↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
26/32

第27輪 鉢植(はちうえ)パンジー

 サルビオラの家族がファクトリアを訪《おとず》れ、久々(ひさびさ)の再会を果《は》たす契機《きっかけ》となった、2週間の納涼《のうりょう》祭《さい》「ソークボウル(Soaking Bowl)」。


 それも、残り3日ばかり。


 彼女の家族はひと足先《あしさき》に帰《かえ》ってしまったが、浄化《じょうか》の池《いけ》ができた中央《ちゅうおう》広場《ひろば》を中心とし、町中にはいまだ賑《にぎ》やかさが溢《あふ》れている。


 さて、祭《まつ》りの期間中であっても、産業《さんぎょう》そのものが休むなどということはない。


 夏《なつ》の天日《てんぴ》に灼《や》かれる丘《おか》の上《うえ》。

 工場《こうじょう》たちは、熱と人をいっせいに閉《と》じ込《こ》めて、今日もせわしなく稼働《かどう》するのだ。


 早朝。


 職人《しょくにん》のパンジーは作業着《さぎょうぎ》に着替《きが》え、南《みなみ》の正門《せいもん》方向まで歩いてくると、日課《にっか》をこなすようにパン屋「パンパン」で朝食と昼食を買う。


 店主の中年女性イーストがたわいない世間《せけん》話《ばなし》をして、パンジーの仕事前の緊張《きんちょう》をほぐしてくれる。


 20分ほどおしゃべりした後《あと》、店を出る。


 パンジーは工場《こうじょう》区《く》のある丘を目指し、三叉《さんさ》の道の右手《みぎて》側《がわ》、勾配《こうばい》の入口に足を向けた。


 遠《とお》くに、気高《けだか》いグラジオラスの植栽《しょくさい》と、水が滴《したた》る筒《つつ》状《じょう》の放水《ほうすい》装置《そうち》が見える。



 その途中《とちゅう》――背後《はいご》から、パンジーの視界《しかい》の一面《いちめん》を黒く染《そ》め上《あ》げるほど、巨大《きょだい》な影《かげ》がせまる。


 それは荷役《にえき》犬《いぬ》か、中央広場の噴水《ふんすい》がにじり寄《よ》って来《く》るでもしなければあり得《え》ないほど大《おお》きなものだ。


 驚《おどろ》いたパンジーは、とっさに後《うし》ろを振《ふ》り返《かえ》った。


 背後《はいご》には、3名の人影《ひとかげ》が立っていた。


 太陽をさえぎる、暗々(くらぐら)とした輪郭《りんかく》で。

 ただし、真《ま》っ赤《か》な目立《めだ》つ軍服《ぐんぷく》で。


 ひと目に、彼らはパ(・)ン(・)ジ(・)ー(・)の(・)背(・)丈(・)の(・)3(・)倍(・)近(・)く(・)あ(・)る(・)ことがわかる。


 尋常《じんじょう》ではない。

 けれど、純粋《じゅんすい》に人《ひと》の形容《かたち》をなしている。


 そういった存在《そんざい》を、何と呼《よ》ぶのか。


 パンジーの脳《のう》神経《しんけい》回路《かいろ》は、真赭《まそお》色をかぶった古《ふる》い記憶《きおく》をひっしで探《さぐ》り出《だ》して――。


 強《つよ》く――パンジーにうったえかける。


 ああ。これは、「人間《にんげん》」だ、と。



「きゃっ!」



 短《みじか》い悲鳴《ひめい》を発《はっ》し、足《あし》をもつれさせたパンジーは石畳《いしだたみ》に尻《しり》もちをつく。


 腕《うで》に抱《かか》えていたパンの包《つつ》みも落ち、ひっくり返《かえ》って中身《なかみ》を少しこぼしてしまう。


 人間《にんげん》を見ただけで、こうまで驚《おどろ》くのもおかしな話《はなし》だが。

 パンジーには、彼らの影《かげ》が、自身を食《く》らわんとする脅威《きょうい》に思えたというのだった。



「大丈夫《だいじょうぶ》かい、お嬢《じょう》さん?」



 しかし、パンジーが恐怖《きょうふ》した事実《じじつ》は、現実《げんじつ》によって即座《そくざ》に否定《ひてい》される。


 影《かげ》の正体《しょうたい》であった人間《にんげん》の男、中分《なかわ》けの黒髪《くろかみ》でアンダーリムのメガネをかけた人物は、膝《ひざ》をついてまでパンジーに手《て》を差《さ》し出《だ》してくれたのだ。


 チェロの伸《の》びやかな摩擦《まさつ》低音《ていおん》のように練《ね》れた声が、パンジーの頭《あたま》に降《ふ》りかかる。


 彼女たち小人種《フェアリー》と変わらない、温《ぬく》もりに満《み》ちたまなざしが向く。


 パンジーは恥《は》ずかしくなり、目《め》を背《そむ》けた。

 乱《みだ》れた金色の横髪を手でしごき、1秒ほどしてから、男の手によって立ち上がらせてもらう。



「あ、ありがとうございます……。人間《にんげん》のお方《かた》は、はじめて目にしたものですから」



 パンジーは男を見上《みあ》げ、感謝《かんしゃ》を述《の》べる。


 天《てん》に突《つ》き出《だ》す顎《あご》の下、一条《いちじょう》の汗《あせ》が伝《つた》った。



「はははっ、面白《おもしろ》いお嬢さんだ。それならば、こちらにも非《ひ》があるな。実家《いえ》の庭《にわ》とばかりに出歩《である》いて、すまなかった。そちらのパンも。ぜひに弁償《べんしょう》させてくれ」


「そんな! パンはまだ、食べられますわ。もぐもぐ……」



 厚意《こうい》への遠慮《えんりょ》を示《しめ》そうと、パンジーは落とした包《つつ》みとパンを胸《むね》に抱《かか》えるや否《いな》や、開《ひら》きっぱなしの口《くち》へ収納《しゅうのう》するみたいに頬張《ほおば》り始める。


 怖《こわ》い。


 もはや、先に驚《おどろ》かされたことへの意趣《いしゅ》返《がえ》しだろう。



「たくましいお人《ひと》だな……」



 言葉《ことば》を濁《にご》しつつも、ドン引きする人間の男たち。


 その引《ひ》きつった表情を横目《よこめ》に、(何の?)隙《すき》を突《つ》き、パンジーはだっと駆《か》け出《だ》して、坂《さか》の上へと逃《に》げおおせた。



 ◆



 人間《にんげん》。


 つまり吾々(われわれ)について、説明の必要もないことだろう。


 この地球《ちきゅう》の陸上《りくじょう》において――否《いな》、かの高名《こうめい》な探検《たんけん》家《か》コロンブスの偉業《いぎょう》以降《いこう》、海上《かいじょう》においても、支配《しはい》的権力をもつ動物《どうぶつ》である。


 一方で、小人種《フェアリー》。


 彼女たちについて、現状《げんじょう》記《しる》されている書物は多くあるが、それは人間《にんげん》が行《おこな》う空想《くうそう》という遊戯《ゆうぎ》の上での存在に留《とど》まっている。


 言ってしまえば子ども向け小説の幻想《げんそう》だ。


 まさか、それが実(・)在(・)し(・)。


 こうして「ファクトリア」の工場《こうじょう》労働者《ろうどうしゃ》として、今も、吾々(われわれ)の生活を支《ささ》える「光球《あかり》」を生み出していることは、並《な》みの市井《しせい》が知《し》る由《よし》もないことだ。


 ……もっとも、この場の主役《しゅやく》は吾々(われわれ)という人間《にんげん》にあらず、小人種《フェアリー》という人間《にんげん》だった。

 話《はなし》を戻《もど》そう。


 小人種《フェアリー》の、しかも17年もの間《あいだ》、お屋敷《やしき》に閉《と》じこもっていたパンジーが人間《にんげん》を知らないことは当然《とうぜん》だろう。


 ただし、その存在を両親《りょうしん》に教《おそ》わっていたことは、過去あった出来事《できごと》として強調《きょうちょう》しておく。


 そのときどんな悪辣《あくらつ》な、あるいは美化《びか》された言葉によって伝えられたかは知れないが……。

 どうせ、これだけは絶対《ぜったい》に言われていたはずだ。


 【人間《にんげん》には、何があろうと関《かか》わってはいけない】と。



 ◆



「大変ですわっ、大変ですわあ! 人間《にんげん》、人間《にんげん》の御仁《ごじん》がいましたわ! ふぁあああ!」



 わめき散《ち》らす声は、間違《まちが》いようもなくパンジーのものだ。


 光球《こうきゅう》工場《こうじょう》へ到着《とうちゃく》し、朝礼《ちょうれい》前に向かった球幹《きゅうかん》工程《こうてい》で怪鳥《かいちょう》のごとく鳴《な》き出《だ》した。


 セントはのほほんとして指摘《してき》しないが、フォルミンはうるさいなと明確《めいかく》な非難《ひなん》を顔に張りつけている。



「そんな、騒《さわ》ぎ立てることじゃありませんよ。『ソークボウル』の時期《じき》にはよくあることです。どうせ、軍《ぐん》の人《ひと》が涼《すず》みに来ているだけでしょう」


「いやー。たぶん、今日見たって人間《ヒト》らは違うんじゃないかな? ほら、ア(・)レ(・)、そろそろじゃん」



 むすっとした幼顔《おさながお》のフォルミンに、セントが麗《うるわ》しい流《なが》し目《め》で補足《ほそく》する。


 アレ、と含《ふく》みある言い方をしたが、単《たん》なる「工場《こうじょう》視察《しさつ》」のことだ。

 セントがそう話した。



「視察《しさつ》……なるほど。どうりで、これまで町の中に人間《にんげん》のお方《かた》が1人もいらっしゃらなかったんですのね。父から、『お屋敷《やしき》の外は人間の世界だから、うかつに出てはいけない』と教わっていたから。少しだけ、心配《しんぱい》していたんですけれど」



 パンジーは過《す》ぎた話《はなし》を蒸《む》し返《かえ》して、安堵《あんど》の息《いき》をもらす。


 フォルミンは眉《まゆ》をひそめる。



「よく誤解《ごかい》されていることですけど、工場《こうじょう》連盟《れんめい》はブレビスさんのお父さまが中心になって立ち上げた、小人種《わたしたち》の自治《じち》組織《そしき》なんです。人間《にんげん》の管轄《かんかつ》じゃなくて」


「そうそう。ただ、ファクトリア自体は、この光(・)球(・)工(・)場(・)ひ(・)と(・)つ(・)か(・)ら(・)始(・)ま(・)っ(・)た(・)んだよー。そのときは人間《にんげん》の、小人種《フェアリー》による、人間《にんげん》のための工場だったんだけど。これが、案外《あんがい》ウケてね。色《いろ》んな人間《にんげん》が、工場事業のデモンストレーションにって工場を建《た》てに建《た》てまくったら、いつの間にか町《まち》になって。住民自身が、人間《にんげん》に代《か》わって政治《せいじ》をするようになったー、ってワケ!」



 話《はなし》がややこしくなってきた。


 パンジーは本日の仕事の準備をしなくてはと、2人の近くから離《はな》れて火房《カブ》へ、「揺《ゆ》らし石《いし》」粉末《ふんまつ》を取《と》りに行《い》った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。