第9話:濃すぎるお茶と、持ち歩かれた石
レンフォード様は、それから週に二度いらっしゃるようになりました。
ご用があるわけではないようでした。
最初は、直した指輪の具合を見せに来られました。二度目は、砦から届いた石を持ってこられました。三度目は、何も持たずにいらして、戸口の枠にもたれて、わたくしが磨くのを見ておられました。
「邪魔か」
「いいえ」
「邪魔なら言ってくれ」
「邪魔でしたら申し上げます」
この方は、それで納得なさいました。
以来、週に二度。二つ鐘の頃に来て、半刻ほどおられて、帰られます。
「入られませんか」
四度目に、わたくしは申し上げました。
「戸口では、寒うございましょう」
「……いや」
「椅子はございます。小さいものですが」
レンフォード様は、しばらく戸口を見ておられました。それから、かがんで中へ入られました。
背が高すぎて、梁に頭をぶつけられました。
「……失礼した」
「梁が低いのです」
その日から、この方は椅子に座られるようになりました。
◇
三度目にいらしたとき、リタが屋根から降りてまいりました。
この子は、それまで窓の外から様子を窺うばかりで、姿を見せませんでした。
「ねえ」
レンフォード様が、振り返られました。
「あんた、誰」
「リタ」
わたくしは、慌てて申し上げました。
「こちらは、レンフォード様でいらっしゃいます」
「知ってる。石の人でしょ」
リタは、戸口の枠に腕をかけました。
「あんた、なんで週に二回来るの」
「リタ」
「いいから」
レンフォード様は、少しお考えになりました。
それから、こう答えられました。
「……砦の見回りが、週に二度だった」
「は?」
「習慣というのは、抜けん」
リタは、しばらく黙っておりました。
それから、盛大に舌打ちをして、屋根へ戻っていきました。
「……気を悪くなさいましたか」
「いや」
レンフォード様は、首を振られました。
「良い子だ。人を値踏みするときに、目を逸らさない」
◇
お茶をお出しするようになったのは、五度目からです。
銅貨が九十枚を超えたので、少し良い茶葉を買いました。
わたくしは、いつもどおりに淹れました。
レンフォード様が、一口飲まれました。
そして、動きを止められました。
「……」
「いかがでしょう」
「これは」
「お茶でございます」
「そうか」
この方は、二口目を飲まれました。
黙って、飲み干されました。
「もう一杯いかがですか」
「……いただこう」
二杯目も、飲み干されました。
「あの」
わたくしは、思い切って伺いました。
「濃くはございませんか」
「濃い」
「……申し訳ございません」
「いや」
レンフォード様は、碗を置かれました。
「北の砦で飲んでいたものに、近い」
「まあ」
「あちらは水が悪い。だから茶を濃くする。慣れると、薄いものが物足りなくなる」
わたくしは、少し嬉しくなりました。
「祖母が、そう淹れておりました」
「祖母上が」
「炉の前におりますと、頭がぼうっとしてまいります。濃くしないと目が覚めないと申しまして」
わたくしは、自分の碗にも注ぎました。
「わたくしは、その濃さで覚えてしまいましたので、いまさら直せません。人にお出しすると、たいてい咳き込まれます」
「私は咳き込んでいない」
「はい」
「三杯目をもらえるか」
三杯目も、飲まれました。
◇
その日、この方は少し長くおられました。
窓の外が赤くなり始めても、椅子に座っておられました。
「訊いてもいいか」
「はい」
「あの石の水は、どこから入った」
「ひびでございます」
わたくしは、やすりを置きました。
「石には、目に見えないひびがございます。生まれたときからあるものです。傷ではございません。そこから、少しずつ」
「防げるのか」
「防げません」
「そうか」
「ただ、入る速さは変わります。乾いた場所に置けば遅く、湿った場所なら早い。……あの石は、たぶん、ずっと肌に近いところにございました」
レンフォード様は、外套の内側に手を当てられました。
「懐に入れていた」
「はい。分かります」
「……分かるのか」
「人の体は、湿っておりますので」
この方は、少し笑われました。三度目に見る笑い方でした。
「母が死んだのは、私が十六の年だ」
突然、そう言われました。
「はい」
「長く寝ていた。最後の半年は、起きられなかった」
わたくしは、やすりを置いたまま、聞いておりました。
「私は、その半年、砦にいた。任地だった。……帰らなかった」
「……」
「知らせが来たときには、終わっていた。父が、遺品を渡してきた。その中に、あの指輪があった」
レンフォード様は、そこで少し黙られました。
「渡すときに、父が言った。母が最後まで手に持っていた、と。そして——」
「はい」
「『これを直せる者がいたら、その者に見せなさい』と、母が言い残していた、と」
わたくしは、その言葉を頭の中で二度なぞりました。
「……直せる者に、直させなさい、ではなく」
「そうだ」
「見せなさい、と」
「そうだ」
この方は、こちらを見ました。
「私は十年、その意味を考えていた。直る当てもない石を持ち歩いて、職人に見せて、断られて。……そのたびに、これは母の言いつけを守っているのだと思うことにしていた」
「はい」
「守っていたのか、ただ諦めきれなかっただけなのか、自分でも分からん」
わたくしは、少し考えました。
そして、こう申し上げました。
「どちらでもよろしいのではないでしょうか」
「……ほう」
「十年持ち歩いて、十一人に断られて、それでもまだ布に包んでおられました。理由がどちらであっても、石にとっては同じことでございます」
「石にとって」
「はい。石は、理由を知りませんので」
レンフォード様は、しばらくわたくしを見ておられました。
それから、碗に残った最後の一口を飲まれました。
「……あなたは、時々」
「はい」
「いや」
この方は、立ち上がられました。
「三杯もらった。次は、私が茶葉を持ってくる」
「北のものでございますか」
「北のものだ。あちらの茶は、これよりさらに濃い」
「まあ」
「覚悟しておいてくれ」
戸口を出るとき、この方は少しかがまれました。
帰り道の背中を、リタが窓の下から見送っておりました。
「……あの人さ」
「はい」
「なんで週二回来るの」
「石を見せに来られます」
「今日、何も持ってなかったよ」
わたくしは、碗を片づけながら考えました。
「そうですね」
「そうですね、じゃないよ」
リタは、呆れた顔をしておりました。
わたくしには、その顔の意味が、よく分かりませんでした。
お読みいただき、ありがとうございました。
【今日の石】石のひびは、傷ではなく生まれつきのものです。防げません。……ただ、乾いた場所に置くか、懐に入れて持ち歩くかで、時間の進み方は変わります。何十年も先の話ですけれど。
次回、王都に大きなお触れが出ます。王家の婚礼指輪を、どこの工房が作るか。ミレイアには関係のない話——のはずでございました。




