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6話 angel fall

秋には叔父ががいた。航海士としてロシアの船に乗り、精神が壊れて帰ってきたんだそう。


逃げ場のない海で今も必死に舟を漕ぐ無垢な魂――――


まだやり直せる。病気がよくなったら、きっと が口癖だった。


幼かった秋が出会った頃にはもう、狂っていて、暴力を振るわれたり、押し倒され無理やりキスされた

こともある。秋が大切だった子猫を誤って踏んづけて殺したことだってあった。

ポチという子猫だった。そのおかしな名前を呼んでやれなかった。目を背け、逃げて泣いた


家族の憎しみを全て抱えていた。諦念も憐れみも軽蔑も。


時折、普通の気のいい叔父に戻ることもあった。きっと精神が壊れる前の叔父の姿。


「病気が良くなったら秋にゲームを買ってやるからな」


ほんとうに穏やかな顔で...いや、必死にいい叔父を顔に張り付けてるかのような顔で


そしてそのあとは決まって狂い、暴れるのであった。


庭の石を蹴飛ばし、そこに誰かいるんだろう?出てこい!!と暴れたこともあった。


そうして憎しみをためこんだ叔父はある日、役目を終えるかのように死んだ。


アキが大人になり都会にでて、正月に久しぶりに帰省したタイミングで。


餅をのどに詰まらせて。祖母と同じ部屋で寝ていた秋の目の前で。


祖母に助けを求めに来たのだろうが、寝ているところをたたき起こされた祖母にも秋にも

何が起こったのかわからなかった。


みるみる顔が白く黄ばんだゴム人形のようになっていった。


心肺蘇生を試みるが秋の手が死体の体温を奪うだけの悲しい行為だった。

あの時の体温は未だに秋の掌にこびりついていた。


生き物が肉の塊に切り替わる瞬間はあまりにも刹(・)那(・)的だった。


仏壇の前で秋は手を合わせるでもなくただ


「満足だったか?」


そう、呟くだけだった。憎しみが消え失せて憐れみだけが残っていた。


憎まれて―――― 


嫌われて、


軽蔑されて、


馬鹿にされて、


恥辱にまみれて、


何度も壊れて、


それでも戦って、もがいて、憎しみに埋もれて見えなかった傷の意味を


せめて知りたかった。


きっと壊れた天使だった――


今もどこかで舟を漕いでいる。

まだやり直せる、まだ取り戻せる、そういって舟を漕ぐ無垢な魂。


その行方を秋は知りたかった。


秋の未来かもしれないという寒気を拭えなかった。


左の頬におかしな名前の子猫の体温と、掌に残酷な叔父の体温を


今も秋はおぼえている。宝物のように、見えない傷のように。



・・・・・・

・・・・

・・・

・・

・



「もう朝、だねぇ」


身震いしながらセッカが言う。


「あぁ悪いな、結局寝れなかった」


「ん-ん。一人で不寝番するのも退屈だったし」


「不寝番、俺が変わったほうが早かったな」


「魔法も教わったし、いい夜だったじゃん」


完璧な朝は等しく皆を照らした。


心の整理のつかない秋さえも。


二羽の小鳥が楽しそうに飛んでいる。


「なんだ、もう起きてんのか」


そうあくびをしながらパッチが起きた


「悪い、起こしたか?」


「いや、寒さで目が覚めた、やっぱ朝は冷えるな」


やっぱりパッチは大人びてる、というか貫禄さえある。


「あたしの魔法であっためようか?」


セッカの手にうっすら小さな火が点いて、すぐ消えた。

まだ練習が必要そうだ。


「まだマッチのほうがましだな」


そうパッチが言うとちぇ、っとセッカは拗ねてみせた。


「お姉ちゃん魔法使えるようになったの!?」


音もなくいつの間にか起きていたベリザが驚いていた。


「うん、アキが教えてくれたの。ベリザのすごさが身に染みたわ」


「今度一緒にれんしゅう、しよう?」


「もちろん!母さんや父さんみたいになりたいしねっ!」


そのとき、イスカがガバっと起きた。


「いま、炎剣のおっちゃんの話してたかっ!!」


「してないわよ、さっさと目を覚ましなさい。依頼達成したいんでしょ?」


セッカはパンをみんなに渡している。空間魔法ならもっといいものを食べれるかもしれない。

お金に余裕ができたら、食料を貯蓄しよう。


「そうだ、今日は昨日の倍は討伐するぞ」


イスカはパンを頬張り、皮でできた水筒で喉に流し込んだ。




それからゴブリンを狩り始めるが、昨日、同様あまりいなかった。


「おい、一匹逃げたぞ」


パッチが叫んだ。イスカは突っ走っていってしまった。


「倒したぞぉぉ」


遠くでイスカが叫んでいる。


イスカはやる気に溢れてるだけあって一番ゴブリンを討伐していた。


「おぉーい!こっちきてくれ」


何かあったのかとイスカの方に空間魔法を展開した。


イスカは無事のようだ。だが視線のはるか先に大きな洞窟があり、扉が作られていた。護衛が二人

立っている。


「どうしたのよ?一人で突っ走っていったと思ったら...」


「しっ!!」


セッカをイスカが静止した。


「洞窟、ですね。もしかしてゴブリンのでしょうか?」


ベリザがおそるおそる、口にした。


「ちょっとあの感じやばいんじゃ...」


「ああ、あれは間違いなくゴブリンを統率してるやつがいるな、ホブならまだましだが、あんな扉もつけて護衛までいる。知能の高い上位個体がいるぞ」


ホブゴブリンという上位個体はゴブリンより体が大きく、知能も普通のゴブリンより高い。


力が弱いのが欠点だったゴブリンが力が強くなるだけで厄介なのに知能まで高いとなると

今の黄昏の鳥(トワイライトバード)にはきびしいかもしれない。

さらに統率もとってくるとなると尚更だ。


「こういう場合は、ギルドに報告が無難だよな?」


そうアキはそれとなく誘導する。


「ああ、俺たちじゃ手に負えない。依頼の討伐数は達してるし戻って報告しよう」


パッチは冷静な判断を下してくれている。


空間知覚で巣の中を見た。ゴブリンの数は10体以上いた、さらに子供のような小さな個体も含めれば

20弱いるかもしれない。


ホブゴブリンは5体、思ってたよりでかい。140か150cmくらいあるかもしれない。

それ以上に大きい個体は見えないからこの5体の中に特殊な個体がいるのだろう。


「俺たちこのまま帰っていいのか?」


イスカはいつになく真剣な顔で問う。


「何言ってんのよ...いくらあんたでもわかるでしょ、危険だよ」


セッカはいつもと違うイスカに戸惑いながら止める。


「じゃあ俺たちはいつ立派な冒険者になるんだ?格が上がるような試練がいつになったらくるんだ?」


レベルも経験値もない世界ではイスカの不安も最もなのだろう。

ゴブリンを何体倒そうと強くはなれないと悟ってしまったのだ。


それはイスカだけじゃない。他の三人も思い悩んでるようだった。


「やるぞ。俺たちは今日格をあげんだ」


イスカにはときどきカリスマ性がある。人を惹きつける何かが。だから滅茶苦茶だろうと

今までもイスカの方向性に従ってきたのだろう。


アキにはまだわからなかった。はじめての討伐依頼で危険を冒す理由もない。

それでも矢筒に手を伸ばし、矢の数を確かめてる自分がいる。


異世界人のアキがこの4人よりも足踏みしていていいのだろうか?

みんなを見てると焦りがどんどん膨れ上がった。


他のメンバーは覚悟を決めたみたいだった。

「ゴブリンは子供含めて25くらい、ホブが5体、その中に上位個体が紛れてる、いけるか?」


全員が頷いた。もう止まらないだろう。


「連携はどうする?」


パッチは冷静に問いかける。


「洞窟の中の構造がわかる俺が前に出たい。洞窟内じゃ味方の後ろから弓を射るのは難しいと思う」


アキは率直な意見を述べた。


「じゃあ私かパッチが一番後ろね。魔法職のベリザを守らないと」


妥協できない部分をセッカが告げる


「俺はアキの討ちもらしをやればいいんだな?」


イスカも無謀なわけじゃないようだ。


「魔法も今までよりスムーズに出せる、と思う....。タイミングは任せます」


ベリザも思ってたよりずっと乗り気だ。


「はじめるぞ」


イスカが告げる


「「「「了解」」」」


「同時にやるか?」


見張りは二人。クロスボウを持ったパッチに問いかける。


「俺は左をやる、いくぞ、3,2,1」


同時に放った矢が2つともキレイに命中した。


木でできた無骨なドアを開けてパーティはゴブリンの巣穴に潜入した。


アキはそのドアを空間収納にいれた。



―――――ゴブリンの巣穴



アキは短剣を構えながら先行した。洞窟は思ったより広く、しばらく一本道で枝分かれして寝床がいくつかあるようだった。


「左は寝床だ。起きないうちに殺してくる」


アキはなるべく音を立てないように、3匹寝ているゴブリンに近づいた。


一瞬の葛藤はあったが迷いはなかった。この仕事が終わってから罪悪感に苦しめばいい。


脱いだマント左手に巻き付けてゴブリンの顔を覆い、そのまま首に短剣を突き刺した。


間髪いれずにひとつ、またひとつと刃を突き立てた。


思ったよりもずっと冷静だった。思考はクリアで心はどんどん深いところに沈んでいった。


他の寝床を何度か同じように繰り返した。


なんとなく、みんなの顔が見れなくなっていった。




そうしてまたひとつ寝床を見つけるが、前方から2体のゴブリンが向かってきている。


「前方から二体きてる。たぶん避けれない。交戦しよう。」


皆がうなずく。


「ベリザの魔法でこの寝床をつぶせる?」


アキが尋ねるとベリザは頷いた。


ベリザが寝床へ杖をかざす。


火の玉がヒューと花火のような音を立てて寝床に飛んでいった。


ボンっと音が洞窟内に反響した。

ゴブリンが苦しむ声が聞こえる。


前方からゴブリンの叫び声が聞こえる。


アキは叫んでるゴブリンを弓で仕留めた。


「ホブ1体とゴブリン4体向かってきてる。迎え撃とう」


「アキ、俺が前に出るぞ」


そういってイスカが盾を構えて前に出た。


ホブゴブリンを目で捉えた。大きめのこん棒を持っている。イスカより少し小さいくらいだ。


イスカが切り込むと一匹の首を抉った。


セッカも負けじと左へ蹴り飛ばし、壁にもたれかかったゴブリンの頭を拳で潰した


じりじりとゴブリンがさがっている。


―――何かおかしい、


今まで戦ってきたゴブリンがこんな下がり方をしたことがあっただろうか?


そうして下がるゴブリンの先に隊列を組んだゴブリンが待ち伏せてるのを見つけた。


前列に盾を構えたゴブリン、そしてその奥に弓を構えたゴブリンがいた。


ここまで知能があるなんて...。


「下がれ!矢が飛んでくるぞ、俺の後ろに」


そう言って秋はさっきの入り口の扉を空間収納から出した。

秋が一番恐れていたのは弓矢で迎え撃たれることだった。


扉に何本か矢が刺さる。


「どうする?このままじゃ近づけないわよ?」


セッカの言うとおりだ。


「ベリザ、出来るだけ威力のある魔法は撃てそうか?」


もうそれしかないだろう。


「はい!や、やってやりますっ!」


ベリザは自信満々だ。


「そのタイミングで切り込もう」


パッチはいい司令塔になれそうだ。こういうときでも冷静でいれる《冷静沈着》のスキルは便利だ。


そうこうしてる間にベリザの準備が整った。コントロールが本当に上手くなった。


「いきますっ!!」


さっきよりはるかに大きい火の玉がゴブリンたちに襲い掛かる。

ヒューという音はもはや花火だった。


「よし!行く.......ぞ?」


火の玉はゴブリンの頭上で爆発し、火の雨が降り注いだ。

盾持ちも弓のゴブリンも焼かれもがき苦しんでいる。


扉を構えて距離を詰めるつもりだったがもう必要ないだろう。


「ベリザあんたってば...」


セッカと言いたいことは皆同じだった


「「「「天才かよ」」」」


「さっすが私の妹ね!!よしよし」


「やってやりましたっっ!!」


ベリザもふんすっ!とどや顔している。


「喜ぶにははやいぞ。ホブがいない。」


パッチが言う


「ああ、この先が最深部だ。ひらけた場所に集結してるな。数はゴブリン8、ホブが5」


アキは告げる。


「総力戦だな、やってやるぞおれらでっ!!」


イスカの喝で気が引き締まる。




黄昏の鳥(トワイライトバード)は最深部へすすんだ。


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