表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄されましたが、その婚約指輪を作ったのはわたくしです 〜石は誓いを覚えておりますので〜  作者: 瑠璃宮あかり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/30

第27話:リタが値をつけました

 納品は、三日後と決まりました。


 王宮から使いが参りまして、その日の午前に届けるようにとのことでした。


 そして、書付を一枚、置いていかれました。


「請求書を、添えてください」


「……請求書」


「殿下は、ご自分の金子でお支払いになります。ですから、正式な請求の書付が要ります」


 わたくしは、その紙を受け取りました。


 様式が印刷されております。品目、数量、金額。そして、下のほうに——


『作成者』


 という欄がございました。


          ◇


 わたくしは、その欄を、しばらく見ておりました。


「なにこれ」


 リタが、覗き込みました。


「請求の書付でございます」


「これ、金額書くとこ?」


「はい」


「いくらにするの」


「……いま、計算しております」


 わたくしは、板に炭で書き出しました。


 金の目方。石は、いただいたものですので、費用はゼロ。炉の薪代。工具の減り。


 それから、手間賃。


「金貨、四枚でいかがでしょう」


 リタが、板を覗き込みました。


 そして、わたくしの手から炭を取り上げました。


「馬鹿じゃないの」


          ◇


「あんた、石ゼロで計算してるでしょ」


「いただいたものでございますので」


「もらったって、その石がなきゃできなかったんでしょ」


「はい」


「じゃあ入れなよ」


 リタは、板に「石」と書きました。字は、まだ少し歪んでおります。


「あと、探した分」


「探した分、とは」


「あんた、十日歩いたじゃん。六軒回って、王都の外まで行って。あれ、仕事じゃないの」


「見つからなかった十日は、仕事とは申しません」


「見つかるまでが仕事でしょ」


 リタは、そう言い切りました。


「あと、三晩寝てない分」


「それは手間賃に」


「入ってない。あんた、一日ぶんで計算してる。三晩は三日でしょ」


 わたくしは、板を見ました。


 ……たしかに、一日で計算しておりました。


「あと」


 リタは、そこで炭を止めました。


「……あと、二年ぶん」


「二年」


「あんたが、あの男の左手を見ないでいた二年」


 わたくしは、顔を上げました。


「それは、この指輪と関係が」


「あるよ」


 リタは、こちらを見ました。


「あんた、あれがなかったら、この仕事してないでしょ」


 わたくしは、答えられませんでした。


「捨てられなかったら、工房にいた。工房にいたら、刻印押されて終わりだった。王女さまのとこにも行ってない。……あの二年があって、いまがあるんでしょ」


「……はい」


「じゃあ、入れなよ」


 リタは、板に大きく書きました。


 『二年ぶん』


「これ、いくら?」


「値のつけようが」


「つけるの。あんた、値がつかないものは仕事にならないって、あたしに教えたじゃん」


 わたくしは、その言葉を覚えておりました。


 銅貨二枚を渡したときのことでございます。


          ◇


「あとさ」


 リタは、板の隅に小さく書き足しました。


「じいさんの石」


「いただいたものでございます」


「もらったけど、あの人、十二年持ってたんでしょ」


「はい」


「その十二年は?」


 わたくしは、答えられませんでした。


「あの人、お代いらないって言ったんでしょ」


「はい。見せに来い、とだけ」


「じゃあ、見せに行くのが代金じゃん」


 リタは、そう言って、板の「石」の欄に線を引きました。


「金額はゼロ。でも、払うものはある。……そういうの、書いとかないと忘れるよ」


 わたくしは、その板を見ておりました。


 この子が値をつけるとき、いつも見ているのは、物ではございません。


 その物のところまで来るのに、誰が何をしたかを見ております。


 結局、金貨十二枚になりました。


 リタが決めました。わたくしは、二度「多すぎます」と申し上げて、二度とも却下されました。


「これでも安いと思うけどね」


「王女殿下のご負担でございます」


「あの人、王女さまでしょ」


「……はい」


「じゃあ払えるよ」


 わたくしは、請求書に金額を書き入れました。


 手が、少し震えました。書き損じると、書き直す紙がございません。


 そして、最後の欄が残りました。


 『作成者』


          ◇


 わたくしは、そこで手を止めました。


 長いこと、止まっておりました。


「なに書くの」


「……」


「ミレイア」


「はい」


「なに書くの、そこ」


 わたくしは、炭を持ったまま、その三文字を見ておりました。


 王家の帳面には、載りません。


 宝物院の記録にも、残りません。


 この指輪は、王家の物ではございません。王女殿下が個人としてお持ちになる、ただの指輪でございます。


 ……ですが、請求書は残ります。


 王女殿下の手元に。あるいは、宮廷の会計の綴りに。


 誰が作ったかを書く欄が、そこにございます。


 わたくしは、これまで一度も、この欄に自分の名を書いたことがございません。


 工房の請求書は、父が書いておりました。作成者の欄には、いつも『オルスト工房』と。


「オルスト工房、って書くの?」


 リタが、訊きました。


「……工房の仕事では、ございません」


「じゃあ」


「はい」


「じゃあ、なに書くの」


 わたくしは、炭の先を紙に置きました。


 置いてから、また止まりました。


 書けばよいのです。四文字でございます。子供の頃から道具箱の蓋の裏に彫ってあった四文字。祖母が「そこなら誰にも消されない」と言って笑った、あの四文字。


 ……手が、動きませんでした。


「あのさ」


 リタが、静かに言いました。


「あたし、名前読むの、十四年かかったよ」


 わたくしは、顔を上げました。


「読んだら決まっちゃうと思ってたから。……でも、読んだら、なんてことなかった」


「はい」


「よく飲みますって書いてあっただけ」


 リタは、そう言って、少し笑いました。


「あんたも、書いたら、なんてことないと思うよ」


 わたくしは、もう一度、紙を見ました。


 そして、書きました。


 『ミレイア・オルスト』


          ◇


 書き終えて、しばらく紙を見ておりました。


 自分の字でございます。癖のある、少し右上がりの字。


 祖母の字に、似ておりました。


「書けたじゃん」


「……はい」


「どう」


 わたくしは、少し考えました。


「なんてことも、ございませんでした」


「でしょ」


 リタは、板を放り出して、窓枠に座りました。


「——で、いくら?」


「は」


「あたし、値つけたじゃん。仲介料」


 わたくしは、笑ってしまいました。


 この子は、いつでも同じことを訊きます。


「おいくらでしょう」


「金貨一枚」


「まあ」


「高い?」


「……いいえ」


 わたくしは、首を振りました。


「安うございます」

お読みいただき、ありがとうございました。


【今日の石】値のつかないものは、仕事になりません。逆に申しますと、値をつけた瞬間に、それは仕事になります。……十日歩いた分にも、三晩寝ていない分にも、本当は値がついております。つけていないのは、たいてい本人だけです。


次回、納品でございます。王宮で、刻印の話がもう一度出ます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ