あなたに届け
湊は晶を自転車の後部に乗せてひた急ぐ。
「先輩、すいません。巻き込んで」
「いいよ」
「時間とか大丈夫ですか」
「…うん。まぁなんとかね、てゆうか私も怒り心頭で」
「俺も同様です。あいつのおかげでやる気湧きました、それだけは感謝っす」
「笑」
緩い風を浴びながら自転車で10分弱、二人は埠頭ヶ丘の公園に着いた。
住宅街の一角の設備のないボロ広場とは規模が違う大きな敷地の公園に晶は息を呑んだ。
湊は、こっちですと迷う事なく案内するようにコートへ向かって歩き出す。本当は自転車は公園の入り口の駐輪場に置かなくてはならないのだが、晶の体調を考え自転車には降りたものの一緒に押しながら歩く。夜なのでランニングをする人とすれ違うくらいで閑散として、公園の管理人とも会わないと踏んでの事だった。
普段の晶なら自転車をちゃんと駐輪場に置くように言ったと思う。
しかし自分が歩けなくなった時、隣にいるのが美魚なら普通におぶってもらっただろうが、それが今日は湊であり、湊に支えてもらう自分を想像すると急に恥ずかしさが込み上げてくる。
だから自転車の乗り入れも知らないふりをした。
二人で歩く時間は自転車で来た時とは違う暑さが胸の中にあり、それは湊も同様だった。
埠頭ヶ丘の公園はスポーツ施設に従事して園内には陸上競技場、サッカーやラグビーを兼ねた球技場、テニスコート、野球場がありこれらは有料でレンタル出来るのだが、ストリートバスケが出来るコートは無料で楽しむ事が出来る穴場の場所だった。
三面あるコートは人数は少ないが仲間内で楽しんでたり、個人練習をしてたりと埋まってるがその中で一人丸々一面を独占してる異質のコート。
端に400ccのバイクが置かれそれが誰の物なのかはすぐに理解出来た。
郷内はフリースローラインに一人、タバコをふかし待っていた様で湊が来ると足元に落とし踵で火を消した。
「ようこそ。約束通りちゃんと予約しときましたよ」
歓迎するかの様に両腕を広げる郷内。
「…」
そんな郷内の元に湊は雑談には乗らず無言で歩み寄って行く。
郷内としてはもうちょっとからかってやっても良かったのだが、湊のノリの悪さに半分呆れ気味に勝敗の有無を確認し始める。
「ルールは?そっちの条件飲みますよ」
「…攻守交替5本。勝ち星は攻撃が得点した時のみ」
「いいんすか、勝ち星のチャンス減らして。桜杏ルール(*)無視して3点チャンスもイイっすよ?」
「…」
「ま、こっちは全然構わねえけど。そんじゃやりますか。あ、ボールは先輩の持ってるそれでね」
早々にスタートしようとする郷内に湊は若干怪訝な表情となる。
「靴は?革靴でいいのか」
「これ?ああ、ハンデ。俺の方が背がデカイからこれくらいはね」
「…」
「なにか?」
「いや、別にない」
だろうな、とばかりに鼻で流す郷内は晶を指名する。
「じゃ、晶ちゃん。審判よろしくお願いしますね」
晶は明らかに嫌な顔を浮かべている。
ハァ、と、そっぽを向き嫌味を含めたため息を吐くとコートへ歩き出す。
その時、湊が再び郷内に問い出した。
「郷内。やる前にもうひとつ確認したいんだが」
「はいはい、なんすか」
「お前、鍋崎の事、どう思ってる」
( ん?ナベ? )
晶も耳を傾ける。
「ナベちゃん先輩?…なんか俺に惚れてるとか聞いたなぁ。全然趣味じゃねぇし」
( え? )
晶は珠代との会話を思い出した。
ー あたしには好きな人がいまして…
それが誰かとは言わなかったので晶は掘る事はしなかった、というよりもほぼ興味無かったのもあるが。
ただそれが今のやりとりで珠代の好きな人物が郷内と判明すると晶は目を丸くして疑った。
( ナベが郷内君を?嘘だろ?何処が良いのだろうか、彼の良い所なんて… )
「お前、繁華街で不良から助けたんだろ?」
( え?そんな事が…彼が不良から…あぁ、なるほど… )
晶が納得しかけた時、郷内はめんどくさそうに答えの続きを語る。
「…その話しか。ひかるちゃんも一緒に居たからついでにって感じっすよ。ひかるちゃんが居なかったらわざわざヒーローになる必要もないからね。ナベちゃんは全く興味ないので和久井君からあの人に伝えてください」
(…)
晶の眉が釣り上がる。
ナベ、雨宮、郷内君…なるほど、そうゆう繋がりか、なるほど…
「そうか」
湊は郷内の態度に特に顔色を変える事は無かった。
晶も顔色を変える事は無かった。
心の中で呟く。
(誰が誰を好きでも私には関係ない…ただ…)
「(最低)」
晶は郷内を軽蔑の眼差しで見る。
「俺にも選ぶ権利はあるでしょ。ルックス重視なんすよ。大体俺とナベちゃんじゃ釣り合わないっしょ。気にしないで下さいよ」
「ああ、そうだな」
「さ、くだらない話は終わりでサクサクやりましょうや。あ、俺、先攻でいいっすか」
「…」
湊は何も言わずフープに背を向けて立つとジャージの上を脱ぎ捨てた。
そしてボールをポンと郷内に軽く投げ渡す。
晶は湊の背中が怒りを抑えてる様にも見えた。
「じゃ晶ちゃんも見てるし、早速見せてあげるよ。俺のレッグスルー」
郷内は宣言通りボールを受け取った途端、二人に見せ付けるように、何度もボールを股の間にくぐらせレッグスルーを披露する。
瞬時に晶の目の色が変わる。
ー 早い!そして、上手い。
ボールを触れば相手がどれだけ練習したか熟練者になればなるほど理解する。
晶は郷内が決して口だけでは無いのを改めて知る。
「どう?晶ちゃん先輩。和久井君にどんなもんを教えたん?あんたのレッグスルーって俺よりすげーの?」
ボールが利き手から逆手へ、股を通す度に晶の目からも一瞬ボールが消えた様に映る郷内のテクニック。
湊が一度彼に敗れたのは決して勢いだけでは無い。
上手いのは認める、ただ…
「…」
晶は思う。
私はやっぱり彼が嫌いだ。と。
気持ち悪ささえ感じた。
これだけの技術がありながらも自分の中のタイミングと郷内のリズムが全く合わなかった。
勿論これは1対1の勝負なので相手のリズムを狂わす事が重要なのだがチームになった時、彼のプレーは仲間を乱す要因になる。
郷内のプレイは晶から見て自分だけが楽しむオモチャの様に感じた。
そんな晶を尻目に郷内は本腰を入れていく。
「そんじゃ…いくぜ、和久井君」
「(来る、右か!)」
左へ一回フェイントを掛けてすぐさまもう一度レッグスルーで右へ切り込む郷内。
湊はその動きを読んで仕掛けたサイドへ追い付く。
「やるじゃん、特訓の成果出たね。ならもう一発」
深く肩を入れて強引に切れ込む態勢だったが、ここでチェンジを一回。
レッグスルーで逆サイドへ。
「!」
湊はそれを狙ってカットに行く。が、
「…と、見せかけて♡」
郷内は切り込む代わりにボールをキャッチして同時に後方へジャンプしながらショットを放つ。
ー フェイドアウェイ(*)、やられた!
湊はシュートを打った郷内の前に身体をねじ込みリバウンドに行かせないスクリーンアウトに入る。
だが、郷内のシュートは大きな弧を描きゴールリングの中に。
先制点を決めた郷内は口笛を吹いてご機嫌に自らボールを手に取り人差し指の先でクルクル回す。
「まずは俺が1点ね。無駄なスクリーンお疲れ様。さっ、どうぞキャプテン」
開始地点に戻った郷内は湊へポンとボールを胸元へ。
「…」
湊は郷内と対照的に黙ってボールを突き始める。
「さぁさぁ次は和久井君の見せる番すよ。晶ちゃん直伝がどんなもんか拝ませてよ」
「…」
しかし湊は郷内が派手に見せ付けた様な事は無く黙ってボールを突くのみである。
「なにその腑抜けたクロスオーバー(*)、俺が見たいのはそんな基礎じゃないんだけど」
「…」
「それともそこからスリー狙っちゃう?この間合いなら俺もチェック出来ないし、お⁉︎」
湊は郷内に隙が出たのを見逃さない。真っ正面から突っ込んで行く。
「和久井君!(マズイ、ファールか⁉︎)」
湊の動きに晶も目を凝らす。審判を引き受けたからには不公平なジャッジは出来ない。反則があればいつでも手を挙げるつもりでいた。
「俺相手にペネトレイト(*)かよ。熱いね、だから1対1はたまんねぇ!」
郷内もファールギリギリで身体を当ててそのコースを防ぐ。
シュートエリアに入った湊はその勢いのまま反転してレイアップシュート(*)へ繋ぐ。
「お⁉︎」
郷内は反転したフェイントに一瞬引っかかったが、すぐに対応する。
「さすが和久井君。でもあんたが真っ正面で馬鹿正直に俺とはやりあえないっしょ!」
郷内は湊のフェイントは想定内とばかりにそのシュートに反応して、横からカットしてしまった。
ボールは転々とコートの外に。
湊は1本目を決める事は出来なかった。
「ノーファールだろ、晶ちゃん」
「そうね。むしろ和久井君がファールに近かった」
「おー、厳しい」
「当たり前でしょ」
「へへっ。じゃ、これで1-0確定ね。2回表の攻撃行っちゃいますか」
「…」
湊は黙って開始地点に戻った。
「…」
晶も黙って見守っていた。
そして感じていた。
郷内君は予想の上は遥かに超えてる。ヘラヘラしてるけどディフェンスも基礎は出来ていた。多分さっき和久井君がロングシュートを打たなかったのは…打てなかった、の方が正解かも。絶対警戒してた、郷内君は和久井君のスリーを。
私は軽々しく勝つんだよ、って前に言っちゃったけど聞くと見るでは随分違う。そして見るとやるでは更に違う。
難しいかもしれない、郷内君に勝つのは。
でも私は信じてる。
だって和久井君の目は全く死んで無い、あの目は何か掴んだのかも。
湊からボールが渡ると郷内はまたも表情を緩め挑発する。
「いやぁさっきのペネトレイトはマジリスペクト。おかげで俺がフェイドアウェイしたのが逃げてるみたいで恥ずかしくなっちゃったよ」
「…」
「お礼に今度は俺の熱いプレイも受け取っちゃってよ、和久井君!」
郷内は今度は開始早々湊同様真っ正面から突っ込み、一本目の湊同様ペネトレイトを仕掛けて行った。
体格が勝る郷内は体の圧力で一気にゴール下まで押し込む。だが湊も負けてはいない、郷内の体格ならばゴール下まで突っ込んで勝負するのは想定内で力には力で際まで食い止める。
「…へぇ、やるね、キャプテン。デカイだけの副キャプテンとはそこが違うよ」
「…」
「でもよ、いいのか?そんな全力で抑えこんでってっと…踏ん張り効かないぜ!」
「!」
強引に押し切ろうとした郷内は突如、力を緩めて後方にステップバックする。
ー マズい!さっきのパターンだ!
晶も拳を強く握る。
湊は一瞬虚を突かれものの、さっきと同じ手は食うかとばかりにバックした郷内を追撃する。
しかし…
「だから、それが狙いだよん♡」
郷内は上背を利用して今度はボールをゴール目掛けて投げ付ける。
シュートでも何でもないボールはゴールするはずも無いのだが、郷内の狙いはこれにあった。
一本目の攻めではゴール下に切り込むと見せかけて、後方ジャンプからのフェイドアウェイ。
湊の攻めに感化されて2本目は一気にゴール下に→湊は郷内より背は低いがそう易々とゴール下は許さない→だからもう一度揺さぶる→湊は同じ手に掛かる程馬鹿じゃない。
今度はこれを利用してボールを投げつけたと同時にスピードをトップギアに上げた郷内はバンクから跳ね返るボールに飛び付いていく。
「2本目もいただきまーす」
湊を抜き去った郷内は空中でボールをキャッチしてその右手はゴールリングを超える。
してやったり!
その表情は完全に勝ち星を挙げた顔と化す。
郷内にとってこの瞬間こそが何よりの快感だった。
以前、湊に続き副キャプテンの村元も撃破した時の技で自分よりも背の高い村元の頭上からゴールを叩き込んだ快感を思い出す。そして完敗した村元の表情、絶望した村元の表情を思い出す。
チームワーク、チームワーク言って威張って奴が俺にひれ伏した時、笑いを堪えるのは精一杯だった。
高さしか脳がないあいつにはその上からボールを叩き込む。
でもあんたは俺より背は低い…だけどスピードや精神力は大したもんだと思うよ。
だからさ…
俺はスピードやテクであんたを粉砕する。
こうやってあんたを振り切って、力と技であんたにも晶ちゃんにも見せ付けてやるよ。
晶ちゃんの見てる前でボロボロになっちまいな。
勝ち誇る郷内は高笑いしながらボールをリングへ…
「やっぱりバスケっつったらダンクでしょ……な⁉︎」
郷内のリングに叩き込むダンクシュート…しかしボールは掌に残ってない。
郷内の和久井完勝計画はこの2本目で決定的になるはずだった。
力の差を見せ付け、後はもうおちょくりながら流せばいいだけ。
以前に勝った時と全く変わらない。これを突き付ける筈だった。
湊は実はそれを見抜いていた。
必ず彼はこの技を使うと確信していたからだ。郷内の性格からしてどこかで必ずダンクを狙う、それも自分を馬鹿にした様な形で。
湊はそれも含めてあえてフェイントに引っかかり、自分もタイミングをずらしてカットに入ったのだ。
しかし…
「ファール!和久井君のハッキング。叩いてた」
晶は手を上げて湊のファールを宣告。
「なに⁉︎ハッキング、だと?」
狼狽えを見せたのは郷内だった。
ファールを犯したので湊のディフェンスは失敗となる。しかし一息吐いた湊の表情は晴れ晴れとしていた。
「やっぱりファールか、ナイスジャッジです先輩」
「シュートファールはフリースロー(*)。郷内君、シュートだよ」
ファールをした湊、そして宣告した晶は淡々としている。
「…」
「早く、フリースロー」
ボールを受け取らない郷内に晶は促す。
「あ、ああ。はいはい打ちますよ」
郷内は平静を装ってボールを貰い、深く一息ついてフリースローのシュートを放つ。
シュートは決まった。
しかし郷内の心は何か複雑な心境が残る。
つま先を何度も貧乏揺りに近い形で叩きながら考え込む。
「…」
俺のダンクが…やられた⁉︎
郷内は自分の右手に残る感覚に目をやった。
「…」
確かに和久井が俺の後ろから割り込んだのは知ってる。
でもハッキングだと?
俺の右手は完全にゴールを捉えてた。ハッキングするには俺の手を叩かなきゃ成立しない。和久井が叩いたのは腕じゃない…手だ。だとしたら奴は俺より高く跳ねたと?
「…」
郷内は息を飲んだ。
「郷内!」
考えこんでた所に湊が叫ぶ。
「早くボールよこせ」
一瞬その声にビクっとしたが湊の顔を見て彼はまた、フフフと笑みを見せた。
「すんません、和久井君。ちょっと動揺しちゃいましたよ。ファールしてまで止めたのは褒めてあげるけど結局フリースロー決めたし、これで早くも王手かな?」
ニヤニヤしながら攻撃の湊に開始のボールを投げる。
瞬間…
「⁉︎」
受け取ったボールを間髪入れずジャンプシュートを解き放つ。
唖然とする郷内を越えて高い軌道のボールは鮮やかにネットへ吸い込まれた。
湊は自ら決めたロングシュートのボールを黙って取りに行く。
晶はそんな湊に小さくガッツポーズをした。
それを見た郷内は舌打ちをする。しかしまたいつもの口調で挑発をした。
「おいおい和久井君、せこすぎでしょ。そんなに俺が怖かった?」
しかし湊はその挑発には乗らない。
それどころか逆に郷内を揺すってきた。
「郷内。靴履き替えなくていいのか?」
「だからハンデだって言ったで」
「負けた時の言い訳には最適だな」
「…!」
調子こきやがって。マグレのスリーで追い付いたつもりかよ。スリーだろうがミドルだろうがこの勝負は1ゴール1点だろうが。だったら次こそ完全にケリ着けてやるよ。
湊がボールを渡す。
すると郷内は二本目の湊と同じ様にシュートの態勢を取る。
しかし湊はそのシュートには飛び付かない。シュートは警戒してるが密着して守るよりドライブで抜きに掛かる事を優先して守っていた。
「いいの?離れちゃってさ、俺打っちゃうよ?ほらっ」
ドリブルを開始しない郷内は執拗にロングシュートの態勢で挑発している。が…
「…お前は絶対打たない」
「⁉︎」
「決める自信があるならとっくに打ってる。お前のその動きは無駄だ」
「へぇ、言うじゃん。じゃあその無駄な動き止めてごらんよ」
「ああ、教えてやる」
ニヤリとした郷内はシュートをやめてドリブルを。また湊の前でレッグスルーを連発して挑発する。
「ほら来いよ、キャプテン。教えてくれんだろ」
「…」
湊は郷内がまた切れ込むタイミングを計っていた。
「ほら、行っちゃうぞ?なーんてね、実はこっちか、ハハッ」
「…」
湊は晶の言葉を思い出していた。
“来ると分かれば怖くない” “派手な技なんて所詮子供騙し”
ー 郷内。確かにお前は凄いよ。高さもパワーもセンスもある。俺一人で止めるのは無理かもな。でもな、お前の動きは全部無駄なんだ。わざわざベラベラ喋って手の内明かして、同じ技しか使わない。それを教えてやる。
「せっかくだから晶ちゃんのキラーチェンジっての使ってやるよ。見てろよ、晶ちゃん、惚れちゃうからさ」
左サイドから切れ込む郷内はレッグスルーを一回。
(ここからが俺の真骨頂。そのままブチ抜いてダンクでとどめ!)
股に通ったボールを右手はすかさず背面を通す。
郷内は背中からボールを渡すバックスルー(*)で、ドリブルチェンジを遂行する。
ディフェンスからはボールが背中を通る事で本当にボールが消えたような錯覚に陥るのだが…
「なに!」
湊は郷内のバックスルーを、ボールが地面に着く前にカットした。
カットされたボールは両者から転がり離れてラインを割った。
「!」
郷内は立ち尽くした。
「嘘だろ…」
立ち尽くし転がるボールがまだ信じられないでいた。
「言っただろ、無駄だって。お前のフェイントは意味が無い」
「あ?意味がねえだと?」
「何がキラーチェンジだ、笑わせるな!お前がしたのは無意味なレッグスルーと下手くそなバックスルーだ」
「下手?」
「あぁ、下手クソだな」
「言ってくれんじゃん。その下手くそにあんたは負けたんだろ?なぁ?」
「そうだな。情けないわ、お前なんかの為に特訓なんてしたんだからな。だから今、きっちり教えてやる。ボールよこせ」
「そこまで言ったんなら今度こそあんたのレッグスルーって教えてほしいっす…え⁉︎」
ボールを貰った湊は再びロングシュートの構え。
「嘘だろ、また…!」
湊は躊躇い無くシュートを打つ。
“よしっ”
そのフォームを見た時に晶は確信する。
カットに入る郷内の掌を簡単に通り抜けボールは先ほどと同様にフープを鮮やかに刺ささり、抜ける。
郷内が振り返った時には既にボールはネットを通過した後だった。
「…そ、そんなに俺が怖いかよ。結局スリーしか俺に勝つ手段が無いって結論っすね」
「郷内君」
ボールを取ってきた晶が話し掛ける。
「今ので2-2。でも実際の試合ならあなたはスリーを二本も許した事になるわ。私が監督だったらこの時点であなたはベンチね」
「…!」
「俺はスリーを使わないとは一言も言ってない。っつうか、あんな見え見えの手に引っかかるお前が信じられないよ。あ、靴がそれだもんな」
晶は思わずプッと吹き出す。
「…うるせぇよ、次やろうぜ、先輩」
郷内の表情は最初とは明らかに違っていた。
4本目が開始されると、それまで饒舌に喋りながらプレイしていた郷内はピタッとその口を止めた。
低く腕を早く回しドリブルの回数を上げて大きな一発を狙っている。
聞こえるのは、ふっ、ふっ、といったリズムの良い呼吸で、湊はそれを聞きながら少し笑みがこぼれた。
馬鹿にしていたのではない。
何かやっとバスケらしい事をしてると感じたからだった。
ただ、郷内はその笑みが湊は自分相手に余裕を見せ付けられてる様な気がし下に見られてる感覚になるとイライラし始めた。
三本目と同じ様にレッグスルーを一回してから今度は右へドライブで進む郷内。
湊に肩を入れた後、背中から反転してバックターン(*)ターンの直後ボールを掴んだ郷内はステップしてゴールへの距離を縮めた。
「貰ったぁ!」
ステップインで切り込み湊を抜く郷内。しかし…湊は更にもう一歩郷内に食いつき内側に入ると、その体は吹っ飛ばされた。
「ファール!オフェンスチャージ」
晶はすかさず手を挙げた。
「なん、だと…!」
「今のは明らかにチャージングよ。そんなのも理解出来ないの?」
「いや…じゃなくて…」
郷内は自分がファールした事より、なんでファールになったのかが理解出来ないでいた。
バックターンからのステップイン。
完全に湊を置き去った、筈だった。
なんで、チャージング…
居ない筈の和久井が俺の前に居ただと?それが気付かないなんて…
そして晶の判定が正しい事も分かっていた。なぜなら二本目のダンクを湊が止めたハッキング、こっちの方が微妙で審判によってはノーファールでもおかしくないところを見逃さなかった、だからこそ晶のジャッジは公平で文句付ける道理は見当たらない。
「郷内!」
「!」
「早く先輩からボールを貰え」
「…」
晶はボールを渡し、郷内は無言で受け取る。
「…」
開始の位置に居る湊がやけに大きく見えた。
「…」
黙ってボールを投げ渡す郷内、すると今度は一気に湊の前に距離を縮め守りに入る。
その姿勢をよしと取った湊はボールをキープしながら語りかけた。
「そうだ、郷内、それでいい。お前が距離を開けたら俺はまたスリーを狙った」
「…」
「その間合いだ。それならスリーにも対応出来るし一発で抜かれない、5秒俺がドリブル出来なければバイオレーションでお前の勝ちだ」
「…うるせぇ、さっさと攻めろよ」
湊はドリブルをし始めても郷内に語りかける。
「いいか、あと20秒耐えれば時間切れ。ドリブル途切れても油断するな、そこでシュート打たれたら意味がないぞ」
「べちゃべちゃ言ってねぇで、かかってこいよ!受けてやるから」
郷内のイラつきに湊の目の色が変わった。
「だったら…」
教えてやる、お前が下に見てる三原先輩の技で!
湊はノーモーションから一気にトップギアで中央から攻めにいく。
「結局さっきと同じペネトレイトかよ…ん?、え」
郷内は錯覚を見た。
中央から攻めた湊の左手にあったボールが知らない間に右へ移っていたのに気付かず、態勢を崩してしまった。
慌てて右へ移行しようとした時ボールが湊の股下を通過しようとするのを確認する。
ー 縦のレッグスルーか、だからさっき…チッ、舐めた事しやがって。もう騙されるか!
郷内は湊のレッグスルーに合わせ再度左へ先回りしようとした。
が、湊はチェンジをせずに右手でドリブルを突き進んで行く。
「何!なんでそっちに…」
ゴール下に飛び込む湊はレイアップに。
(行け!和久井君!)
「…」
教えてやる、郷内。先輩が俺の為に身体を張って教えてくれた技、キラークロスは使うべき時にのみ使うから必殺技なんだ!
俺に教えてくれた1分にも満たない時間を、三原晶先輩の技をお前が身を持って感じろ!
湊は完全に郷内を抜き去った。
しかし抜かれた郷内も諦めてはいない、その顔は必死だった。
湊のレイアップに郷内も飛び込む。
ファール覚悟の接触となったが湊のシュートを止める事は出来ず、掌からふわりと放つボールはゴールバンクを跳ねてリングの中に。
「…今の判定は」
「本来ならバスカン(*)でフリースロー追加だけど、1on1だからそれは無し」
ー 負けた…
晶と湊が判定について話してる中、郷内は肩で息をしていた。
今のプレイがファールとかそれ以前にドリブルで抜かれゴール下でシュートを打たれた。真剣にディフェンスをして完全に抜き去られた、それが信じられなかった。
「まだだ!」
郷内は叫ぶ。
「…」
「まだ最後あるだろ、勝った気になってんじゃ…?、何してん」
最後の勝負を始めようとするも湊はタオルで汗を拭くと帰り支度を始める。
「この続きは今度だ。次はちゃんとコートで皮のボールで、バッシュも履いてやろう」
湊の思いもよらない答えに郷内はたじろいだ。いつもなら逃げたいなら勝手にどうぞ、と人を馬鹿にする様な態度でおちょくるのだが、今夜の彼はその逆だった。
「は?勝ち逃げすか。都合良すぎじゃね?言っとくけど二度とさっきみたいな小手先は…」
挑発をしたつもりだが湊は冷静に説明する。
「小手先はお前だろ、まだ分からないか」
「!」
「ディフェンスが間合い取ってる所で無駄なレッグスルー、バックスルーも分かり易いタイミング、馬鹿みたいにダンク決まれば相手がひれ伏すと思ってたか?」
「…」
「俺の言ってる意味、分かるよな?」
「…」
「分かっててラスト、勝負するんだな?」
「…」
郷内は苦虫を噛み潰したように歯をギリギリさせた。
彼自身も気づいていた。
オフェンスはダンクを潰され、ディフェンスではゴール下抜かれてシュートを決められた。今の湊は以前に勝てた湊ではない。
負けを認めない為には5本目をやらない事がベストだということも。
「それともお前はハンデの無い状態で勝負するのがそんなに怖いか。だったら5本目も相手してやる」
「…」
「…」
「…」
「…」
「へっ…へへ…」
郷内は下を向くもまた薄ら笑いを浮かべた。
「…」
「…へへっ…ま、いっか。晶ちゃんの前だしここはあんたに花持たしてあげるよ。よく考えたら俺、そんな暑苦しいキャラじゃねぇし」
「…」
「キャプテンよ、聞くけどさっきのレッグスルー、あれがあんたの隠し玉?晶ちゃん直伝ってやつ?」
「…だったらなんだ」
「ならこの負けは晶ちゃんに負けたって事か…だったら俺も晶ちゃんに弟子入りしちゃおうかな」
「無理ね。私、あなたが嫌いだし。教えて欲しいなら誠意見せて頭でも丸めたら?」
「きっつ、一応俺イケメン枠なんだから坊主は勘弁してよ」
「…」
「あーあ、無視されちゃったよ。じゃ和久井君、リベンジはあんたの引退式にやりましょか。みんなの前で借りは返さないとね」
「それまで練習はサボるなよ」
「はいはい、じゃまた」
郷内は涼しげに背中を向けてバイクの方へ歩いて行く。
しかしその正面、歯をギリギリと噛み潰しポケットに隠した拳はギュっと握り締めて歩んでいた。
「郷内」
湊はもう一度呼び止める。
「…なんすか」
「これはバスケとは全く関係ないんだが…」
湊はフーッと息をつくと、力を込めた拳で郷内を右頬を殴り倒した。
倒れた本人は何が起きたのか分からず呆然としている。それは晶も同様だった。
「お前が誰と遊んでも構わないけど鍋崎を馬鹿にするな。人の想いを笑うな。お前らが陰であいつを馬鹿にしてた時…あいつはお前らの話を聞いてたぞ」
「!」
「それを知ってもあいつはお前を悪く言わなかった」
「…」
「もう一度言うぞ。人の想いを、笑うな」
「…」
「それと」
湊は先程郷内が捨てたタバコを手にする。
「?」
「次にタバコを吸ってるとこを見たらお前をクビにする」
「…」
胸に拳ごと突き付けられたタバコ。
郷内は言葉が出なかった。口内に溜まった血の唾をペッと吐くと、湊を睨みタバコを抜きそれをポケットにねじ込む。そして何も無かったかの様にバイクへ向かった。
せめてもの嫌味か、バイクはハイビームとエンジンのふかし音を掻き立てそのまま去って行く。
公園内はバイクは勿論自転車も乗り入れ禁止だが平気で去る郷内に二人はあえて何も言い残す事はしなかった。
コートに残った晶と湊。
嵐の様な出来事から一変、夜の虫の鳴き声が一声二声聞こえるほどコートは澄んでいた。
「すいません先輩。真っ先に先輩に礼を言いたかったのに嫌な空気にしちまって」
「そんな事ないよ。私も胸がスッとした。ちょっと怖かったけど」
「すいません」
「謝んないでよ。ひょっとしたら私が引っ叩いたかもしれない。ナベを笑ったのはホントに最低だと思ったし、てかナベの好きな人が郷内君だったのが意外だけど」
「あいつはあいつで郷内のいいとことか真剣に語ってましたからね…あ、やべ、これ内緒ですよ」
「う、うん」
(内緒も何も私はナベから全てを聞いてしまって…)
珠代の恋愛話が自分の胸に跳ね返ってくる気がした晶。
郷内が帰った事で自分達も自然とコートを後にする。先程のゴタゴタで隣のコートの視線を集めたり、また次にここを使いたいグループへの配慮もあった。
公園を出るまでは自転車に乗らなかった二人は歩いて抜ける。
二人共熱の反動からか無口になりただただ歩くと公園の道がとてつもなく長く感じ、特に晶はそれが疲労となり顔色に出た。
無理をせず一旦途中のベンチで座るが、晶の隣に座る湊はなんだか落ち着かない。
「…」
湊は何か明らかに何かを言いたげなのだが言えずにいた。
晶にもそれは伝染する。
手持ち無沙汰で携帯をいじろうとして何かその時をやり過ごそうとした。
「…」
時間が経てば経つほど気まずくなる。
「…」
生唾を呑んだ湊は意を決した。
「先輩」
「うん?」
湊はスッと立ち上がる。
「覚えてますか、さっき俺が言ったのを」
「郷内君にナベを笑うなって言った事?」
「いえ、ボロ公園で俺が先輩に言った事です」
「え」
晶はドキッとする。
「郷内に勝ったら…とはいえまだ勝負は付いてないけど、ただまぁ、その…先輩に伝えたい事があるって」
「え、あ、うん」
「どうしても言いたくて…」
「…」
晶は携帯を持ったまま固まる。
いじるふりをしてまともに湊を直視する事が出来なかった。
そんな晶に対して湊は頭を下げる。
「…?」
「ありがとうございます、ここまで奴と張り合えたのは先輩のおかげです。先輩が身を削って教えてくれたおかげでなんとか奴にも伝わったはずです、俺、どんだけ礼をしても足りないくらいで」
湊は今の自分に出来る最大限のお礼をした。
その態度に肩透かしとなんだかホッとした気分になった晶は湊へ笑顔で返した。
「あ、あぁ、なんだ、そんな事か。そんなの全然、むしろ私こそ…」
携帯をしまい自分もちゃんと…
その時、晶とはっきり目が合った湊は言う。
「好きです」
「…え」
「好きです、三原先輩」
「え、いや何言って…ダメだなぁもうそうやってからかって…」
「俺は先輩が好きです」
湊の中には不思議と緊張が消えていた。だからなのか晶への想いが滑らかに溢れた。
「…」
「…」
湊の告白が真剣なのは晶が何よりも理解していた。
だから今自分がどう答えれば良いのか頭が真っ白になる。
「でも私は前に断って」
「はい。でも好きです」
晶は思い出す。
「…」
二年前に告白された夏合宿の夜を。
「あの時、一度ふられた時、あの時俺は全然自信が無くて、でも先輩が好きで、先輩は俺の事何とも思ってないのも半分知ってたのでさっさとふられて楽になろうって気持ちがありました」
晶は思い出す。
「…」
湊の言葉であの時の自分を。
「郷内をぶん殴った時、まるで自分を殴った様な気持ちになりました。自分こそあの時いいかげんな気持ちで先輩に告白しやがってって。もしそれを郷内に突っ込まれたら、俺はきっと何も…」
「そんな事ない!」
晶は叫ぶ。
「先輩」
「…」
晶は胸を押さえながら何度も深く呼吸を繰り返す。
湊の告白を断ったあの夜、自分こそ、何も誠意を見せなかった。
恋愛に興味無かったとはいえ、ひどい事をしたのに彼はまだ自分なんかを好きでいてくれた。そんな自分に対してぶん殴りたかったのはむしろ私の方だ。
晶は心の中で何度も叫んだ。
湊が見守る中、晶は胸の中で答えを決める。
付き合うにしても断るにしても今度はちゃんと、誠意を言葉に乗せて…
「郷内君と和久井君の気持ちは全然違う。私だってあの時何も向き合って無かった、だから今になって後悔してる」
「…」
「和久井君の…み、湊君の気持ち、伝わりました」
「え、先輩、俺の事、湊って」
「…」
「…」
晶の答えは決まっていた。
決まっていたがそれを口に出すのは勇気が必要だった。
自分の体全部が全て別の物になった感覚に陥る。
胸の中での答えは決まった。
ただ、あとはその答えが喉を通るのか、舌に乗るのか、唇から放てるのか…
胸の中の答えと違う事を言ったら全てのそれを言い訳にしよう。
晶は自分の答えを自分の口に託した。
「私、湊君の事…」
巻末の(*)解説
桜杏ルール
本文にあった通り桜杏バスケ部の1on1ルール
サッカーのPK方式で一回づつ攻守交代
得点は攻め側が決めた時のみ、全て1点。
5回の合計得点の多い方の勝ち。
フェイドアウェイ
後方にジャンプしながらのショット。
バランスを保つのが難しいが、その分ディフェンスは守り難くなる。
ペネトレイト、ドライブ
ドリブルで切り込む技。より強引に攻め込む事をペネトレイトと呼ぶ。
レイアップシュート
ランニングショットの一種。
ゴール下に切り込み、ジャンプして手のひらからフワリと放つ。某バスケ漫画で有名になった「庶民のシュート」
クロスオーバー
ドリブルチェンジ(ドリブルを右手から左手、又は左手から左手に変える)の一種。
体の前方でチェンジする基本技。
フロントチェンジ、Vターンとも呼ぶ。それぞれ若干の違いはあるが割愛。
バックスルー
ドリブルチェンジの一種。
チェンジの際に体の後方、背中を通して行うテクニック。決まるとレッグスルー同様派手でかっこいい!
バックターン
ドリブルチェンジの一種。
チェンジの際に体を反転して行う変則的なフェイント。
ステップイン
ボールキープの一種、ピボットの変化系。
ピボットは片足を軸に動かさなければ、もう片方の足は自由に動ける。これを利用してステップするように縦に切り込む。上手くいくとこの一歩のみで相手を抜き去る事も可能。
フリースロー
シュートを打つ時にディフェンスファールすると、オフェンスはフリースローラインからボーナスショットを貰える。フリースローは二回打つ事が出来る。1ゴール1点。
バスカン
バスケットカウントの略。
フリースローにおいて、ファールされた際にオフェンスのシュートが決まれば更にフリースロー1本追加出来る。
バスケの得点は主に3パターン。
通常のゴールは2点。
スリーポイントラインからシュートが決まれば3点。
フリースローが1点。




