横で倒れた晶だが、フーッフーッと激しい呼吸の中でゆっくり膝を立てて呟く。


「わんこ」


「…」


「お前」


ー 怒られる…!

真琴は晶の声に萎縮してしまった。

しかし晶は怒るのではなく静かに真琴に問う。


「何の為にバスケ、してんの?」

「…え」

「誰の為にバスケ、してんの?」

「…」

「私に勝ちたいから?」

「…」

「湊君が好きだから?」


「ミハル先…」

湊が口を挟もうとした時、美魚が肩を掴む。二人にしろと無言で湊に訴えた。


晶は構わず真琴に問う。


「私に勝っていい事あるの?」

「わ、私は先輩みたい、に…」

「さっきの」

「?」

「ずっと考えてた技なの、さっきの技。二本目のキラークロスだってずっと磨いた技なの…」

「先輩…?」

「なのにそこのデカイ女は、平気で朝飯前って言った。分かる?あんたの憧れた先輩わたしなんて大学生から見れば普通なの、普通以下なの!『私みたいになる』?そんなのはなんの価値も無いんだよ!」

「…」

「ホントはもっとお前に叩き込んでやりたいけど、もう…限界だから…」

「先輩…!」


真琴の攻撃の阻止に成功した時点で晶の勝ちなのだが、誰も晶の攻めの番を止めようとはしなかった。


「これがラスト。もう私は…動けない」

「…」

真琴はこの時、初めて晶の言葉の重さを感じた。


「ボール。お願い…」


湊から渡るボール。


晶は受け取る。


「…」

「…」


真琴は晶の出方を待つ。


息をするのもやっとの晶は震える身体でシュート態勢を作った。


「…」


ー スリー狙い⁉︎ ここに来てロングシュートってまた私を誘い出し?


シュート態勢の晶と目が合った時真琴は確信した。


ー 違う。もう先輩は切り込む力が残ってないんだ、シュートしかないんだ。

そしてシュート打つ力も残って無いんだ。だからこのシュートは別に私がチェックしなくても絶対に入らない。


でも…


「決めさせない!」

真琴は晶のシュートに飛び込んで行く。


このシュートは絶対に入らないけど…絶対に打たせてはいけないシュートだ!


「届けぇぇ!」


晶の手のひらからフワリと放つボールの前に交差した真琴の腕。その手の平がボールを触る。


完璧に防がれ軌道が大きく外れた晶のシュート。

その行方を見届けた晶は黙って立ち尽くす。


目の焦点が合っていない晶の瞼が閉じた時、身体はフラーっと大きく揺れ出した。


「先輩!」


腰が抜けた様に倒れ込む晶。しかし湊が寸でで背中を抱きしめた。


「湊、君?」

「良かった、意識有って」

「ありがと…ごめんね」

「なんで謝るんすか」

「…色々」


晶が倒れた事で異様な空気になったが気付くと周りは二人を見守っていた。


「…」

「嬉しかった。色々」

「先輩…」

「なんか、色々…」

「…」


晶は湊の腕の中で考えていた。

自分の気持ちを考えていた。


晶は一度だけ真琴を見た。真琴を見た後、湊を見つめる。


「私、湊君のこと、好きです」

「…先輩」

「この間、言えなかったから、返事」


晶の言葉に誰よりも聞き耳を澄ましていたのは珠代だった。

そしてまさかの逆告白に、

「やっ!…」

ガッツポーズで喜ぼうとしたが隣りの凜里花に見られ途中でごまかしてしまった、が、心の中で、いけ、和久井の旦那、ダメ押しの一言いけ、と応援している。


真琴は複雑な思いで見ていた。

複雑な思いの中、あえて何も考えない様にその景色を見ていた。


湊への気持ちを表した晶だが直後、言葉を濁し始める。


「でも…」


晶の “ でも ” に真っ先に反応したのも珠代だった。

珠代は既に湊以上にこの告白劇場の虜になっていて心の中では 『晶ちゃんはまた何を言い出すのよ!』 『ってか和久井の旦那!めんどくさくなる前に早よトドメ刺しなさいって』 とヤキモキして手の汗が止まらなくなっている。

そんな珠代の心は置いて、晶は結論に辿り着く。


「色々考えたけど、私、まだやり残した事あって、み、湊君もインターハイあるから。今はまだ付き合うとかできない」

「…先輩」


「ええ!そんな、晶ちゃ…」

「ナベ。シッ」

「安里先輩」

大丈夫、見届けろと凛里花は珠代の頭をポンと置く。


「湊君は大事な友達です。私にとって、とても大切な…これじゃダメですか?」


「…」

湊は目を丸くした。

NOだと思っていたのに晶の言葉はどちらとも取れない物に変化し、困惑しながらも湊は恐る恐る再度確認してみる。


「先輩。あの、それってつまり、その…」

「…」


ー 結局それはOKなんですよね

ー うん


二人共考えてる事は同じだった。

ただそれを言葉に出来ない二人はずっと固まっていてどうして良いのか分からずにいた。


(この、青春バカップルめ!)

珠代は煮え切らない二人にイライラして発狂してしまいそうだったが、この妙な生暖かい空気は美魚によって急速に終わりを告げる事になる。


「はーいはい、お二人さん、青春なのはいいけど…時間切れ」


「ミワちゃん!」「轟先輩」


パンパンっと手を叩いて二人の間に美魚は割って入って行く。


「悪いけどミハルを貰うよ。病院行くから、どいて」

「あ、は、はい」


「ほら、ミハル」

「…うん」

手を差し出す美魚に対して何か心許ない表情の晶。


「何?和久井の旦那に抱っこされたかった?」

「ち、違うし」

「じゃ行くよ」

「うん」

半ば強引に晶を担いだ美魚はテキパキと指示を出す。


「サト!ミハルの荷物頼むわ」

「OK」

「あ、待って」

「?」


そのまま体育館を出ようと歩き出す直前、晶は美魚を止めた。

ちょっとだけ、と小声で美魚に頼んで下ろして貰った晶は真琴に声を掛けた。


「わんこ」

「…」


晶の足取りは重い。ただ一歩一歩と真琴に歩いて行く。


「…」

「先輩」

「…」


自分から寄った晶だが言葉は発さない。


「…」

「…」


幾度か呼吸を繰り返し、最後に大きく息を吐いた晶は背筋を伸ばして真琴に迫った。


「…あんたの基準だと、私が一本カットしたからこの勝負は私の勝ちなんだろうけど」


「…」


「私はこれっぽっちも勝ったなんて思ってなんかないから。ってゆうかリタイアだし」


「私の…負けです」


睨み付ける晶の視線に耐え切れず真琴は目を伏せた。

晶は更に真琴に迫る。


「そう?じゃそれでいいや。ただ、ケジメはつけないとね」


「え」


静まる体育館に響いた “パンっ” と乾いた音。

晶は真琴の頬を思い切り平手で叩いた。


「私にケンカ売ったケジメ。これで無しにしてあげる」

「先輩」

「雨宮から全部聞いた。あんたが犯人じゃないのも知ってる」


「!」

晶に叩かれた頬が回る様に痛み出す。

痛みは、真琴の心の底を回った。


晶は全てを知った上で自分の勝負を受け入れた事、見透かされた事、晶に叩かれた頬の痛みと温度は灼ける様に熱くなっていく。

晶はその間も真琴に語っていたが、真琴本人は全く耳に入っていなかった。


「わんこ」

晶に肩を軽く手を置かれて真琴はハッとする。


「お前が今やらなきゃいけない事…分かるでしょ」


「…」


「インターハイ!」


「!」


「もうインハイしか残ってないんだよ、あんたの高校バスケ。まだ桜杏ここでバスケしたいならぶっ倒れるまで走り続けろ」

「…」

「また行きたいだろ、全国大会」

「…」

「それでもまだやり足りないならまた相手してあげるよ。美魚あいつをやっつけた後でね」


「先輩…先輩!」

「先輩禁止」


「うっ……うわぁぁ!」


真琴の溢れ出る声の中、晶は自分の身体を美魚に託すと彼女らは体育館を後にする。

それ以上話す事はなかった。というよりも美魚と凛里花は一刻も早く晶を病院に連れて行きたかった方が優っていた。



「ミハル、身体は?どこか悪い?足は?気分は?」

「サトちゃん。うん、少し…胸、気持ち悪い」

「おい、背中に吐くなよ。吐いたらお前のアダ名一生ゲロ吐き女だからな」

「ミワちゃん!馬鹿な事言ってないで一旦トイレに連れて行くよ」

「大丈夫。吐き気はないよ」


廊下を駆け足で渡っていたが、一旦止まり凛里花は晶の額に手を当てる。


「やっぱり熱ある。コンビニに行く時間が勿体ないからタクシー来るまで自販機で缶ジュース買ってくる」

「飲めるのか?この状態で」

「飲む必要ないわ。冷たいから脇に挟んで熱を冷ますの」

「おお、さすがサト。ミハルのママだな」

「うん。サトちゃんは優しいから」

「こんな時に二人共からかわないでっ」


イライラしがちの凛里花は携帯でタクシーの配車の手続きをした。

その時三人の前にヘルメットを脇に挟んだ郷内が来る。


「だったら、ここは俺の番かな。お姉さま達」


「チャラ髪!うぜえ奴」


「うぜえは無いでしょう、ご希望の冷たいドリンク買ったんすから」

「あ、ありがと」

はいどうぞ、とポケットから二つ、郷内は冷たい缶ドリンクを凛里花に渡すと、彼女は警戒しながらも素直にお礼を言った。


「で、今からタクシー呼んで病院行くより、もっといい足があるんすけど」

今度は美魚に脇に挟んだヘルメットを差し出す。


「なんだよ、これ」

「なんだよって、見りゃ分かるっしょ。もうエンジン温めてっからいつでも発進出来ますよ」


「お前のバイクで連れてくって事?はぁ?ふざけるなボケ」

「あなたなんかにミハル渡す訳ないでしょ」


「国道…今事故起きて大渋滞」


「え」


「救急車もタクシーも呼ぶには時間掛かるんじゃねぇの?晶ちゃんが俺に密着する余力ありゃ最速で運べますよ」

「チャラ髪、つまらない嘘でミハルに何かしようったって…」

「待ってミワちゃん。本当に事故起きてるみたい」

「マジか」

「で、どうするんすか。晶ちゃんを一刻も早くなんじゃないの」

「ちっ…」

美魚は舌打ちする。郷内の言ってる事は正論だが釈然としなかった。


「郷内君…」

その状況の中、晶は声を出す。


「ミハル?」

「…お願い」


「OK、決まりね」


「おいミハル、待て。今、別の方法考えるから」

「大丈夫だよ、ミワちゃん。郷内君は大嫌いだけど、信じてるから」

「…きっつ。俺どんだけ悪人すか」

「うっせぇんだよ、コマし野郎」

「ちょっと宝塚先輩」

「誰が宝塚だ、スケタラシ野郎」

「だから何も悪りぃ事してないっしょ」

晶を背負ったままでも臨戦態勢の美魚。その美魚をなだめた凛里花は郷内に近いた。


「郷内君…」

「…」

「もしミハルに変な事したら、絶対に許さないからね」

「…へいへい。よーく心に刻みましたよ」


「ミハル。気持ち悪いし郷内君の後ろとか屈辱だけど、ちょっとだけ我慢するんだよ。うちらもすぐ病院行くから」

「むしろゲロ吐いていいからな」

「…うん」


「…」

俺、一応、イケメン枠なんだけど。


郷内は苦笑いを浮かべ校門まで走って行く。


少し遅れて三人も校門に到着した。

郷内の言葉通り、バイクはエンジンが掛けられいつでも発進出来る状態だった。

更に湊、珠代、真琴の三人も校門に追い付いた。


「…じゃ晶ちゃん。しっかり掴まれよ。裏道からすり抜けるからな」

「チャラ髪。くれぐれもさっきの言葉忘れるなよ。もしミハルに何かしたら…」

「だぁ!しつけぇっすよ、ちゃんとパシリますから」


「郷内」

アクセルを開ける手前で湊が声を掛ける。

「…なんすか、あんたまで」

「頼む」

「…了解」


そのまま一気に発車する予定だったが郷内は少しだけ留まり、少し目立たない位置にいた珠代を呼んだ。


「あ、ナベちゃん先輩」

「え⁉︎」

「応援、熱かったっすよ。晶ちゃんががんばったのもきっと可愛い後輩の為もあるんじゃないっすか」

「…郷ちゃん」

「じゃ、ちょっくらワープ掛けるんで、よろしく」


「郷ちゃん…バカ。最後の最後でカッコイイとこ見せて…」


バイクは事故の大通りとは逆の住宅街へ消えて行く。

晶を乗せたバイクは裏道を切り抜けて病院へと向かったのだった。



晶が消えた所で、急に場は冷え出す。

一堂思惑はそれぞれだが口には出せず、何となく暫くその場に居て、自然に体育館に戻ろうとした。


そしてその玄関の先には丈留を担いだ加藤が待ち構えていた。


「…ここで殴られるか、明日校長室に行くか、どちらか選ばせてやる」


この場の全員、自然と横一列に整列して制裁を受け入れたのは言うまでもない。




次回

『伝えたい事』 (仮

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