第23話:王女殿下は、暗い場所の話をなさいました
王宮からの使いが五番通りに来たとき、通りの方々が全員出てこられました。
無理もございません。この道に、白い馬が二頭も入ってきたのです。
「ミレイア・オルスト殿はこちらか」
「わたくしでございます」
「王女殿下がお呼びである。明日、午前」
使いの方は、それだけ言って、書状を置いて帰られました。
わたくしは、その書状を持ったまま、しばらく立っておりました。
「……何それ」
リタが、袖を引きました。
「王宮へ来い、と」
「なんで」
「分かりません」
◇
その夜、レンフォード様がいらっしゃいました。
いつもの日ではございませんでした。
「話は、聞いたか」
「王宮から書状が参りました」
「そうか」
この方は、戸口で少し言いにくそうにしておられました。
「……私が、話した」
「はい?」
「王太子殿下と話す機会があった。母の指輪の話になった。十一人に断られた石が直ったと言ったら、殿下が妹君に話された」
「まあ」
「勝手にすまん」
「いいえ」
わたくしは、首を振りました。
「ただ、少し驚いております」
「王女殿下は、いま婚礼指輪のことで難儀しておられるらしい」
「通ったのは、宮廷の工房と伺いました」
「通った。意匠も決まった。だが、殿下がご不満だそうだ」
レンフォード様は、そう言われました。
「理由は聞いていない。ただ、殿下は『職人と直に話したい』と言っておられるとか」
◇
翌日、王宮の東の棟へ通されました。
通されたのは、謁見の間ではございませんでした。日当たりのよい、小さな部屋でした。書物が積んであり、窓辺に鉢植えが並んでおります。
王女殿下は、思っていたよりお若うございました。
十九か、二十歳ほど。婚礼が来春だと伺っておりましたので、そのくらいでございましょう。
「あなたが、レンフォード卿の指輪を直した方」
「ミレイアと申します」
「座って」
わたくしは、勧められた椅子に座りました。
殿下は、机の上に紙を広げておられました。
……わたくしの意匠図でした。
「これ、あなたのものね」
「はい」
「受付で断られたそうね。刻印がないからと」
「はい」
「捨てられずに残っていたのは、役人が几帳面だったから。断ったものも三月は保管する決まりなのですって」
殿下は、図面の一枚を指されました。
座の裏を描いた図です。
「なぜ、裏まで描いたの」
「そこが、いちばん大事でございますので」
「見えないところでしょう」
「見えませんが、光は通ります」
わたくしは、身を乗り出しました。
「王家の婚礼指輪は、婚礼のあと、宝物庫へ納められると伺いました」
「ええ」
「宝物庫は、暗うございますね」
殿下の手が、止まりました。
「……ええ」
「大きな石を一つ嵌めた指輪は、暗いところでは黒く沈みます。光が入ってこないので、返すものがないのです。……ですから、小さな石を三つにして、石と石のあいだに光の道を作ります。わずかな灯りでも、石の間で光が跳ねて、消えません」
わたくしは、図の裏面を指しました。
「そのために、座の裏を透かします。ここが詰まっていますと、下からの光が入りません」
殿下は、しばらく図面を見ておられました。
それから、こう言われました。
「宮廷の工房の意匠は、大きな石が一つよ」
「立派なものと存じます」
「立派です。とても。……お披露目の日は、それは美しく見えるでしょう」
殿下は、そこで少し黙られました。
「そのあと、六十年、暗いところにあるのだけれど」
◇
「わたくしは、あの部屋を見たことがあるの」
殿下は、窓のほうを向かれました。
「宝物庫。子供の頃に一度だけ、母に連れられて」
「はい」
「棚に、箱が並んでいるだけの部屋でした。灯りは、入口に一つ。……歴代の婚礼指輪が、その中に入っています」
「はい」
「箱を開けていただいたの。四つほど。中の指輪は、どれも黒く見えました。石がついているはずなのに、みんな黒くて」
殿下は、そこで、少し笑われました。
「そのとき、わたくし、こう思ったのです。——ここに入っている人たちは、みんな、この暗いところにいるのだと」
わたくしは、何も申し上げませんでした。
「馬鹿げているでしょう。指輪と人は違うのに」
「いいえ」
「いいえ?」
「石は、暗いところでも生きております」
わたくしは、そう申し上げました。
「見えないだけでございます。見えないのと、無いのとは、違います」
殿下は、こちらを見られました。
しばらく、そうしておられました。
「……あなたに、頼みたいのだけれど」
「はい」
「一つ、困ったことがあるの」
殿下は、図面を揃えられました。
「あなたには、工房の刻印がない。応募の資格がなかったのは、そのためでしょう」
「はい」
「王家の帳面に、刻印のない者の名は載せられません。それは、わたくしにも動かせない決まりです」
「存じております」
「けれど」
殿下は、机の引き出しから、一枚の紙を出されました。
「これは、応募とは別の仕組みです。御用達ではなく、私事の注文。わたくしが個人として、自分の金子で誰かに物を頼むぶんには、宝物院の帳面は関係ありません」
「……はい」
「婚礼指輪は、王家の物になります。けれど——婚礼の日に、わたくしが自分の指に嵌めていくものが、もう一つあってはいけないという決まりは、ありません」
わたくしは、顔を上げました。
「もう一つ」
「二つ作らせます」
殿下は、はっきりと言われました。
「宮廷の工房には、王家の婚礼指輪を。予定どおりに」
「はい」
「あなたには、わたくしの指輪を」
◇
部屋を出て、廊下を歩きながら、わたくしは自分の手を見ておりました。
指先が、冷たくなっておりました。
王家の物ではございません。宝物庫にも入りません。帳面にも載りません。
ただ、王女殿下がご自分の指に嵌める指輪でございます。
……それは、たぶん、わたくしがこれまで受けたどの仕事より、名前の残らない仕事です。
そして、たぶん、いちばん多くの人に見られる仕事でもございます。
廊下の角を曲がったところで、人とすれ違いました。
黒に近い紫の外衣。白い手袋。
大公妃殿下でございました。
その方は、わたくしを見て、足を止められました。
「……オルストの娘ですね」
「はい」
「王女殿下に、何を吹き込みました」
わたくしは、頭を下げました。
「暗い場所の話を、いたしました」
お読みいただき、ありがとうございました。
【今日の石】宝物庫に納められた指輪が黒く見えるのは、石が死んだからではありません。返す光が無いからです。……見えないのと、無いのとは違います。この作品で、いちばん言いたかったことの一つでございます。
次回、ミレイアは石を探しに参ります。三つ揃った石が、王都のどこにも無いのです。




