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氷上の荒武者



「おーい。ミハルぅ」


検査の帰り、凛里花と待ち合わせをしていた晶はまだ院内のロビーに居た。

携帯をいじってるとこに晶を呼ぶその声に反応する。


「あ、サトちゃ…」

いそいそと携帯を鞄にしまいその声に顔を向くと晶はちょっとした戸惑いをみせた。


「こんにちは」


凜里花の隣りには見慣れない男性が居て晶に声を掛ける。


「こ、こんにちわ」

慣れないその声に緊張と戸惑いが混じり、不審気味に思う晶は会釈するも動きは固い。


「サトちゃん、えっと…?」

晶は手招きで凛里花を呼び寄せ、自分の元に手繰り寄せる。

「ミハル、紹介するね。彼は中山さん」

「…」

「はじめまして。中山と申します」

「…三原です」

晶はいつの間にか凜里花の袖を掴みその背に隠れていた。


「彼女から三原さんの事は伺ってます。立ち話もなんだし、ちょっと話しの出来る場所があると嬉しいけど」

「この時間なら二階に喫茶店や食堂がまだ営業してたと思うわ。ね、ミハル?」

「う、うん」

「よし、じゃそこに行こうか」


たった二、三言だが凛里花と中山の慣れ親しい会話に晶は取り残された感が強まり、流されるまま場所を移動する。


晶と凜里花が先に歩き出すとその少し後ろを中山が着いてくるといった感じで三人は二階を目指した。


「ねぇサトちゃん。あの人誰?私に合わせたい人ってあの人?」


晶はボソっと凜里花に聞いた。


凜里花が今日誰かを連れて来る事はあらかじめ知っていた。

それは数日前美魚が晶の家に来た時に聞いていたからだ。


ー あたしの知り合いでちょっと会ってもらいたい奴がいるんだ


ー ?


ー なぁに、大した事じゃないよ。大学でフィギュアやってんだけど療養してる奴がいてね


ー 療養?ケガとか?


ー まぁ怪我ったってミハルに比べれば全然ね


ー で私がなんで


ー 怪我した時ってなんか色々崩れるもんがあるじゃん、そうゆう時の乗り越え方とかミハルなら上手く教えてあげられそうな気がしてさ


ー うーん…


ー こうゆうのってあたしよりも実際体験してるお前の方が重みがあると思うんだよ。バスケとフィギュアは全然種目は別だけど、たまには空気の入れ替えに違う競技の選手と触れ合うのも悪くないと思うぜ


ー うーん…


ー サトとも知り合いだからあたしが行けない時はサトが来るから安心してよ


ー うーん…



美魚が提案した晶に会わせたい人物。

それは大学のフィギュアスケーターだということ。


流れの中で半分納得はしないが美魚の押しの強さで、会う事になってしまった。


晶の中で美魚からバスケを一旦忘れてみるかと言われ、フィギュアスケーターに会わせたいとなると、よくテレビで観る同世代で活躍する異種目の選手達がお互いに語り合ったりトレーニングを取り入れたりそういったものをするのだと、彼女は考えていた。


だからあらかじめ付け焼き刃ながら晶はフィギュアスケートの動画を観たり、ジャンプやスピンの種類を調べたりなどしてきた。ただし調べる事はしたが動画で確認してもどれがどのジャンプなのかは全く見当つかず眠気だけが増してくるだけではあったが…


「…」


あの人が私に会わせたい人?

怪我で療養中にはとても見えないけど…ていうかそれ以前に…


晶は当然女性が来るものと決め付けていた。


チラッと後ろを振り返ると中山と目が合い、彼は晶に対してニコっと微笑む。


晶は何も応えられず慌ててまた凜里花の袖を掴んで丸くなる。


ー 男の人だなんて聞いてない!ってゆうかなんで男の人と会う必要あるんだろう…


男の人…サトちゃんやミワちゃんには付き合ってる彼氏がいて…彼氏がいて…私に紹介…?


私に彼氏を紹介⁉︎⁈

えええええぇぇぇエエ!!!


「…」

晶は生唾を呑みもう一度振り返る。

「…」

中山を見ると再び目が合い、そして彼は同じように笑顔を見せた。

「!」

晶はまたもハッとして目を伏せて凜里花の袖を強く握る。


この人が、私の…彼氏に…


いやいやいやいや、いくらなんでも急にそんな…バスケを忘れるって何?恋人作るって事⁉︎

そりゃ確かに背も高いし真面目そうだしイケてるっちゃイケてるけど…いやいや待て待て、そもそも私は…まだ男の人と付き合うとかそんなの望んでないし、好きになってない内から交際なんて出来る訳がない。そりゃまぁかっこいい人ではあるけど…


「ねぇサトちゃんってば」

「ん?」

「だからあの人。私に会わせたい人ってあの人の事?フィギュアの人、サトちゃんには悪いけど私まだ…」

「ああ、彼は会わせたかった人だけどちょっと違うわね」

「え?」

「ミワちゃんから聞いたと思うけどミハルに会ってもらいたいのは彼の友人で、この病院に居るのよ。この人は私の新しい彼氏」

「…え…ええ⁉︎」

「どうした?」

「い、いやいや、なんでもないっす。えっと彼氏さん?」

「うん」

「あれ、でも去年、私のお見舞いにサトちゃんと一緒に来た方が居たよね?」

「ああ、もう別れた」

「別れた⁉︎ え?別れたのにもう彼氏さんが?どこで?」

「予備校で知り合って志望校も一緒だったのもあってね、それがきっかけかな」

「…」

「まぁ縁というか、こういうのってタイミングもあるしね」

「…」


彼氏ってそんなにポンポンと見つかるものなのだろうか?

去年は前の彼と会った時にはすごく恥ずかしがってた凜里花がこんなにあっさり紹介するとは…

晶には全く分からない世界だった。

理解したのは凜里花はモテる。そして何か冷めた晶は、自分に恋はまだ早いと賢者のように悟った。


〜…


二階の喫茶店。

丁度空いていたテーブルに三人は座る。始めは中山の隣りに凛里花が座ろうとしたが晶の不安が伝わり彼女はすぐ晶の横に並んだ。


「改めて紹介するわね。こちらが中山冬樹《なかやまふゆき》さん。“ユキくん”、彼女が三原晶さん」

「はじめまして、中山です。三原さんの事は凜里花から聞いてました。勿論美魚さんからも伺ってます」


「…」

ユキくんに凜里花…

私のサトちゃんなのに…


晶は自分の隣りに居る凛里花が別人の様に感じ、二人の親密さを見ると自分だけが置いていかれてるようにも思えた。


中山はそんな晶に特に気にする様子は無く、晶への質問を始める。


「最近はお身体の具合はどうなんですか?」

「あ、は、はい。去年に比べるとかなり良くなりました」

「腎臓病、でしたっけ?かなり大変だった様だと彼女から聞きましたが」

「まぁ…大変って言われればそうですけと」

「なるほど。例えばどんな事ですか?何か辛い事はありましたか?」

「辛い事ですか…まぁ、バスケが出来ないのは辛いですし、焦ってたのが強いですかね」

「なるほど。それは仲間と差が広がる、と?」

「まぁ…」

「そんな時辛い気持ちや焦る気持ちを回避する手立てはありましたか?」


「…」


何これ?

インタビュー?なんでこんなにズケズケ聞いてくるんだろ、初対面なのに。


少しづつ言葉数も減る晶。不機嫌になりつつあるのは中山にも伝わった。


「あっ、すいません、何か掘り過ぎてしまいましたね。プライベートに入り込むつもりはなかったのですが」

「いえ」

「実はここまで聞いたのには訳がありまして。三原さんにお願いしたいことがあるんです。これからここで入院してる奴が居てそいつに会って頂きたくて」

「…フィギュアの選手ですよね」

「ええ、そうです。良かった、話しが早い。凜里花、タブレットあるかな」

「うん」


「これを観てもらいたい」


「…」


「この選手を知ってます?」

「いえ」


「彼の名は禰宜丈留《ねぎたける》。僕の友人でね、友人と言っても年は彼の方が二つ上なんだけど。幼馴染でよく子供の頃から兄貴の様に慕ってました」


「…」


晶は特に中山とフィギュア選手との関係に興味は無いらしく動画を見続ける。なので中山も要らない雑談は切り終え選手の技の説明を解説し出した。


「これが彼の最大の武器、4回転のトウループ」

「…」

「これが新技の4回転ループ」

「…」

「コンビネーションスピンも力強い」

「…」


トウループ、ループ、中山が熱心に解説はするが晶にはそのレベルの高さは伝わらない。


「少し不器用な所もあるが他の選手には無いこの豪快さが奴の売りでね、付いたあだ名が “ 氷上の荒武者 ”」


「…」

あだ名と言われ晶の眉が若干上がった。


(迷惑な話だ…)


「ん?何か言ったかな?」

「いえ」


「ミハルにもあったよね、コートのあだ名」

「へぇ、いったいどんな」

「え、ちょっサトちゃ…」

「バスケサイボーグ!」

「おぉ!サイボーグですか…確かに動画を拝見した際にあの正確無比な動きには度肝を抜かされましたよ」

「…」

晶の頬は一気に赤くなり下を俯いたまま上げられなくなった。


「サイボーグって言うとフィギュアならロシアのメドーべ選手に当たるのかな?彼女の演技は最早異次元と言っても過言ではない。高難度な技をどの場面からでも表情ひとつ変えず完璧に決めるし正にサイボーグ!でもプライベートでは日本のアニメが好きだったりと意外なとこから世界中から多くのファンがいますよ」


晶は凛里花の脇を肘で中山に気づかれないように小突いた。

自分の話しから何やら盛り上がっているのが嫌で仕方がない晶は、ほら言わんこっちゃないと凛里花に対し頬を膨らます。これには凛里花もゴメンゴメンと苦笑いで反省した。


「…あの」


更に中山は一人で選手名鑑で盛り上がる中、晶はひとつ釘を刺した。


「ん、なんだい」

「フィギュアとか結構詳しいみたいですけど中山さんは何かスポーツしてるんですか」

「僕?僕はからっきし」

「え?あ、でも何か大学でスポーツ関係勉強してるとか」

「いや。僕は唯のスポーツオタク。観戦するのが好きなだけさ」


「…」

晶は何か興醒めした。


結局素人が知ったかぶってベラベラ喋ってるだけか、と。


普段はこんな事、口にもしないがボソっと突いて出る。


「…なぁんだっ、せっかく背も高いのに」


「ちょっとミハル、失礼でしょ」

「…」

「いや僕は昔から出オチ担当でね、一応タッパだけはあるから最初は色んな部から声は掛かるけど運動は苦手だからさ、結局最後はお払い箱なんだよ」


晶の冷たい視線に動じず苦笑いで流す中山。しかしすぐさま凛里花はフォローを入れる。


「でもユキくんは “見る目” に優れてるわ。どのスポーツも選手の良い点や改善する点も解析出来るし将来はコーチやったら絶対いいと思う」


「…」

ムムっ


晶は凛里花が中山に肩入れしたのが何か気に入らない。


「それは買いかぶりさ。でも凜里花に言ってもらえると嬉しいな」

「…」

ムムム


「ふふ」

「…」

ムムムムムム


二人の仲睦まじさを見る度に晶の胸の奥では不機嫌が度を増してきた。


「で、三原さんは今のこの選手。禰宜《ねぎ》を観てどう感じかな」

「さぁ?」

「ミハル、ちゃんと観てた?」

「…」

「あっ、何むくれてるの」

「…」

「ちょっとミハル」

「…だって興味ないもん。ジャンプなんて全然分からないし、この人タイプじゃないしスラっとしてないしゴツいし」


なんか…加藤先生《あのひと》みたいだ。


フィギュアスケーター禰宜丈留が加藤と重なると更に晶は不機嫌になりわざとアクビをしてそっぽを向いた。


「ミハル。いくらなんでも…」

「いや、いいんだ凜里花。確かに奴はフィギュアより柔道が似合うな。それにいきなりフィギュアの感想求めても無理があるよ」

「…」

中山が苦笑いで流しながらも晶は眉一つ動かさない。

「ただ、奴はこれでも大学選手権で5位の実力者でね、全日本でも去年は8位に入賞したんだ。おそらくこの先更に伸びると僕は思う。そしてこの動画は大学のトップクラスの映像だと理解してくれれば、それだけで充分だよ」

「ミハルに会ってもらいたいのはこの人なの。今入院してるわ」

「聞いたよ、それは」

「よくある話で練習中に足を怪我したが、それが思ったより深刻でね、奴は自暴自棄に近いような状態なんだ」

「…」

「治らない怪我では無い。ただ完治するには時間が必要でね、時間が掛かる事で大きな大会に出れなければポイントも稼げない」

「…」

「ポイントが稼げないと、大きな大会で試技するにはまた小さな大会でポイントをコツコツ貯める必要があるが、三年の奴には時間が無い」

「…」

「この悪循環が自暴自棄にさせてる原因なのかな…そんな時どうすれば立ち直る事が出来るのか…彼女と相談した時にあなたの事を聞きました」

「…(サトちゃん?)」

「凜里花から三原さんの話しをよく伺ってまして…動画も拝見させてもらいました。その時思い付いたんです。三原さんなら奴を窮地から救えるのではと……あなたの経験をあいつの為に力を貸していただけないでしょうか?」

「…え?話しが理解できない。力貸せったって私の経験なんて…」

「あなたの経験が必要なんです」

「?」

「フィギュアとバスケ。競技は全く違っても三原さんが乗り越えた力は間違い無く奴にも通じる筈なんです」


「…」

晶は凛里花に視線を。


「ミハルにコーチをお願いしたいの。禰宜選手のコーチ」


「…え?」


「コーチと言っても技術的なものではなくて、あなたの経験を通して奴の精神的な支えになってもらいたいんです」


思いもよらない言葉に晶は困惑する。

怪我したフィギュアスケーターとの対談だと思っていたら、男性のスケーターでタイプでもない、おまけにコーチになる…突拍子もないにも程がある。

ただ仮にこの話し、スケーターが女性だったら晶は引き受けたかもしれない。しかしこの時の晶は目の前の中山と凛里花の親密さに若干嫉妬してイライラした挙句に聞いても無い依頼に騙し討ちされた様な感覚が勝っていた。


だから…


「…ああ…なるほど。私が技術を教えるとかではないんですね、私、フィギュアは全く知らないですけど」

「もちろん!」

「精神論って言われてもバスケしかしてないからバスケの事しか話せませんが」

「ええ」

「コーチって言うより相談役みたいな話しですよね?」

「そうですね、まとめるとそうなります」

「なるほどなるほど。私の経験ですね。なら簡単だ」


晶は頷きながら進める。


「はい、よろしくお願いします」

その様子を見ながら凛里花もホッとして中山に目で合図した。


しかし…

「…」

「…」

笑顔で頷いていた晶の表情は一気に消えた。


「…………って言う訳ないでしょ」

「!」

「私、よく知らない男性のお世話するほど暇じゃないです」

「ミハル!」

「…」

凛里花の呼び掛けにも晶は全く反応しない。


「ユキくん、ちょっとごめん。席外してもらっていい?この子まだ足良くないから座って話したいからここで二人にさせて」

「そうか、僕の事は気にしないで良いから。じゃちょっと失礼」

「…」


立ち去る時まで爽やかな中山に晶は目を合わす事もなかった。


凛里花は彼が去ってからすぐに言うのでは無く、少し間を置いて晶に諭す様に語る。


「ミハル。何、今の言い方」

「…」

「やけにユキくんに突っかかる様な感じ。ものすごぉく嫌なミハル、目もこぉんなに釣りあがって」


「…」


「私はそういうミハルは嫌いだよ」


凛里花に嫌いと言われると急に胸の中に罪悪感が増してくる。

確かに明らかに嫌悪感を出したのは悪いと思うが…反省を含めながらも晶はボソっと本音を言い始める。


「だって聞いてないもん、知らない人のコーチとか。ミワちゃんが紹介したい人がいるってゆうから私はてっきり…」

「ん?」

「な、なんでもない」

「てっきり?てっきり何?」

「だからなんでもない!」

「んん?」

「…」

「…」

「…」

晶の顔が少し赤らめたの見て凛里花はピンとくる。

「あっ、さてはおぬし、妬いてるな?ホントはユキくんを紹介されると思ったんでしょ」

「!」

「赤くなった!え?ホントに?」

「ち、ちが…」

慌てて否定する晶がなんだかとても可愛く思えて凛里花は立ち上がると、周りをはばからず晶をギュッと抱き締めた。


「もうミハルったら憂い奴。そうかそうか、ミハルももう恋する年頃だもんね」


「違う!っんぐ、ちょっ、サトちゃ、胸…」


胸に顔が埋まるので苦しいやら恥ずかしいやらがあり嫌がる素振りは見せるのだが、本気では嫌がってない。むしろ凛里花の胸の感触が堪らなく好きだった。


そんな中晶を抱きしめながら凛里花は晶に語る。

「ごめんねミハル、騙すつもりは無かったんだけど」

「だから私は恋とか」

「うん。分かってる」

「サトちゃん」

「だから…ちゃんと今からもう一度説明する。なんでミハルが必要なのか、ちゃんと。ね、それだけでも聞いてくれる?」

「…」

「ね、ミハルが必要な訳」

「う、うん」


お互い落ち着いたのを確認すると凛里花は晶から離れ、語り出す。


「禰宜さんって桜杏出身なんだって。1ヶ月前にたまたまミワちゃんとこの病院で会ったのがきっかけなの。病院っていうか、病室でね。私もまさかミワちゃんが居るとは思わなかったから」

「え、じゃミワちゃんの彼氏?」

「ううん、古い付き合いらしくてね。ミワちゃんの彼氏も禰宜さんの友人だったとからしいわね」

「じゃ、この間病院で私と会ったのはその人のお見舞いのついで?」

「まさか。さすがに私一人で禰宜さんの病室には行かないわよ。ミハルに会いたいから来たんだよ」

「そうなんだ」

「嬉しい?」

「う、嬉しいとかそうゆうんじゃなくて…」

「…」

「つ、続き!早く続き話して」


照れ隠しにツンとする晶が凛里花には愛しく思えた。


「さっき彼からも説明あったけど禰宜さんは練習中に大怪我を負って、全治3ヶ月で入院してる。実力のあるスケーターだけにこの怪我は大きくて、大学選手権は絶望的って言われてる。だからすごく、荒れてる」

「ふーん…」

「うちらだったら…去年の、最後のインハイ出来ないくらい、かな」

「…」

「その姿がなんか、ミハルに似ててね」

「は?私?」

「うん」

「私はそもそもインハイ無理なのはもう理解してたし」

「それが一昨年の夏だったら?」

「え」

「急にバスケ出来なくなった時のあの頃のミハルだったら?」

「…」

「なんかね、似てたのよ。禰宜さんの姿とあの頃のミハル。ミハルに比べたら全然マシな方だと思うけど。選手が窮地に陥った時って同じ選手じゃないと理解出来ない気がしてね。悔しいけど私やユキ君では禰宜さんに力添え出来ない気がして」

「…」

「そんな時彼が立ち直るにはミハルが必要なのかなぁってミワちゃんと話してたの」

「…」

「挫折から立ち直ったミハルならきっと彼の力になれるかなって」

「私、別に立ち直ってなんて」

「立ち直った」

「だって今もまだ…」

「立ち直った」

「サトちゃん…」

「病気して怪我して、でもミハルは立ち直って試合したじゃない。勿論あれが原因でまた闘病だけど…でもミハルはまたこうして歩いてる、ちゃんと前を見てる!違う?」

「それは…」

「お願い。今日だけでもいい。会うだけでもいい、力を貸してくれないかな」

「…」

「…」

「その、禰宜さんは知ってるの?私が来ることを」

「話してないわ。人付き合い苦手な方みたいだから。第一印象は無愛想、そこもなんとなくミハルに似てるかな」

「……私が行って大丈夫なの?」

「ユキくんはこうでもしないと彼に新しいヒントは生まれないって言ってたから。ミワちゃんも来れれば良かったんだけど」

「…」

「勿論ミハルにも無理強いはしない。さっきは強引になってごめんね。もし嫌ならこの話しはもうしないわ」

「うーん…」

「…」

「でもなんで私?同じフィギュアの選手でも怪我から立ち直った人いるじゃん」

「気分転換。バスケが嫌いにならない為の」

「え」

「…多分、ミハルの為にもなるんじゃないかな」

「サトちゃん…」



〜…


2.


凛里花に諭された晶は “ とりあえず ” という条件で禰宜丈留と面会する事になった。


一抹の不安を抱えながら三人は表札の付いた個室の扉をノックして入る。



「よお、気分どうよ」

中山が先頭でカーテンの仕切りからひょっこり顔を出しておどけて登場する。

「こんにちは」

その後ろから凛里花、最後に無言の晶が続いた。


「…」

ベッドに寝仰ぎ退屈そうにテレビを観てる男性こそが禰宜丈留で、病人ということもあるが髪は動画で観た時よりも伸びて無精髭、背は大きな方では無いが全体的に横に筋肉質、中山や凛里花の呼び掛けにも反応しない所から近づき難い印象を受ける。


「…」

二人には無反応だったが最後に入って来た晶には目が合った。

「…」

じとっとした目で首だけを晶に向ける丈留。目が合った晶は軽い会釈だけをした。


「…誰、その子?」

中山とは違う酒焼けしたような掠れた低い声。


「うん?お前が喜ぶと思って女の子連れて来たんだよ、JKだぞ、現役の」

中山は明るく振る舞うが丈留と同じ様なテンションの晶。


「…」

嫌味か、現役のJKって。


晶は横目でジロっと睨んだ。

晶が反応しないのをみて凛里花が紹介に入る。


「彼女、私の知り合いなんです。彼女も去年ここで入院してまして」

「ふーん、で?」

「で?って事言うなよ。こんなに可愛い女の子目の前にして」

「…」

「…まぁ今日はちょっとしたサプライズで驚くのも無理ないよな」

「用件を早く言えよ」


「お前の特別コーチとして彼女に依頼した」


一瞬広がる間。


「…あ?なんだそりゃ」


だよな…


予想通りの反応に晶は我関せずでそっぽを向く。

晶は最初の彼の反応を見た時から正直関わりたくない気持ちでいっぱいで、NOを言われた瞬間、はいさようならを言う準備はしていた。


ただ、中山は違う。二人の空気間を気にせず晶を側に置く気満々で説明する。


「彼女な、結構すごい選手なんだぞ。この子の経験は必ずお前の役に立つと思って俺が依頼したんだよ。部にも一応話しは通してる」


「この子スケートやってんの?」


「いや彼女の専門はバスケでね、凜里花の友達だ。桜杏高校だからお前の後輩だよ、これは偶然だが美魚ちゃんとも友人だそうだ。というより美魚ちゃんと互角にバスケの勝負が出来る程の実力者だそうだ。信じられるか?全日本の強化選手にこれだけ身長差がある彼女がだぞ?勿論、美魚《かのじょ》直々のお墨付きだ、間違いない」


中山は例のごとく熱く語り始めるが丈留は何やら右から左へ聞き流している様だった。


「…その後輩が何?俺にバスケやれっつうの?」

「馬鹿言うなよ。お前のコーチなんだから当然スケートだろ」


「…」

「…」

「…」


中山が明るく説明する度に丈留の目つきは鋭く晶に突き刺さっていく。

晶は我関せずだが、丈留の気持ちは何と無く汲んでいた。


そして丈留の態度から何と無く晶は当時の自分を重ねた。

スポーツに青春の全てを当てていた自分に降りかかる災難、たった一つの病気で全てを失った晶、どんなに励まされた所で身体が蘇る事は無い。だから余計に腹が立つ、軽い気持ちで頑張れと囃し立てる烏合の衆に。


頭の中にぐるぐる回る気持ちはただひとつ、いいからほっといてくれ。


親であろうが、友達だろうが、兎に角ほっといてほしい。

拗ねているのでは無く、いらない同情が本人を余計苦しくさせる。


だから何と無くではあるが、晶には彼の思う事が分かる。なので余計なおしゃべりは控えていた。


ため息ひとつ突いた晶の態度に丈留が始めて反応する。


「つうか、あんたさ、黙ったまんまだけど挨拶のひとつも出来ないの?一応俺があんたの先輩に当たるらしいんだけど」


「こんにちわ」

「…」


挨拶のひとつも、という嫌味に対し晶は文字通り挨拶ひとつで返す。


最初あれだけ明るく振る舞っていた中山も二人の空気に押し黙っていく。


本当に関わりたくない。


いくら友人の頼みとはいえ、全く面識の無い人間の世話をする。これほど苦痛な事は無い。しかも相手は100%関われば面倒臭い事になる。


ただ…

晶にはベッドに横たわるこの禰宜丈留という男が、当時の自分に何処と無く重なる気がして無下に帰ってはいけない気がした。


コーチをやるやらないは別として、この男がどんな人間なのか知る必要がある。


不穏な流れの中、意を決して晶は口火を切った。


「私もよく分からないんですけど、とりあえず中山さんからあなたの面倒を頼まれたので、幾つか質問します。確か前回の全日本選手権で入賞されてるそうですね。そうなると今年の目標は全日本に合わせる事になると思いますが、今の状態で出場に間に合う予定ですか?」


「…」

当然と言うべきか丈留は何だこいつは、という視線。

ひんしゅくの目つきだが晶は気に留めず質問をやめない。


「答えないという事は今年は諦める、という事ですね」

「…」


「そもそもスケートはやるつもりは無いと?」

「…」


丈留は答える素振りも見せない。

晶の中では想定内だった。


「なるほど、やるつもりは無い。だったら簡単ですね。そのままベッドに寝てれば怪我は治ります。良かったですね、中山さん、これで問題は解決です」

「…あ?なんだお前?」

「三原です」


凛里花が心配して止めようとするも晶は大丈夫と小さくジェスチャーする。


「姉ちゃんよ、生意気に杖ついて説教か?バスケかなんか知んねぇけどその身体《ツラ》見るとあんたも怪我してお払い箱なんだろ?自分の怪我も治せないポンコツが偉そうだね」


「氷上の荒武者」


「!」


「まぁスケートをもうやらないあなたには無用の名前でしょうが」

「あ?」

「私がポンコツならベッドのあなたはスクラップですね」


「…テメェ」


晶の無表情の毒舌が丈留の腹の中を熱くさせて、ワナワナと震える彼はベッドの脇に置いてある花瓶を握る。


「おいやめろ、禰宜」

「いいですよ、投げても」

「ミハル!」

「地に落ちたスケーター、女子高生に暴行。いいんじゃないですか?新聞もワイドショーもあなたを批判して心置きなくスケートも引退出来ますし」

「テメエ、いい加減にしろよコラ」

「氷上の荒武者?聞いて呆れますね。花瓶持って威嚇してフィギュア選手はもっと紳士な方かと思いましたが、荒武者どころか落ち武者ですね」


「…」

「…」

「…」

「…」

「…」


丈留の威嚇にも全く怯まない晶。

その態度に丈留は感情が爆発する。


「馬鹿に……するなぁぁ!」


丈留は遂に手に持った花瓶を思い切り投げつけた。


「キャァ!」

その恐怖に耐え切れず凛里花は悲鳴を上げる。

中山は咄嗟に凛里花と晶の前に塞がり盾になるように覆った。

ただ晶はそんな中でも微動だにしていなかった。

それは丈留が投げつけた花瓶の方向をしっかり見ていたからだった。


ガシャーンッ


壁に思い切り投げつけただけあって花瓶は豪快な音と共に割れ砕ける。

しかしその投げた方向は晶の居た位置とは全く別の方向だった為、彼女らは幸いにも欠片ひとつ当たらないで済んだ。


「…」


凛里花の悲鳴、花瓶が割れた音の後の部屋は急速に空気が冷め始める。


部屋は丈留の荒ぶる息遣いだけが木霊した。


皆が固まる中、晶は花瓶が割れた方向に歩いて床に散った花束を拾い上げた。


「お花、貰いますね。かわいそうだしもったいない」

ガーベラの花束を手に取った晶は無意識に笑顔になっていた。


丈留はその晶に対しギリギリと歯を軋ませ怒鳴った。


「帰れクソガキ!中山ぁ、二度と俺の部屋に女を連れて来るなぁ!」


「…三原さん。すまない、一旦席外してもらってもいいかな」


これ以上二人を刺激しては危険になる。そう感じた中山は申し訳なさそうに晶達を部屋から出るように告げた。


「はい。サトちゃん、行こ」

「うん…」


二人が出た後、丈留の一方的な怒鳴り声が部屋の外からも響いて何人か野次馬も集まる程だった。


〜…


丈留の病室を出た二人は一階のロビーまで降りていた。

休憩用のソファに座り中山か来るまで待っていた二人だがその間、凛里花は先程の丈留の姿がショックだったのかまだ小さく震えていた。

実はこの時晶もまた凛里花と同じ様な状態であった。ただ凛里花にここまでショックを与えてしまったのは明らかに自分の行動が原因であり、恐怖を共感するよりも申し訳ないの方が遥かに勝っていたのだった。


口ごもっていた晶。

サトちゃん、ごめんなさい!

そう素直に謝ろうとした時、晶よりも凛里花が口を開いた。


「ミハル!ごめんね!まさか禰宜さんがあそこまで逆上するなんて」


涙ぐむ凛里花更に申し訳ない気持ちが強まる。


「ううん。ごめんサトちゃん、私こそ挑発するつもりはなかったんだけど」

「ミハルは謝らなくていいの!禰宜さんがあんな人だなんて。幾ら何でもやっていい事と悪いことがあるわ」

「…」

「ミワちゃんには悪いけどミハルをあんな人の側になんて間違って置ける訳ないじゃない!」

「サトちゃん…」

「ミハルは何も悪くないからね?ミワちゃんには私から連絡しておく、それでこの話は終わり!」

「…」

「…」

怒りをそのまま携帯に、美魚へ連絡をしようとする凛里花。

その時晶は凛里花の手を止めた。


「ミハル…?」

「…」


晶は首を横に振る。


「でも…」

「…」


晶は凛里花の携帯をググッと手のひらで抑える。


「サトちゃん、あのね」

「…」


晶は自分の思いを語った。

それを凛里花は静聴する。


「私、正直あの人、嫌い。全然タイプじゃないし偉そうだし、すぐ逆上したし…ああいう人は構おうとするから甘えてつけあがる」

「…」

「たかだか足の怪我一つで絶望してるなんて馬鹿みたい」

「…」

「多分ミワちゃんやサトちゃんに紹介されなければ私は一生この先あんな人は相手することすら無かったと思う」

「…」


「でも…何か私、感じたんだ」


「感じた?」


「うん。よくわからないけど何か感じたんだ。見放すのは簡単だけど、何かわからないけど、何か…この人はスケートを棄ててはいけない気がしたんだ」

「え⁉︎」

「サトちゃん」

「…」


晶の胸の中で様々な思いが交錯していた。


口を開いた瞬間すぐに後悔の念が渦巻く。


「サトちゃん、私、やるよ。あの人のコーチ」


何で自分が知らないスポーツのコーチをやるなんて言ってしまったのか。どうせコーチやるなら真琴らが依頼したバスケ部の方が百倍良かったと。

しかしそれを含めて晶は禰宜丈留という男をそのままにしてはならないという気持ちが強かった。何故かは言えないが本能的に彼女と通じるものがあったのかもしれない。


中学、高校、バスケに漬けられていた人生にまさか本格的にフィギュアスケートに心血注ぐ事があろうとはこの瞬間までに夢にも思っていない晶なのであった。



次回

『明るい未来は限界の訪れ』

来月中旬頃配信予定。

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