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決意



晶はただ一人、ずっと悩んでいた。


真琴の挑戦を受けるべきか、無視するべきか。

ずっと悩んでいた。


真琴が誹謗中傷ツイートの犯人だとも未だ受け入れられずにいた。


病院の屋上で敵意むきだしだった真琴は別のそっくりの誰かなのではと思う程、次の日からの彼女はいつもの彼女を敬う真琴だった。


平和に過ぎていく日々。


晶、真琴、珠代、湊。


四人の関係は他人にはいつもどおりに見えているが、何かどこかで不自然にギクシャクする。

そしてだれもそれを打ち明ける事もせず上辺だけの関係が続いていた。

四人の内誰かが絡み合うと他が気になり何も続かない。


湊は晶にもっとバスケのテクニックを教わりたい。しかし晶が関わろうとすると背後に真琴の粘着質な視線を感じ、つい真琴を流し遠ざけてしまう。


湊と真琴は告白のもつれで気まずい。

真琴と珠代も拗れて、珠代と湊の間でも何か空気が悪い。

お互いがお互いを牽制して三竦みと化している。


そしてその原因に自分か関係してるのを悟って晶はより責任に苛んでいた。



昼休み、教室を抜けた晶を真琴は追いかけ、すれ違いざまに

「屋上来てください」

と告げられた。


〜…


晶が屋上に向かうと既に真琴は待っていた。


「来てくれましたか」

声は明るいが目は笑っていない真琴。

「…」

それに対し晶は特に何も口を開く事はない。

真琴はクスっと鼻で笑った。


「急かすつもりはないですが、どうです?返事は決めましたか」

「…」


「合宿までまだ時間ありますしゆっくり決めてください。ま、絶対来てもらいますけどね」

「…そんな事の為に呼んだの?」

「一応勝負のルール考えたんで聞いて貰おうと。いきなり当日知るよりは心の準備も決まるし」

「…」

「ルールは(*)オーソドックスです。ハーフコートの1on1。一本づつ攻守交代で5本、計10本ですね。サッカーのPK方式です。スタートはスリーポイントラインの1m後ろから。攻撃は24秒以内にゴールすれば勝ち。守りはカットからのボールキープ、ボールのラインアウト、ファールは全て守りの勝ち」

「で、攻守勝ち星の多い方が勝者なのね」

「まさか。それじゃ幾ら何でも私の圧勝じゃないですか。先輩は攻守10本の内、1本でも成功すれば先輩の勝利です。これなら良い条件じゃないですかね。そうだ、ついでに私が攻撃の時は一本でもシュート外したらその時点で先輩の勝ち。リバウンドの必要ありません。これでどうですか」

「…」

「一本でも本気出してくれるのを期待してますよ。勿論全部本気でも構いませんが」

「私はまだ行くとは言ってないわ」

「そうでしたね。まぁどちらでも先輩に任せます。では。あっ、教室では仲良くして下さいね」

「…」


涼しい顔で去る真琴と対照に晶は苛立ちが隠せない。


真琴が去った直後だった。


「あ、あの…」

「?」


背後から掛けられた声。

珠代だった。珠代は二人に気付かれない様に気配を消して付いて来ていたのだった。


「は、話し、少し、いいですか」

「何」

緊張で声が震え気味の珠代に対し晶はより苛立ちが増す。


「わんこと晶ちゃんの話しを聞いちゃいまして。勝負って」

「別に」


「わんこ、すごく怖い顔してたから」

「それで?」


「それでって、いや二人とも全然違う人間みたいで」

「なんでお前にそんなの指摘されなきゃなんないの」

「すいません…」


お前なんか相手にしてる暇はないんだ。と言わんばかりの晶の態度は充分珠代にも伝わる。

そうなると小声で、すいません、としか言えずそれきり会話は生まれない。

この時間がまた晶をイラつかせ彼女は珠代に何も伝えないまま屋上を後にする。


だが、

「あ、あたしのせいかもしれないんです!わんこが怖くなったの」

珠代は叫ぶ様に晶の背中に伝えた。


「?」

その声に晶の踵は止まった。


「…」

「何か知ってるのね」


「…」

「ナベ」

「はい」


「…おんぶして」

「え」

「お、ん、ぶ」

「は、はい」

二度言わせるなと語気を強めに言うと、珠代は言われるまま腰を下ろし、晶を担いだ。


「そしたらそのまま一階まで、ピロティまで行くよ」

「え、おぶったままですか」

「トレーニング。金曜から合宿始まるんだろ?基礎体力どれだけ付いたか見てやるから」

「う、分かりましたよ」

「嫌そうだね」

「とんでもないっす!光栄です」


晶の冷たい声が針の如く刺さった珠代は急ぎ足で進み始める。


始めはなんでこんなつまんない事になったかと心でボヤいていたが、階段を下るごとに珠代は違和感を覚える。


背中の晶が異常に華奢に感じた。


え⁉︎ 先輩ってこんなに軽かったっけ?

そりゃあたしの方が大きいから先輩が軽いのは当然だけど…


あたしが力、付いたって事?

いやこれは明らかに違う。


こんな状態で勝負って…わんこ、なんで…無茶だよ。わんこも晶ちゃんも…


珠代が複雑な思いの中、一階まで降り切ると今度は中庭までダッシュを命じる晶。しかもダッシュは部活の練習と同じくらいの全力を命じ、珠代は当然逆らえず廊下を猛然と駆け巡る。


ピロティに到着した頃には珠代の呼吸はゼェゼェと肩で息をしてシャツも汗が光るくらい湿っていた。


空いてるベンチを見つけると珠代に席をキープさせて、晶はすぐ近くの自販機でお茶のパックを買って戻る。

キープした席に座るとお茶を自分だけストロー刺して飲み始めた。


「あのぉ」

若干上目遣いの珠代。

「何」

「あ、いや、あたしのは」

「…買ってくれば?」

自販機を指差す晶。

「あれ、えっとぉ、ご褒美的な…」

「ご褒美?何かした?」

「いやあの、晶ちゃんを背負ってここまで来た訳で」


「…」

ご褒美よこせと言った珠代をギロリと睨んだ。


「あぁいやなんでもないっす。自分も買ってきます」

「ナベ」

「はい」

「…一応お前の為に言うけど、冗談でもそうやってねだるの、やめた方が方がいいと思うよ」

「は、はい!調子に乗ってすんませんでした!」

「…」


晶の眼に耐えられず珠代は飛ぶ様に自販機に向かう。


ひーっ!やっぱりシャレが通じない、話し掛けたあたしが馬鹿だった、後悔しかないよぉ。

でも…


後悔。

珠代の脳裏に浮かぶ言葉。

どうしても珠代は晶に伝えたい事があった。謝りたい事があった。

真琴が晶に牙を剥くのは自分が原因なのかもしれないと。

だからここからは冗談抜きで晶と向き合おうと考えていた。


晶と同じお茶を買った珠代はバツが悪そうに隣りに座りお茶を飲む。個人的には甘い物が飲みたかったのだが晶がお茶を飲む手前、合わせなければまた体型の事で嫌味を言われ兼ねない。


「…」

無言の時間をお茶で喉を流す。

しかし幾ら飲んでもなんだか喉は潤わない。あっという間にパックのストローから、ズズッと中身が切れる音が鳴り始めた。


そんな時、始めに口を開いたのは晶だった。


「どうなの、最近は。試合出てる?」

「は、はい。あたしは三番手四番手なんで数分位しか出番は無いんですけど」

「その数分が試合を決めるきっかけになるかもしれない。どんな場面でも集中切らすなよ」

「うっす」


「…」

「…」


「…どこまで聞いてた?」

「え」


「私とわんこの会話、どこまで聞いてた?」

「あっ!は、はい、えっと…晶ちゃんとわんこが1on1の勝負を、合宿までに答え出せってわんこが」

「…ナベは自分のせいかもって言ったけど、どうゆうこと?」


「それは…」

晶が自らその話題を振ってくれたのにも関わらず珠代は口ごもってしまった。


「…」

もったいぶってる訳では無いが口ごもる珠代に冷ややかな目の晶。

ただ、それを態度に出せばまた珠代が萎縮してしまう可能性があるので晶は静かに時を待った。


「あの、どこから話せば良いか。ちょっとくどくなりますけど、いいですか」

「いいよ」

「あたしの個人的な事情もあるんすけど」

「…いいよ」

「怒るの無しですよ?」

「分かったから」

くどくなる程確認を取ってやっと安堵の表情の珠代。

それでも切り出す直前は大袈裟な深呼吸を繰り返した。


「あたしには好きな男の子がいまして」


「…」

ホントに個人的事情からきやがった、と晶は心でぼやく。


「普通だったらこんな相談って親友にしたりとかなんですけど。ちなみにあたしはわんこが自分の一番の親友だと思ってます」

「…」

「ただ、わんこには話せなかった。絶対反対されるし…それで身近な相手に相談しようとしたのが和久井君なんす」


「…」

いったいこれは何の話しだ?すげーどうでもいい。


普段なら完全に呆れ返る所だが聞くと約束した為態度は見せない。


「和久井君は幼馴染だしあたしは和久井君の好きな人を知っていたから。色々勝手にお節介焼く事でこっちも恩着せがましく相談に乗って貰おうって」

「…」


「学級委員をごねて空席にして和久井君の好きな人がそこになれるように、とか」


「…⁉︎」

ん?と、晶は一瞬話しの違和感に気付く。


「和久井君の好き人の趣味を教えてあげてあげたり」

「…」


「あたしの見る限り、和久井君の好きな人は和久井君を嫌ってる様には見えなかったし、むしろ好意持ってそうだったからもっとアピールしろって言ったり」

「…」


「部活も朝練が過疎ってたから、その人を呼んでコーチとかしてもらえれば一石二鳥だってアイデアもあたしがしました」

「…」


「あたしと和久井君はそんな無理矢理な恋愛同盟結んでまして…そんな時誤算があって。実は、わんこが和久井君の事、好きだったみたいで、あたし、相談されちゃったんす」

「…」

「和久井君には好きな人がいるから相談に乗れないって言えば良かったのに。あたし、無責任に応援するって言っちゃって…」


珠代の言葉で晶の中で何となく全てが繋がる。

そして伏せてはいたが湊の好きな人物もこれではっきりした。


「…あのさぁ。丸分かりなんだけど、伏せた人物が」


まさかとは思った。しかし珠代の話しで湊が自分にまだ気がある事を改めて知る晶の胸の内は複雑になる。


「いや、その、ここで嘘つくとマジで晶ちゃんに嫌われるから…それだけは絶対に嫌で」


「ったく。知っちゃった私はどうすればいいんだよ」

「ごめんなさい!ただそのあたしは」

「お前はひとの知らない所で余計な事ばかり巻き起こして」

「ホントにホントにすんません!」


「…いいよ」

「え」


「怒らないって約束だから」

「晶ちゃん…」


怒った所で何がどうでもない。

湊がまだ自分を好きだったのは一旦置いてとりあえず今の状況を簡潔に整理する。


和久井君→私

わんこ→和久井君

ナベ→よく分からんが誰かが好き


わんこが和久井君を好きでナベに相談したがナベがいい加減に引き受けたから、わんこがキレた。

そんで私が恋のライバルになった…?ってとこか…


「つまりその、恋愛のもつれで私にしわ寄せが来たと?」

「多分」


「…」

「…」


なるほど、と晶はボーっと空を見上げた。

そして豹変した真琴を思い浮かべる。


「…ねぇ。もしナベがわんこの立場なら…私に1対1挑んででも憎い?」

「え、あたしがっすか」

「うん、どう?」


晶は自分にもそれを重ねて考えた。

加藤が好きで凛里花に相談していたが、実は加藤は美魚と付き合っていてその裏には凛里花が絡んでいたとしたら…


ー ぷっ!あのオヤジとミワちゃんがぁ?やべっ、吹き出しそうになった。

…でも、もしそんな事あれば…悲しくなるよな。でも私はミワちゃんを憎むのだろうか?いつかミワちゃんとは勝負するって約束してるけど、そんな気持ちのままミワちゃんと勝負するものなのだろうか?大好きなバスケを憎しみの勝負として使えるのだろうか…


晶が思い更けてる中、珠代はポツリと言う。


「あたしは多分…そんな勝負は出来ないっす」


「…」


「だって晶ちゃんはバスケ出来る身体じゃないし、たとえバスケ出来るようになってもあたしじゃ敵わないし、第一責めるなら晶ちゃんよりあたしを責めると思います」

「…私も同じ事を考えた。親友は責められない」

「…はい」

「じゃあなんで私と勝負なんて」


珠代はハッと何か閃く。


「多分、先輩だからだと思います」

「?」

「わんこ、本当に先輩の事、大好きなんです。尊敬の度合いは凄過ぎて先輩が居たからこそ進学は桜杏ここって決めてたくらいですから。先輩が病気になった時もわんこが先頭に立って自分が先輩の代わりになるんだって、必死で練習して先輩の技も全部コピーして…」

「…」

「だからなんか色々混ざってぐちゃぐちゃになっちゃって。生意気言っちゃうと…自分勝手だけど、自分の気持ちと決着付けたくて先輩に挑戦しちゃったのかなって」


最初は珠代の言ってる意味が理解出来なかった。

ただ珠代の言葉の中に真琴が出て来る度に晶の脳裏には真琴との思い出が溢れてくる。


「…」


晶はただ素直に珠代の言葉を受け止めていた。


「ああ!すんません、わんこには私からも言いますので、どうか怒らないでやって」


珠代は晶が黙ってるのに気付くとまた自分は余計な事を言ってしまったと反省する。


「ナベは私のあの写真、加藤先生とのや、この間教室に撒かれたやつとかの犯人…わんこだと思う?」


珠代の頭に “ ? ” が浮かぶ。

その瞬間 “ ! ” に変わった。


「………ええ⁉︎ いやいやいやいやそんな馬鹿な事」

慌てふためく珠代に晶は携帯から丈留との写真を見せる。


「これ見せて私をゆすって来ても犯人だと思わない?」

「これ…なんすか。誰すか」

「勝負しないとこれを流すって言われたら?今までの犯人は自分ですって本人が言ったら?」

「そんな馬鹿な。何かの間違いですよ。なんでそこまでして。大体あたしが犯人なら…」

「お前が犯人なら?」

「いいいや、もしも!もしもの場合ですよ!仮に!仮に犯人がまあ、その、あたしだったらって事で、あたしは全身潔白で」

「いいから、何?ナベが犯人なら?」

「あ、あたしが犯人なら…自分が犯人だなんて言いませんよ」

「?」

「だってあんな悪意のあるツイートや写真のばら撒き、あたしがするならそんな事言う前に第三弾それを流しますよ。あたしなら…さっさと邪魔な人間排除したいし、それこそこんなの刑事事件じゃないっすか。狙いの人間に証拠送ります?本当に捜査が始まれば通信履歴も全部バレバレすっよ。アカウント変えたからって警察は誤魔化せないかと」

「…!」

「あたしには絶対わんこがそんなのする人間には思えないっす」


珠代には確信があった。

晶の誹謗中傷が流れた時の真琴の行動はとてもじゃないが犯人がする様には見えなかった。真琴の目は本気だった。他人を陥れて楽しむ人間の目では無かった。

理屈ではない。親友だから分かる事でもあった。


「…」

それは晶も同時に感じていた。

何か真琴の態度はおかしな部分があるのも隠しきれない。


携帯の丈留との写真を見つめる晶。


「…」

わんこはそんな事する人間じゃない…か…


…⁉︎


珠代の言葉が晶の脳裏に閃く。


丈留との写真。

なんとなくこの時の場面が浮かんで来る。

晶が丈留と一緒に居た時、晶は真琴と会っている。そしてその時真琴の横にももう一人居た事も思い出した。


「…」

しばらく考え込んだ後目つきが変わる晶。


「ナベ」

「ご、ごめんなさい、調子に乗って。それも含めてあたしからもわんこにちゃんと聞いて…」

「いや、それはしなくていい」

「でもそれじゃ」

「大丈夫」

「晶ちゃん…」


「いい?ナベ、今の話しは秘密ね」

「え、あ、はい」

「何がどうあれ、わんこが私にケンカ売ったのは変わらない。あんたはあんたの事、私は私の事、それぞれで処理する。それでいいね?」

「…分かりました」


話しはこれまで。晶は立ち上がる。


「じゃ」

「はい」


珠代を置いて歩き始める晶。だがすぐ足を止めた。


「ナベ」

「はい」

「ありがと…試合、がんばれよ、たった数分でも、どんな内容でも自分の出る試合はチームの為に動け」

「先輩…ありがとうございます、あたし、まだまだだけどやれる事がんばります」


「…」

ナベのくせに生意気言いやがって…ホントにやれよ。

晶は背中でクスっと笑っていた。


〜…


放課後。

部活はもう始まってる時間だが、ひかるはまだ女子バスケ部の部室に居てスケジュール調整やら選手のデータ管理をノートブックに打ち込んでいる。


ただ一人残って部屋に居る時間は救われた。体育館には行きたくなかったからだ。

しかしいつまでも部室に残る訳にはいかず雑用が終わるとガクっと肩を下ろした。


重い腰を上げて部室を出るひかる。


ため息をつきながら心の声が漏れている。


「はぁ…マジ憂鬱ウツ。体育館もわんこ居るだけで気まずいし…インハイとかどうでもいいからバスケ部もう辞めようかな。だるい」


ぶつぶつ呟きながらドアに鍵を掛けたひかるだが…


「何がそんなにだるいの」


「!」


その背中に声が掛かると目が覚めたかの様に固まる。


後ろには晶が真っ直ぐ立ち構えていた。


「せせ、先輩!なんで」

「私がここに居たらいけないの?」

「いいいえ、そんな」

「…」

「…あ、では私はこれで」


バツが悪くそそくさと退こうとしたが晶は誤魔化せる相手ではなかった。


「雨宮」

「ひゃいっ!」

声が裏返る。


「聞きたい事があるんだけど、いいかな。多分…分かってると思うんだけど」

「…」


ガクガク震える膝。真琴の時とは比べ物にならない恐怖がひかるを襲っている。


晶はまだ何も言ってない。

晶はただ単に部室の前に居ただけ。

なのに、ひかるは全てを勝手に観念してしまった。


終わった。

それしか頭に無いひかるは全身の力が緩んで失禁してしまいそうなほど頭の中は真っ白になっていた。


〜…


晶の心の中はモヤモヤが止まらなかった。


部室で晶はひかるから中傷ツイートやばら撒き写真の経緯を全て聞いた。泣きながら洗いざらい白状したひかるをそれ以上追い詰める事は出来なかった。

学校に報告する、被害届を出す、そういった事情に関してはその場では口にせず、バスケ部を支えてあげてとだけ伝えて晶は去った。


犯人は自分の後輩だった。


さすがにショックは隠しきれない。


自分に人望は無い。

バスケ部での自分の価値はプレイヤーでのみで、選手でない自分はただの厄介者。

自分の今まで言動からすれば充分過ぎる程自覚していた。


そして今回の一連は全て自分にあると悟った。

珠代が言ったように嫌いだからこそ、排除したいからこそ中傷ツイートやばら撒き写真が晒される。

嫌いだからこそ自分の恋愛対象が絡めばより憎くなる。

憎いからこそ怒りの全てを真琴は私に投げてきた。

動けない自分に。見えてる勝負を。

私はこの勝負を受けるべきなのか。こんな形でコートになんか立ちたくなんかない。

それ以前に私のカラダはどこまで耐える事が出来るのだろうか。


逃げたい。


勝負なんかしたくない。

1分さえもまとも動けないでコートに倒れたあの日から、やっとここまできたのに。また無理してぶり返したくなんかないんだ!


怖いよ。


勝負なんかどうでもいい。

被害者は私なんだ。証拠も全部あるんだしひかるもわんこも全部追い出せばいいんだ。陰に隠れて卑怯な事ばっかやってどんだけ私が傷付いたか警察の牢屋で反省すればいい。

あんな奴ら!

あんな奴らなんか私の後輩でもなんでも………


後輩だ。


私の後輩。

私は何もしてあげられなかったけど私を慕ってくれた後輩。

私の、後輩…



「おいっ」

「…」

「おいっ!」


「!」

耳元で怒鳴られる声で反応した晶。


「聞いてんのかコラ」

病室では焦点の合ってない散漫な晶に丈留は舌打ちが止まらない。


「え、あ!はいっ。ルッツは覚えました。えーっとあれ?人形、どこだ」

丈留の話しが全く耳に入って無かった晶は慌ててタブレットの動画を巻き戻す。

「…ルッツなんて言ってないぞ」

「え?あ、ループですよね。ループとトウループの違いはトウを使うかどうかで…人形、ん、どこやっちゃったんだろ、あれ?」


晶はとにかくごまかす様に、自分はジャンプを理解したと言わんばかりに人形で説明しようとしたが、手元にあったはずの人形が無くてキョロキョロと周りや鞄の中に手を入れて探す。


「…」

そんな挙動不審な晶を睨み付ける丈留。


「晶。俺は他競技のトレーニングについて聞いたんだが」

「あ!そ、そうでしたねっ。えっと例えばですね、スピードスケートで金メダルを取った少平選手は一本歯下駄でバランスを養う事をしたり、自転車も取り入れたそうです」

「それで」

「それでですね。あとはカーリング。ストーンを投げる時の大勢も実は見た目よりもかなりハードでして…」


丈留に言われ資料を開き説明するがどうも晶の説明はいつもよりも聞き取り辛い。早口になったり説明に納得いかなかったりそこを突くと急にしどろもどろになったりと今日の晶は散々だった。


「…晶」


丈留は途中で打ち切る。


「はい?」

「お前、変だぞ。先週から」

「変?私が?」

「中山が来てお前が部屋を出て、その時から様子がおかしい」

「そんな事…」


「何があった、あの時」

「別に何も…」


「…」

「…」


「話したくなければ聞きやしないが。浮ついた気持ちのままなら、もうここに来るな。迷惑だ」


「…!」


「晶。お前、俺に本気で向き合ってくれるんじゃなかったのか。他の気持ちを持ち込んで俺は本当に全日本で勝てるのか」


「丈留さん」

「…」


晶はこの時初めて自分の言動が如何にいい加減なものであるか反省した。


「ごめんなさい」


「…」


「ちょっと、悩んでる事あって確かに私、いいかげんでした。頭、冷やしてきます」

「…」


晶は病室を出ようとノブに手を掛けるが踏み止まった。


「あの、丈留さん。聞いてもいいですか」

「ん?」

「フィギュアとは全く関係ない質問ですけど」

「なんだ」


「もし退院してまだ足のリハビリもしてない状態で…他者から勝負を挑まれたらその挑戦状、受けますか?」

「それはリンクで滑るって話しか」

「そんなとこです」


丈留は少しだけ考えた。

答えは決まっている。ただ、なぜ晶がそんな質問をしたのか、それを考えていた。


「…受ける訳ないだろ。第一勝負以前に氷に立つのだって無理な話だ。それでどうやればいいんだ?」

「もしもその相手が…中山さんなら、どうですか」

「中山?なんで中山と勝負するんだよ。あいつと勝負する意味も無い」

「…」

「…仮に奴と勝負しても俺が勝つのは当然だ。俺は今はこんなんでもスケート素人に負ける訳が無い、ただ滑った俺はまた怪我を覚悟でしなきゃならんけどな。そんなリスク背負って奴とやる意味も価値も無い」

「じゃあ…もしオリンピック二連覇した羽生はぶさんなら?」

「羽生が?だったら光栄だねぇ、こんな俺に勝負したいだなんてさ」

「え」

「俺が例えベストな状態でも今のあいつには逆立ちしても勝てやしないってのに。そんな俺に、しかもこんなボロい俺に勝負挑むなんて、それは震えるだろ、名誉さ」

「…」


「でも…俺は受けないだろうな」


「え」


「確かに俺の目標は全日本だ。全日本で結果残すには羽生も宇津野も多中とも直接対決になる。だからこそこんな中途半端な状態で勝負を受ける意味は無い」

「…」


「ただ…」


「?」


「もしもその相手とやらがお前だったら…受けてもいい」


「…え⁉︎ お前って、私ですか?」


「そうだ。晶だったら受けてもいい」

「なんで、私」

「晶なら勝負する価値があるからだ」

「だって滑ったら怪我しますよ」

「するな」

「絶対入院で全日本は絶望で丈留さんのスケート人生だって駄目に」

「なるな」

「なんで、私なんか」

「どんな理由か知らねえが、今まで本気で俺に向き合ってくれたお前がボロボロの俺に勝負を挑むんだ、この俺が今氷を滑ればどうなるかも知って挑むんだろ?だったら俺は男として、クソ生意気なお前を叩き潰して教えてやらねえとな。その性根にたっぷり刻んでやるよ」

「丈留さん」

「ま、お前にその勇気があるんならな」


「…」

「…」

晶は丈留の言葉の意味を噛み締めた。

何故ならそれは今の晶の心の中と同じ状況だったからだ。


晶は一度病室を出る。

出ると両手で思い切り自分の頬を引っ叩いた。手の跡が付く程頬が赤くなって何か吹っ切れた晶はすぐに病室に戻る。

そして丈留に携帯の写真を見せて今の自分の状況を話した。


「…なるほど。それでそんな訳分からない事聞いたのか」

「すいません。こんな大事な時に」

「いや。俺はもう退院するだけだし、やることは決まってるから」

「ありがとうございます」

「?」

「丈留さんの答え聞いて、何かスッキリしました」

「…」

「私、今日は帰りますね。ちゃんと寝てはっきりさせて、次こそはしっかりしますので」


晶の顔に迷いは消えていた。

だが、だからなのかそんな晶に丈留は釘を刺す。


「晶」

「…」

「その勝負は受けるな」

「…」

「たとえそれが価値のある人間だとしても、受けるな」

「…」

「俺はお前なら受けると言ったが、他の奴が同じ立場ならそれは別の話だ」

「…」

「敵前逃亡でいい。笑いたい奴には笑わせろ。いいな、勝負は受けるな」

「…」

「…」

「…はい。私、勝負は受けません」

「そうか」

「はい。じゃ、帰りますね」

「おう」


晶は受けないと答え帰って行った。


「…」

晶の残像を見てしばらく考える丈留は携帯を手に取り電話を掛けた。

丈留には間違いなく晶が無茶な行動に出る姿が見えていた。


何かあった時、晶を制止しなければならない。本当は自分が止めるべきだが今の自分では無力なのは知っていた。


だからこそそれが出来る相手、それは…


『♪プーっ♪只今電話に出る事が出来ません。プーっの発信音の後にお名前とメッセージをお入れ下さい♪プー♪』




「…もしもし、美魚か。俺だ、丈留だ。悪いが時間あるなら頼みたい事ある。電話よろしく」



巻末補足

(*) わんこの提示した1on1のルールで彼女はオーソドックスと言ってますがこれは桜杏バスケ部でのルールとなってます。

別にPK方式が一般とは限りませんのであしからず。


次回

『原稿用紙二枚の恋』


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