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婚約破棄されましたが、その婚約指輪を作ったのはわたくしです 〜石は誓いを覚えておりますので〜  作者: 瑠璃宮あかり


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15/19

第15話:買われた名前が、並びました

 締切の日、宝物院の東の門には、朝から人が集まっておりました。


 最終日に出す工房が多いのです。ぎりぎりまで見本を磨くからでございます。


 わたくしは、その門の前に立っておりました。


 後ろに、十人。


 鍋の修理をしている老人。荷運びをしている男。宿屋の下働きの女。日雇いの石工。みなさん、仕事着のままでいらっしゃいました。声をかけたのはリタで、話をしたのはわたくしです。


「本当に、来ていただけるとは思いませんでした」


 わたくしがそう申し上げますと、グリューン工房のご老人が、笑われました。


「来るさ。……こっちは十二年、何も言えなかったんだ」


          ◇


 受付の机には、帳面が広げられておりました。


 朱の判が、もう五十以上並んでおります。


 その脇に、樽のような体格の方が立っておられました。


「やあ」


 ボルツ様が、こちらを見ました。


「刻印を持たない人が、何の用かね」


「応募には参りません」


「では」


「証文を、お持ちいたしました」


 わたくしは、布包みを机の上に置きました。


 役人の方が、顔を上げられました。


「……何です、これは」


「刻印譲渡証の写しでございます。十一枚」


「はあ」


「本日この帳面に押されている判のうち、七つが、この十一枚の刻印によるものです。宝石商組合の会頭が、七つの工房の名で応募しておられます」


 役人の方が、帳面をめくられました。


 ボルツ様は、動じておられませんでした。


「正式に譲り受けたものだ。証文もある。そこにあるのがそれだろう」


「はい」


「では何の問題がある」


「問題がある、とは申し上げておりません」


 わたくしは、証文を三枚、机の上に並べました。


「役人さま。この三枚を、光にかざしていただけますでしょうか」


          ◇


 役人の方は、怪訝な顔をされながら、三枚を持ち上げられました。


 窓の光に透かされました。


「……」


「日付をご覧ください。四年前の春、三年前の秋、二年前の冬でございます」


「はい」


「判の圧を、ご覧ください」


 役人の方の手が、止まりました。


 紙を近づけたり離したりして、しばらく見ておられました。


 それから、四枚目を取られました。五枚目も。


 十一枚、全部を並べられました。


「……全部、同じですね」


「はい」


「同じ日に押されている」


「わたくしはそう思いましたが、判断はわたくしのすることではございません」


 役人の方が、ボルツ様を見上げました。


「会頭。これは」


「写しだよ」


 ボルツ様は、平然としておられました。


「原本は組合にある。写しを作るときにまとめて押したのだろう。何もおかしくない」


「では」


 わたくしは、申し上げました。


「原本を、お出しいただけますでしょうか」


 ボルツ様の顔から、笑みが消えました。


「……なぜ、あんたに出す必要がある」


「わたくしにではございません。役人さまに、でございます」


 わたくしは、後ろを振り返りました。


「それから、こちらの方々に」


          ◇


 十人が、門の前に並んでおられました。


 誰も、何も言いませんでした。


 言わなくてよいと、あらかじめ申し上げてありました。何か言えば、言い分になります。言い分は、争いになります。争いになれば、証文を持っている側が勝ちます。


 ですから、ただ立っていただきました。


 その方々の顔を、役人の方が見ておられました。門の前を通る工房の方々も、足を止めて見ておられました。


「……あの方々は」


「グリューン工房、ヴァイデ工房、ケラー工房——十の工房の、元の親方でございます」


 わたくしは、机に向き直りました。


「刻印を売られた方々です。売ったこと自体は、責められることではございません。畳むときに、値のつくものは売ります。当たり前のことです」


「はい」


「ただ、その方々は今日ここに立っておられます。ご自分の名前が、今日この帳面に押されるのを、見に来られました」


 役人の方は、帳面を見下ろされました。


 朱の判が、五十以上。


「……会頭」


「原本は」


 ボルツ様が、口を開かれました。


「原本は、組合の蔵にある。持ってくるには時間が要る」


「締切は本日の夕刻でございます」


「間に合わせる」


「では、それまで七件は保留といたします」


 役人の方は、帳面に印をつけられました。


          ◇


 その時でした。


 門の内側から、人が出てまいりました。


 衛士が二人、その後ろに、年配の女性が一人。


 黒に近い紫の外衣。白い手袋。髪はきれいに結い上げておられます。


 周りの空気が、変わりました。工房の方々が、いっせいに膝を折られます。


「何の騒ぎです」


 低い、落ち着いた声でした。


「大公妃殿下」


 役人の方が、深く頭を下げられました。


「応募のうち七件に、書面の疑義が出ております」


「疑義」


「刻印の譲渡証の日付と、押印が」


 その方は、机の上の証文を一瞥されました。


 ほんの一瞬でございました。


「では、七件は無効になさい」


「は」


「疑わしいものを王家の帳面に載せてはなりません。以上」


 あっさりしたものでした。


 ボルツ様が、口を開きかけて、閉じられました。


 大公妃殿下は、そのまま歩き出されました。


 わたくしの前を通られるとき、足を止められました。


「そなたが持ち込んだのですか」


「はい」


「工房は」


「ございません」


「名は」


「ミレイア・オルストと申します」


「オルスト」


 その方は、少しだけこちらを見られました。


 目が合いました。


 何の感情も、読み取れませんでした。


「……なぜ、このようなことを」


「あの方々の名前が、勝手に使われておりましたので」


 大公妃殿下は、しばらく黙っておられました。


 それから、こう言われました。


「名前」


「はい」


「職人の名など、誰も見ておりません」


 その方は、証文の束に目をやられました。


「王家の物に、職人の名は要りません。要るのは、物が良いか悪いかだけです。……そなたも、そのうち分かります」


 そして、行かれました。


 衛士が二人、後に続きました。


          ◇


 その日の夕刻、原本は出てまいりませんでした。


 七件は無効となり、帳面から消されました。


 組合の会頭が刻印を買い集めていたことは、その日のうちに王都中へ広がりました。


 そして、翌朝。


 もう一つのことが分かりました。


 リタが集めてきた十一枚のうち、一枚を、わたくしは最後まで読んでおりませんでした。


 束の一番下にあった一枚です。


 工房の名は——オルスト。


 署名は、父のものではございませんでした。


 セドリック・ヴェルナー、と書いてございました。

お読みいただき、ありがとうございました。


【今日の石】十人は、何も言いませんでした。言えば言い分になり、言い分は争いになり、争いは証文を持っている側が勝ちます。……ただ立っているだけの人が十人並ぶと、証文よりよく見えることがあります。


大公妃殿下のお言葉は、覚えておいてくださいませ。この物語は最後、あの一言に返事をすることになります。


次回、オルスト工房の刻印が、なぜヴェルナー家の署名で売られていたのか。父が知っていたのかどうかを、確かめに参ります。

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