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婚約破棄されましたが、その婚約指輪を作ったのはわたくしです 〜石は誓いを覚えておりますので〜  作者: 瑠璃宮あかり


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10/18

第10話:王家の婚礼指輪、入札のお触れが出ました

 その朝、五番通りにも人が走ってまいりました。


 誰かが噴水の広場で触書きを読み上げているというので、通りの方々がぞろぞろ出ていかれます。リタが窓から飛び込んできて、わたくしの袖を引きました。


「行こう」


「今日は仕事が」


「行こう」


 この子は、こうと決めると引きます。


          ◇


 広場は、人でいっぱいでした。


 台の上に王家の使いの方が立って、巻紙を広げておられます。


「——来る春、王女殿下がご婚礼を迎えられる。これに用いる婚礼指輪について、王家は広く王都の工房より意匠を募るものとする」


 人の声が、いっせいに上がりました。


「募集は公開とする。応募の期限は、ひと月後。提出するものは、意匠図と、見本の一点」


 わたくしは、後ろのほうで聞いておりました。


 王家の指輪は、これまで宮廷付きの工房が作ってまいりました。代々決まっており、公募になったことはございません。


「なお、応募の資格を定める」


 使いの方が、そこで声を張られました。


「一つ、王都に工房を構えていること。一つ、五年以上の営業の実績があること。一つ、——工房の刻印を有していること」


 わたくしは、その最後の一つを、二度聞き直しました。


「刻印を持たぬ者の応募は、これを受け付けない。以上」


          ◇


「ねえ、なんて書いてあるの」


 リタが、袖を引きました。


 台の脇の壁に、触書きが貼り出されておりました。人が群がって読んでおります。


「読んで」


「読みますが」


 わたくしは、人の間から紙を見上げました。


「王家の婚礼指輪を、王都の工房から募る、と」


「ふうん」


「応募には条件が三つ。王都に工房があること。五年以上やっていること。刻印を持っていること」


「刻印」


 リタが、こちらを見ました。


「あんた、持ってないじゃん」


「はい」


「じゃあ出せないの」


「出せません」


「なんで」


「そう書いてありますので」


 リタは、貼り紙を見上げました。


 しばらく、そうしておりました。


「……あたし、字が読めればさ」


 小さな声でした。


「読めれば、何か違ったのかな」


「何がでしょう」


「知らない。何かだよ」


 リタは、それきり黙りました。


          ◇


 貼り紙の前には、工房の方々が集まっておられました。


 顔は、たいてい存じております。父の代からの付き合いのある方が、何人もいらっしゃいます。


 その中のお一人が、わたくしに気づかれました。


 目が合って、それから、逸らされました。


 わたくしは、頭を下げました。相手は、下げ返されませんでした。悪気があるのではございません。オルストの娘が婚約を破棄されて工房を出た、という話は、もう王都中に回っております。どう挨拶してよいか分からないのだと思います。


 こういうとき、こちらから何か申し上げれば楽になるのでしょうが、うまい言葉が思いつきません。


 結局、黙って離れました。


 人の話が、聞こえてまいりました。


「宮廷の工房はどうなさるのかしら」


「そりゃ出すだろう。だが公募となれば、通るとは限らん」


「なぜ急に公募に」


「大公妃さまのご意向だという話だ」


 わたくしは、その名前に耳を止めました。


「宝物庫を預かっておられる方だな。王家の宝はみな、あの方の帳面に載っている」


「なぜ公募になさったんです」


「さあね。……王都の工房を競わせれば、良い物が安く出る。それだけかもしれん」


 商人風の方々が、そう話しておられました。


 わたくしは、人の輪から離れました。


          ◇


 三番通りを通って帰りました。


 わざとではございません。五番通りへの近道が、そこを通るのです。


 オルスト工房の前には、人がおりました。


 父が、店の前に出て、近所の方々と話しておられます。声が大きうございました。父があんな声を出すのを、久しぶりに聞きました。


「——五年どころではない。うちは五十二年だ」


「そりゃ確実に通りますな」


「刻印もある。条件は全部揃っている」


「三代目の腕を、王家に見ていただけますな」


 その輪の外に、アネットが立っておりました。


 こちらへは背を向けておられました。ドレスの背中が、動いておりませんでした。


 わたくしは、足を止めませんでした。


 通り過ぎるとき、扉の刻印が目に入りました。菱形と、二本の線。その下の、削られた跡。


 五十二年。


 そう言えるのは、あの菱形が五十二年ぶん押されてきたからです。押してきたのは、祖父と、父です。彼らがこの五十二年で組んだ指輪が何本あるかは、わたくしは存じません。


 わたくしの三年ぶんは、三百九十七です。


 あの数字は、あの菱形の中に入っております。


          ◇


 部屋へ戻りますと、仕事台の上に、直しかけの耳飾りが置いたままになっておりました。


 座って、続きを始めました。


 銅貨四枚の仕事です。


 手が、うまく動きませんでした。


 三度やり直して、四度目にようやく通りました。


「……ミレイア」


 リタが、窓の外から言いました。この子がわたくしの名を呼ぶのは、珍しいことでした。


「はい」


「悔しい?」


 わたくしは、手を止めました。


 少し、考えました。


「悔しい、というのとは、少し違うようです」


「じゃあ何」


「……何と申し上げればよいのでしょう」


 わたくしは、耳飾りを光にかざしました。


 留め金が、まっすぐに直っております。銅貨四枚の仕事にしては、良い出来だと思いました。


「わたくしは、王家の指輪を作りたいのではありません」


「うん」


「作れる腕があるかどうかも、分かりません。宮廷の工房には、わたくしよりずっと長くやっておられる方がいらっしゃいます」


「うん」


「ただ」


 わたくしは、耳飾りを布の上に置きました。


「出せない、というのは。……出す資格が無い、というのは」


 うまく言葉が出てまいりませんでした。


「腕を見てもらう前に、負けているような気がいたします」


 リタは、何も言いませんでした。


 しばらくして、窓枠から降りて、どこかへ行ってしまいました。


 その日は、それきり戻りませんでした。


          ◇


 夜、戸を叩く音がいたしました。


 リタかと思って開けますと、違いました。


 樽のような体格の方が、燭台の灯りの中に立っておられました。


「やあ」


 ボルツ様でした。


「お触れは、聞いたかね」


「はい」


「刻印は、まだ持っていないね」


 その方は、笑っておられました。


 目だけが、笑っておられませんでした。


「話の続きをしようじゃないか」

お読みいただき、ありがとうございました。


【今日の石】王家の婚礼指輪は、代々「宮廷付きの工房」が作ってまいりました。公募になったのは、記録に残る限りこれが初めてです。……なぜ今年に限って、と思われた方は、その勘を覚えておいてくださいませ。


次回、リタが「死んだ石って、どう死ぬの」と訊きます。ミレイアは、その質問に答えません。

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