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痛くなんかない!



「!」


ボールを受け取った真琴は間髪入れずに晶を瞬時に抜き去り、そのまま独走のレイアップを決める。


「すいません先輩、大人気ない事して。取り敢えず最初の一本貰いました」


「くっ…」


涼しい顔の真琴と悔しさを滲ます晶。

開始の一本目は見事に明暗が分かれた。


その様子をコートの外で見守る凛里花と珠代。


「やられたわね、見事に。まぁこれが本来の力の差かな」

真琴の実力を改めて見た凛里花だがそれは想定内とばかりに眉ひとつ動かさない。

「安里先輩?」

「一本目くらい遊ぶかと思ったけど、これが続くとミハルは何もしない内に負けるわね」

「…」

珠代は黙ってはいたが晶を思うとこのまま普通に真琴が圧勝する方がお互いの為になるとも考えていた。


コートでは最初の攻めを終えた真琴がボールを両手で持て余し開始ラインまで悠々と戻る。


「さぁて、次は先輩のオフェンスですよ」

「…」


晶は息を大きく吐く。膝をパンパンとはたき最初のディフェンスを検証した。


ー わんこの奴、私が動けないのを知って敢えてフェイク一発入れてきた。本気って事?それとも挑発?それより問題は私だ。左から来ると思い込んで膝に力が入り過ぎて動けなかった…くそ、ビビッちゃダメなのに…


ぶつぶつ呟き、下を見ながら何度も“フー、フー”と息を吐き出す晶。イライラしないように無意識にしていた。


そんな晶の元へ湊が来る。


「先輩?」

「ん?」

「オフェンスです。やりましょう」

「あ、うん、ごめんね」


二人の何でもないやりとりだが何故かそれが心に引っかかる真琴。


「…」

ムカつく…なんかあの二人。

先輩の声のトーンとか明らかに違うし。

なんだろう…なんかすごく、厭だ…


「じゃあ先輩のオフェンスで再開な。行きますよ」


「…」

湊がボールを持つとまだ開始していないが腰を落とし臨戦態勢を取る。その気迫は晶にも伝わる程だった。


「…」

先輩には悪いけど一発目から本気でいかしてもらう。

和久井君にも理解してもらわないと。

先輩のキラーチェンジ?そんなのはもう過去で今のこの人はサイボーグ通り越してポンコツって事を。


湊からボールが晶に渡り開始されると、真琴は躊躇う事無く晶に詰め寄り張り付いた。


「!」

虚を突かれた晶は張り付く真琴に対しドリブルどころかボールをキープするのが精一杯で手間取っている。


「どうしたんですか?昔の先輩ならこんな見え見えのザルディフェンス、軽く抜いたでしょ。まぁ先輩の場合は時間無制限だし、何秒キープしてもOKなんでいつでも来てくださいね」


「…くそ、わんこ」


馬鹿にしたように晶にべったり張り付き、ほら早く抜いて下さいよと挑発する真琴。それでいて隙あらばボールに手が伸び晶のバランスを崩しにかかっている。


そんな様子をもう一人、吹き抜けのギャラリーの陰から伺っている人物が居た。


郷内だった。


ー うっひょぉ!エゲつねえな、わんこちゃん。生意気な晶ちゃんを黙らせるには最高の手だけど、怪我人相手にそこまでするとは俺より悪者の才能あるんじゃねぇの。


郷内はニヤニヤしながら今にも声が漏れそうなのを堪え眺めていた。


ー たまんねぇな、これだから女の闘いって好きだわ。和久井の旦那が羨ましいぜ、今すぐ審判変わってもらって俺も二人の匂い嗅ぎながら3P楽しみてぇよ。


郷内が呑気に眺める中、コートは熱がどんどん増していく。


「攻めないんですか?攻めないならそろそろボール貰いますけど…なんならダブルドリブル(※)も有りで構いませんよ?」


真琴が更に晶に迫ると郷内も釣られ身を乗り出した。


ー おほっ、マジ悪人でしょ。俺、やっぱりわんこちゃんに乗り換えようかな、痺れるわ……だけど…いいのか?晶ちゃんよ、後輩に舐められたまんまでさ、ま、舐めたいのは俺だけど。



「足、きつそうですね。じゃ楽にしてあげますね」

「ナメるな、わんこ!」


更に迫る真琴に対し後方にワンステップしながらドリブルを開始する。

ただ真琴の気迫に押されながらのドリブルは態勢が悪過ぎて、コースは右と丸分かりだった。


それでも晶は諦めない。右側に向かいボールを進めようと試みる…その時。


「うっ!」


軸になる左膝に痛みが走ると晶はガクッと崩れ落ちてしまった。

バランスを失った晶の掌からボールは転がる。


「ミハル!」

凜里花は急いで晶の元に。

「サトちゃん…」

「大丈夫?痛い?」

「先輩、膝、大丈夫っすか!」


「バランス崩れただけだから」

晶は力を込め、ぐぐっと立ち上がる。早くも随分息が上がっていた。


しかしそんな光景を見てた真琴は冷静に声を発した。


「ミハル先輩、ふざけないでくれます?」

「わんこ…」

「真剣にやってくださいよ、勝手に自爆して」

「わんこ!あんたね、ミハルがどんな状態かくらい知ってるでしょ、いいかげんに…」

「サトちゃん!大丈夫…」

「ミハル、でも」

「大丈夫だから」


大丈夫、と凛里花を止めるも既に息が上がってる晶。


ふと上から声が掛かった。


「らしくねぇんじゃない?晶ちゃん」


⁉︎

聞いた事ある声にコートは一堂に見上げた。


「郷内君…?」


「あんたが悲劇のヒロインなのは分かったけど、格好つけてないでさっさと二本目あるんだろ」


「郷内!お前性懲りも無くまた先輩に…」


「いやいや旦那、今日は俺ただのギャラリーだから…っつうか晶ちゃんよ、悔しくない訳?後輩に舐められっぱなしでみんなに過保護にされちゃって、そんな可愛いあんた見せられたら、そりゃわんこちゃんもイライラするよな」


「郷内君…」


「う、うるさいな。なんで郷内君がここに居るのよ、気が散るから消えて欲しいんだけど」


「まぁ怒らないでわんこ先輩。ちゃんと黙りますから、ね」


郷内はウインクで合図する。

イライラが止まらない真琴だが晶は反対に冷静になっていた。


「…郷内君にも喋ったんですか」

舌打ちをしてハァと息を吐く真琴。

「…」

晶は黙ってはいたものの郷内の登場で何か一つ閃いた。


「まぁいいですけど。さっさとやりますよ二本目」

「よし、やろう、わんこ」

2本目を開始しようとした途端、晶の声のテンションが上がる。


「⁉︎」

その一言に目を丸くする真琴。

晶は笑みを見せた。


「ごめんねわんこ、手ぇ抜いて。わんこがどれだけやれるか様子見ちゃった。嬉しいよ、私なんかに本気で来てくれたから」

「なんですか急に」

「別に。さっきみたいにガンガン来て構わないから。やっと私も慣れてきた感じだし」


「…和久井君、ボール」

「おう」

「…」

真琴は晶の妙な態度が気になって仕方がない。

さっきまで一つ攻防するだけで息が上がっていたはずなのに、何が彼女を復活させたのか。ただ、復活したところで今の晶には余裕が無いのは確かだ。


ー …ちょっと揺さぶってみるか。


ボールを受け取った真琴はすぐにシュート態勢に。


しかし晶は反応しない。


「いいんですか、私、スリー得意ですけど」

真琴は晶を挑発した。

だが晶は思いもよらない一言を返す。


「…打つ勇気があるならね」

「!」


「あんた一本でも外したら負けでしょ?ま、打ってくれた方が私は体力使わないで済むし」

「…」

「いいよ、打っても」

「…」


既に身を乗り出して見ている郷内は更にニヤケ顔になっていた。


ー イイね、晶ちゃん。俺が和久井君に言われてピクついたのをここで使ったか。自分より下と思ってる奴に逆挑発くらうと結構くるんだよな


1本目とは明らかに変わる空気。


「…ふふっ」

真琴はシュートをやめてドリブルに切り替える。

「?」

「本当に打ってあげようと思ったのに。あーあ、イライラしますね。動けないくせに挑発されると」


真琴の両手を行き交うボール。

始めは手打ちの様な軽い音だったが徐々にその音は重みを帯びてくる。


晶は真っ向から勝負するつもりだった。

「来い!」

ー 来る…やるぞ、ビビるな。


「行きますよ、言われなくても」


ー 耐えろ、私の足!


晶は真琴のコースに飛び込んで行く。

その様子に珠代は興奮気味に叫ぶ。

「すごい、ステイローでわんこの一発目止めた!」


コースを止められた真琴は特に表情は出さずクルっと反転、バックターンで晶の左に行く。


「させない!」


晶の集中力は切れる事は無い。

二回目のドライブにも対応していく。


ー ビビるな、動け、左!

晶の必死のディフェンスに、真琴の心の裏にふと昔の思い出が蘇っていた。


「…」

ステイロー、サイドステップ…思い出す。何度も怒られたっけ、姿勢悪いって。苦しい時程身体起こして腰低く、ディフェンスだけは絶対に楽をしちゃいけないって。


「…」

この人…本当に凄いな。

病気背負って、怪我背負って壊れてると同じなのにディフェンスの基礎…サボってない。

やっぱり私の尊敬する人があなたで良かった。


でも…


「すごい、また止めた…え?」


色々教えてくれたけど、今の私にあなたなんて必要ないんだ!


バックターンを止めたと見せかけてすぐさまレッグスルーで再び右へ突き進む真琴。


その瞬間、晶を完全に抜き去る。


しかし…


「まだダァ!」

「 ‼︎‼︎ 」


晶は諦めずディフェンスの形を捨てて走り出す。


「届け!」

真琴の背中に追いつく晶、ボール目がけ手を伸ばし触ろうとする、が真琴のドリブルは止まらない。

晶の伸ばした手から一足、二足と逃げて行くボールを見せつけ真琴は一本目と同じくレイアップを決める。


「そんな…もう少しだったのに」

珠代は自分の事の様に悔しさを露わにする。

言葉は発さないが凛里花も同じ気持ちだった。


晶の本気のディフェンスも透かして二本目の攻撃も成功させた真琴だが、態度は明らかに動揺していた。


ー 嘘


シュートを決めた真琴は振り返って晶の位置を慌てて目視した。


ー 私は完全にレッグスルーで抜き去った、筈なのに。

先輩はまだあそこから走っていた…たった何歩だけど私は確かに先輩の手が伸びたのを見た。


晶は両手を膝について激しく肩で息をしている。


「…」

こんな何も出来ない先輩が私に…


その時、

「湊君、ボール!」

強い口調で晶は湊に要求する。


「!」

ミナト、クン?

真琴は晶が湊を名前で呼ぶ事に違和感を覚える。


「先輩、マジで大丈夫ですか」

「湊君同じ事言わせないで。私は平気」


「!」

また “湊君”って…


「…何?」

真琴を睨みつける晶。

晶は湊との親密さをアピールしたのではないが真琴のチラチラした視線が不快を煽った。

体力は著しく消耗しているが晶の目力に真琴は押されてしまった。


「あ、いえ」

「…」

真琴の煮え切らない態度に今度は逆に晶が苛立ちを覚える中、2本目の晶の攻めが開始される。


「じゃ先輩…」


湊から晶にボールが渡った時、真琴はまた一本目と同じ様に強引に距離を詰めてプレッシャーを掛ける筈だった。


しかし…


「!」


ー …何、この殺気。


プレッシャーを掛ける筈の真琴は逆に戸惑いを見せる。


ー 行ったら、抜かれてた?


1本目とは明らかに晶の雰囲気は違っていた。今の晶相手に不用意に突っ込んでもやられる事は無い、むしろ舐めてかかってお釣りが来る…筈なのに、真琴の脳裏に自分がドリブルで抜かれる姿が描かれてしまった。


「来ないの?だったら…」

晶はロングシュートの体勢を取る。


「え⁉︎…ヤバイ!」


晶のシュート体勢に真琴は慌てて距離を詰めた。ただ晶に寄りながら彼女は混乱する。


ー え⁉︎ なんで私、今、“ヤバイ” って思った?全然ヤバくないじゃん。だって今の先輩にスリー打つ力なんて無いのに…なんで私、飛び出…


刹那、晶はシュートからドリブルに切り替えて真琴を抜き去った。


ー やられた!くそ、なんであんな見え見えの手に…でも先輩の戦法は知ってる。右から行けば必ず持ち替える、そこでお終い!


迫る真琴の気配を感じ取る晶はボールを右手から左に。


「出た!先輩のキラークロス!」

珠代は興奮気味に叫ぶ。

「ミハル!ここで決めるのよ!」

晶が勝てる最大のチャンスに凛里花も釣られて声を張る。


ただ、真琴はその空気に呑まれず晶を迎撃する態勢を取る。

「それはとっくに…え⁉︎ なんで⁉︎」

晶の股からボールが行き渡る瞬間を狙い撃ちでカットしようしたが、晶の左手にボールは移っていない。


上から見ていた郷内は目を丸くした。


ー あれは…俺が和久井君に食らった技。おいおい、じゃあれの元祖はマジで晶ちゃんな訳?あの感じからどう見ても付け焼き刃じゃねぇし。っつうか、和久井君より断然上手いじゃんか。

だとしたら残念だがわんこちゃんじゃ止められんよ。女が使う技じゃねぇし、晶ちゃんの膝がぶっ壊れない限り、な。



左へ移行するはずの晶は逆にそのまま右サイド45度から一気ドライブで仕掛ける。

真琴は完全に晶に裏を取られてしまった。


ー 行ける、足は少し痛いけどこんなの全然平気。レイアップ一本くらいなら跳べる…行くぞ


今度こそ真琴を引き離す晶。右サイド45度からのドライブで、もうレイアップシュートを狙う事のみに集中していた。


皮肉にも自分が晶を抜いた形をやり返された真琴。

体勢崩れた真琴の目には晶の背中が一歩、二歩と手から遠退いて行く。


ー なんで、なんでボールが右のまま?そんな事より何この状況。先輩は動けないのに、なんで私の前に…私は先輩を越えたのになんで私が先輩を追って……違う!そんなのどうでもいい、この背中を止めないと、くそ、足、手!なんでもいいから追い付いてよ、先輩を飛ばせたら…


「馬鹿!犬飼、強引だ!」


真琴は無我夢中で晶の背中に手を伸ばす。

それは晶も同様だった。

真琴を抜いた最大のチャンスにフィニッシュのレイアップだけを集中していた為、晶は迷わずステップを始め、跳んだ…


!!


跳ねた晶、しかし直後彼女の身体は大きくバランスを崩し転倒した。


真琴の夢中で伸ばした手が指何本、晶の背中の裾を摘まんでいて、僅かだがその指圧によって晶は引き摺り下ろさせられた形になってしまったのだった。


「ミハルぅ!」「先輩!」


凜里花と珠代はコートに飛び込んでいた。湊も笛を吹く事すら忘れていた。


「う、ああぁ!グゥゥ、うぅ!」


怪我した左足から転倒した晶は声にならない悲鳴を上げていた。


「…」

真琴は呆然としていた。自分が倒した事に呑み込めない所に湊がツカツカと寄ってくる。


「犬飼!」

「!」

その声にビクっと固まる。


「お前」

「ち、違う、私…」


「うぁっ!ああ!」

膝を抱え蹲る晶の声。

誰が見ても続けられる状況ではない。


「中止!中止よ!ナベ、タクシーを呼んで。ミハルを連れて行く」

「え?救急車じゃなくて?」

「救急車はダメ、大事になるわ。兎に角タクシーに。和久井君はミハルの病院に連絡入れて、早く!」

「あ、はい!」


凜里花は二人に指示を渡すと晶が痛がってる膝をサポーターの上から冷却スプレーを掛ける。

「待っててミハル」

そのまま掛け続けてからテーピングを解除しようとした。


「ま、待って…電話、ダメ」

「え」

「ナベも湊君も待って」

「いやでも」


「いいから!電話は待って!」

晶は叫ぶ。


「先輩…」

珠代、湊は手を止めた。


「ミハル、試合はもう終わり!」

「終わり、じゃ、ない」

「わんこのホールドでミハルの勝ち。そうでしょ?わんこ、ファール一発でミハルの勝ちなんだよね?」

「…」

「ミハルはよくやった、ファール無ければシュートも決まってた、だからミハルの勝ちで終わりなの」


「終わってない」


「ミハル!」

「終わってない!」

「ミハル!いい加減に…」


「終わってないの!終わってないの!サトちゃん!終わってないの!勝負はまだなの!まだなの!」


晶は凛里花の手をギュッと握る。


「…ミハル」


「わんこ」

真琴を睨みつける晶。

「せ、先輩」


凛里花の手を借りて苦しい顔を浮かべどうにか立ち上がる晶。


「…ナイスディフェンス」

「え」


「って言うと思った?甘いんだよ、お前のディフェンス!」

「先輩」

「後手後手に回ってるからつまらないファールして…本気でやるんでしょ?こんなファールで負けでいいんだ?あんた」

「わ、私…」


「湊君、ルール変更。私のフリースロー」

「でも先輩、足は…」

「大丈、夫。これくらい、ぅぅ」

「ミハル!」

「大丈夫…」

「大丈夫じゃないでしょ!」

「大丈夫…」

「ミハル」


立ち上がったまでは良いが痛みで震えが走ってる晶は、シュートどころか一歩を踏めるかも怪しかった。

案の定、膝から崩れ表情も歪みきっている。


勝負は打ち切り。


誰もが納得した時、声が響いた。


「ミハル、立てぇ!」


ギャラリーのフェンスからの声。


「え?」


美魚だった。

美魚の隣には松葉杖の丈留も居た。


「大丈夫なら立て、ミハル」


「…ミワ、ちゃん。丈留さんも」


「シュート打つんだろ。だったら立って歩け、自分の力で」


美魚はあえて厳しい声を上げた。

自分の心とは正反対の声を上げた。


「…」

晶もそれに応えようとする。

しかし凛里花は晶のあまりに過酷な状況に耐えられず身体を支える。


「ミハル、大丈夫だよ。立たなくていいから、ね?」

「立てる、ぅぅ」


「手を貸すな、サト!甘やかすなミハルを」

「!」

「ミワちゃん分かってるの?ミハルは今…」


「自分で立てない奴はコートに居る資格は無い、そうだろ。ミハル、サトにおんぶしてもらって勝負するか?」


「!」


「美魚、お前いくらなんでも」

「丈留は黙ってろ、あたしは今ミハルに言ってんだ!」

「…」


「ミハル」

「…」


「これが試合ならお前はベンチ行きだぞ。わん公にも迷惑だ、痛がるお前にどうやって本気出すんだよ」

「ミワちゃん…」

「やんのか、やらないのか、決めろ。決めたら通せ」


「…」

「…」


「…う、うぁぁぁ!」


晶は吠えた。


「ミワぁ!見てろ、コンチクショー!」

吠えた勢いを火事場の馬鹿力に変えた晶は叫びながら立ち上がる。


「…ああ、見てるからな」


「ハァハァ…湊君、ボール」


ボールを受け取った晶は歯を食いしばりフリースローレーンからシュートを放った。

しかしそのシュートはリングにも届かない。


周囲の落胆は大きい。

ただ、美魚だけはそんなエアボールに対して、良し、と頷いていた。


「ミワ公!ハァハァ…」


晶は美魚を見上げるとありったけの声を上げる。


「シュート…打ったぞ!見てくれた?」

美魚は声は発さないが、じっと晶を見つめている。


「今のシュートだけはミワちゃんに見て欲しかった…今の私はこんなヘボいシュートだけどぉ、でも打てるから!シュートは打てるからぁ!」


「ミハル…」


「足も言う事効かないけどぉ!でも、それでも私のライバルはミワちゃんだからぁ!わんこの次はぁ……お前を倒すからな!」


美魚はずっと胸の中で晶に答えていた。


ー バスケサイボーグって呼ばれたお前が泥臭くて感情剥き出しにして…お前のシュート、ホントにヘボかった。クソみてぇなシュートだけど…見惚れたよ。

だからあえて言わせてもらうぜ。


「ミハル!だったらさっさと片付けろ、そんなザコ。こんな奴に手こずってんじゃねぇよ」


「な⁉︎」

「…なんだよ、別に今からあたしが相手でもいいぜ?」

「…」


カチンと見上げた真琴に睨みを利かせると言葉を返せなくなってしまった。

真琴を黙られせた美魚は一変、優しい笑みを晶に向ける。


「ミハル。あたしのライバルもお前だよ…あたしを倒せるのはお前しか居ないんだから、だから…早くやろうぜ、かかってこい」

「うん!」


晶の身体は当然だが重い。しかし目の輝きは蘇ってきた。


二人の世界に包まれる中で真琴だけは納得していなかった。


「…」

なんなの、なんなの、この感じ。今相手してるのは私なのに、何、この無視されてる感じ…


「来い!わんこ」

気合いを入れ直す晶が憎たらしく思えた。

「…」

うるさい、何が出来るのよ、そんな震える足で!


湊から受け取った途端、目の前の晶に素早いフェイントを二回入れて抜き去って行く。

晶はフェイントに引っかかる事すら出来ずに完敗の一本だった。


真琴はこの一本に自分の全力を込めた。

今の自分に出来る最大のテクニックとスピードを込めた。

美魚に侮辱された返上と、晶にもう一度自分を見てもらう為に。


ギャラリーでは郷内が退屈しのぎに美魚と丈留に近づいて来た。


「あーあ、言わんこっちゃねぇ。素直に病院行けば良かったのに」


「チャラ髪」

「チーすっ。お久しぶりっす、ボーイッシュ先輩。そっちは彼氏っすか、渋い趣味っすね」

「…」

「ってゆうか先輩、いいんすか?晶ちゃんに無理させちゃってさ。怪我人焚き付けてなかなか悪い人っすね」

「テメーは引っ込んでろ」

「おー怖っ。でも結局動けないじゃん、せっかく勝てる見込みのあるディフェンスタイムなのに、あんなザルで迫るから」


「…まだ晶の攻めがあるだろ」


丈留は郷内を見る事無く静かに言う。

ただ郷内も、ふーんと鼻で笑いフェンスに手を掛け答えた。


「おっさん、素人?フリースロー見た?あの足じゃもうさっきのレイアップは打てないっしょ?だったらディフェンスで距離保ってわんこちゃんにミドル打たせる方が効率良いだろ。ドライブよりミドルの方が落ちる確立は高いんだから」


郷内の理屈は確かだった。

しかしそんな理屈を丈留は一蹴する。


「それでオフェンスはボールキープして体力回復か?晶はそんなセコい真似しねぇよ、小僧」

「…」

「兄ちゃんよ…どんだけバスケ上手いのか知んないが、そんな勝負なら美魚はとっくに晶《あいつ》ぶん殴って病院に連行してるよ。くだらない事語るんじゃねぇよ、黙ってろ」


丈留や美魚が熱く語るほど冷めてしまう郷内。

「…へいへい」

ここは熱血星だな…と心でボヤいていた。


「…」

丈留らを少しイジるつもりだったが用も無くなって再びコートを見ると晶の異変に気付いた。


ん?晶ちゃん、何か言ってる?


「…ミハル」

美魚も晶の様子に気づく



「ー…くない」

「?」

最初は晶が何を言ってるかよく分からなかった。

ぶつぶつと呪文の様に自分に言い聞かせてるのか、ふらふらと重い足を運び開始位置に歩いて行く。


その呪文の様な言葉を聞き取る為に皆は耳を澄ます。


「…痛くない…痛くない…痛くない」


晶はずっと痛くない、と繰り返し呟いていた。


「痛くない、痛くない…」

「先輩…」


「…」

湊は声も掛けられなかった。

晶はずっと呟きつつもジェスチャーでパスを要求している。その迫力に押されボールを渡す。


三本目の晶の攻めが開始される。


瞬間だった。


フワッと浮いたボールに晶も合わせて跳んでキャッチと着地、同時に突き進む。


「歩いた⁉︎」

珠代には晶がトラベリング(※)をしたように見えた。しかし湊は宣告しない。


「0《ゼロ》ステップ…!」(※)


トラベリングとなるはずの幻の三歩目を踏まれた真琴の目には晶が縮地の法でも使ってる様に映り、ディフェンスの姿勢を狂わされる。


真琴に対して0ステップを踏んだ晶は更に姿勢を低くしてドリブルで突っ込んで行く。


ー まずい。先輩が最も得意な0距離(※)からの低空ドライブ…右サイドを抑えないとこのパターンは必ず先輩は左にクロスオーバーで切り返す、いやでもさっきみたいなフェイクも…ダメだ、迷ったらさっきみたいなファールになる!


真琴も腰を落として接触覚悟で晶の進路に入った。


ー 来い、ここで絶対カットする!…え⁉︎


深く入る晶はフロントチェンジでは無くレッグスルーに切り替えた。


真琴もここまでは予測にあった。


晶の得意技である体の前方で切り返すドリブルターン。当然同じ前方で繰り出す股透かしのレッグスルーもあり得ると。だからこそ真琴はそれには動じない。が…


ー 左は無理だけど右足ならステップ出来る、ちょっとだけ堪えて私のカラダ!


本来の晶の技なら、レッグスルーからゴール前に突き進みレイアップシュートに持ち込む。

たが晶は左手に渡ったボールを瞬時にもう一度股から透かして右手に持ち替えた。


石火、ボールを掴むと前方ではなく、後方へ跳びシュートを放つ。


レッグスルー2発


からの、フェイドアウェイショット。(※)


「…!」

真琴が気付いたのは既に晶がシュートを放った直後だった。

それほど晶の技は瞬時だった。


誰もが呆気に取られて皆が晶の掌からの放物線を眺めている。


ああ。

このシュートは、入る…

入れ!決まれ!では無く、「入る」と皆が確信を持っていた。

それだけシュートは綺麗だった。


ボールは吸い込まれる様にリングへ届いて行った。




巻末(※)解説


ダブルドリブル

→ドリブルを終えてボールをキープ、再びドリブルをしてしまう反則。


0ステップ

→ボールをキャッチするタイミングと同時に踏んだステップを1歩として数えない。

トラベリングと区別するのはバスケやってないと難しい。


トラベリング

→バスケではボールを持ったまま三歩以上進むと反則。

バスケやってる人は「歩く」とよく言ってます。


余談ですが、トラベリングと0ステップ、文字上だけで表現するならば…

1歩、2歩、3歩がトラベリング

0歩、1歩、2歩が0ステップ

って感じです。


0距離

→相手との距離が無い、間合いの無い状態。

作中、0ステップと混ざってしまいましたがそれとは別物です。


フェイドアウェイショット

→ジャンプシュートの一種。後ろへ飛びながらシュートを打つ。やってみると意外にも難しい 笑。



次回

【誰の為のバスケ】


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