第14話:応募資格がございません
意匠図は、七日で描き上げました。
王女殿下の婚礼指輪でございます。
わたくしが考えたのは、石を三つ使うものでした。中央に大きな石を置くのではなく、同じ大きさの石を三つ、横に並べる。真ん中がわずかに高くなるように座を起こして、光が三つの石を渡っていくようにする。
理由がございます。
王家の婚礼指輪は、婚礼のあと、宝物庫に納められます。日の当たらない場所に、何十年も置かれます。
大きな石を一つだけ使いますと、暗いところでは石が黒く沈みます。小さな石を三つにして、間に光の通る道を作っておきますと、わずかな灯りでも石の間で光が跳ねて、暗がりでも消えません。
誰も見ない場所に置かれる指輪だからこそ、暗いところで生きる意匠にしたかったのです。
図は、三枚描きました。正面、横から、そして座の裏。
裏の図まで描く応募はたぶん少ないだろうと思いましたが、わたくしはそこが一番大事だと思っておりましたので、描きました。
◇
受付所は、王立宝物院の東の門にございました。
朝早く参りましたのに、もう列ができておりました。
どの工房も、親方らしい方と、荷物を持つ弟子とで来ておられます。皮の筒に図面を入れて、木箱に見本を入れて。
わたくしは、布に包んだ図面を抱えて、列の最後尾に並びました。
前の方が、こちらを何度か振り返られました。
列が進みます。
前に並んでおられるのは、南通りの工房の親方でした。弟子が二人、木箱を抱えて後ろに立っております。
その弟子の一人が、箱を開けて、中の見本を確かめておりました。
布に包まれた指輪が、三つ。
わたくしは、つい見てしまいました。座の起こし方が、丁寧でございます。爪の高さも揃っております。……悪くない仕事でした。
親方が、弟子の手元を覗いて、何か言われました。弟子が、慌てて布を掛け直しました。
その様子を見ながら、わたくしは、少し妙な気持ちになりました。
あの弟子は、あの指輪を自分で作ったのかもしれません。あるいは、親方が作ったのかもしれません。どちらであっても、あの箱に入っている物は「南通りの工房の作」として受け付けられます。
それは、当たり前のことでございます。
三月前のわたくしは、それを当たり前だと思っておりました。
一つ前になったとき、前を歩いていた方が受付の机で、木の板を出されるのが見えました。工房の刻印です。役人の方がそれを受け取って、朱肉をつけて、帳面に押しておられました。
ああ、と思いました。
帳面に押すのです。
応募の帳面に、刻印が並ぶのです。
「次の方」
わたくしは、机の前に立ちました。
「工房のお名前を」
「……ございません」
役人の方が、顔を上げられました。
「は?」
「工房の名は、ございません。五番通りで、石の直しをしております」
「あー」
その方は、少し困った顔をされました。悪い方ではなさそうでした。
「触書きはご覧になりましたか」
「はい」
「では、条件はご存じですね。刻印を有すること、と」
「持っておりません」
「では、受け付けられません」
「意匠図だけでも、ご覧いただくことは」
「できません」
その方は、はっきりとおっしゃいました。
「決まりですので。……申し訳ないが、次の方が待っておられる」
「はい」
わたくしは、頭を下げました。
「お手数をおかけいたしました」
「あの」
立ち去ろうとしたときに、呼び止められました。
「……お気の毒ですが、私にはどうにも」
「存じております」
わたくしは、もう一度頭を下げました。
「決まりを作ったのは、あなた様ではございませんので」
その方は、困った顔のまま、机の下から木の箱を出されました。
「……受け付けられぬ物も、三月は保管する決まりでしてね。捨てはいたしません」
「はい」
「置いていかれますか」
わたくしは、少し迷いました。
持って帰っても、お見せする相手がおりません。
「……お願いいたします」
図面は、その箱に入りました。
◇
門を出ようとしたところで、名前を呼ばれました。
「お義姉さま」
列の中ほどに、アネットが立っておりました。
隣に、父がおりました。手に、皮の筒を持っております。
父は、こちらを見ました。
目が合いました。
何か言われるかと思いました。何を言われるのだろうと思いました。
父は、何も言いませんでした。
列が一つ進んで、父は前を向きました。
アネットが、まだこちらを見ておりました。何か言いたそうな顔をしておりました。
わたくしは、少し頭を下げて、門を出ました。
◇
五番通りへ戻る道を、遠回りいたしました。
三番通りを通りました。
オルスト工房の前で、足を止めました。
扉の刻印。菱形の中に、二本の線。その下の、削られた跡。
わたくしは、そこに立って、しばらく考えておりました。
考えていたのは、意匠のことではございません。
あの帳面のことでした。
王家の応募の帳面に、刻印が並びます。何十という工房の名前が、朱で並びます。あの帳面は、たぶん残ります。何十年も、宝物院のどこかに。
誰が応募したかの記録として。
わたくしの名前は、そこにございません。
……ございませんし、この先も、どこにもございません。
わたくしが三年で組んだ三百九十七の指輪には、全部あの菱形が押してあります。あれを買った方々の家に、あの菱形が残ります。
百年後に誰かがそれを見て、「オルスト工房は良い仕事をした」と言うでしょう。
それでいいのだと、ずっと思っておりました。
石が良ければ、それでいいと。
……いま、そうは思えなくなっております。
◇
部屋へ戻りますと、リタが待っておりました。
仕事台の上に、布包み。
「十一枚」
「……まあ」
「あと三人。一人は死んでた。二人は王都出てる」
「よく、ここまで」
「あんたの銅貨、全部使ったよ」
リタは、そう言って、それからわたくしの顔を見ました。
「……どうだった。受付」
「断られました」
「そっか」
「刻印がございませんので」
「うん」
リタは、それ以上訊きませんでした。
わたくしは、椅子に座りました。
手ぶらでございました。図面は、あの木の箱の中です。
しばらく、そうしておりました。
「リタ」
「なに」
「刻印というのは、押した者のものだそうです」
「うん、聞いた」
「わたくしは、その言い方が、ずっと引っかかっておりました」
わたくしは、布包みを見ておりました。リタが集めてきた、十一枚の証文を。
「押した者のものであるなら」
わたくしは、顔を上げました。
「押させないようにするしか、ございませんね」
リタが、まばたきをしました。
それから、にやりと笑いました。
舌打ちを、一つ。
「——で、いくら?」
お読みいただき、ありがとうございました。ここまでが第2章でございます。
【今日の石】暗い場所に置かれる石は、大きな一つより、小さな三つのほうが長く光ります。石と石のあいだで、光が跳ねるからです。……ひとりで光る石は、暗いところでは消えます。
次章、ミレイアが動きます。手元にあるのは、証文が十一枚。それだけです。
【ブックマーク】と【評価】をいただけますと、次章の炉の薪代になります。今度こそ、炉を使うことになりそうですので。




