未送信のSOS
真琴から連絡が来た翌日の朝、登校する晶の足取りは重かった。
実際に足が重い訳では無いが今日も補助杖を装備して校門をくぐる。
( はぁ…今すぐでも学校閉鎖にでもなんないのかな…)
自分の写真がまたSNSで流された。
鵜の目鷹の目であんたの事、みんなが見てますよ?
昨日を思い出す度にため息は深くなるばかりだ。復学初日の教室の異様な空気や、担任の態度とかまたあの空気を味わうと思うと今すぐにでも引き返したい気持ちにもなる。
私、ホントに “ サイボーグ ” だったらいいのに。
みんなが言うほど無表情じゃないんだけどなぁ…
今からでも引き返したいのだが、晶は歩きながら脳のスイッチを入れ替える。
別に自分は悪い訳では無い。
ある意味被害者は自分だ。
そう考えながら玄関まで辿り着いた。
「先輩!」
真っ先に声を掛けたのは真琴だった。俯きで歩いていた晶に大きな声はドキっとさせられたが、すぐに安堵に変わった。
真琴と目が合うと、少し間を置いたが、うんと頷いてから晶は口を開く。
「おはよう」
「おはようございます」
「…なんか、昨日はごめん」
「何言ってるんですか!先輩が謝る必要なんてないです」
「あ、うん、まぁ…」
晶は口を濁した。
きっとわんこやナベは復学した初日の様にまたしばらく私に張り付いて守ってくれるんだろう。
晶にとってこれほど頼りになることはない。ただインターハイが間近に迫ってるこの時期に自分にここまで労力を使わせる、助かると同時に心苦しくもなる。
インターハイは体育会系の部員にとって大学受験と同じくらいの価値がある。この大会で良い結果を出せれば大学の推薦の道も開くからだ。
真琴達の代でバスケ部の戦況は大きく変わり自分が力になれない中、本音は部活だけに専念してほしい。でも彼女らが自分の味方になってくれた時の安堵を思うと、むげに自分に構うなとは言えない。それが晶を申し訳ない気持ちにさせた。
そしてもう一人晶にとって謝りたい人物もいた。
「あ、あのさ、わんこ…」
晶がそれを言いかけると真琴も割って入った。
「昨日のSNSですけど、すぐにサイトに削除依頼はしたんで一応の応急手当てはOKですけどただネットなんでいつまたどうなるかは」
「うん。ありがとう、助かったよ。私、ネットとか苦手だからさ」
「いいんですよ、何かあったらいつでも私やナベに言って下さいね」
「…ナベはいいや」
「もう先輩ったらそんな事言わないで下さいよ。ネット関係はナベはすごく頼りになりますよ」
「あいつはその力の半分でもバスケに使わないと。自分の状況分かってんのか、もうインハイしか残ってないのに」
晶の嫌味に真琴は苦笑いで応える。
靴を履き替えエレベーターに乗ると少しまた二人して沈黙になる。そうすると真琴の口から自然にまたSNSの話しになった。
「…それにしても、一体誰があんな写真」
フーッと鼻から息を吐き真琴は相当イライラしてるのが分かる。
「うん」
「あれは明らかに悪意がありますよ。完全に先輩を狙ってるとしか言いようがありません。まさか新聞部とか⁉︎」
「それは無いって。あんな誹謗中傷なのがバレたら廃部どころか個人の退学もありえる」
「ですよね。でもそれを流した人物は実際に存在して、しかもその犯人は確実にこの学校の関係者です。許せませんよ、何が楽しいんだか、人を傷付けて」
「私はいいんだけど…和久井君に迷惑掛けちゃった気がしてさ」
晶の重い口から湊の名前が出る。
「…ですね」
真琴もそれには表情が暗くなる。
沈む空気の中エレベーターは到着して二人は教室に向かう。ただ沈んでばかりもいられなかった。
エレベーターから教室までは距離はあるが今日はなんだか様子が違う。
朝のホームルーム前で廊下が活気づいているのはいつもの事だが、その騒ぎの異常さはエレベーターから降りた彼女らにもすぐに感じるものだった。
何か嫌な胸騒ぎを感じた真琴は、ちょっと見てきますと晶に断って駆け足で教室に向かう。
そしてその教室で見たものは、
【悲劇の美少女、三原晶嬢争奪戦♡どこまでモテモテ、小悪魔晶ちゃんは誰の手に ⁉︎】
「 ⁉︎ 」
真琴は目を丸くして立ち尽くす。
教室内の前後二つの黒板には晶を中傷する下劣なタイトルと共に昨日、晶が郷内に絡まれた際に湊が割って入って助けた写真、更に鎮火したはずの加藤との車の写真が教室の至るとこまで壁やら床に貼らればら撒かれていた。
そしてその写真をどうにか回収しようと珠代ら数人の女子が必死に抵抗してる姿があった。
「…」
真琴は足元にあったプリントを拾い改めて確認する。
湊と郷内には目線にモザイク処理がされてるが晶はそのまま。
真琴が昨晩SNSで見たものと同じ物だった。
( 早すぎる… )
これは昨日の出来事で昨日盗撮されてSNSに載り、今朝写真を撒かれる。ということはコレを蒔いた人間は間違いなくSNSにアップした者と同一なはずだ。
込み上げる怒りを必死に押さえる真琴の後ろに晶も到着した。
晶も状況が呑めず立ち竦んでいる。
その晶を尻目に真琴はツカツカと無言で騒ぎの渦中の教壇に歩んで行く。
“ バンッ ”
“ バンッ ”
と、壇で一度、黒板に一度、大きく掌で叩いた。
!!!
その音は一瞬で教室の熱を抑え込む。
「…」
叩いた真琴は無言で辺りを睨みながら見回す。
「…」
風紀委員の委員長を務める真琴の眼光は、教室は蛇に睨まれた蛙の様にさせた。
真琴は静かに口を開く。
「もし自分が同じ立場だったらどうなのか、よく考えてください。この写真は今この場で風紀委員が回収します。知り合いで持ち帰った者が居たら今日中に必ずクラスの委員に提出してください。明日、私立ち会いで破棄します」
そんな中、晶も教壇に。晶は疲れた表情で “ 抑えて ” と、真琴に首を振る。
「…迷惑掛けてすみません」
晶は小声で頭を下げる。
「…」
そんな姿を見た教室はまだ若干ざわつきはあるが、もう冷やかしたりバカ騒ぎを立てる者が現れる事は無かった。
そして自然に皆、手に持っていた写真を真琴の居る教壇に提出して、朝から大掃除するような形に収まった。
晶が席に座ると、珠代達数人が晶へ注目させない様に冷やかし目的の男子らを中心に “ シッシッ ” と手で払う仕草をして追い返した。
驚く程空気が入れ替わった教室は葬式の様になったが、珠代は敢えて笑いながら晶の元へ歩み寄る。
「いやぁ、参った参ったぁ。もう参りましたよ、朝来たら訳わからんチラシが撒かれてて」
ガッハッハッと大口開けて晶の元に寄る珠代を最初は、バカ、空気読めよ、と周りは止めそうになるが珠代は横目で合図を送る。
珠代は晶が変に気を遣うを嫌う事を知っているので、誤魔化して距離感を生むよりありのままの状況を伝える方が良いと理解していた。
「一番に教室来たのが美奈子とカッちゃんなんですけどその時には既に撒かれてて、で処理してくれてる時にみんなが雪崩れ込んで…」
「あ、あの一応言いますが私達じゃないですからね?うちらも訳わかんなくて…」
珠代に名指しされた女生徒は慌てて身の潔白を示す。勿論晶は疑う事はしなかった。
「…大丈夫。ホントにありがとう、助かった」
晶は笑顔で頷く。
その言葉でホッとすると、少しつづ緊張の輪が溶け始めた。
「それにしても誰があんな事…」
「いくらなんでもひどすぎ!」
「私達は晶ちゃんの味方だから!」
周りの声に、うんうんと頷く晶。自分を囲む事で教室の妙な視線から守ってくれてる事を実感し、心からお礼を言いたい気持ちになった。
ただそれと同時にその心遣いがとても息苦しくも感じるのだった。
そんな中、教室に部活の朝練を終えた湊が現れる。
湊は教室に入るなり全くいつもと違う空気を感じ取った。とはいえ、全くこの状況を知らなかった訳では無い。珠代と前夜にメールでケンカ別れした後すぐにまた折り返しでSNSの件を聞いていたし、朝、晶の誹謗チラシを持ってわざわざ湊の元に冷やかしに行った男子生徒が居たからだ。
湊としてはチラシが撒かれてる事を知った時点ですぐにでも飛んで駆け付けたい気持ちだった。が、渦中の中飛び込めば余計その場が拗れる気がし、また珠代からも今は来るなというメールも受け取って彼女らに委ねて自分はいつも通りにすると決めていた。
真琴、湊、珠代ら三人が目を合うと何と無く意思が伝わる。
真琴は集めたチラシをまとめると委員会室に向かう。
湊は気にせず晶と目を合わせる事は無く鞄を机に置いた後、それとなく教室を出た。
珠代も二人が出たのを確認して晶のいる輪からそっと気配を消した。
湊と珠代の携帯からは真琴から『委員会室で』と送信されていた。
〜…
2.
朝の教室に写真がばら撒かれる出来事から3日、晶は熱を出し学校を休んだ。肉体的な面より精神的な面が大きかった。
教室は何事も無かった様に、周りも写真には一切触れない。勿論ゴールデンウィークの加藤との事も含めてだ。
いつもと同じ空気がかえって晶を苦しくさせた。
それを決定付けたのは個室に入ってる時だった。何人かの女生徒が自分の噂をあることないことたむろして喋り続けていたのを聞いてしまった。
“ ウチのクラスのさぁ ”
“ あぁ知ってる知ってるあれでしょ ”
ウチのクラスの、と聞いた時たむろしてるグループに同じクラスの人間が居る事を知り、あぁ普通に誰もが秘密は漏らすものなんだなと感じた。勿論秘密でもなんでも無い。バスケ部の現役時代には裏でバスケサイボーグと陰口を叩かれていたのにも動じなかった晶にとって、下世話の一つ二つは気にしない。
ただ、何かが引っかかった。
みんなが自分に気を遣って親切にしてくれてる一方で、自分が教室を一歩出ればすぐに自分を揶揄している。
それが胃の中をザラザラさせる気持ち悪さを呼んだ。
自分に近付いて来れば来るほど中傷される…笑顔で接してくれる人程めんどくさがってるのかも…
そんな錯覚を覚えると身体にも異変が出て、晶は復学以来休まず登校してたのに休んでしまった。病院は以前から少しでも調子悪いと感じたら学校は休むなり早退するなりして構わないと許可をもらってるのでズル休みでは無い。だが晶の心の内は体調よりも学校に行きたくないの方が勝っていた。
少なくても今日休めば土日は学校行かないで済む、そんな思いの元に…
なんでこんなにも自分は弱くなったのか、晶は考える。
悪口の一つ二つ大した事では無かったのに…今は学校に行くのが怖い。
なんで、なんでなのか。
「…サトちゃん…ミワちゃん…」
晶は無意識で呟いた。
その時気付いた。自分の支えが二人の親友だった事に。
なんだかんだで晶に一番寄り添ってくれたのは二人だった。
「私、全然強くない…」
一人になった時側に居たのは二人の親友だった。自分が今まで平然とやってこれたのは二人がいつも構ってくれたから、親友になる前からもバスケを通して二人には特別な感情があった。だからこそ陰口を言われても自分の目標に向かう、ブレない自分がいた。
でも…
晶は急に恋しくなる。
三人は同じ学校に通わなくなったとはいえ今でも、現に数日前にも電話でやりとりした。実際に三人で会ってもいる。
なのに。
寂しい。
会いたくなる。
会ってなぐさめてもらいたい、会って抱きしめてもらいたい、会ってずっと側に居てもらいたい。
「助けてよ…ミワちゃん…サトちゃん…」
布団の中で晶はメールを打つ、そして打ち終わるといつの間にか寝てしまっていた。
〜…
目を閉じて何時間経過したかは理解していない。
ただぼんやりと眠りから覚めて閉め切ったカーテンの間から西陽が差し込んでいたのは分かった。
「…」
ボーっとする晶は携帯を手探りで探すが見つからない。起き上がってもう一度目で探すとベッドの下に落ちていた。
携帯には眠る前に打ったメールが残っており未送信のままになっている。
それを確認すると晶は安心してホッと息をついた。
( あぶないあぶない。こんなメール送っちゃった日には私の立場ってもんが…サトちゃんはともかくミワ公には絶対に… )
安心すると喉が渇く。
トイレ行ってスッキリしてからと晶は自分の部屋を出る。
すると…
「おっ。やっと起きたか、トイレでスッキリしたらおやつ食べようぜ」
「!」
その声に晶はギョっとした。
「なんだよ固まって、あたしの事忘れたか」
リビングにはソファでワイドショーを観ながら寛いでいる美魚が居たからだ。
「…」
夢?
幻?
なんで美魚が今自分の家に普通に居るのか、全く状況が掴めない。
「あぁそっか、ミハルのママならさっきおつかいに出て行ったよ」
「…違う」
「うん?」
「なんで…家に居るのよ」
晶は携帯を確認する。確かに二人に打ったメールは未送信のままになっている。
「なんでって遊びに来ちゃいけないのかよ」
「違う」
「…」
「なんで…」
SOSしてないのに…と言いかけた。
「…」
美魚は何も言わない。
「なんで」
「…ホントはサトと来る予定だったけど急用で都合つかなくなってさ。あたし一人で来た」
「だからなんで」
「…」
美魚は何も言わない。
ただ黙って立ち上がると晶に近付いた。
「ミワちゃ、あっ!」
晶の手元から携帯の取ると中を見始める。
「ダメ!」
と言った時には手遅れだった。
美魚は未送信のメールを晶に見せる。
「ミハルの事だから今頃ベソかいて引き込んでじゃないかってサトと話してたんだよ」
「意味わかんない。なんで私が…」
「わんこの奴があんな時間にしょっちゅう電話してくるもんなのか?なんかおかしかったから聞いたんだよ、あいつに。例の物も見たよ」
「…」
「大変なんだろ、今」
「べ、別に…」
「そう?じゃ、あたしはもう帰るよ。ミハルの顔見れたしね」
「え⁉︎ 」
「そんじゃ頑張れよ」
「あ、ちょ…」
「何?」
「…っ」
晶は言葉を詰まらせた。
「ガッコ戻らないと監督にドヤされるからさ、もう行くぜ?」
「う、うん」
「じゃあな」
「…うん」
「…」
「…」
「…」
その時だった。
「ダメ!」
背中の裾を掴む晶。
「ダメって何がだよ」
「行っちゃダメ!帰っちゃダメ!ミワちゃんはどこにも行かないの!私と一緒に居るの!」
晶はギュっと美魚の背中を抱き締めた。
「…」
美魚は答えない。だから晶はもう一度言う。
「帰っちゃヤダ」
ボソっとだが晶の声は骨から伝わった。
それを聞いた背中の美魚は目を閉じてニコっと笑う。
「ったく。相変わらずのひねくれタコ坊主」
回す腕を払うと美魚は振り返る。
「あっ…」
振り返った晶の目にはうっすら涙で滲んでいた。そんな晶を美魚は有無を言わず胸の中にしまい込む。
「ガッコ、行けてんの?」
「行くの…辛い」
「イジメられたか?」
「そうじゃないけど…」
晶が落ち着くと二人は晶の部屋でベッドに腰掛け、改めて話しを再開させる。
晶は今の自分の状況をもう一度全部美魚に話した。
SNSの中傷は勿論、真琴達から朝練のコーチを頼まれてる事も、美魚には不思議と素直に包み隠さず伝える事が出来た。
「 ー そっか。いいクラスだな。守ってくれてんじゃん」
「でも、なんかそれがかえって気持ち悪くて…ほじくり返してほしいとかじゃないんだけど」
「そりゃ仕方ねぇよ。お前は特別だもん、クラスは同じでも年上でわんこやナベ、和久井なんかは過敏に反応してるしそのお前が的にされたらそんな空気にもなるだろ」
「…」
「お前、両極端なんだよ早い話」
「え」
「居ないと困るけど扱いがめんどくせぇ」
「なにそれ」
「少なくてもバスケ部のミハルはそうだった。協調性ゼロで生意気で自己中で、でもバスケは誰よりも知識があってそれを実現出来る力がある。だからサイボーグって呼ばれて疎まれる」
「…」
「ウチらにとってミハルはかけがえのない友達だよ?でもミハルがガッコに残る事で間違いなく嫌悪してる人間もいるって事。それがあんな形になるのさ」
「誰?」
「簡単だろ?まずは部の奴ら」
「あっ、あぁなるほど」
「それとこいつらに気がある女」
美魚は晶の持ってたチラシの郷内と湊を指す。
「…」
「最後はブスのヒガミ」
「は⁉︎ ブ⁉︎」
「そりゃそうだろ?ミハルのキャッチフレーズは悲劇の美少女なんだからさ。勉強出来て可愛くてでも男は近付けない、ブスからしたらこれ程嫌な女はいないだろ」
「ちょ、やめてよっ私、別に…」
「うん?照れてる?」
「て、照れてないっ」
「ふーん…」
「もう!だからその目、やめてよ」
「…」
美魚は少し笑った後、晶の頭はポンポンと撫でて肩に寄せる。
「私、そんなに嫌われる事した覚えがないんだけど。そんなに嫌いなのかな…」
「人の好き嫌いの基準って簡単だよ。ほんの少しの事で好きにも嫌いにもなる」
「そっか」
「…」
「病気になった時点で私がきっちりバスケやめたらもっとおとなしく過ごせたんだよね」
「バスケやめなかったからミハルを尊敬する奴らもいる」
「でも…もし、もしだよ?私の写真バラ撒いたのが部の人間なら、私がまだバスケに関わってるからでしょ?だったらもう…忘れたいよ、バスケ」
「そっか。なら…忘れてみる?バスケ?」
「え…」
「思い詰めても嫌になるだろ。でもミハルからバスケは失くせないよな?だったらもっと別の道で活かしてみない?」
「うん?」
「あたしの知り合いでちょっと会ってほしい奴がいるんだけどさ」
美魚はニンマリすると肩に寄せた晶更にぐっと寄せた。
「?」
少し不審な節はあるが少し精神的に参ってる今の晶にとって、何か気分転換になるのならと美魚の提案を受け入れる事にするのだった。
次回、新キャラ登場?
【氷上の荒武者】(仮)




