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【side キリアン】
魔法認定委員会は闇魔法の取り締まりで該当人物を捕まえに行ったり、魔法認定試験を受ける貴族の屋敷へ出向くこともあるが、基本的には研究室で仕事をしている。ちなみに平民が魔法認定試験を受ける際には、最寄りの魔法認定委員会の本部または支部まで足を運んでくれる。
平民は向こうから来てくれると言うのに、貴族は偉ぶっていて困る。
「最近ご機嫌だなあ、キリアン」
「俺、ご機嫌に見えますか?」
貴族への不満を思い浮かべながら仕事をしていたはずなのに、上司にそんなことを言われてしまった。
上司は俺の反応が予想外だったようで、自身の眉間を押さえながら告げた。
「自覚が無かったのか、キリアン。最近はいつもある眉間のしわが消えてるじゃないか」
「俺、いつも眉間にしわが出来ていました?」
「それも自覚が無かったのか」
上司はまたしても予想外だと目を見開いて驚きながら、俺の隣の席に座った。
ここは上司の席ではないが、この席の人間は昼食を食べにどこかへ行ってしまったから怒ることはないだろう。
「眉間のしわは自覚が無かったですが、常時イライラしていた自覚はありますよ。俺は平民から魔法認定委員会勤務になったことで、変に注目されることが多かったですから」
「お前の場合は顔が理由な気もするがなあ。たくさんの令嬢から声をかけられてるだろう。羨ましい」
「どうせ一人としか結婚しないんですから、その一人にだけ声をかけられれば十分です。あとは時間の無駄です」
俺の言葉を聞いた上司は、お前は分かっていないと肩をすくめた。
「最初から一人に絞るより、たくさんの中から優れた相手を選んだ方が良いだろう? 気に入った相手が複数いたら、本命以外は妾にしても良い」
「俺は妾はいりません。女好きなわけでもないですし、面倒ごとはごめんです」
「せっかく顔が良いのに女遊びが好きじゃないなんてもったいない……いや、顔のせいで女に付きまとわれた結果か?」
これにはあえて答えなかったが、答えないことが回答ではある。
「モテる男はモテる男で大変なわけか。だがな、キリアン。女遊びはさておき、貴族令嬢たちからアプローチをされるのは良いことだ。貴族令嬢なら相手として申し分が無い。結婚をすることで家柄が手に入るし、令嬢ならきちんとしたマナーを学んでるだろうからな」
きっと上司は生まれたときから貴族だからそんなことを思うのだろう。
しかし俺は貴族社会で生きてきたわけではないため、この考えはよく分からない。
「俺は家柄ばかりを気にする貴族の結婚には興味が無いです。しょせんは平民出身ですから」
「だがお前が狙ってるのは、バヴィエール伯爵令嬢だろう?」
最近よく俺自身が口にしていた名前を上司から告げられて、ピクリと眉が動く。
「狙っているとは、何のことですか」
「何のことって、白々しい。この前バヴィエール伯爵令嬢に呼び出されて、血相を変えて屋敷へ行っただろう?」
「それはバヴィエール伯爵令嬢に闇魔法が掛けられた疑いがあったからです。ただの仕事ですよ」
仕事だから急いで向かった。
闇魔法は一秒でも早く対策をした方が良いから。
決して相手がバヴィエール伯爵令嬢だからというわけではない。
助けを求めてきたのが別の人間だったとしても、俺は屋敷へ向かったはずだ。
しかし上司は俺の答えに納得していないようだった。
「本当かあ? この前以外にも、大した理由も無くバヴィエール伯爵令嬢の屋敷へ行ったり、二人で仲良さそうに町祭りを歩いてた、なんてうわさも聞いてるぞ?」
「どうしてそんなことまで知っているんですか」
「私の情報網を舐めないでもらいたい。私はこの情報網のおかげで出世したようなものだからな。生き抜く上で情報ほど大切なものは無い」
それはそうだ。
特に闇魔法を取り締まる仕事は、情報こそが要だ。
現に上司の情報網によって、俺の行動は筒抜けになっている。
へらへらと不真面目なようでいて、この人ほど油断できない相手もそういないだろう。
「はあ。バヴィエール伯爵令嬢を気にかけていることは否定しませんよ」
「ふーん。そんなに気になるなら『バヴィエール伯爵令嬢』ではなく『マリッサ嬢』とでも呼んでみたらどうだ。もっと距離が縮まるんじゃないか?」
「名前呼びなんて、一生隣で支えようと思った相手にしかしませんよ。女性に勘違いをさせる発言をすると厄介だと学びましたから」
「おうおう、モテる男は言うことが違うなあ!」
上司があごに生えた無精ひげを触りながら笑った。
「それにしても急な心変わりだなあ。以前はアピールの激しいバヴィエール伯爵令嬢のことを迷惑がってたのに」
「今の彼女はアピールをしてきませんよ。それどころか、なるべく俺を避けようとしている節があります」
「へえ。急に寄ってこなくなったから気になったってことか? バヴィエール伯爵令嬢は恋の駆け引きが上手いなあ」
それは違う。
彼女が駆け引きとして身を引いただけなら、俺は彼女に興味を持たなかった。
俺が彼女に興味を持ったのは、もっと別の理由だ。
「駆け引きのせいではなく、彼女自身が面白い人間だと気付いたんです」
「面白い? バヴィエール伯爵令嬢はあまり良いうわさを聞かないタイプの令嬢だが……ああ、すまん。彼女はキリアンが狙ってる令嬢だったな」
「狙っているわけではありません。気にかけているだけです」
「じゃあそういうことにしておいてやろう」
上司がニヤニヤと口の端を上げながら、俺の脇腹を小突いてきた。
「キリアンよお。これまでどんな女にもなびかなかったのに、彼女のどこが良いんだよ?」
これに俺は即答をする。
「魔法至上主義の世界に中指を立てようとしているところが興味深いですね。俺は彼女の行く末を見届けたいんです」
「おいおい、キリアン。魔法認定委員会でそんなことを言うと干されちゃうぞお?」
俺の言葉を聞いた上司が、自身の口の前に人差し指を持っていった。
そういう話はここではするな、という意味だろう。
上司の方から話を振ってきたのに、それはないだろう。
それに。
「無駄話ばかりしている先輩にだけは言われたくありませんよ」
「無駄話ほど相手から情報を引き出せるものは無いぞ。これが私の処世術だ!」
……無駄話、か。
バヴィエール伯爵令嬢とも、もっと気軽に無駄話が出来る関係になりたいものだ。
俺はそんなことを考えながら、コーヒーを喉へと流し込んだ。




