奇跡
「…」
病室のベッドで目を覚ました晶。
「…」
ゆっくりと何回かまばたきを繰り返しボーッとしている。やがて自分を呼ぶ声と手を握られてる感覚に気付いた。
「…パパ?…ママ…」
「晶!良かった、あなた、晶の意識が戻ったわ!」
「うん。すぐ先生を呼んで」
「はい」
慌ただしい室内だが、晶は状況が掴めていなかった。
「…」
両親が側に居るけど様子が違う、部屋の匂い、ベッドの触感、などからここは自分の家ではなく病院だと理解した。
「…」
(ああ、そうか。私、病院で倒れたのか…?)
そして理解するとすぐ前の記憶も蘇った。
父の腕時計がなんとなく目に入る。
「…12時…夜の12時?」
「そうだよ、夜の12時。なんでか分かるかい」
「…」
「ん?どうした?」
晶は記憶を整理する。
「…わんこと勝負して…気持ち悪くて…郷内君のバイクで病院に来て…」
「勝負?バイク?どういうことだい、晶」
記憶を整理すると改めて両親が今ここに居る違和感を覚えた。
「パパ…あれ、なんでパパがここに」
「凜里花ちゃんから電話を貰ったんだが」
「…」
「晶が体育館で意識は有るが倒れたと聞いたのだが、どういうことなんだ」
「あ、あの」
口吃る晶に対し父は続け様に問う。
「晶、お前、ママになんて伝えて学校に行ったんだ?」
「…」
「晶。答えなさい」
父の口調は平坦であり淡々としているが、黙秘で逃げられる空気では無かった。
「…」
「あなた、晶は目が覚めたばかりですから」
「いや、晶はしっかり目が覚めている。だったらちゃんと今、私達に答えるべきだ。晶、分かるね?答えなさい」
「…」
「…」
「…」
「私…」
「…」
晶は体を起こして両親の目を見た。
そして全てあった事を正直に答えた。
「…ごめんなさい、パパ。ママも。私、ママに嘘つきました」
「晶」
「バスケ部のコーチだなんて呼ばれてない。私は体育館で普通にバスケをしました」
「何のために」
「後輩から1対1の勝負を申し込まれたから」
「それは、加藤先生の許可を経ての事?」
「先生には何も。私の勝手な判断でしました」
「…」
「…」
「…ということは、晶はまた嘘をついて迷惑を掛けたんだね?」
「はい」
「一昨年の夏にやってはいけないバスケをして倒れ、去年は先生から言われた条件を無視して倒れ、今年も同じ様に皆を騙して晶はバスケをして倒れた」
「…はい」
「あなた。いくらなんでも晶はそんな…」
「晶。パパの言ってる事は間違ってるか?」
「間違ってないです」
「晶…」
「晶が倒れた事で学校に多大なる迷惑を掛けたんだよ。バスケ部の加藤先生にも責任を負うかもしれない」
「…」
「どう思う?」
どう思う?という問いは、今の晶にとって問いでは無かった。
「…学校、辞めます」
晶の答えに父は目を閉じる。
「晶!」
「パパもそう考えてる」
「あなた!なんてことを」
「退学届の書面に晶のサインを書いて貰うつもりでいた」
目の前に出された退学届の書類は驚くほど薄い。
ペンを受け取ると動揺する事なく、署名欄に名前を書き始めた。
「…」
名前を書き終えた晶に父は静かに言う。
「…晶が病院に着いて、意識無くしてる間、凜里花ちゃんや美魚ちゃん達が来てくれたよ。バスケ部の鍋崎さんに和久井君かな。あとは晶を送ってくれた郷内君」
「みんなが」
「加藤先生も来られた」
「カトちゃんも?」
「それと…犬飼さん。犬飼さんはお父さんも一緒に来られた」
「わんこ…」
「先輩は何も悪くない、悪いのは全部私だと何度も言っていたよ。彼女と二人で話しをさせて貰ってね…どういう事情か聞かせてくれた」
「あいつ…じゃあ、パパは全部知って…」
「晶。晶は犬飼さんに何かを伝える事が出来たのかな」
「え」
「…」
「私…」
「…」
「私は、バスケしか教えてあげられないから。今まで後輩達に何もしてあげてなかったから。私のやれる事はプレイで伝えたつもりです」
「そうか」
「…」
「では晶はコーチとして彼女に指導したのだね」
晶が署名した書類を父はそっと取り上げる。
「え」
「晶が個人的な私欲でコートに立ったのならパパは許さなかったが、後輩の為に、チームの為にしたのなら…」
折り畳んだ書類を父は二つに破る。
「退院したら迷惑を掛けた全ての方に謝りに行きなさい。それで特別に許そう」
「パパ」
「いいね?」
「はい」
本当は今にも声を上げて泣き叫びたいを我慢した晶。
感情が揺れ動く狭間、病室のドアが開くと晶の担当医が落ち着いて入ってきた。
「三原さん」
「先生!」
「あの、晶は…」
両親は早く晶の体の詳しい状態を知りたい、どこがどうなっているのか矢継ぎ早に問いたいのだが、それを悟ってか担当医はまぁまぁ、と抑え晶の額に手を置いた。
「…まだ微熱あるみたいですね、まぁこれなら問題ないでしょう。念の為、何日か病院には残ってもらいます」
「はい」
「足は少し無理したみたいですねぇ。ま、これも含めて明日以降改めて検査してみましょう」
「はい…」
「…で、腎臓ですが」
医師の口は重かった。
「取り急ぎ一番に腎臓の状態を調べました」
晶と両親にそれぞれ検査結果を渡す。
「…!」
その数値に晶の目は一番に丸くなった。
丸くなると同時に今まで我慢してた感情が涙となって溢れ出す。
それはかつて入院した日々でカルテが読めるまで勉強した成果だった。この結果を見る為の今日だった。
「先生…これって、本当ですか」
晶の反疑心に医師は自信を持って頷く。
「…私、また無理したのに…」
「絶対もうダメだと思ったのに」
「本当に、本当なんですか」
口が止まらない晶に担当医は何度も頷いた。
「…頑張りましたね」
その優しい口調に晶の興奮は更に増す。
「まだ明日以降詳しく検査する必要がありますが……どんな奇跡ですかね。腎臓の数値が正常に戻っていました」
その言葉がとどめの一言となり、涙と一緒に声まで溢れ出す。
二年前、原因不明の腎臓病の呪いから遂にこの日、晶は解放された。
次回
『伝えたい事①』




