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魔法が使えないと冷遇される世界を、悪女は手品で立ち回る!  作者: 竹間単
◆第六章 いざ敵陣へ!

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●32


 レモンの中からカードを取り出す手品のように、そっくりな見た目のものが別の形状を取っていると、人は案外簡単に騙される。

 レモンから取り出した細く丸められたカードが、最初に見たカードとは似て非なる物だったとしても、そのことに気付く人間はごく少数だ。


 今、檻の中にいるネズミ君はあたしの服を着ることに失敗して、両腕を首と同じ穴から出している。その結果、何も入っていない袖がぶらんとした、とてもおかしな恰好になっている。

 しかしあたしはこれを直す指示は出さなかった。

 おかしな恰好をすることでレティシアの気を散らせば、檻の中にいるのがあたしのダミーだと気付かれにくくなると思ったからだ。


「まったく今日は何なのよ。本も落ちるし、カップも落ちるし、花瓶も落ちるし。この屋敷、幽霊でもいるのかしら」


 地下室の入り口から光が降り注ぎ、不満を言いながらレティシアが階段を下りてきた。

 階段を下りきったところが狙い目。これを外すと、もうチャンスは無い。

 なお本物のあたしは地下室の中、机の陰に隠れている。

 服はネズミ君に貸しているため、下着姿だ。


「マリッサ、良い子にしていた……って、なにをしているの? もう狂っちゃったとは言わないわよね?」


 レティシアが檻の中のあたしの着衣の乱れに驚いている。

 けれどあのあたしがダミーだとは気付いていないようだ。


「もしかしてマリッサ、わたくしを笑わせることで解放してもらおうとでも思っているの? 解放なんてしないわよ」


 馬鹿にしたように鼻で笑いながら、レティシアが階段を下りてくる。


 あと五歩、四歩、三歩……。

 ごくりと生唾を飲み込む。

 二歩、一歩……今だ!!


「やあっ!!!!!」


「なあっ、がはっ!?!?」


 あたしは右こぶしをレティシアの横っ面目がけて打ち込んだ。

 次に振り向いたレティシアの顔を正面から殴る。力いっぱい。


「あっ、なん……痛っ!?」


 ダメ押しとばかりに、転んだレティシアの腹にもう一発。

 いきなり三発も殴られたレティシアは、顔と腹を押さえながらうずくまった。

 あたしはそんなレティシアの首根っこを持って、檻の近くまで引きずる。

 そして檻の扉を開けると、中にレティシアを蹴り入れた。

 あまりにもスムーズな行動だったため、レティシアは自身に何が起きているのか理解すら出来ていないだろう。


「ネズミ君、早く檻から出てきて。今なら服ごと出られるでしょう?」


 ネズミ君がぷるぷると震えながら檻の中から出てきたことを確認したあたしは、檻のカギを閉めた。


「……マリッサが、二人?」


 やっと事態に気付いたらしいレティシアが、蚊の鳴くような声で呟いた。


「ああ、目がチカチカしちゃってるのね。あたしは一人よ。こっちはダミー」


「ダミー……?」


 レティシアにはネズミ君の顔がきちんとは見えていないようだ。見えているなら「マリッサが二人」なんて表現にはならないだろうから。


「そろそろ服を着るから、ネズミ君は元の姿に戻ってね」


 あたしの発言を聞いたネズミ君は一瞬でネズミの姿に戻った。

 そして身体が縮んだことで落ちてきたあたしの服の隙間から這い出てきた。


「ふう、寒かった。地下室って冷えるのね」


 あたしが服を着る様子を、ネズミ君が震えながら見つめている。

 その視線で、なんとなく彼の言いたいことが分かった。


「服の着方を間違えたことを、あたしが怒ってるとでも思ってるのかしら」


『チュウ……』


「怒ってなんかないわよ。むしろ間違えた方が正解だったかも」


 あたしが笑いながらそう言うと、意外にもネズミ君はまだ震えながらあたしのことを見上げている。


「ネズミ君も寒いのかしら。早く地下室から出ましょうね」


『チュー……』


 なんだろう、この反応は。

 もしかするとネズミ君は寒くて震えているわけではないのかもしれない。

 それ以外で震える理由は……。


「まさかネズミ君、あたしのことが怖いの?」


『チュ……』


 正解らしい。

 心配しなくてもあたしはネズミ君のことを殴ったりなんかしないのに。

 けれどまあ、あんな姿を見た後では当然の反応かもしれない。


「ためらいなく他人のことを殴る人間は怖いわよね。でもあれはレティシアにだけだから安心して。殺された仕返しにしては可愛いくらいよ」


 あたしは服を着終えると――正確には背中の紐が留まっていないのだけれど――、机の上に置かれていたレティシアの杖を手に取り、膝で折った。

 バキリと嫌な音が地下室内に響き、ネズミ君が先程よりもさらに震え上がった。


「わたくしの杖が……」


「普通の魔法使いなら杖が無くても魔法を使えるけれど、闇の魔法使いであるレティシアは杖と魔法陣が無いと魔法が使えないのよね? ……ん? 闇魔法に杖は絶対必要な物でもないのかしら。まあどっちでもいいわ。とにかく魔法の使えないレティシアには、檻から脱出することは不可能よ」


「マリッサ、許さないわ……!」


「普通の魔法使いだったら今頃カギを開けられていたのに。でもレティシアは普通の魔法使いでいる権利を簡単に捨てちゃったからね。あたしが喉から手が出るほど欲しかったその権利を……もうどうでもいいけれど。あっ、一応このカギは持って行くわね」


「ちょっと!?」


 あたしは檻のカギをポケットにしまうと、闇魔法の呪文と魔法陣の描かれた本と赤い石のネックレスを持って、地下室の階段を上った。


「待ちなさいよ!? わたくしを置いて行かないで! ねえ、お願い!」


 階段の途中で、声に絶望を滲ませたレティシアの方を向き、にっこりと笑ってみせる。

 あたしの表情に何を思ったのか、レティシアがすがるような声を出した。


「マリッサ! わたくしたち、お友だちよね!?」


「さようなら、真の悪女」


 そう言い残して地下室の入り口を開けると、あたしは地下室をあとにした。




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