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第6輪  面接(めんせつ)パンジー

 1時間50分後の、工場連盟本部。


 ――よし。言われた通り、約束の10分前にきましたわ!


 そうやって堂々(どうどう)たる態度をして、職員に案内された面接室へと入ったパンジー。


 そしてイライも。扉《とびら》が壊《こわ》れそうになりながらも、無理やりからだを部屋に押し込める。



 中には6名の人物が、パンジーを待っている光景があった。


 どうして待っている、とわかるのか? 


 彼女が部屋の戸《と》を開《ひら》いた瞬間《しゅんかん》、6名全員の目がぎょろりとして向かってきたからだ。



「えっ。あ……ご、ごきげんようー」


「早く席についてください」



 6名のうち最《もっと》も奥《おく》に座る、面接官《めんせつかん》とおぼしきスーツの男性がにらみを利《き》かせて言った。



(ええーっ! きちんと10分前に来ましたのに!)



 ドレスの胸《むね》のうちに、ツッコミの嵐《あらし》が吹《ふ》き荒《あ》れるパンジー。


 だが、面接官の男性の恐ろしい雰囲気《ふんいき》には何も言い返すことができず、そそくさと最も左《ひだり》の空《あ》いた席《せき》まで移動する。


 パンジーは、ちらりと部屋全体を眺《なが》めてみる。

 面接官の左右に、襟《えり》の立った作業着《さぎょうぎ》を着た男女が2人座っている。


 受付で受けた説明からすると、2人は工場の関係者だろうか?



「じゃあ、面接《めんせつ》はじめます。工場連盟《こうじょうれんめい》のゼカです」



 中央に座った、面接官の男性が名乗る。

 また、続けざまにパンジーたち職人希望者へ告《つ》げる。



「先に言っておくと、これはあなた方が、要望に近い工場で働くための打ち合わせです。吾々(われわれ)は、あなた方《がた》の要望《ようぼう》をできるだけ支援《しえん》します。すぐ辞《や》められても困《こま》るのでね。だから、雇《やと》わないということはありません、ご安心ください」



 面接官の男性、こけた頬《ほお》に小さな傷《きず》をつけた強面《こわもて》から、淡々(たんたん)と説明がなされる。



 きな臭《きな》いスタートではあったが、実際に面接官と職人希望者との問答《もんどう》が始まると、それはごく平和的なやりとりに終始《しゅうし》した。


 名前や年齢といった個人情報の開示、希望の職種(1人目は染物《そめもの》、2人目は酒造《さけづく》り、3人目は特にないが力《ちから》仕事《しごと》なら得意と申告)、労働内容の説明をしたうえで心配事はないか、といった具合に。


 だから、パンジーもじょじょに安心感を大きくしていた。



「それでは、次《つぎ》……パンセロット・コンサバンス。えー……失礼《しつれい》。家名《かめい》を存じ上げないのだが、どちらのご貴族《きぞく》さまで?」


「あっ。いえ! 貴族ではありませんわ。私《わたくし》の家は、おじいさまの代から、鉱石《こうせき》の仲買《なかがい》業《ぎょう》をしていて……『揺《ゆ》らし石《いし》』、という鉱石の。今は、父が家業《かぎょう》を継《つ》いでいますわ」



 パンジーは口元に余裕《よゆう》めいた笑みを浮かべて、情感《じょうかん》たっぷりなようすで答える。


 相手に少しでも、親《した》しみやすさを感じてほしいからだ。


 すると面接官の男性も、彼女に応《こた》えるように頷《うなず》いた。



「なるほど、それは都合がいい。……いえ。今回、希望する条件は特にないとのとこですが、それなら『光球《こうきゅう》』工場で働くことはできますか? 欠員《けついん》があり、臨時《りんじ》の募集《ぼしゅう》がかかっているのです」


「はいっ! ……ところで、コ(・)ウ(・)キ(・)ュ(・)ウ(・)って何でしょう?」


「わからないのに返事は元気なことで……では、説明します。光球《こうきゅう》とは――」





「説明には及《およ》びません。この後すぐ、工場につれて行きますので」



 面接官の男性の声を押しのけて。


 また別の男性の声が、面接室の入口から響《ひび》く。



「なっ――ブレビス殿《どの》! また、勝手《かって》に!」



 丁重《ていちょう》な手順をさえぎられてしまった面接官の男性は、憤《いきどお》って、すぐにも乱入者をけん制《せい》した。


 不思議と、驚《おどろ》いているようすはなかった。

 そこに、「また」の意図《いと》が含《ふく》まれているのだろう。


 パンジーは、その他3名の職人希望者と同じタイミングで、入口を振り返る。


 全員、勢《いきお》い余《あま》って座席ごとからだを回転させてしまい、ガタガタガタガタッ! と慌《あわ》ただしい音が鳴った。



 乱入者《らんにゅうしゃ》は、ブレビスと呼ばれる男性。


 先ほど聞こえた、金属《きんぞく》のかすれたような練《ね》れた声音《こわね》に反《はん》して、背丈《せたけ》はパンジーの半分ほどしかなく、子どものよう。


 そのうえサスペンダーで白色のスラックスを履《は》き、太《ふと》った上半身には垢抜《あかぬ》けない感じのするベストを着た、奇抜《きばつ》な衣装《いしょう》。


 口元《くちもと》が隠《かく》れるほど大きなヒゲもたくわている。


 姿《すがた》はまるで、絵本《えほん》の世界《せかい》から飛び出して、パンジーを迎《むか》えに来た人物みたいだった。



「いやあ、ふとして(本部に)立ち寄ってみれば、受付に、高貴《こうき》そうなお嬢《じょう》さんがいるじゃないと思って。おまけに、話《はなし》を聴《き》かせてもらったところ、どうもう(・)ち(・)に(・)ふ(・)さ(・)わ(・)し(・)い(・)お人のようだ。ぜひ、すぐにも採用《さいよう》させていただきたい!」


「あの、このお方《かた》は?」


「……ブレビス・マイナー殿《どの》。光球《こうきゅう》工場の、工場長《こうじょうちょう》ですよ」


「まあ! 工場長さま!」



 訊《たず》ねるパンジー。

 眉間《みけん》にしわを寄《よ》せて答える面接官の男性。


 ブレビスは気《き》に留《と》めず、続ける。



「パンセロットさん。今日このあと、来てもらうことはできるかね?」


「ちょっと! まだ面接の途中なんですよ。順序を無視しないでいただきたい!」


「何を言いなさる。工場は現場《げんば》主義《しゅぎ》の体現《たいげん》ですよ? ここで話を聞くより、モノを実際《じっさい》に触《さわ》ってみて知ることのほうがずっと貴重《きちょう》だ。ほら、彼女はやる気に満ちあふれているでしょう! それなら何も、問題はない」



 ブレビスはかたくなな姿勢《しせい》で断言《だんげん》する。


 しかし、当のパンジーはやっぱりいつものごとく、口を開いたままにして、状況《じょうきょう》を飲み込むことができていないようすに見える。



「問題大(おお)アリだ! 現場に行ったら、やる気をなくすかもしれないじゃないか!」


「ぜひ、お目にかかりたいですわっ! ブレビスさま。すぐにもっ!」



 時《とき》すでに遅《おそ》し……。


 興味をそそられたパンジーは心底《しんそこ》、ブレビスに同調する意向《いこう》を示《しめ》していた。


 返事を聞いたブレビスが「ほらね?」と嫌《いや》みったらしく言って、面接官の男性は「ええ……」としきりに困惑《こんわく》の相《そう》を浮かべた。



「じ、じゃあ……その荷役《にえき》犬《いぬ》はどうするんです? 下宿《げしゅく》で預《あず》かることも、できないでしょう?」



 ふたたびその場の主導権《しゅどうけん》を握《にぎ》らんと、面接官の男性がなおも食《く》い下《さ》がる。



「パンセロットさん。今回はしかたなく! しかたなく、ブレビス殿《どの》の申《もう》し出《で》を受け入れます。ただし、その荷役《にえき》犬《いぬ》はご家族に引き取ってもらうこと。そうでなければ、工場連盟としてあなたを職人登録することはできません」


「そんなっ! イライは、この子は私《わたくし》の家族……いえもう半身《はんしん》ですわ! 離《はな》れることなんてできません。それに、家族に引き取ってもらうことも……どうか、ふたりで暮《く》らせるおうちを!」


「ふん。そんな身勝手《みがって》は通用しない。了承《りょうしょう》しないのなら、話はそもそもなかったことに」


「じゃあ、うちでその荷役《にえき》犬《いぬ》も雇《やと》おう」


「はあっ?」



 面接官は、無礼《ぶれい》もわきまえる余裕なく訊《き》き返《かえ》した。


 ブレビスは正気《しょうき》なのか? と。


 実際、職人を1人雇(やと)うだけでも人件費《じんけんひ》に限らず、ファクトリアでは、下宿や作業着、備品《びひん》の費用なども工場が負担《ふたん》することになる。


 これに加えて巨大な犬をも受け入れることは、かなりのリスクを伴《ともな》うだろうし、リスクに見合ったリターンがあるものかと、疑《うたが》わしいものがある。



「パンセロットさん。工場はね、モノをつくるだけじゃない、『モ(・)ノ(・)を(・)世(・)界(・)へ(・)広(・)げ(・)る(・)役(・)割(・)』ももっているんだ。市場《しじょう》に、お店に、人に、文化に。それには、荷役《にえき》犬《いぬ》の存在が欠かせない」


「え、ええ……」


「今、うちには7頭の荷役《にえき》犬《いぬ》がいる。そのうち2頭は、今年で15歳になる。老犬《ろうけん》だ。次の世代への引《ひ》き継《つ》ぎを考えなければならない。そしてそれは、今の職人たちにだって言えることだ。――どうかね、パンセロットさん。そのイライと一緒に、工場の未来をつくってみないか?」


「未来を、つくる――」



 ブレビスの遠大《えんだい》な意図をもった言葉に、パンジーは「光」を見る。



 パーティーや、工場連盟本部の華《はな》やかエントランスを飾《かざ》る、シャンデリアの「光」に似たものを。


 単《たん》なる明《あか》かりではない、何かを。



「なんで、あなたはそこまでするんです……?」



 もう、結論が出てしまったからには、口出《くちだ》しできることもない。


 負《ま》け惜《お》しみという情感《じょうかん》で、面接官の男性は、スーツのよれたシャツ襟《えり》を摘《つ》まみながら、ブレビスへ訊《たず》ねる。



「この子が、新《あたら》しい風《かぜ》をはこんでくれる気がするのでね」


「なんだそれ……」



 これしか返事が思い浮かばなかったのだろう。

 面接官の男性は、いよいよ観念《かんねん》する(別段《べつだん》、悪《わる》いことはしていないし言っていないのだが)。


 パンジーは相好《そうごう》をくずして、イライと喜《よろこ》んだ。



 ◆



 面接――もとい「採用面接《さいようめんせつ》」を終えて、職人希望者たちが面接室を後にした。


 パンジーも、ブレビスに追従《ついじゅう》する形で廊下《ろうか》に出る。


 ブレビスはニコニコ笑顔で歩く。


 先もあげたように小柄《こがら》の小太《こぶと》りで、パンジーが見下ろすと弟《おとうと》かそのあたりに思えるが、その背には大きく強い信念が宿《やど》っているように感じられた。



「パンセロットさん。先ほどは光球《こうきゅう》が何か、知らないと言っていたけれど。どうして私は、そんなあなたが『うちにふさわしい』と言ったか、わかるかね?」


「いえ……わかりませんわ」


「ふふっ。いえね、少し……ピキッと来たというか。悔《くや》しくて。あなたのように高貴《こうき》そうなお嬢《じょう》さんに、まだ知られていないという事実が」


「ごっ、ごめんなさい!」



 反射的に、パンジーは謝罪《しゃざい》する。


 具体的に何への謝罪かは、わからなかったが、せっかくこれから面倒をみてくれる御仁《ごじん》に悪印象をもたれてしまうのはまずいと、本能《ほんのう》から動いていた。


 ところがブレビスは、やめるようにと首《くび》を横に振る。

 本部のエントランスに出ると、吹《ふ》き抜《ぬ》けとなった2階の天井《てんじょう》を見上げる。



「私は、父から今の工場を継《つ》いだ。父はね、光球《こうきゅう》が世界《せかい》のすべてを照《て》らす日を夢見て、ファクトリアに工場を建てたんだ」



 ぽつり、ぽつりと本音《ほんね》のしずくを零《こぼ》すブレビス。



「けれど、あなたの簡単な一言《ひとこと》が、私たちがまだ手元《てもと》を照らすのに精《せい》いっぱいで、足元《あしもと》も見ることができていなかったと教えてくれた。『揺《ゆ》らし石《いし》』を知る人が、光球《こうきゅう》を知らない……。こんなに素晴《すば》らしいものを知らないなんて、本当も(・)っ(・)た(・)い(・)な(・)い(・)!」



 ブレビスにつられて、パンジーも上を向く。


 シャンデリアがある。

 何度見ても美しい。



(もしかして――)



 はたと、気がついた。


 シャンデリアの無数の腕木《うでぎ》の先。


 燭台《しょくだい》の延長などではない。


 陽《ひ》の力強いひらめき。そして金剛《ダイヤモンド》の鋭《するど》いかがやき。


 それらを併《あわ》せ持《も》つ光。



(これが、光球《こうきゅう》?)



 思い出と現在の光が、時間《とき》をも超《こ》えて、パンジーのなかに感動を呼び起こす。


 光は、よくよく観察してみると、ガラスの球《たま》の内側で、煙《けむり》を立てながら淡《あわ》いオレンジ色を放射《ほうしゃ》している。


 1つ1つが、そのように。



 シャンデリアが美しいばかりではなかった。


 照明《シャンデリア》の核《かく》たる光《ひかり》の球《たま》たちが美しいから、それを幾《いく》つも施《ほどこ》したシャンデリアが、無類《むるい》の美しさをもっていたのだ。


 感動は、「解答《かいとう》」という形をして、17歳と5歳のパンジーに、強《つよ》い衝撃《しょうげき》をあたえた。



「いいかい。これから、あなたがこの輝《かがや》きをつくるんだ」



 そして。

 ブレビスの一言《ひとこと》は、解答のさらに先。


 未来、夢、希望。


 そのすべてを、いっきにパンジーの心へとぶち当てる。

 遠慮《えんりょ》もなしに。



 少女の記憶《きおく》に染《し》みついた光景――、


 暗い部屋をぼんやり照《て》らす燭台《しょくだい》。

 それがバンッ! テーブルごとひっくり返《かえ》った。


 突如《とつじょ》あらわれたブレビスがボンッ! 

 灯《ひ》のついた光球《こうきゅう》を部屋にぶちまけた。



 ――パンジーはそんな、まぼろしを見た。

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