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原稿用紙二枚の恋



病院を後にする晶。手持ち無沙汰で携帯に手を伸ばすと湊からメールが入っていた。


(和久井君から⁉︎ 添付も…そうか、レッグスルー)


すぐに添えらたデータを観ようとしたが指が止まる。


「…」


ー 和久井君は先輩の事まだ好きだと思いますよ。


ー 好きじゃないなら思わせぶりな行動しないでください


真琴の言葉がふとよぎった。


(和久井君が…私を、まだ)


蘇る言葉を振り切る様に添付データを開く。


「…」

夜の公園らしき場所で砂利が敷かれた地面に響くボールの弾く音、スニーカーの擦れる音、ボールと掌がぶつかる音、そして湊の息遣い。


動画の中の湊はひたすら右手から股を通してボールを突いて左手に渡す(*)レッグスルーの練習をずっとしていた。

ボールは右へ左へ、その逆も、数日前に晶に指摘された箇所も意識して修正してるのが分かる。


(和久井君、頑張ってる。短期間でよくここまで変わったな…)


ー 俺、先輩の事、尊敬してますから。先輩のキラーターンで郷内《あいつ》を倒して教えてやるんすよ


「…」

そうだよ。

好きとかそんなのじゃなくて和久井君は自分の為、郷内君を倒す特訓の為に私がアドバイスしただけで、なんで…


ー 和久井君が好きな人と一緒になれる様にあたしは学級委員をわざと空けまして


ー 和久井君の好きな人が朝練のコーチとかしてくれれば過疎化も治まるし、だからウチらは晶ちゃんに依頼しまして


「…」

バカ、ナベの奴、余計な事言って。


だって私は前に一度断ってるんだし、そんな私なんかに…


「…っ」

晶は動画の湊と目が合った瞬間、咄嗟に顔を逸らしてしまった。

逸らしながらも動画が終わる度に再生を繰り返す。

繰り返し観れば観るほど内容が薄れていく。その代わり、晶の頭の中に復学してからの自分に対する湊の姿が再生される。


「…」


和久井君…私に随分親切にしてくれた。いや、そんなのわんこやナベだって、それ言ったらクラスの人達みんな私に親切にしてくれた。

でも、なんで頭の中で鮮明に写るのは和久井君なんだろう。そっか、色々褒めてくれたから。字が綺麗とか、お花とか、郷内君に絡まれた時も助けてくれたし…


え…


なんでこんなにドキドキするんだろう。

和久井君が私の事を好きかもしれないから?え、じゃもし本当に和久井君が私が好きなら、彼も胸がドキドキしてるって事?なんで私の胸が…

だって私は加藤先生が好きで、でも私の恋は終わったし…そういえばあのオヤジ、根も葉もない断り方しやがった。ホント呆気なくて…


ん?

そういえば私、前に彼に告白された時、どうやって断った?(*)


「…」


思い出せない。

なんで?あれ、なんで?


和久井君がどんなプレイヤーだったか分かる。1on1もしたことあるし、夏合宿の夜に告白されたのも記憶にあるし、それでバツが悪いからそこからは1on1も彼とはしてない…


あれ?なんで告白された夜を覚えてないんだろ、どう言って彼を断ったか。

もしかして私、ひどい事を言ってしまったのでは?記憶にないくらいヤバイ事して傷付けたとか?


どうしよう。

私、とんでもない事を和久井君にしでかしてしまったのではないだろうか。

ヤバイ。

私、彼にひどい事したのに、そんな私の事なんてまだ好きな訳……


違う。


「…」


もしかして胸がこんなにドキドキするのは、私が、彼を…


「!」

突然携帯から着信音。

液晶画面には “和久井湊” と出ている。

着信が湊からと知るとてつもない緊張感。着信音が近所迷惑に思えるくらい響いて耳に届いた。


「…もしもし?」

辺りを見回しながら携帯に出た晶。


『もしもし俺です、お疲れ様です』

湊の声が骨にまで伝わる。


「あ、わ、和久井君?」


『ああ、はい、和久井です。すんません電話して。メール送ったんすけど届きました?動画、ひょっとしたら重くて開けないかなって思いまして』


「メール、うん。届いたし動画も観たよ、大丈夫」


『そうすっか、良かった…それで、どうでした?一応先輩に指摘された所とか俺なりに修正してはみたんですけど』


「う、うん。大丈夫、大丈夫だよ。随分良くなってる」


『良かった、そう言ってもらえると自信持てますよ』


「あとは技を出すタイミングとそれを出す空気を匂わせなければいけると思う。これはホントに難しいけど」


『ありがとうございます。俺なりにもっと改良してみます』


「うん。がんばってね」


『本当にありがとうございます。すんません、いきなり電話して』


「いいよ、そんなの」


『メールで返信待ったり学校で聞けば良かったのに…なんか先輩の声が聞きたくて』


自分の声が聞きたいと言われると晶の体温は急に増した。


「え、あ、うん。ありがとう」


『あ、は、はい。いやこちらこそありがとうございます』


「うん。ありがとう」


『いや本当にありがとうございます』

「うん」

『はい』


「…」『…』


変なやりとりのループが続くと二人とも吹き出してしまった。


『先輩、やめてくださいよ。いや俺がお礼を言いたいんすから』


「でもありがとうって言われてたら、私もつい言っちゃった。だって和久井君は私の言った事、ホントにやってるから」


『当然じゃないっすか。今日もこれから練習しに行きますよ』


「え、これから?あぁそうか、今まで部活だったんだよね」


『ええ。本当は部活よりもこっちを早くやりたい気持ちでいっぱいっす、あっ、これ南海さんにゃ内緒にしてくださいね。あのオヤジ、加藤さんと同じ位シャレが通じないから』


「言わないよぉ。南海先生ってそんな怖かった?」


『加藤さんとは別の意味でヤバイ奴ですね。キレる労力を省いて倍追い込むっつうか。そういえば先輩って今日はもう帰宅しました?』


「ううん。病院で検査して、知り合いも入院してるからお見舞いして、今終わって帰るとこ」


『なるほど』


「ねぇ、動画の公園ってどこ?」


『学校の近くにボロい所があるんすけどなかなか使い勝手も良くて、時々夜とか1人でやってるんです。今日もこれからここでやりますよ』


「そっかぁ…あの、さ」

晶はいつもよりも鼓動する心臓を抑えて言う。

「私もこれから、そこ、行ってもいい?」


『…え⁉︎ 先輩がこれから』


「あ、いや、迷惑なら別に大丈夫!病院、ガッコから駅二つですぐだから家に帰る前にどんな場所かなぁって思って」


『来てくれるんすか』


「迷惑じゃ、なければ」

『先輩、今どこですか?駅着きました?』

「うん、もうすぐ駅」

『そうしたら俺、すぐこっちの駅に行きますよ』

「いいの?」

『もちろん』

「じゃ電車に乗ったらメールする」

『了解です』

「じゃ、また」

『はい』


通話が切れると大きなため息を全身で吐き出す晶。

顔面は火が出る程真っ赤になっていた。


〜…


2.


晶が駅に到着し改札口を出ると既に自転車の湊が待っていた。

二人乗りが校則でも禁止なのは承知で、晶も一度は拒否しようとしたが練習風景を見たい思いに負け、また晶自身の体調も考慮して二人は歩くよりも自転車で湊が使う広場へ向かうのを選択した。


二人とも乗車中は無口で平然と自転車は進んでいたが、お互い頭の中はいっぱいだった。


二人乗りでもし警察に補導されたらどうしようと考える晶。それに対し湊はまさか晶を自転車に乗せて走る日が来るなんて夢にも思ってなかった為、完全に緊張が勝って途中どこを走っているのか分からなくなってしまいそうだった。


走る事10分。


住宅街の一角にひっそりとある穴場の広場に到着した。

晶が動画で観た通り砂利が敷き詰められ四方がフェンスと疲れたネットで囲まれた粗雑な広場で、大人が2.3組キャッチボールすればすぐ満員になるくらい小さい場所。おまけに街灯が二箇所設置されているが一箇所は灯りは消え、もう一箇所も薄暗くお世辞にも治安が良さそうには見えない。


自分一人だけなら使うどころか近づく事もないだろう、と晶は思っていた。


「こんな所にあったなんて」

「笑っちまうくらいボロいし、もう少し先にはフープも付いてコートも整備されてる公園もあるんですけど、やっぱそっちは人気でバスケ好きな奴らはみんなそっちに行ってます」

「和久井君はいつもここで1人でやってたんだ」

「本当は俺もフープのある所でシュートも打ちたいけど、落ち着くのはこっちなんですよね」


広場の一番奥には半分腐りかけた木のベンチがあり、そこに湊のバッグやらボールが置いてあった。


湊はおもむろにボールを布袋から取り出しボールを突き始める。


「こんな砂利の張った地面だとゴムボールでもすぐ痛むし、スニーカーでも滑って仕方ないし…でも1人でこうやって練習すると何か落ち着くんです」


「…」


「先輩、見てもらってもいいっすか」

「うん、いいよ」

「お願いします」


湊は自分の練習成果を披露する。

晶はじっと見つめていた。そこには不思議とさっきまでの不純な胸の高鳴りは消えていた。


「…どうでしょう」


ドリブルを終えた湊は晶の顔色を伺い評価を聞く。

晶は少なくてもバスケに関しては良い悪いをはっきり言うので、彼女のアドバイスは参考になるのと同時に自分の成果が一瞬で否定されてしまう不安もよぎる。


「うん。いいと思う」

晶は静かに湊の成果を称えた。

それは嬉しい反面、本当に良かったのか?とも思ってしまい湊は念を押してみる。

「ありがとうございます…何か悪いところないっすか」

「いいと思う。今の和久井君の腕ならレッグスルーはマスターしたと思う」

晶はまた静かに答えた。


「…」

湊にはそれがとても気になった。


晶が良いと言ってくれたのだから本望なのに、またその為に練習したのだから成果は形になったはずなのだが…

そんな時、晶はポツリと言い掛ける。


「ただ」

言い掛けた後、晶は何か考えている。

「…」

「あとひとつ、ううん、ひとつってゆうかほんのちょっと」

「え、なんすか」

「…」

晶は何かまだ考えている。何か迷っている様にも感じた。


「…なんでも良いんで教えてもらえますか」

正直湊の中では、さっきのは取り消し、やっぱり全然ダメ!と言われても良かった。その方が自分の未熟さも理解出来るし改良しがいもある。


「…」

「…」

散々考えていた晶は意外な行動に出た。


「…ボール、貸してもらっていい?」


それを聞く湊のボールを掴む手は急に力が増す。

「…え⁈ 大丈夫なんですか」

湊はボールと晶、思わず繰り返し二度見してしまった。


晶は高校二年の夏に腎臓病を発症し、更に左足の大怪我を重ねた時、学校と病院から治るまで絶対にボールを触ってはならないと通告された。

それは湊達男子バスケ部のメンバーも知っている事実で、ボール貸してと言われた湊は困惑する。


「うーん、ちょっとだけなら大丈夫」

「いや、でも…」

「大丈夫」

「…」


今度は湊が深く考えた。

晶が自らボールを使ってでも自分に伝える事がある。

それは間違いなくやはり今の自分のテクニックには何処かしら欠陥がある証拠になる。教えてくれるのはありがたいのに、不安の方が大きい。これで無茶をさせてしまった時本当に取り返しがつかなくなるのではないのかと。


「ボール、いいかな」

晶の声は穏やかだった。

だからなのか湊は答える。


「…分かりました。でも動いたりとか無茶は絶対に」

「うん、大丈夫」


晶はボールを貰うとその場で一回、二回と地面に突く。

ボールの弾く音、掌への感触、目を閉じて噛み締めた。


「和久井君、ちょっとだけあっち見てて」

「え、あ、はい」


湊が反対を向くと晶は暗がりへ向かって行き何やらゴソゴソと、距離はあるのに閑静なので彼の耳には衣擦れの音が聞こえてくる。


先輩、何をして…ひょっとして着替え…⁉︎


「いいよ」

いいよ、の声が何か別の想像を働かせてしまう。


「は、はい」

ドキドキしながら振り向くと目の前の晶は制服のブレザーとベストを脱ぎ、スカートの丈も短くなっていた。


見惚れてそうになる瞬間、晶の目の色が変わる。


「今の私にどれだけ出来るか分からないけど一度だけやってみる。だから見逃しちゃダメだよ」


「はい!」

バスケモードに入った晶に対し、浮かれてた自分の頬を両手で叩き湊は気合いを入れた。


「って言いながら失敗したら恥ずかしいにも程があるけど」

「そんな事ないっす!先輩がそこまでしてくれるのには訳があるんですよね」

「うーん、大した事じゃないんだけど…まぁ上手く伝えられるか自信ないんだけど。和久井君、悪いけどディフェンス入って。ザルでいいからね、正面からの方が教えやすい」

「はい」


晶の正面、少し距離をとってディフェンスの構えを取る湊。


薄着の晶は湊の目から眩しく見えた、スカートの腰を縮めて丈が短くなると太ももまで露わに出る。その白い足の左膝には痛々しいサポーターがテープで固定されていて、無意識なのか左手でずっとその腿を軽くパンパンパンっとはたいている。唇から肩から漏れた息がフーフーと、湊の頬にまで届きそうなくらい息遣いを感じた。


「…」

湊は晶の瞳を真剣に見て感じた。


恐いんだ…先輩は、身体を動かすのが。

そうしてまで俺に伝えたい事…絶対俺はこの時間を無駄に出来ねえ!


「私ね、カラダ、随分良くなったの。ホントだよ、足はまだだけど腎臓はかなりいい感じで。だから心配しないでいいからね」


「…はい」

はい、と言うのに湊は心苦しさを感じた。いくら今日は杖をついてないとは言え、本当は晶を動かすのはもってのほかで、それでも教えてくれる彼女の気持ちを無駄にしたくなかったからだ。


「いい?技術のレベルが10段階あるとして7が合格、8がマスターとすると和久井君はもう10まで行ってると思う。厳しく見ても9はある。だから今更私が口を出すことなんて何もないんだけど…」


晶はゆっくりボールを突き始める。


「…」


湊はただボールを突いてるだけの晶に唾を呑んだ。


「多分、私は見てないから知らないけどレッグスルーが得意って言ってる郷内君もきっと10や9のレベル」


手毬の様にゆったりした腕の動きは徐々に徐々に力強さが増していく。ボールを操る右腕はバスケのドリブルの動きになっていた。


「私が知ってる中だとわんこのレベルも高いと思う。8か9はある。でも…」


晶のボールは右手から左手に。彼女の左足の前を通過する(*)フロントチェンジを一回…


「!?」


瞬間、湊は目を疑った。


ー なんだ、今、確かに…


フロントチェンジ一回で確かにボールは右手から左手に渡った…筈なのにボールが吸い付いているのは右手。

晶は何事もなかったかの様にまたドリブルを続けていた。


「でも私のレベルは11だと自負してる」

ドリブルしていた晶は浮き上がったボールを両手でキャッチ。フーッと安堵の息を吐いた。


「…」


「うーん、やっぱり腕が馴染まないとの足動かないから、上手く伝えられないな」

「いえ」

「?」

「伝わりました」

「伝わった?」

「スピードが半端なかったっす」


「違うよ。多分スピードなんて和久井君の方が上だと思う」


「え」


「レッグスルーで一番大事なのは、気配だと思う」

「気配、っすか」


「もう一度だけ見せるよ。いい?一本だけ1on1やろう」

「いや先輩、それは」


「大丈夫。多分和久井君は負けるから」

「!」

湊は耳を疑った。

負ける…?男子バスケ部現キャプテンの湊が女子に、それも今の状態の晶に言われても冗談にもならない。

しかし…


「本気でディフェンスしてね」

「…」

晶の目は本気だった。


だからこそ湊も雑念を振り払う。

目の前の晶は女性でも怪我人ても無い、一人のプレイヤーなのだと、この一本に全て集中するのだと決意した。


晶からポンっと湊へ渡ったボール。それを同様晶に返す。


晶は貰うと同時に肩を入れて一気に右サイドへ切り込み始めた。

だが湊はそれを既に読んでいて素早く晶の正面に回り進行を阻止。


ー ここだ!


湊の読みは更に当たる。

進行された晶はレッグスルーで逆サイドに切り替える…が。


「⁈」


晶は切り替えてはいなかった。阻止された方に進んでいる。

その一歩は完全に湊を一歩、虚をついて抜き去っていた。


「キャッ!」


しかし、その瞬間、晶は左足の踏ん張りが効かず態勢を崩してしまう。


!!


湊は砂利に足を取られ、滑り転ぶ晶を咄嗟に抱き寄せ一緒に転がった。


「和久井君!大丈夫⁈ ごめんなさい!私…」

「俺はなんてことないっす…先輩は、先輩こそ」

「和久井君のおかげで」

「良かったぁ」

湊は胸を撫で下ろした。晶が無傷で特に痛がってる素ぶりも見せてない為、心から安堵した。

「…和久井君」

晶は自分を庇って汚れてしまった湊に申し訳無い気持ちになってしまった。


湊は笑顔で答える。

「負けました」

彼のバスケ人生の中で初めてと言えるくらい素直に負けたと思える勝負だった。

「違う、そうじゃなくて、私は」

「いえ、完全に俺の負けです。多分先輩がベストの状態なら俺は独走を許してファールして止めるしか出来なかったと思います」


湊の中で何か懐かしさが蘇っていた。

自分が1年の時、晶とやった1on1の貴重な時間。晶に名前さえも覚えてもらってなかったあの頃からまた勝負が出来た。しかも一瞬とはいえ本気出してディフェンスをやれた事、そしてそんな自分を振り切った晶のレベルに湊は心から尊敬をした。


「…」

晶は抱き締められた湊の中で震えていた。怪我をして痛みが出たのでは無く自分の過ちを悔いていた。

自分が転んで怪我をしたのなら自業自得なのだが、湊が庇ってくれたせいでもし彼に怪我を負わせたのなら…インターハイ目前で怪我をさせたらと思うと震えが止まらなかった。

自分が試合に出れなくなるという事はチームに迷惑を掛ける、それは何よりも自分自身が悔しく後悔することになる。

晶自身そこは一番理解していて、自分がその思いを彼に負わせる手前だった事、それを反省していた。


湊は勝負の余韻に浸りながらさっきの晶の動きを解析していた。

「一体あの動きは……ん?」

晶の震えは湊にも伝わる。


薄着の晶の体温、そして抱き締めた背中の感触…


「‼︎」

湊はそこでやっと今の状況に気付いた。


「…」


あれ、俺、なんで先輩を抱き締めて…そうだ、先輩が倒れてとっさに手が出て…


って、おい俺!いつまで先輩を抱き締めてんだ馬鹿野郎!先輩は無傷で済んだんだからいつまでも触るな!


…でも、先輩の背中…なんかシャツ一枚だから体温とか、少し汗ばんだ感じとか…あれ、なんか当たるほのかな、それでいて柔らかな感触…こ、これって先輩のむむむ胸か⁉︎ だだだ駄目だ想像したら余計離れられない、俺どうすれば…でもこの背中のでっぱった横の線…これは先輩のブ、ブラ……わぁぁ、勃つ、勃つな馬鹿野郎、勃ったら殺す!勃ったら殺すぞ!


「せせせ先輩、お、落ち着きましょう。俺飲み物買ってきますね」

ギリギリで理性に買った湊は上体を起こして晶の腰を支えながら気遣って立つ。


「…う、うん」


晶をベンチに座らせてから湊はダッシュで一度広場から出た後自販機へ向かった。


「…」

自販機へ向かった湊は走りながら両手をじっと見つめていた。

「…」

晶を抱き締めた両手。

まだ感触がはっきり残っている。温もり、柔らかさ…スケベな鑑賞の中で湊はハッとする。


「…!」


先輩の背中…異常に華奢だった。マジで細くて…いや、エロいとかそんなんじゃなくて本当に細かった。

なのに、なんだったんだ、俺を抜き去った時の迫力。あんな華奢じゃなかったぞ、俺が抱き締めた先輩は普通の女の子だった、いや、病弱な女性だった…なのにあの時の先輩は全く別の人間だった。


俺は本気でディフェンスした。


いや、勿論接触してまで止めるって事では無いが、先輩が本気で来るからこそ彼女の動きを細部まで見てそして次の行動も全て読み切ったんだ…なのに、彼女はその俺を越えた。

完全に足一歩、怪我の左足が完全に一歩俺の前に出てた。ってゆうかなんで先輩はそのまま右サイドへ突っ込んだ?おかしいだろ?あの直前レッグスルーで左に切れ込む筈なのになんでボールは右手に…?


…気配…!


そうか。先輩はレッグスルーなんかしてねえ、でも俺にはチェンジしたように見えた。

でも実際はチェンジしてなかった、だから俺は左に振られて…


そういえば前に1on1させて貰った時そんな節があったような…くそ、思い出せ。先輩が好きならあの時の動き…



“ ガシャーン ”



ペットボトルが取り出し口に落ちる。

続けざまボタンを押すと “ガゴンッ” とペットボトル同士が取り出し口で強くぶつかる。

予想外の大きな音に中で破裂したのでは思い慌てて確認したが、ペットボトルは特に壊れた様子はない。

よく見れば自販機の注意書きに中身はひとつづつお取り下さい、と書いてあり、“ やっべ、いかんいかん” と苦笑いで取り出す。


「ん?」

その時何か湊と中で違和感を呼んだ。


「…」


ボトルはあんな派手な音がしたのになんともない。まるで破裂したような音なのに…


レッグスルーで左に渡った筈のボールが渡ってない。完全に左だと思ったのに…


…!



〜…


「先輩!」


ベンチの後ろから声を掛けられた晶はビクっとした

振り返る晶は既にまた元の制服姿に戻っていた。


「あっ、すんませんデカイ声で」


「ううん。なんか一人で待つと少し怖いね」

「ああ、言われればそうですね。街灯も少ないし暗いし…あ、飲み物これでいいですか?」

「ありがとう。じゃこれ…」

「いいっすよ、金は」

「ダメ!」

「うっ、はい、それじゃ」


少し変な空気にはなったが湊は晶の隣りに座り、キャップを開けて飲み始めた。


「お疲れ様、ありがとう、さっきはホント。怪我、してないよね?」

「全然問題ないっす、気にしないで下さい」

「良かった。もうすぐインハイなのに私のせいで怪我したら」

「俺も先輩も無傷なんだからそういうのは無しで」

「…うん。優しいね」

湊を目を見た晶。

「あ、いや、優しいとかそんなの当然でむしろ俺は先輩を… (抱き締めてそのなんか色々ラッキーで)」

「ん?私を?」

「あ、いやいやあの、先輩の言ってた事が理解出来たような気がして」


湊は慌てて立ち上がりゴマかす様にまたボールをいじり出す。

給水したばかりだが体温が上昇してシャツも抜いだ。


黒いタンクトップ姿の湊を見て今度は晶がドキっとした。シャツ一枚着てると着てないでは随分印象が違う。首筋や鎖骨、肩の筋肉の量は着痩せするタイプだと一目で分かった。


タンクトップ姿の湊はタオルを取り出して汗を拭く。


ー…そういえばドラマでこんなシーンがあった。

気付くと晶の視線は湊に釘付けになっていた。


学園ドラマで玉森君が制服脱ぎ捨てて駆け抜けるあのシーン。汗が光ってカッコ良かった…それにシャワー浴びた時の背中とか童顔なのになんかすごくガッチリして振り向いてくれればあわや上半身丸見えで、もう少しで玉森君の乳首を拝めるとこだったのにいいとこでカットされて…(*)


そういえば和久井君ってよく見ると玉森君と似てる部分あるよな…


玉森君と同じ…

上半身…


いつの間にか自然に目は湊の脇に行ってしまう。そして暗がりでも確認したのは脇からはしっかり毛が生えている事。それを目撃した瞬間、晶はハッと現実に戻る。


とっさにペットボトルを自分の頬に当てて心を鎮めた。


バ、バカ!自分!

何、自分の後輩にアイドルと重ねて変な妄想してんだよ!最低、早く鎮まってよ、火が出そうだよ。


「先輩、どうしました?」


「え!な、なんでもない。それより私のを理解したって何?」


「…まだ詳しくは解らないってのが本当のとこですが、なんとなく」

湊はドリブルをし始める。


「多分、先輩の言ってたのは殺気ってイメージですよね」

「⁉︎」

湊は最初に晶が見せたVターンからのレッグスルーの切り返しを見せた。


「あの時先輩が何気にフロントチェンジを一発、俺はそれに見惚れました…変な意味じゃないっすよ?でもレッグスルーで切り返すなんて思ってもなくて、それが素早いスピードで。でも先輩はレッグスルーを構えた様子は無い」


「…」


「それは1on1も同じです。勝負のあの場面で俺は先輩の進路を完全に止めた。だから先輩は切り返す。おそらくレッグスルー。いや他のターンでもいい。先輩は予想通り切り返したのにボールは渡ってない」


「…」


「それは殺気を見せた。ターンをする殺気を。俺はまんまと釣られ左に対応したけど瞬間先輩はもう足がリードしていた…ですよね」


「…」

湊の動きを見てる内、晶の中の不純な思いは消え去っていた。

そして湊が自分の見せたレッグスルーの正体を見破った事が嬉しく、大きくうなずいた。


「まぁ殺気って言われると大袈裟だけど、私がしたのは気配っていう名のゴマかしかな?」

「ゴマかしっすか」

「うん。なんてゆうか私の持論なんだけどレッグスルーってさ、凄い派手だし決めればかっこいいし、ターンとしての価値も高いよ。股を通るから知らない人から見たらボールが消えたようにも映るし…でもそんなの所詮奇襲技だよ」

「え」

「あんなのそれを知ってれば幾らでも対処出来るし、上手いと勘違いして連発すればオーバーアクションでスピードも死ぬ。だから使えても一回のアクションで一発が限界だし」

「一発っすか?」

「うん。私から言わせればだけどね」

「…」

「だから私はこれみよがしに連発して挑発するんじゃなくて」

「…」

「速攻とかダッシュを掛ける時に相手に気付かれないように出すの」

「…」

「確かにレッグスルーは横の動きには強いよ。何発も使えば目眩しの様になると思うしさ」

「!」

湊は思い出す。自分が郷内に負けた時の映像を。ムキになればなるほど郷内の横の動きに対処出来ずに本来の自分のスタイルも完全に崩された事を。

「でもさ、横も大事だけどドリブルは縦の動きの方が大事だと思う。縦に切り込んで行く程相手にとって怖いものはない、ゴールは縦にあるんだし」

「!」

「だから私が使うのはここぞって時。相手の正面で使うんじゃなくて切り込む時に相手に合わせてさ」


湊は自然と晶の説明した通りの動きをし始めていた。


「私はとにかく小さい歩幅、歩いてる時、走ってる時、自然に靴と靴の間をボールがすり抜けるのをイメージしてずっと練習した。より縦に、フロントチェンジと変わらないスピードで」


「そうか!だからVターンの時の切り返し…」


「クロスオーバーでせこく目眩まし入れたのもあるけど、でも私は少し大きなアクションをした。フロントチェンジに目が行ってるから脳が追い付かない。レッグスルーをする足幅も無いし」


「それが次にやった1対1に効いてくるって訳っすね」

「正解。何を隠そう私は1on1ではレッグスルーをやってない」

「俺は必ず切り返すって思い込んでたから」


「ホントなら和久井君の言う通り切り返した」


「え」

「でももし切り返しても私は左に進んでる。ただ今の私じゃそこまで出来ないから、気配でごまかしたんだけどね」

「それって…」

湊を生唾を呑んだ。

晶はレッグスルーを使うのにスピードは関係ないと言ったが、間違いなく晶のハンドスピードは湊の上を行っていた。そして繰り出して無いのに使ったと思わせる技術…


つまり俺は先輩がレッグスルーをやってもやらなくても同じ様に抜かれてた…これが縦の技術ってことか…

相手を抜く抜かないの話しじゃ無い、止められないんだ。右を止めても左で返される、左を読んでも右を突かれる…先輩は縦に進む事でボールを隠す範囲狭める代わりに、自在にボールが行き交っていた。しかも今思えば俺の目をはっきり見ていた、俺の眼球まで読んでたんだ。

だからやられた。

負け惜しみかも知れないが、試合だったら俺は男だから体力的には持つが同じ女子なら止めるのはまず不可能だ…


湊は晶のレッグスルーの秘密が徐々に掴み始める。


そんな湊を見て晶は苦笑いを浮かべた。

「ただまぁ…偉そうに言ってなんだけど、結果足が踏ん張れなくてあれだったけど」

晶はガックリ肩を落とす。


「今考えると俺は先輩に呑まれた様でした、先輩は目線を全くブラさず俺を見ていた。俺は先輩の動きを読もうと必死だったけど先輩は既に俺のその行動を読んでた」


晶は頷く。


「動きを読もうとすればするほど先輩は気配を出しやすい。あとは縦の動きをより狭くより自然になれば…」


「正解」


「郷内にやられた時も同じ感じでした。あいつの挑発にまんまと乗せられて気付いたら訳が分からなくなってた。癪だけど俺はあいつに心理戦で既に負けていた。勿論あいつと先輩は全然違うんですけど、でも今のテクニックで目が覚めました」

「和久井君…私の技なんて凄くもなんともない」

「何言ってんすか。目の当たりにして改めて先輩の凄さが…」

「…」

晶は首を振った。

「先輩」

「以前、ミワちゃんの大学見に行って来たの」

「轟先輩っすか」

「うん。清開大学。私の技なんて大学生から見れば普通のプレイだって痛感した」

「清開大って言えばインカレでも何回か優勝してますよね」

「私、自分のドリブルチェンジが一撃必殺のキラーターンだとのぼせてたけど、ただの勘違いだった。だからね、練習させといて言うのもなんだけどレッグスルーとかに固執しなくてもいいんだと思うよ」

「先輩」


「あんなのは所詮初歩のひとつだよ。凄いかも知れないけと冷静に見る目を養えば、今度はこっちが相手をハメられる。だから嫌いな相手ほど力まない事。絶対勝てるよ、郷内君に」


「先輩…」

「頑張ってね」


晶の笑顔は輝いていた。でもすぐその笑顔に陰が出る。


「その前に私が頑張らないと」


「え、なんすか、頑張るって?」

「!」

心の声が漏れたのにハッとした。


「何かあったんすか」

「…」

「先輩」


晶は押し黙る。


「…」

「…」


「…勝負、申し込まれた。1on1」

「まさか郷内っすか?」

「ううん……わんこ」


「犬飼⁉︎ え、なんで犬飼」

湊は告白された真琴の顔を思い出す。


「…」

晶の目は厳しく鋭い。

何やら異常な事態だと悟った。


「いや意味が分からないす」

「うん…私も意味が分からない」

「…」


「多分…明日、わんこから和久井君に頼んでくると思う。私とわんこの勝負の審判。あの子、和久井君の見てる前で私に勝ちたいって言ってたから」

「いや、ですからそもそも勝負の意味が…仮にそれが本当だしても審判とか受ける訳ないでしょう。先輩だってそんなの受けないですよね」


「…」


「先輩…まさか」

「…」

晶は思いつめている。


それを見た湊は携帯に手を伸ばした。


「今あいつを呼び出しますよ、こんな馬鹿な事…」

「ダメ!」

晶は湊と携帯に手を伸ばす。

「先輩、でも」

「…」

晶は首を横に振る。

「先輩」


晶は事の成り行きを湊にも話した。


呆然とする湊。


「嘘でしょ。あいつが犯人とか」


「うん。その通り。わんこは自分がやったって言ってるけど、実は違うんだ。私、それに心当たりあってその人物に問い詰めたら正解で、わんこはそれを利用してるだけだった」


「だったら今度は俺らが犬飼を問い詰める番でしょ。無関係の先輩を更に追い込んでんだから」

「和久井君。和久井君は郷内君との勝負に特別な思いがあったよね」

「え、まぁ」

「わんこが犯人とかそれ以前の問題で、あいつは私に喧嘩を売った。このカラダさえ治ればすぐにあいつをやっつける。お望みのバスケで0点ゲームで叩き潰す。何本でも何十本でも」

「…」

「でもさ。何であいつが私に勝ちたいのか。ドリブルさえまとも出来てない今の私に、何で今勝負なのか。ずっと考えてた」

「…」

「やっぱり私が原因だと思う。私が病気にさえならなければ」

「病気は先輩のせいじゃ…」

「ううん…わんこ、私が倒れてからずっと頑張ってくれてた。ナベから聞いたんだけど、自分が私の代わりになって今までチームプレイに差異が無いようにしたいって、ずっと私を模倣してくれてたって。あの子が頑張ってくれたから去年の桜杏《うち》は全国にも行けた。それが今年はわんこのレベルにみんなが着いていけてない。私のプレイがわんこの足を引っ張った」

「いやだからって…」

「色々あったんだと思う」

「…」

「私に憧れて、私を目指して、私になりきって、それで正解だったのに…何かどこかで崩れたんじゃないかな」

「…」

「あの子にとって私とは何か…自分の高校バスケ全ての答えが私にあるのなら…私は教えてあげなきゃいけないと思う」

「でも勝負っすよね。こんな言い方失礼だけど今の状態じゃ…」

「もしも和久井君が私と…郷内君とやる位本気でやったらどうなるかな。さっきみたいなお遊びじゃなくて」

「いや俺はさっきも手を抜いてなんか…」


「…」


「……間違いなく俺が勝ちますよ。先輩にボールを触らせたくないし、早く終わらせる方が先輩の負担にならない」


「だよね」

晶は苦笑いを浮かべた。

「だからっつってこんなの、何の収穫も無い。残るのは虚しさだけだ。好きな人を傷付けて何が楽しいんだ」

「好きな人?」

「あ、いや、あいつがですよ?あいつは先輩を本当に好きだから。そんな事あいつが一番嫌な筈なのに」

「…ありがと」

「…」

「もし、さっき私を庇って倒れた時和久井君が怪我をしたら…郷内君との勝負、諦めた?」

「!」

「私が止めてもやるかな?」

「それは…」

「郷内君に伝えなきゃいけない事があるんだもんね。まぁ彼はそんな和久井君の気持ちとか平気で無視するし、だから嫌いだけど 笑」

「先輩」

「私もわんこには教えないといけないと思う、先輩としてね」

「…」

「ただまぁ…さすがにこの状態じゃ話しにもならないから…勝負はなるべくやらない方向でいけたらいいとは思うけど」

「良かった。それ聞いて安心した」

「どうやってみるか、まだよく思いつかないけど」

「俺も出来るだけ協力します」


晶は疲れた笑顔を見せた。

「ありがと」

湊にはその笑顔が何よりも複雑でその表情を見た時何か心の底から込み上がるものを感じる。

「…」

「和久井君?」

込み上がるものが何なのかは分からない、ただ晶の笑顔を曇らせたくない、晶を守りたい、そんな思いが強くて…

「…」

「?」

湊は黙ったまま、ただその表情は何かを決意していた。


「先輩!」


「ん?」

湊の大きな声に一瞬びっくりする。


「お願いがあります」

「何?」

「郷内が受けるかどうか分からないけどあいつとの勝負、俺は必ず勝ちますから」

「うん」


「そしたら先輩に伝えたい事があるんです」


「…え」

晶は戸惑った。

自分に伝えたい事、湊の目を見て半分何を言いたいのか分かった様な気がした。


晶の中でもここ数日にあった出来事が蘇る。

真琴とのトラブルが無ければ多分湊とは良いクラスメイトで終わっていた。たとえ自分が好きになったとしても告白するなんて事は無かった。過去ひどい断りをしてそれも憶えてない自分にそんな権利は無いと。

でも真琴から告げられ、珠代からも告げられ現に今湊とも一緒に時間を過ごして意識せざるを得ない状況。

郷内との勝負には絶対に勝ってもらいたい。

ただ勝った後、自分はどんな状況になるのか想像がつかなかった。

それが半分怖くもあった。


二年前に始まった湊の恋物語。会話に直せば原稿用紙二枚にも満たないゴミ箱行きの恋は長い時間の中で晶の胸の中に届くまでに育っていた。


「…」

二人が見つめ合った時だった。


!


突然広場を激しく照らすバイクの光とエンジン音。


その光はベンチの二人を直撃して振り返って確認するには目の毒だった。

手のひらで瞼を隠しながら、湊は只事じゃないと感じ真っ先に晶をかばう様にその前に。


バイクは一台。エンジンは掛けたまま運転者は降りると入口のネットをくぐり、広場に来た。


眩しい光の中、湊は構える。

すると聞いた声が耳に来る。


「あらま。和久井先輩に…お?晶ちゃん先輩も…へぇ、なんか楽しい所におじゃましちゃったなぁ」


現れたのは郷内だった。


「…先輩エライっすね。部活終わっても自主練、あれそれとも不順異性交遊すか」

「郷内」

「なんて冗談ですよ。睨まない睨まない」


にやけながら湊の背中に居る晶を覗く仕草を見せる郷内に、晶は前に出た。

「…ライト」

「?」

「ライト消してくれないかな?エンジンも迷惑だよ」

「おお、すんません。いやぁ楽しそうだったからつい消し忘れちゃった」


晶に言われた郷内はエンジンを切りにネットの外に。そして再びゆったりと二人の元に来る。


「これで文句無いっしょ。で、二人で何やってたんすか。いい雰囲気だしチューでもしちゃった?」「あなたには関係ないでしょ」

言い終わらない内に被せた晶。


「おお。さすが晶ちゃん先輩。その感じ大好き。今俺と二人だったら絶対チューしてる」

「…」

「まぁ和久井君にそんな勇気は無いよね」

「郷内君、あなたホントいい加減に…」


晶の息が荒くなるの察した湊が再び無言で晶を静止して隠した。


「何しに来た」

「何しにって……遊びに来たんだけど。秘密特訓してる和久井君がどんだけ上手くなったか」

「!」

「俺を倒す為に晶ちゃん直伝のレッグスルーやってんでしょ?晶ちゃんが直に教えてくれんなら俺も参加したいっしょ。安心してよ、俺ら三人が遊んでもこの間みたいなスクープは撒かれないからさ」

「なんでそんなの」

「ん?ひかるちゃんに写真撮らなくていいよって言ったから」

「!」

「晶ちゃんやるね、犯人がひかると見破るなんて。さすが俺の晶ちゃん」

「雨宮が…」

「郷内君。まさかあなたが裏で」

「おいおいおい。勘違いしちゃダメ。ひかるちゃんは俺の女だけど、俺が知ったのは写真のばら撒きから随分後の話だよ」

「お前、雨宮と付き合ってんのか」

「付き合う?そんな面倒くせえ話しはやめましょうよ…それよりどうすんの?和久井君、俺、ここに居るけど挑戦しなくていいのかな」

「郷内…!」

「何?睨む必要無いでしょ。わざわざ来てあげたんだから。それとも今日は逃げる?晶ちゃんの前で負けたら恥ずかしいもんね」


「…」

湊は晶を見た。

晶は “やってはいけない” とサインを送る。

そのやりとりを見てた郷内は鼻で笑う。


「なぁんだ、やらねえんだ。ま、デートの邪魔されちゃ気分乗らないか。晶ちゃん、今度は俺とも遊んでね。多分和久井君よりももっと楽しいからさ」

郷内は広場を出ようとする。


晶は頬を膨らませ郷内にあっかんべーをする。

しかし晶の中ではこれで良かった。今の湊なら郷内に負けるとは思わない、しかし挑発されて血が上った状態でやるのはあまりにも危険と判断したからだ。


しかし…

「郷内!」

叫ぶ湊。


「…何」


「お前を1対1でぶっ倒そうと思うんだけど、俺の挑戦受けてくれないかな?ま、お前が帰りたいなら止めないし勝負受けたくないならそれでも構わないぜ」

「和久井君!」

湊は晶に、大丈夫っす、と頷いた。


「…へぇ。カッコイイね、和久井君。その自信はどっかでドーピンクでもやっちゃったの?」

「…やるのか、やらんのか」

「いいよ。せっかくだから晶ちゃんに審判頼もっか。どっちが勝つか晶ちゃんにしっかり見てもらおうよ」


郷内はにやけ笑いが止まらない。

場所をフープ付きコートのある公園を指定するとバイクに跨り走り去って行く。

予想外の中で始まってしまった湊と郷内の勝負に晶が口を挟める場面は見つからない。


勝ち負け以前に危険な予感しか頭に無い晶はどうして良いのか立ち竦む。

湊は冷静になる為、タンクトップからジャージに袖を通して軽くストレッチを始める。

晶にはその様子を見守る事しか出来なかった。



巻末の(*)解説。


レッグスルー

バスケのドリブルのテクニックのひとつ。

右手から左手(その逆も)にボールを持ち替える際、股の下にボールを通し逆手に渡る。

渡る時にボールは足の裏を通過する為、慣れてないと一瞬ボールが消えた様に見える。


フロントチェンジ

バスケのドリブルテクニックで最もポピュラーなドリブルチェンジ。

ドリブルをしながら順手から逆手にボールを渡せば完成。Vターンと呼ばれたり他にも名称がある。


晶は男性アイドルの乳首マニア。綺麗に着飾ったアイドルが脱ぐ瞬間に妙な興奮がある。

珠代達後輩は知ってるがそれを本人に触れた事は無い。


湊の玉砕エピソードは前作の第3話に掲載。

気の毒なくらい晶の記憶には残っていない。



次回

『あなたに届け』

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