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婚約破棄されましたが、その婚約指輪を作ったのはわたくしです 〜石は誓いを覚えておりますので〜  作者: 瑠璃宮あかり


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第26話:三晩

 一晩目は、環を作ります。


 金を溶かす。棒に伸ばす。丸める。継ぎ目を合わせる。


 合わせ目は、見えてはいけません。見えないように継ぐには、削って、合わせて、また削ります。何度も。


 アネットが、脇に立っておられました。


「なぜ、そんなに削るのですか」


 一つ目の質問でございました。


「継ぎ目に、力が集まりますので」


「力」


「指に嵌めますと、環は少しずつ広がります。人の指は、朝と夕方で太さが違いますので。広がって、戻って、広がって、戻る。何十年も」


 わたくしは、やすりを動かしました。


「そのたびに、いちばん弱いところに力が集まります。継ぎ目が弱いままですと、そこから割れます」


「何十年も先の話ですね」


「はい」


「そのころには、作った者はもうおりませんね」


「おりません」


 わたくしは、手を止めずに申し上げました。


「ですから、削ります」


 アネットは、それ以上訊かれませんでした。


          ◇


 二晩目は、座を起こします。


 いちばん時間がかかるところです。


 石を三つ、横に並べる。真ん中をわずかに高くする。その高さの差が、ほんのわずかでなければなりません。高すぎると真ん中だけが目立ち、低すぎると光の道ができません。


 わたくしは、三度、起こしては潰しました。


「潰すのですか」


 二つ目の質問でございました。


「潰します」


「もったいのうございます」


「金は溶かせば戻ります」


 わたくしは、潰した座を、るつぼへ入れました。


「石は戻りませんが、金は戻ります。……ですから、迷ったら金のほうを潰します」


 三度目を潰したとき、アネットが小さな声で言われました。


「……わたし、十一潰しました」


「はい」


「お義姉さまでも、潰されるのですね」


「潰します」


 わたくしは、るつぼを覗きました。


「潰す数は、たぶん、減りません。減るのは、潰すまでの時間です」


「時間」


「はい。三年前のわたくしは、これを潰すのに半日かかりました。駄目だと分かってから、認めるまでに半日」


 わたくしは、金の溶けるのを見ておりました。


「いまは、四半刻でございます」


 アネットは、しばらく黙っておられました。


「……それは、上手になったということですか」


「諦めが早くなっただけかもしれません」


 四度目に、通りました。


 真ん中の座が、両脇より、髪の毛一本ぶんだけ高うございます。


 わたくしは、それを灯りに近づけました。


 光が、真ん中に当たって、両脇へ流れました。


 ……いけます。


          ◇


 夜が明ける前に、リタが炉の火を落としました。


 この子は、いつのまにか火の番を覚えました。誰も教えておりません。三日、見ていただけです。


「寝なよ」


「あと少しでございます」


「あんた、昨日もそう言ってた」


「昨日もあと少しでございました」


 リタは、舌打ちをしました。


 それから、椅子を持ってきて、わたくしの後ろに置きました。


「座って」


「立ってやる仕事でございます」


「爪を立てるとき、手が震えてたよ」


 わたくしは、手を止めました。


 ……震えておりました。


 自分では気づいておりませんでした。


「見ておられたのですね」


「見てた」


「はい」


 わたくしは、椅子に座りました。


 座ってやる仕事ではございませんが、震えたまま爪を起こすよりは、よほどましでございます。


          ◇


 三晩目に、石を嵌めます。


 一つ目。


 左の石を座に落として、爪を四本、順に倒す。強すぎず、弱すぎず。


 二つ目。


 右の石。同じ高さで、同じ角度で。


 三つ目。


 真ん中。


 いちばん最後に、いちばん大事なものを嵌めます。両脇が決まっていないと、真ん中の高さが決まらないからです。


 息を吸って、止めます。


 鏨。


 押します。叩きません。


 一本。


 二本。


 三本。


 四本。


 息を、吐きました。


          ◇


 顔を上げますと、仕事場の窓が白くなっておりました。


 アネットが、椅子に座ったまま眠っておられました。リタは、炉の脇で丸くなっております。


 父が、入口に立っておりました。


 いつからおられたのかは、分かりません。


「……できたか」


「はい」


「見せろ」


 わたくしは、指輪を差し出しました。


 父は、受け取って、窓の光にかざされました。


 しばらく、そうしておられました。


 それから、逆さにして、座の裏をご覧になりました。


「……透かしてあるな」


「はい」


「下から光を入れるのか」


「はい」


「……なるほど」


 父は、そう言って、もう一度表を見られました。


「三つとも、同じ石だ」


「四十年前の、北の鉱脈のものです」


「もう出んな、これは」


「はい」


 父は、指輪を布の上に戻されました。


 そして、しばらく黙っておられました。


「刻印は」


「押しません」


 わたくしは、そう申し上げました。


「これは工房の仕事ではございません。王女殿下が、個人としてわたくしにご注文くださったものです。……炉はお借りしました。お代はお支払いいたします」


「要らん」


「いただいてください」


「要らん」


 父は、そう言われました。


「……代わりに、一つ訊く」


「はい」


「裏に、何を入れた」


 わたくしは、顔を上げました。


 父は、こちらを見ておりました。


「線を、二本」


「そうか」


 それだけでございました。


 父は、仕事場を出ていかれました。


          ◇


 その日の午後、レンフォード様がいらっしゃいました。


 わたくしが仕事台で眠っておりましたので、リタが起こしたそうでございます。


「……見てもいいか」


「どうぞ」


 この方は、指輪を持ち上げられました。


 右手で持って、左手を下に添えて。


 窓の光にかざされました。


 三つの淡青が、光を渡していきました。


「……並んでいるな」


「はい」


「一つでは、こうならないのか」


「なりません」


 わたくしは、そう申し上げました。


「一つでは、暗いところで消えます。三つあると、石と石のあいだで光が跳ねますので、消えません」


 レンフォード様は、しばらくそれを見ておられました。


「……ひとりで光る石は、暗いところでは消える、か」


「はい」


「なるほど」


 この方は、指輪を布の上に戻されました。


 そして、こちらを見られました。


「あなたは、いま、ひとりではないな」


 わたくしは、返事をしそこないました。


 仕事場では、アネットがまだ眠っておりました。炉の脇では、リタが丸くなっておりました。東の川沿いの蔵には、十二年しまい込んでいた石をくださった方がおられます。


 ……ひとりでは、この指輪はできておりません。


「はい」


 わたくしは、そう申し上げました。


「ひとりでは、ございません」

お読みいただき、ありがとうございました。


【今日の石】三つの石を嵌めるときは、真ん中を最後に嵌めます。両脇が決まらないと、真ん中の高さが決まらないからです。……いちばん大事なものを、いちばん最後に置く。石の仕事は、たいていそういう順番でできております。


次回、リタが値をつけます。この物語で、いちばん高い値になる予定です。

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