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婚約破棄されましたが、その婚約指輪を作ったのはわたくしです 〜石は誓いを覚えておりますので〜  作者: 瑠璃宮あかり


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13/18

第13話:「作ってみせて」と言われて

 アネットが五番通りに来たのは、雨の日でした。


 傘を持たずに来たようで、肩が濡れておりました。ドレスの裾に泥が跳ねております。この道は、雨が降ると水が溜まるのです。


 戸口に立って、しばらく黙っておりました。


「どうぞ」


「……いえ」


「濡れます」


「すぐ帰りますから」


 アネットは、中を見ておりました。


 部屋の中を。仕事台と、道具箱と、板を渡した窓際を。


「ここに、住んでいらっしゃるの」


「はい」


「炉は」


「ございません」


「そう」


 それきり、また黙りました。


 わたくしは、椅子を差し出しました。アネットは座りませんでした。


「この前は」


「はい」


「……ありがとう、と言うべきなのかしら」


「石が見つかってよろしゅうございました」


「石」


 アネットは、そこで少し笑いました。


「お義姉さまは、いつも石ですのね」


「ほかに分かることがございませんので」


「そう」


 雨の音が、しておりました。


「意匠図を、出すことになりました」


 アネットは、そう言いました。


「王家の」


「はい。お父さまが、ぜひにと」


「そうですか」


「見本の一点も、要るのですって」


「ええ。触書きにございました」


「わたしが、作ることになっています」


 わたくしは、アネットの顔を見ました。


 アネットは、こちらを見ておりませんでした。窓の外の、雨の落ちる樋のあたりを見ておりました。


「ヴェルナー様が、そうおっしゃったの。三代目の作でなければ意味がない、と」


「……はい」


「お父さまも、そうだと」


「はい」


「わたし、」


 アネットの唇が、動きました。


 言葉が出てくるまでに、少し時間がかかりました。


「わたし、この十日で、座を四つ潰しました」


          ◇


 わたくしは、椅子をもう一度差し出しました。


 今度は、座られました。


「爪が、立たないの」


 アネットは、自分の手を見ておりました。


「起こすと、折れるのです。押しているつもりなのに、折れて。……力の加減が、分からなくて」


「木槌は使っておられますか」


「使っています。柄で押すのでしょう」


「柄のどのあたりで」


「……真ん中」


「端でございます」


 わたくしは、道具箱から木槌を出しました。


「柄の端を持って、鏨の頭に当てます。真ん中を持つと、力がまっすぐ入ります。まっすぐ入ると、爪は折れます」


 アネットは、木槌を見ておりました。


「……そういうことを、誰も教えてくださらないの」


「はい」


「お父さまは、忙しいから、と」


「はい」


「職人の方に訊いても、笑われて」


「はい」


 わたくしは、木槌を仕事台に置きました。


「アネット」


「なあに」


「工房で、どなたに教わりましたか」


 アネットは、答えませんでした。


 しばらくして、小さく首を振りました。


「誰にも」


「一度も」


「一度も」


 雨が、少し強くなりました。


「わたし、十四のときにあの家へ入りました。お母さまが亡くなって、お父さまが再婚なさって。……そのときにはもう、お義姉さまが仕事場にいらっしゃったでしょう」


「はい」


「お義姉さまは、朝から晩までそこにいらして。お父さまも、お祖母さまも、みんなそこにいて。わたしは、入っていっていい場所なのか分かりませんでした」


「……」


「訊けばよかったのでしょうね。今なら分かります。でもあのときは、訊いたら『来なくていい』と言われる気がして」


 アネットは、膝の上で手を組みました。


 白くて、細くて、綺麗な手でした。


「そうしているうちに、お客さまが『三代目の作は』とおっしゃるようになって。お父さまが『そうだ』とお答えになって。……止める機会が、どこにもありませんでした」


「アネット」


「はい」


「いまから、覚えられますか」


 アネットは、顔を上げました。


「……え」


「爪の起こし方は、ひと月あれば覚えられます。三年かければ、座も作れます」


「ひと月」


「ええ。ただ、王家の見本には間に合いません」


 アネットは、そこで少し笑いました。


 泣きそうな笑い方でした。


「間に合わないと、困るのです」


「はい」


「困るのは、わたしではなくて」


 その先は、言われませんでした。


 わたくしは、木槌を仕事台に戻しました。


「アネット」


「はい」


「一つ、伺ってもよろしいでしょうか」


「なんでしょう」


「ヴェルナー様は、この一月のあいだに、工房へ何度いらっしゃいましたか」


 アネットは、答えるまでに間がございました。


「……二度」


「二度」


「いえ、三度です。最初の日を入れると」


「その三度で、あなたが座を作っているところを、ご覧になりましたか」


 アネットは、首を横に振られました。


「見せてくれ、とも言われません」


 わたくしは、うなずきました。


「そうでございましょうね」


「……どういう意味ですか」


「あの方は、物を見ない方でございます」


 わたくしは、そう申し上げました。


「二年間、ご自分の指の石が光を返していないことにも、お気づきになりませんでした」


 アネットが、こちらを見ました。


 何かを言いかけて、やめられました。


          ◇


 アネットは、雨が小降りになってから帰られました。


 傘をお貸ししましたが、要らないと言われました。


 戸口を出るとき、一度だけ振り返って、


「あの」


「はい」


「お義姉さまは、なぜ、わたしに教えてくださるの」


 と、言われました。


 わたくしは、少し考えました。


「爪の起こし方は、わたくしのものではございませんので」


「……え?」


「祖母に教わりました。祖母も、誰かに教わったのだと思います。わたくしのところで止める理由が、ございません」


 アネットは、しばらく立っておりました。


 それから、雨の中へ出ていかれました。


          ◇


 その夜、リタが戻ってまいりました。


 ずぶ濡れで、袖の中から布包みを出しました。


「四枚。これで七枚」


「まあ」


「あと七人。……ねえ、さっきの子、誰」


「義妹です」


「あー」


 リタは、髪を絞りながら言いました。


「あの子、泣いてたよ。表の角んとこで」


 わたくしは、窓の外を見ました。


 雨はもう上がっておりました。樋の水が、まだ落ちておりました。


「……そうですか」


「あんた、何か言ったの」


「爪の起こし方を」


「は?」


「木槌は、柄の端を持つのだと」


 リタは、わたくしを見ました。


 それから、盛大に舌打ちをしました。


「あんた、ほんっとうに、馬鹿だね」

お読みいただき、ありがとうございました。


【今日の石】木槌は、柄の端を持ちます。真ん中を持つと力がまっすぐ入って、爪が折れます。……これは三日で覚えられることです。教われば。


次回、第2章の終わりでございます。ミレイアは王家の応募について、はっきりと答えをもらいます。

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