●26
何かを入れられている可能性を考えて出された紅茶には手を付けなかったのだけれど、飲まないことで怪しまれるのなら飲んでおいた方が良いかもしれない。
そもそもレティシアには「闇魔法グッズをあたしに持ち出させて罪を被せて投獄させる」という目的があるのだから、紅茶に何かを入れる必要が無い。
過去にも紅茶に変なものは入っていなかった。
グイっと紅茶を喉に流し込むと、とても良い香りが鼻腔をくすぐった。
「おい、しい!?」
「その紅茶はね、お父様が輸入してくれたとっておきなの。マリッサは飲んだことがないだろうから、ご馳走してあげたくて」
なあんだ。あたしには手に入れることの出来ない紅茶を自慢したかっただけか。
闇魔法を掛けられた後だからか、この程度の意地悪は可愛くすら思える。
そういえば過去にも紅茶を自慢されていたような気がする。小さな意地悪だったからすっかり忘れていた。
このくらいの意地悪なら、喜んで乗ってあげよう。
「とっても美味しい紅茶ね。あたしもこの紅茶が毎日飲みたいわ。どこへ行ったら購入できるの?」
「残念ながらマリッサが買うのは無理よ。貴重な紅茶だから、簡単には手に入らないの」
「でもレティシアは毎日飲んでるのでしょう? 羨ましいわ」
「ふふっ。お父様のお仕事のおかげよ」
レティシアの機嫌が良くなったようだ。
先程までの鋭さが目から消えている気がする。
あたしはいつ「あたしでも使えるようになる魔法を教えてほしい」のキーワードを言おうか迷っていた。
あまりにも前のめりだと、レティシアに怪しまれる気がしたからだ。
とはいえ魔法を教えてほしいと言って来訪しながらいつまでも話を切り出さないと、それはそれで怪しい。
膝の上に置いたバッグから部屋の様子は記録できているからいつ切り出しても良いのだけれど、さていつ切り出そうか。
「そろそろ本題に入ろうかしら。マリッサは魔法が使えるようになりたいのよね?」
あたしがタイミングを見計らっていると、レティシアの方から魔法の話を始めてくれた。
これ幸いとレティシアの話に食いつく。
「ええ、使えるようになりたいわ。今のあたしは非魔法民になるかどうかの瀬戸際の年齢だもの」
「そうよね。非魔法民が出たなんて話になったら、マリッサだけではなくて伯爵家も大変なことになるものね」
「……本当、最低な世界よね。反吐が出る」
「ん? 何か言った?」
レティシアにはあたしの悪態がよく聞こえなかったらしく聞き返してきた。
しかしわざわざ言い直すようなことでもないので、笑って誤魔化す。
「それで、どうやったらあたしでも魔法が使えるようになるの!?」
「教えてあげたいのは山々なのだけれど……マリッサってわたくしのことを見下しているでしょう?」
「えっ」
予想もしていなかったレティシアの言葉に固まる。
過去には一度も言われたことのない言葉だ。
「見下すなんて、そんなわけないじゃない。どうしてそう思うの?」
過去のあたしならいざ知らず、回帰したあたしはレティシアのことを一度もいじめてはいない。
誕生日パーティーのワイン事件だって、あれはレティシアが自分からやったことだと、レティシア自身が誰よりも理解しているはずだ。
それとも回帰する前までのあたしの態度で、見下されていると感じたのだろうか。
ちょっとした意地悪はした気がするけれど、レティシアを見下した覚えはないのに。
……小さなものとはいえ意地悪をしていたことは事実だから、強くは出られないけれど。
それでも。
「あたし、最近は全然悪女って感じじゃなかったでしょ? 前みたいにレティシアに意地悪をしたりはしてないし……前は意地悪をしちゃって、ごめんね」
「ずいぶん素直に謝るのね」
「悪いことをしたら謝らないと。前までのあたしはその当然の行為が出来てなかったけれど」
「…………」
「レティシア?」
あたしが名前を呼ぶと、レティシアはハッとした様子であたしに目を向けた。
そして上から下まで、あたしのことをなめ回すように見つめている。
「どうかしたの、レティシア?」
「マリッサ……変わった気がするわ」
「そ、そう? 人間は誰しも変わるものだから多少は変わったかもしれないけれど、いややっぱりそうでもないと思うわよ!?」
まさか回帰に気付かれたわけではないだろうとは思いつつドキドキしながら答えると、レティシアの目がジトっとした湿気を含んだ。
「マリッサが変わったのは……優越感に浸っているから、かしら」
「優越感?」
「わたくしの欲しがっている人を手に入れた優越感。知っているのよ、マリッサがキリアンさんと町祭りでデートをしていたことを!」
ええっ!?!?
どうしよう。キリアンと一緒に町祭りをまわったことを、レティシアに気付かれていたみたい。
さっきエスターと一緒に町祭りに行ったって言っちゃったのに。
もしかしてレティシアはあたしのことを泳がせていたの!?
「あっ、えっと、実は……ね。町祭りには侍女と一緒に行こうと思ってたのだけれど、なんか流れでそうなっちゃって……キリアンさんと約束してたわけじゃないのよ!? 当日、急に一緒に行くことになっただけなの!」
これは本当のことだ。
町祭りの当日に、キリアンに町へ行くことを提案された。
しかし先程エスターと町祭りへ行ったと言ってしまった手前、後ろ暗いことがあって嘘を吐いたと思われても弁解できない。
「別に怒ってはいないわ。マリッサがキリアンさんと町祭りに行ったことも、そのことを隠したことも、全然怒ってなんかいないわ」
レティシアが笑顔で迫ってくる。
怖い。怖すぎる。
「ごめんなさい。事実を言ったらレティシアが傷付くと思って……レティシアはキリアンさんが好きみたいだったから……」
「そうやってわたくしのお慕いしている相手とデートをすることで、わたくしのことを見下して優越感に浸っていたことを、わたくしはぜーんぜん怒ってなんかいないのよ」
「あの、本当にレティシアを見下してなんかないのよ。本当の本当よ!?」
どうしよう。
闇魔法グッズを受け取る前に修羅場になりそうだ。
あたしがあたふたと慌てていると、レティシアがあたしの肩に手を置いた。
「大丈夫よ、マリッサ。マリッサがやったことは、みんなに泣きながら報告しておいたから。いつものようにマリッサは非道な悪女として軽蔑してもらえるわ」
「……いつものように?」
あたしの疑問にレティシアは答えようとはせず、代わりに肩に置いた手であたしの肩をぽんぽんと軽く叩いた。
「だから、おあいこと言うことで、仲直りをしましょう」
「え、あ、うん……」
「仲直りの印として、マリッサでも使える素敵な魔法を教えてあげるからね。今の言い合いも仲直りも、二人だけの秘密よ? この魔法のことは誰にも言っちゃダメだからね?」
「わ、分かったわ……」




