↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ファクトリアッ! 夢づくりの工場物語  作者: 石鬼 輪たつ
陰に風流あらざれば病となる
PR
22/32

第21輪 発熱(はつねつ)パンジー

「パンジーも、何《なん》ですのっ!」



 かすれ声で叫《さけ》ぶ。


 思《おも》いの外《ほか》、シームレスな目覚《めざ》めだった。


 そのため、危《あや》うく今の自身が過去の父親に怒鳴《どな》って掴《つか》みかかる、とんちきな夢《ゆめ》をまだ見ているものと勘違《かんちが》いしそうになった。

 そのようなことにならず、よかった。


 パンジーはなぜか、下宿《げしゅく》のベッドに横《よこ》たわっている。


 もう夕暮《ゆうぐ》れ時《どき》か。

 閉《し》め切《き》ったカーテンの隙間《すきま》にオレンジ色とささいな塵埃《じんあい》が舞《ま》って見え、部屋全体は薄暗《うすぐら》い。


 きっと、工場で気《き》を失《うしな》った後《あと》、ここまで帰《かえ》ってきてずっと眠《ねむ》っていたのだろう。


 どうやって帰ったのか、わからないが。



「あら。あら? 私《わたくし》、着替《きが》えて……。見られたかしら……?」



 パンジーは、自身の服装《ふくそう》が作業着《さぎょうぎ》から、洗濯《せんたく》乾燥《かんそう》が済《す》んだばかりの新鮮《しんせん》なシュミーズに変わっていることに気づく。


 もちろん、着替《きが》えた覚《おぼ》えもない。

 すると、誰《だれ》かがパンジーを下宿《げしゅく》まで送って、身支度《みじたく》までやってくれたというのか。



 2時間ほど経《た》った。


 その間《あいだ》、パンジーはベッドの上で寝《ね》たり起《お》きたりをして、いやに大人《おとな》しくしていた。


 ――突然、胸騒《むなさわ》ぎがする。


 パンジーは重いからだをひっくり返し、玄関《げんかん》まで歩いた。


 コン。……コン。

 遠慮《えんりょ》がちなノック。


 住人であるパンジーは返事もなしに玄関《げんかん》の戸《と》を開《ひら》く。


 来訪者《らいほうしゃ》はびくっ! 肩《かた》を震《ふる》わせ、1歩引(ひ)き下(さ)がって目を丸くする。


 赤《あか》みがかった、魅惑《みわく》的な黒髪《くろかみ》。



「サ(・)ル(・)ビ(・)オ(・)ラ(・)、さん?」


「はぅっ、え、っと……こんばんは」



 それだけを交《か》わす。

 気まずくなる。


 だが門前《もんぜん》払《ばら》いするわけにもいかず、2人して部屋に入《はい》る。


 リビングに移《うつ》ると、パンジーはようやく部屋が暗くなっていることに思《おも》い至《いた》り、慌《あわ》てて光球《こうきゅう》をつけた。


 ガラス球《きゅう》に浮《う》かび上《あ》がる、パンジーかビオラの咲《さ》き乱《みだ》れるところを、サルビオラは直視《ちょくし》しないようにして、床《ゆか》へ腰《こし》を下《お》ろす。


 パンジーはベッドへ、はしたない姿《すがた》で、尻《しり》から落《お》ちる。



「……あの。具合《ぐあい》、どうですか」と、サルビオラ。


「大丈夫《だいじょうぶ》ですわ」と、微笑《びしょう》浮《う》かべてパンジー。


「……ごはん。まだだったら、その。つまらないものですけど」



 サルビオラは臆病《おくびょつ》、かつ大胆《だいたん》な勢《いきお》い! で、幾《いく》つか容器《ようき》に込《こ》めた料理を差し出してくる。


 見たところ、タイムが添《そ》えられた麦粥《むぎがゆ》に、青菜《あおな》の煮物《にもの》か。

 いずれも、わずかな湯気《ゆげ》が立《た》っている。


 パンジーがこれを拒《こば》む理由はない。

 厚意《こうい》に甘《あま》えることにする。


 サルビオラは一度《いちど》立《た》って、台所《だいどころ》から小皿と食器を持ってきてくれる。


 パンジーは感謝《かんしゃ》を言って、祈《いの》りを捧《ささ》げ、料理にありついた。



「んむっ。まあ、お粥《かゆ》にサーモンが入っていますわ。おいしい! こちらの煮物も……まあっ、甘《あま》く煮《に》てくださったの。おいしいですわあ!」



 抑《おさ》えも利《き》かないようすで、料理に手を伸ばしていくパンジー。


 レストランの小冊子《しょうさっし》片手に食事しているのかという、不自然《ふしぜん》極《きわ》まりない説明口調が鼻《はな》につくが……。


 彼女なりに、サルビオラへ気《き》を遣《つか》っている、そういうことにしよう。


 それから、ものの5分でたいらげた。



「本当に、ありがとうございます……。家《いえ》まで運《はこ》んでいただいて、着替《きが》えも。それに、こんないいものまでいただいてしまって。どんなお礼《れい》をしたら……」


「ち、違《ちが》います。運んでくれたのは、ヒナさんで」



 サルビオラが、パンジーの発言《はつげん》を訂正《ていせい》する。


 ついでに着替えも、恐《おそ》らくヒナによるものだろう。



「じゃあ、その。私《わたくし》を心配《しんぱい》して、わざわざ来てくださったんですの?」



 パンジーが訊《たず》ねる。


 サルビオラは目《め》を伏《ふ》して、黙《だま》っている。



「では。非礼《ひれい》を承知《しょうち》で、お願《ねが》いしてもいいでしょうか。熱(・)く(・)っ(・)て(・)、汗《あせ》をかいてしまって。背中《せなか》を拭《ふ》いていただけるかしら? 手が届きづらいんですの」



 パンジーが訊《たず》ねる。


 サルビオラは目《め》を伏《ふ》して、恥《は》ずかしがるかと思った。

 

 しかし、どこか使命《しめい》感《かん》めかした調子で「はい」と返事をして、みずからタオルを取りに立ってくれる。


 サルビオラはタオルを手に、パンジーのベッドへ腰《こし》かける。

 高《こう》湿度《しつど》のためか、シーツはしっとりしている。


 そこへ、パンジーが背《せ》を見《み》せ、服をはだける。

 尾《び》てい骨《こつ》のあたりまでが露出《ろしゅつ》する。


 刹那《せつな》――部屋中央の光球《こうきゅう》が、点灯《てんとう》時間《じかん》の限界《げんかい》を迎《むか》え、切れてしまった。



「あっ。ちょっと待ってください……」



 サルビオラは即座《そくざ》にスイッチの紐《ひも》へ手を伸ばし、光球をつけ直《なお》す。


 パンジーはじっとしていた。


 サルビオラは彼女の背中《せなか》、真《ま》っ白《しろ》い雪《ゆき》のような肌《はだ》に向かう。


 その肩甲骨《けんこうこつ》のあたりには、奇妙《きみょう》な一対《いっつい》の突起物《とっきぶつ》があって。

 「私《わたくし》、ハ(・)ネ(・)ア(・)リ(・)でしたの」パンジーが補足《ほそく》をしなければ、サルビオラはそれが翅《はね》だと理解《りかい》できなかった。



「ハネ、アリ? でも……えっ、こんなの見たことない……」



 サルビオラの言う通りだ。

 こんなにも醜《みにく》い物体が、ハネアリの、ガラス細工《ざいく》のように透《す》き通《とお》った無垢《むく》な翅《はね》と同じものであるはずがない。


 パンジーの背《せ》から伸びる一対の突起物は、彼女の珠《たま》の肌《はだ》と対照《たいしょう》的に、浅黒《あさぐろ》く、腐《くさ》った果実《かじつ》の色合《いろあ》い。


 本来《ほんらい》風をとらえるために広がる羽弁《うべん》も、波状《なみじょう》にうねったり途中《とちゅう》で途切《とぎ》れていたりし、まるで細《こま》かい葉《は》が密集《みっしゅう》したシダ植物のように見える。


 サルビオラはパンジーの背中《せなか》を撫《な》で拭《ふ》きながら、そのさまをまじまじと眺《なが》めた。



「ちょうど、さっき『夢《ゆめ》』を見て。思い出しましたの……5歳の頃《ころ》、父と『揺《ゆ》らし石《いし》』の採掘《さいくつ》場《じょう》を見に行って。次の日、熱(・)を(・)出(・)し(・)て(・)。水を飲もうと、1階の洗面《せんめん》所《じょ》へ向かったとき、(お屋敷のエントランスにつながる、三叉の)階(・)段(・)か(・)ら(・)落(・)ち(・)て(・)しまったんです。その後《あと》のことは、よく憶《おぼ》えていないけれど。きっと……そのせいで、私《わたくし》の翅《はね》は、飛ぶための力《ちから》を失《な》くしてしまったんですわ」



 パンジーのぽつり。


 サルビオラは、彼女のからだを拭《ふ》きながら聴《き》いた。


 すると、この醜《みにく》い物体の腐(・)っ(・)た(・)果(・)実(・)の(・)色(・)合(・)い(・)というのは、本当にその通《とお》りなのか、とサルビオラは思《おも》い至《いた》ってしまう。



「ずっと、考《かんが》えないようにしていたのかも、しれないけれど……父は、私《わたくし》を守《まも》るために、実家で閉《と》じ込《こ》めていたのかもしれませんわね。『ハネアリ』として生きられなくなった私《わたくし》を……」


「だから……ご実家《じっか》を出《で》て、ファクトリアに来《き》たんですか」



 サルビオラは、間(・)違(・)っ(・)た(・)私見《しけん》を呈《てい》する。


 無理もない。

 彼女は、パンジーが両親の負《お》った借金《しゃっきん》を返済《へんさい》したいがためにファクトリアへ出稼《でかせ》ぎに来たことを、知らないのだから。



「――そう、ですわね」



 パンジーは、子どもの純真《じゅんしん》さそのままに「はい」とは言わなかった。


 ただ、サルビオラの考えを肯定《こうてい》もした。


 それは、単《たん》なる事実《じじつ》確認《かくにん》ではない。


 これまで、健気《けなげ》にがんばるパンジーを応援《おうえん》してくれた町の人々に対《たい》する、裏切《うらぎ》りの肯定《こうてい》なのだ。


 パンジーが明るく笑う、ドジをする、次はうまくやろうと試行《しこう》錯誤《さくご》する。


 ――だから、人々は優《やさ》しくしてくれた。


 もし、はじめから「窮屈《きゅうくつ》な家《いえ》を出たかった家出《いえで》娘《むすめ》」だと知っていたのなら、そうはしなかった。

 光球《こうきゅう》はその光《ひかり》を与《あた》えなかった。



 今になって、パンジーも自身の心《こころ》でそれを感じ取ったのだろう。

 情《なさ》けなさに、胸《むね》の奥《おく》が痛《いた》む。


 すると。

 胸の奥……心《こころ》とも魂《たましい》とも違《ちが》う、理性《りせい》でもない、ど(・)こ(・)か(・)から言葉が返ってくる。



『働いて、思うようにいかなくって、逃げたくなっても、ここには幾《いく》らでもあんたを受け入れてくれる場所があるってこと。それだけは覚えていておくれ。ファクトリアの住民《じゅうみん》の証《あかし》みたいなもんだから』



 聞いたことがある言葉。


 しかし、あのときと今とで、パンジーは異《こと》なる感情を覚えた。



「そ、っか。いい仕事《しごと》が見つかって、よかったですね」



 今《いま》、背《せ》に、サルビオラの声が降《ふ》りかかる。


 パンジーは胸《むね》が焼《や》ける思いがする。


 また光球《こうきゅう》が切れる。


 視界《しかい》が暗転《あんてん》する。


 サルビオラは、発動機《はつどうき》が置かれた場所を覚えていて、すぐさま手を伸ばす。

 紐《ひも》を引いて、光をともす。


 そのとき、反対《はんたい》の、タオルをもった手を引かれた。 


 向《む》き直《なお》ると、パンジー。


 パンジーはサルビオラの手を引いて、はしたない裸《はだか》の姿《すがた》に、似《に》つかわしくない大輪《たいりん》の笑顔を咲かせていた。



「よかった、サ(・)ル(・)ビ(・)オ(・)ラ(・)さ(・)ん(・)が(・)い(・)て(・)!」



 パンジーが言う。


 サルビオラは当惑《とうわく》して押《お》し黙《だま》る。

 

 やがて、小さな笑みを返してくれる。



「その、恥《は》ずかしいので何か着て……残《のこ》りは自分で拭《ふ》いてください」



 つたない笑みはみるみる紅潮《こうちょう》していき、パンジーにタオルを投げると、間《ま》もなく部屋から帰ってしまった。


 パンジーは悪気《わるぎ》ないニコニコしたようすのまま、また自身のからだを拭《ふ》き始《はじ》める。



 ◆



 爆発《ばくはつ》事故《じこ》によって、工場が3日間の休業《きゅうぎょう》になったことが、まさか幸《さいわ》いするとは。


 パンジーもさすがに、夢にも思わなかったことだろう。

 安心して、病気のからだを横《よこ》にしていられる。


 休業1日目の朝。


 パンジーが六度《ろくど》寝《ね》についたその折《おり》、外から、大きな鐘《かね》の音《ね》が聞こえてくる。

 いずれか工場の、昼休《ひるやす》みを伝《つた》える合図《あいず》だ。


 無理《むり》やり意識《いしき》を戻《もど》されるパンジー。


 いったん汗《あせ》で濡《ぬ》れた部屋着《へやぎ》を着替《きが》えようと、ベッドを立つ。


 彼女の前方《ぜんぽう》、風《かぜ》の凪《な》いだ玄関《げんかん》から、トンットッというすばやいノックが呼びつける。


 パンジーは半脱《はんぬ》ぎの服を正《ただ》して、来訪者《らいほうしゃ》を確かめに出る。



「こんちはー。家政婦《かせいふ》の宅配《たくはい》でーす!」



 戸《と》を開《ひら》いてすぐ、陽気《ようき》な冗談《じょうだん》を言って、人物……若作《わかづく》りした雰囲気《ふんいき》の女性は、ずかずか家に上がってきた。


 艶《つや》めく白い長い髪《かみ》の三《み》つ編《あ》みを、肩《かた》に垂《た》らした淑《しと》やかな容姿の女性。


 家政婦《かせいふ》と言ったが、パフスリーブの長袖《ながそで》ジャケットにスラックスという彼女のいでたちは、どうもその語意《ごい》にそぐわないものだ。



「ヒナさん? 家政婦って……うふふ、そのお姿《すがた》だと、むしろ雇《やと》い主《ぬし》の方《ほう》ではなくてっ」


「いやあ、どうもスカートが性《しょう》に合《あ》わなくってさ。あはは。職業《しょくぎょう》病《びょう》ってやつかな? ……って、その言い方はいま失礼《しつれい》か。ごめん」



 来訪者《らいほうしゃ》は、意図《いと》しない男装《だんそう》をしたヒナだ。


 それを笑《わら》い飛《と》ばす。かと思えば、パンジーに配慮《はいりょ》して謝《あやま》ってくる。

 情緒《じょうちょ》がいそがしく変わる人だ、とパンジーは思って含《ふく》み笑いした。


 2人して部屋に入る。


 パンジーは、工場《こうじょう》で倒《たお》れた自身を、下宿《げしゅく》まで送《おく》り届《とど》けてくれたことへの感謝《かんしゃ》を伝える。


 するとヒナは、さっそくとばかりに用件《ようけん》をパンジーに差《さ》し出《だ》してきた。



「その件《けん》でね。昨日《きのう》、工場の専門医《せんもんい》に訊《き》いたんだけど……やっぱり、パンジーは、『揺《ゆ》らし石《いし》』の中毒《ちゅうどく》症《しょう》だろうって。ときどきいるんだよ、からだの中に入ると、発作《ほっさ》が出るって子」


「中(・)毒(・)症(・)? 私《わたくし》が。もしかして、昔《むかし》のことも……いえ。その、前にこの部屋に住《す》んでいらした方《かた》も、そうでしたの?」


「ううん、違《ちが》うよ。でもうちにも、何人かそれでやめた子がいたから」



 ヒナとのやりとりで、パンジーは2つの事実を知った。


 「揺《ゆ》らし石《いし》」には、摂取《せっしゅ》すると中毒症になる場合がある。

 今回と、過去に父親と採掘《さいくつ》場《じょう》へ行ったパンジーが、後日、猛烈《もうれつ》な発熱《はつねつ》を起こしたのはそれが原因かもしれないということ。


 そして、下宿《げしゅく》の前《ぜん》入居者《にゅうきょしゃ》が突如《とつじょ》いなくなった理由は、もっと別《べつ》の原因によるものということ。



「……どうして、シフォンさん? でしたっけ。急《きゅう》に光球《こうきゅう》工場《こうじょう》をやめてしまったんですの?」


「余計《よけい》なこと訊《き》くなー。誰の入《い》れ知恵《ぢえ》か知らないけどさ……。急にやめたんだから、誰も何もわからないの、ホントに」



 ヒナは面倒《めんどう》くさがるようすで、パンジーに言いつけてくる。



「それにさ、みんな事情《じじょう》があって工場《こうじょう》に来てるんだよ? パンジーだって、きっとそう。それでも同じ工場で働《はたら》いていける。事(・)情(・)は(・)仕(・)事(・)に(・)関(・)係(・)な(・)い(・)! 本人が話《はな》す必要《ひつよう》があるって決めたこと以外、他人が知るべきじゃないの。それが、職人《しょくにん》の礼儀《れいぎ》ってモンだよ」



 ついに、ヒナは強《つよ》い口調《くちょう》でパンジーを諫《いさ》める。


 それこそが彼女の、工場で多くの担《にな》い手《て》……そして生活《せいかつ》を守《まも》らなければならない者《もの》の、信念《しんねん》なのだ。



「わかり、ましたわ……吾《わ》がままを言って、ごめんなさい」


「いいよ。全部《ぜんぶ》、勢《いきお》いで決めたブレビスのおじさんのせいだしっ」



 パンジーの謝罪《しゃざい》を、ヒナはまた笑って受け入れてくれる。



「話を戻すけど。やっぱり、パンジーが球幹(今の)工程《こうてい》を続《つづ》けるのは、難《むずか》しいと思って……細工《さいく》工程《こうてい》の子が、あっサルビオラじゃないよ、パンジーと仕事を変わってもいいって言ってくれたの。どうかな? もしそれでもダメだったら、まあ、光球工場《うち》以外にも工場は幾《いく》らでも紹介《しょうかい》できるし……」


「お待《ま》ちくださいましっ!」



 パンジーは、首筋《くびすじ》が引《ひ》きつるほど、ひっしな声で制止《せいし》する。



「ヒナさんは、職人はみんな事情があって、それでも一緒《いっしょ》に仕事ができるって言ってくださいましたよね。なのに、私《わたくし》の事情を、気持ちを一方《いっぽう》的に決めつけるのは、お話《はなし》が違《ちが》いますわ……」


「いや、そんなつもりないけどっ」


「私《わたくし》は、球(・)幹(・)工(・)程(・)の(・)職(・)人(・)で(・)す(・)わ(・)! 工場《こうじょう》なら何でもいいなんて、これっぽっちも思っていません。つらくたって、逃《に》げません! あの場所がいいんです。ですから、どうかこれからも、あの場所で働かせてください!」



 パンジーは、ヒナに面《めん》と向《む》かって言《い》い放《はな》つ。


 短《みじか》く切られた髪を乱《みだ》して、頭を下げる。


 もう彼女の姿からは、「豪商《ごうしょう》の1人娘(むすめ)」という肩書《かたが》きを感じることもできない。

 ただのか弱《よわ》い少女だ。


 だからこそ、言葉《ことば》を、願《ねが》いを。

 ヒナは冷淡《れいたん》に突《つ》き放《はな》すことができる。

 特別《とくべつ》待遇《たいぐう》するべき相手《あいて》ではないとわかったから。


 ヒナは、くすぐったそうに小粋《こいき》に、笑って。

 最後には、パンジーを受け入れてしまった。



「……わかった。じゃあ、工場《こうじょう》が直《なお》ったら、最初に安全《あんぜん》管理《かんり》の対策《たいさく》を考えよう。どこぞのバカみたいに、2回目以降(いこう)のミスは怠慢《たいまん》だからねっ。仕事はそれから!」


「あり、がとうございます。ヒナさん。本当に。よかったぁ……」


「んふふ。アタシも、よかった。パンジーがう(・)ち(・)の(・)職(・)人(・)になってくれて。大丈夫《だいじょうぶ》、大事《だいじ》にするよ」



 ヒナはそう言って、パンジーの髪を撫《な》で梳《す》く。

 髪《かみ》は、心《こころ》なしか粉《こな》を吹《ふ》いていた。



 こうして、パンジーは心《こころ》から、ファクトリアの職人《しょくにん》となった。


 これからも、身《み》を粉《こ》に、粉《こな》にまみれながら、光球《こうきゅう》という「人(・)々(・)の(・)夢(・)」をつくり続《つづ》けていくだろう。



 この「夢《ゆめ》」から、目覚めるまでは。






あなたはこの先をどう読みますか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。