第27話:リタが値をつけました
納品は、三日後と決まりました。
王宮から使いが参りまして、その日の午前に届けるようにとのことでした。
そして、書付を一枚、置いていかれました。
「請求書を、添えてください」
「……請求書」
「殿下は、ご自分の金子でお支払いになります。ですから、正式な請求の書付が要ります」
わたくしは、その紙を受け取りました。
様式が印刷されております。品目、数量、金額。そして、下のほうに——
『作成者』
という欄がございました。
◇
わたくしは、その欄を、しばらく見ておりました。
「なにこれ」
リタが、覗き込みました。
「請求の書付でございます」
「これ、金額書くとこ?」
「はい」
「いくらにするの」
「……いま、計算しております」
わたくしは、板に炭で書き出しました。
金の目方。石は、いただいたものですので、費用はゼロ。炉の薪代。工具の減り。
それから、手間賃。
「金貨、四枚でいかがでしょう」
リタが、板を覗き込みました。
そして、わたくしの手から炭を取り上げました。
「馬鹿じゃないの」
◇
「あんた、石ゼロで計算してるでしょ」
「いただいたものでございますので」
「もらったって、その石がなきゃできなかったんでしょ」
「はい」
「じゃあ入れなよ」
リタは、板に「石」と書きました。字は、まだ少し歪んでおります。
「あと、探した分」
「探した分、とは」
「あんた、十日歩いたじゃん。六軒回って、王都の外まで行って。あれ、仕事じゃないの」
「見つからなかった十日は、仕事とは申しません」
「見つかるまでが仕事でしょ」
リタは、そう言い切りました。
「あと、三晩寝てない分」
「それは手間賃に」
「入ってない。あんた、一日ぶんで計算してる。三晩は三日でしょ」
わたくしは、板を見ました。
……たしかに、一日で計算しておりました。
「あと」
リタは、そこで炭を止めました。
「……あと、二年ぶん」
「二年」
「あんたが、あの男の左手を見ないでいた二年」
わたくしは、顔を上げました。
「それは、この指輪と関係が」
「あるよ」
リタは、こちらを見ました。
「あんた、あれがなかったら、この仕事してないでしょ」
わたくしは、答えられませんでした。
「捨てられなかったら、工房にいた。工房にいたら、刻印押されて終わりだった。王女さまのとこにも行ってない。……あの二年があって、いまがあるんでしょ」
「……はい」
「じゃあ、入れなよ」
リタは、板に大きく書きました。
『二年ぶん』
「これ、いくら?」
「値のつけようが」
「つけるの。あんた、値がつかないものは仕事にならないって、あたしに教えたじゃん」
わたくしは、その言葉を覚えておりました。
銅貨二枚を渡したときのことでございます。
◇
「あとさ」
リタは、板の隅に小さく書き足しました。
「じいさんの石」
「いただいたものでございます」
「もらったけど、あの人、十二年持ってたんでしょ」
「はい」
「その十二年は?」
わたくしは、答えられませんでした。
「あの人、お代いらないって言ったんでしょ」
「はい。見せに来い、とだけ」
「じゃあ、見せに行くのが代金じゃん」
リタは、そう言って、板の「石」の欄に線を引きました。
「金額はゼロ。でも、払うものはある。……そういうの、書いとかないと忘れるよ」
わたくしは、その板を見ておりました。
この子が値をつけるとき、いつも見ているのは、物ではございません。
その物のところまで来るのに、誰が何をしたかを見ております。
結局、金貨十二枚になりました。
リタが決めました。わたくしは、二度「多すぎます」と申し上げて、二度とも却下されました。
「これでも安いと思うけどね」
「王女殿下のご負担でございます」
「あの人、王女さまでしょ」
「……はい」
「じゃあ払えるよ」
わたくしは、請求書に金額を書き入れました。
手が、少し震えました。書き損じると、書き直す紙がございません。
そして、最後の欄が残りました。
『作成者』
◇
わたくしは、そこで手を止めました。
長いこと、止まっておりました。
「なに書くの」
「……」
「ミレイア」
「はい」
「なに書くの、そこ」
わたくしは、炭を持ったまま、その三文字を見ておりました。
王家の帳面には、載りません。
宝物院の記録にも、残りません。
この指輪は、王家の物ではございません。王女殿下が個人としてお持ちになる、ただの指輪でございます。
……ですが、請求書は残ります。
王女殿下の手元に。あるいは、宮廷の会計の綴りに。
誰が作ったかを書く欄が、そこにございます。
わたくしは、これまで一度も、この欄に自分の名を書いたことがございません。
工房の請求書は、父が書いておりました。作成者の欄には、いつも『オルスト工房』と。
「オルスト工房、って書くの?」
リタが、訊きました。
「……工房の仕事では、ございません」
「じゃあ」
「はい」
「じゃあ、なに書くの」
わたくしは、炭の先を紙に置きました。
置いてから、また止まりました。
書けばよいのです。四文字でございます。子供の頃から道具箱の蓋の裏に彫ってあった四文字。祖母が「そこなら誰にも消されない」と言って笑った、あの四文字。
……手が、動きませんでした。
「あのさ」
リタが、静かに言いました。
「あたし、名前読むの、十四年かかったよ」
わたくしは、顔を上げました。
「読んだら決まっちゃうと思ってたから。……でも、読んだら、なんてことなかった」
「はい」
「よく飲みますって書いてあっただけ」
リタは、そう言って、少し笑いました。
「あんたも、書いたら、なんてことないと思うよ」
わたくしは、もう一度、紙を見ました。
そして、書きました。
『ミレイア・オルスト』
◇
書き終えて、しばらく紙を見ておりました。
自分の字でございます。癖のある、少し右上がりの字。
祖母の字に、似ておりました。
「書けたじゃん」
「……はい」
「どう」
わたくしは、少し考えました。
「なんてことも、ございませんでした」
「でしょ」
リタは、板を放り出して、窓枠に座りました。
「——で、いくら?」
「は」
「あたし、値つけたじゃん。仲介料」
わたくしは、笑ってしまいました。
この子は、いつでも同じことを訊きます。
「おいくらでしょう」
「金貨一枚」
「まあ」
「高い?」
「……いいえ」
わたくしは、首を振りました。
「安うございます」
お読みいただき、ありがとうございました。
【今日の石】値のつかないものは、仕事になりません。逆に申しますと、値をつけた瞬間に、それは仕事になります。……十日歩いた分にも、三晩寝ていない分にも、本当は値がついております。つけていないのは、たいてい本人だけです。
次回、納品でございます。王宮で、刻印の話がもう一度出ます。




