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ファクトリアッ! 夢づくりの工場物語  作者: 石鬼 輪たつ
陰に風流あらざれば病となる
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20/31

第19輪 爆発(ばくはつ)パンジー

 町が一瞬《いっしゅん》揺《ゆ》れるほどの大きな音がして。


 パンジーが光球《こうきゅう》工場《こうじょう》に着《つ》いた際《さい》には、製造《せいぞう》部《ぶ》建物の一部は「廃墟《はいきょ》」と化《か》していた。



 すでに、工程《こうてい》内《ない》で作業準備に取りかかっていた職人《しょくにん》たちについて。

 特段《とくだん》、焦《あせ》ったようすがないままに、建物の外へとぞろぞろ逃《のが》れてくる。


 私服《しふく》のパンジーはそれに逆《さか》らって工場の中へ。


 やがて、困惑《こんわく》の顔《かお》の前に、同じかあるいは別の悪《わる》い感情によって歪《ゆが》んだ顔のヒナがあらわれる。



「ああ、パンジー……おはよう。ちょっと、セントがやらかしたみたいで。今日は臨時《りんじ》休業《きゅうぎょう》だわ」



 ヒナは申《もう》し訳《わけ》なさそうに言うと、パンジーを球幹《きゅうかん》工程まで連れて行く。


 球幹《きゅうかん》工程は、壁《かべ》の一部が崩壊《ほうかい》して骨組《ほねぐ》みがむき出しのありさま。


 また、一面《いちめん》をかつてない大量《たいりょう》の「揺《ゆ》らし石《いし》」の粉末《ふんまつ》によって汚染《おせん》されていた。


 肌《はだ》に粘膜《ねんまく》に張《は》りつく粉《ふん》じんの痛みと、こもった熱が、いっせいにパンジーへ発汗《はっかん》を催《もよお》させる。

 目《ま》ぶたも、生理《せいり》現象《げんしょう》として勝手に半分《はんぶん》下《お》りてきてしまう。



「おはよう、パンジー。あははー、驚《おどろ》いたよね」



 惨状《さんじょう》にふさわしくない軽口《かるくち》を叩《たた》いて、物陰《ものかげ》から姿《すがた》を見せるセント。


 作業着《さぎょうぎ》を着《き》て、腰《こし》まで伸《の》びた艶《つや》やかな茶髪を後《うし》ろでまとめている。


 と、普段《ふだん》どおりの格好《かっこう》ながら、尋常《じんじょう》ではない汗《あせ》をかいている。


 汗は、顔の表面で、溶《と》けた蝋《ろう》のように見えるほどだ。


 そして、何より、全身が真赭《まそお》色に染《そ》まっているのだ。



「セントさん……な、何を?」


「いやあ、ちょっとしたボタンのかけ違《ちが》いがあってねー」



 いつもなら、この男《おとこ》の知識人《ちしきじん》めかした説明《せつめい》癖《グセ》に付き合ってもいいところだが……。


 粉々(こなごな)になった壁《かべ》と床《ゆか》、砂漠《さばく》化《か》した景色《けしき》を見るに、今回はそれを許《ゆる》すことはできない。



 容疑者《ようぎしゃ》供述《きょうじゅつ》によると、始業前に火房《カブ》で「揺《ゆ》らし石《いし》」を砕《くだ》いて、磨《す》り臼《うす》にかけていたところに、ヒナから急ぎの用を頼《たの》まれた。


 それ自体は単《たん》に確認作業であるため、すぐに済《す》ませて戻《もど》って来《く》ればいい。


 そう思い、磨《す》り臼《うす》を高速で回した。


 「揺《ゆ》らし石《いし》」の作用《さよう》によって火房《カブ》内《ない》の空気は温《あたた》まる。


 容疑者は滝《たき》とばかりに汗を流し、やがてワインの搾《しぼ》りカスみたいになって火房《カブ》を出た。



「普通なら、時間を置《お》けば自然《しぜん》冷却《れいきゃく》されるはずだったんだけど……」



 話《はなし》の途中《とちゅう》で、ヒナが縄《なわ》を投げ、容疑者《ようぎしゃ》を捕縛《ほばく》! 


 パンジーをともなって事故現場へ案内《ガイド》させる。


 球幹《きゅうかん》工程《こうてい》そばの火房《カブ》に来た。

 はず、だが、建物《たてもの》がない。


 散乱《さんらん》した瓦礫《がれき》があるだけ。


 少し上空を見上《みあ》げると、竜《りゅう》か何か生《い》き物《もの》が来て火《ひ》でも吹《ふ》いていったように、薄《うっす》らと赤い粉《こな》が舞《ま》っている。


 爆心地《ばくしんち》に立ったヒナは、足元《あしもと》から、焼《や》け焦《こ》げたこ(・)ぶ(・)し(・)大(・)の束《たば》を拾《ひろ》い上《あ》げる。



「これ! 廃棄《はいき》するつもりだった金属線《きんぞくせん》! ここから火花《ひばな》が飛《と》んで、(『揺らし石』粉末に着火し)爆発《ばくはつ》したみたい。こいつ、アタシに怒《おこ》られたくないからって、こんなとこに隠《かく》してやがった!」


「だから違《ちが》うってー……ちょっと仮(・)置(・)き(・)してたのを、忘《わす》れてただけだよお」


「粉《こな》が舞《ま》ってるとこに置くなって何回《なんかい》言わせんのよ! それも忘れてた、忘れてたの? ああっもう、工場じゃなくてあんたの頭《あたま》ん中《なか》吹《ふ》き飛《と》ばしてやりたい気分だわっ!」



 言《い》い争《あらそ》ってもキリがない。


 とにかく、仕事場所が吹き飛び、やることがなくなった。

 パンジーにとって必要な事実はそれだけだ。



 いっきに風通《かぜとお》しがよくなった、工場内へと戻《もど》る。


 しばらくして、朝礼《ちょうれい》の時間がやって来る。


 皆《みな》の面前《めんぜん》で、ヒナは憤《いきどお》りを隠すことなく、荒《あら》っぽい口調《くちょう》で起こった出来事《できごと》を話した。


 それから、工場長《こうじょうちょう》ブレビスも顔を出した。


 彼の口からは、別の都市《とし》にいる大工《だいく》がファクトリアへ着《つ》いて工場を直すまで約1週間かかること、今日から2日間は工場全体を清掃《せいそう》し、残《のこ》りの日程《にってい》は休業となることが伝えられる。


 解散《かいさん》後《ご》、パンジーが行《ゆ》くあてもなく製造《せいぞう》部《ぶ》内を歩いていると、フォルミンに呼び止められる。


 フォルミンはホウキ片手《かたて》に、対面したパンジーに向かって、にこやかな表情をつくる。



「パンジーさん、一緒に掃除しましょう。私がウ(・)エ(・)のゴミを落とすので、パンジーさんはシ(・)タ(・)でゴミを寄《よ》せて(掃いて)ください」


「え、ええ。……ウエ、ってどういうことしょう?」



 パンジーが半《なか》ば反射《はんしゃ》的に訊《たず》ねる。


 フォルミンは顔を振り上げる。

 丸縁《まるぶち》メガネのレンズが日光に白《しら》んで、彼女の黒い髪にも光《ひかり》の粒《つぶ》が走った。


 追《お》ってパンジーもそうする。

 自然《しぜん》の成《な》り行《ゆ》きだ。


 球幹《きゅうかん》工程《こうてい》の上部は、火房《カブ》に近いところが青《あお》天井《てんじょう》、遠いところがイライでも届《とど》かない高所《こうしょ》に鉄筋《てっきん》の梁《はり》が張《は》り巡《めぐ》らされた、灰色《はいいろ》と褐色《かっしょく》の屋根《やね》だ。


 パンジーは視線を戻す。


 そのとき、フォルミンが作業着《さぎょうぎ》を脱《ぬ》ぎ始《はじ》めた! 



「ちょ、えっ!」



 と、動揺《どうよう》させられるパンジー。


 よほど暑かったのか? 

 それにしたって、はしたないだろう。


 フォルミンは作業着の上半分を、腰《こし》へ。


 袖《そで》をしばって留《と》める。


 黒い肌着《はだぎ》と細腕《ほそうで》があらわになる。



 バサっ――と、重くも軽い音とともに、フォルミンはハ(・)ネ(・)を(・)広(・)げ(・)る(・)。



 比喩《ひゆ》ではない。


 黒髪の少女の背《せ》に、一対《いっつい》の、半透明《はんとうめい》な胡蝶《こちょう》めく翅《はね》が、大きく広がったのだ。



「――フォルミンさん。『ハ(・)ネ(・)ア(・)リ(・)』、でしたの?」



 それにも、パンジーは驚《おどろ》くかと思った。


 思い違いだった。


 パンジーは知っていた、その正体を。


 フォルミンは幼《おさや》顔《がお》に似《に》つかわしくない(あるいは年齢《ねんれい》相応《そうおう》のものか)挑発《ちょうはつ》的な笑《え》みを浮かべる。


 直後、翅《はね》を振動《しんどう》させ、革靴《かわぐつ》のかかとを浮《う》かせた。


 そのまま宙《ちゅう》に飛び上がってしまった。


 一切《いっさい》の難《むずか》しさもなく。

 ただ、人が歩くことと同じように空を飛んでいくのだ。



「いきますよーっ!」



 澄《す》みきった声が、熱気《ねっき》を帯《お》びた工場内の空気にこだまする。


 フォルミンは空中で姿勢《しせい》を維持《いじ》しつつ、手のホウキを振り回し、天井《てんじょう》の梁《はり》へと叩《たた》きつける。


 実《じつ》に豪快《ごうかい》な光景だ。


 すると、ゴサっ! 土砂《どしゃ》崩《くず》れでも起きたのかという音。


 間髪《かんはつ》を入れずに、真赭《まそお》色の塊《かたまり》が落下《らっか》する。


 パンジーは口を開《あ》けたままそれを見上げていた。


 だから、必定《ひつじょう》のこととして、降《ふ》りかかる塊《かたまり》の下敷《したじ》きとなる。


 彼女の立っていた場所に、「揺《ゆ》らし石《いし》」のひ(・)と(・)山(・)ができる。



「――ぶふぉああ! ふがっ!」



 汚声《おごえ》がして。


 赤《あか》い粉山《こなやま》に、金のパンジーが1輪《りん》咲《さ》いた。



「フォルミンさんん! 死んでしまいますわ! おやめになってぇ!」



 泣《な》き言《ごと》を言うパンジー。


 フォルミンは天井《てんじょう》から何かを言い返し、頭《あたま》を下《さ》げる。


 後《うし》ろで縄《なわ》についたセントが腑抜《ふぬ》けた笑い声を上げる。


 ヒナが床《ゆか》から拾《ひろ》った粉《こな》を、やつの顔に投げつける。


 場《ば》はまさしくカオス。


 掃除《そうじ》をしたかったのに、当事者《とうじしゃ》たちの混乱《こんらん》が、さらに状況《じょうきょう》を取《と》っ散《ち》らかしている。


 どうにか収拾《しゅうしゅう》をつけようと、製造《せいぞう》部《ぶ》のガラス球《きゅう》工程や細工《さいく》工程、さらに検査《けんさ》部《ぶ》からも応援《おうえん》の職人たちがやって来る。


 「揺《ゆ》らし石《いし》」に埋《う》もれたパンジーは彼らに救助《きゅうじょ》された。



「ぷっ、ぷっ⋯⋯ありがとうございますっ! 皆《みな》さん、力《ちから》を合わせてがんばりましょうっ!」



 パンジーは混乱《こんらん》にかこつけて、主役《ヒロイン》気《き》どりで音頭《おんど》を取る。



 ――職人たちと莫大《ばくだい》な「揺《ゆ》らし石《いし》」粉末《ふんまつ》との戦《たたか》いが、幕《まく》を開《あ》ける!



 フォルミンともう2人の「ハネアリ」が、華麗《かれい》に工場内を飛《と》び回《まわ》って。


 数分《すうふん》に一度の翅《はね》休《やす》めを行《おこな》いながら、梁《はり》や野地板《のじいた》の隙間《すきま》に積《つ》もった粉末《ふんまつ》を落としていく。



 この「ハ(・)ネ(・)ア(・)リ(・)」というものは、パンジーたち人間の中で、小《しょう》規模《きぼ》存在している変異《へんい》種《しゅ》だ。


 外見《がいけん》はやや小柄《こがら》。

 フォルミンのように飛行することができ、普段は体長と同《どう》程度《ていど》の大《おお》きさの翅《はね》をうまく折《お》り畳《たた》むことで、一般人社会に溶《と》け込《こ》んでいる。



 といっても、自由に空を飛んだところで、人々(ひとびと)が噂《うわさ》するほど稀有《けう》だということもない。


 実際《じっさい》、パンジーがファクトリアに移住《いじゅう》してから、幾人《いくにん》かの「ハネアリ」の姿《すがた》を目にした。


 それをわざわざ話題《わだい》にもしなかったのは、彼らが当(・)た(・)り(・)前(・)の(・)存(・)在(・)だから。


 同時に、一般市民――さしずめ「ハネナシ」に対して、「ハネアリ」の数が少ないのは、民族《みんぞく》規模が小さいため。


 そして、彼らの多《おお》くが、研究《けんきゅう》職《しょく》、専門《せんもん》商《しょう》、外交官《がいこうかん》などの特別《とくべつ》な地位《ちい》についているためなのだ。



 さて、掃除《そうじ》は順調《じゅんちょう》に進んでいるだろうか。



「毎日《まいにち》掃除《そうじ》しても、ずっと粉《こな》っぽかったのって、工場の天井《てんじょう》に積《つ》もってた粉が落ちてきていたからなのね。きっと、風《かぜ》が入《はい》ったときに循環《じゅんかん》して……やっとわかりましたわ……」



 そんな余計なことを考えて、床《ゆか》を掃《は》く手が止まりかかっているパンジー。

 進捗《しんちょく》は⋯⋯1割未満といったところか。



「あー。それもあるけど。爆発《ばくはつ》させたの、今回で3回目だから。前《まえ》の分《ぶん》が残《のこ》ってたのかも」


「⋯⋯」



 パンジーは口《くち》を閉《と》じてしまった。


 ムダな補足《ほそく》もそうだが、にんまりするセントの発した、「爆(・)発(・)さ(・)せ(・)た(・)」という、頭痛《ずつう》のするような言い回しのせいだ。


 もっとも、そのお陰《かげ》で作業《さぎょう》効率《こうりつ》はやや上がった。



 数十分が過《す》ぎた頃《ころ》。


 赤《あか》い砂漠《さばく》は健在《けんざい》で、まだまだ道《みち》のりは険《けわ》しい。


 そこで、いきなり「ひあっ!」と、上擦《うわず》った情《なさ》けない声が飛び出してくる。

 ゴキブリか、水《みず》枯《か》れした骸骨《がいこつ》でも見つけたのか。


 パンジーが、声の方を見遣《みや》る。


 彼女をも驚《おどろ》かせるためか。

 直後、作業《さぎょう》机《つくえ》の物陰《ものかげ》から――ナ(・)ゾ(・)の(・)物(・)体(・)が飛び出してきた!



「なっ、なんですの! 赤《あか》いの!」



 粉《こな》を吸《す》ってしゃがれた、パンジーの声が指《さ》し示《しめ》す先《さき》。


 その赤(・)い(・)の(・)は、ようす見《み》とばかりに脚《あし》を止《と》める。


 それは、小《ちい》さなからだ全体を真赭《まそお》色に染《そ》め上《あ》げた、2つの上《うわ》向《む》きの耳《みみ》、細長《ほそなが》い尻尾《しっぽ》をもつ。


 生《い》き物《もの》の姿《すがた》。



「まさか――『揺《ゆ》らし石《いし》』の『波《なみ》』は、ときに揺らした『粒《つぶ》』へ生命《いのち》を与える、と聞いたことがあるが……そんな。『揺らし石』の粉《こな》自体《じたい》が、生《い》き物《もの》になったっていうのか?」



 神妙《しんみょう》な顔つきで、ハゲ頭《あたま》に粉《こな》を降《ふ》らせた男性職人がつぶやく。



「初耳《はつみみ》ですわ!」



 ⋯⋯パンジーはそのような話は知らないし、そんな眉唾《まゆつば》を言った男性も知らない。


 誰だお前は。

 応援《おうえん》に来た検査《けんさ》部《ぶ》の者《もの》だろうか。



 門外漢《もんがいかん》は放《ほう》っておいて。

 真赭《まそお》色の生《い》き物《もの》が、四足歩行でたっと駆《か》け出《だ》す!


 球幹《きゅうかん》工程《こうてい》の赤い砂漠《さばく》の中へ、逃《に》げるためか、それともおびき出すためか。


 予測《よそく》不可能《ふかのう》な獣《けもの》の走《はし》りだ。



「パンジーさん、捕《つか》まえてっ! 外へ逃げられたら、大変なことになります!」



 フォルミンは叫《さけ》び、勢《いきお》いをつけて天井《てんじょう》から地面に向かって滑空《かっくう》する。


 翅《はね》の猛烈《もうれつ》なはばたきで、工場《こうじょう》内の「揺《ゆ》らし石《いし》」粉末《ふんまつ》はふたたび舞《ま》い上《あ》がる。


 目に見えない粒子《りゅうし》の世界《せかい》で、粉末《ふんまつ》は連鎖《れんさ》的にぶつかり揺《ゆ》らし合《あ》い、パンジーたちの世界を発熱《はつねつ》させる。


 パンジーと幾人《いくにん》かの職人《しょくにん》も、後《あと》に続《つづ》いて走り出す。


 しかし、真赭《まそお》色の生《い》き物《もの》は後脚《うしろあし》にバネでも仕込《しこ》んでいるように、爆発《ばくはつ》的加速をして、追《お》いすがる職人たちに影《かげ》をも踏《ふ》ませない。



「きゃあ!」



 パンジーが転倒《てんとう》。


 堆積《たいせき》した粉末《ふんまつ》がクッションになることはなく、工場の床《ゆか》に鼻《はな》を強打《きょうだ》した。



「大丈夫ですかっ!」


「は、はい……すみません。私《わたくし》、とろくって。捕まえるなんて、とても……」



 倒《たお》れたパンジーを、フォルミンが舞《ま》い降《お》りて支《ささ》えてくれる。


 周《まわ》りの空気、からだにびっしりこびりつく「揺《ゆ》らし石《いし》」粉末《ふんまつ》が、熱《あつ》い。


 湯舟《ゆぶね》に浸《つ》かっているみたいに。


 熱《ねつ》が、パンジーを苦しめた。





(!)


 それは、まるで奇跡《きせき》が起《お》こったかのようだった。


 球幹《きゅうかん》工程《こうてい》の奥《おく》。


 ガラス球《きゅう》(カバー)・球幹《きゅうかん》(発熱部)・金属線《きんぞくせん》(発光部)が揃《そろ》った、しかし検査《けんさ》前の上、発動機にもセットしていない「裸《はだか》の光球《こうきゅう》」たち。


 それらが、光《ひか》った。


 もしかすると、熱《あつ》い空気が、球幹内側のシートに干渉《かんしょう》して発熱《はつねつ》したのか? 


 原因はわからない。


 だが、どうしたって間違《まちが》いようもない。


 そこで、文明《ぶんめい》の光《ひかり》は、誇《ほこ》り高《たか》くかがやいていた。



「――そうだわっ! フォルミンさん、ニ(・)カ(・)ワ(・)を持ってきてくださいまし!」



 パンジーの頭《あたま》の中にも、鋭《するど》いひらめきが伝播《でんぱ》する。


 フォルミンは目を細《ほそ》めて疑《うたが》ってかかる。

 しかし、すぐにパンジーの思《おも》い描《えが》く作戦に気がつき、工程《こうてい》隅《すみ》の資材《しざい》置き場へ飛ぶ。


 場所に置かれたバケツ。

 中に入ったニカワは、これも火房《カブ》爆発《ばくはつ》の影響《えいきょう》だろうか、糊《のり》状《じょう》から半液《はんえき》状《じょう》の悪臭《あくしゅう》物質となっている。


 フォルミンはバケツを、パンジーの手元まで運《はこ》んだ。



「これでっ。セントさんっ! 後《あと》で、一緒《いっしょ》に叱《しか》られますわよっ!」



 言ったそばからパンジーは、持《も》てる力《ちから》のすべてでニカワ入《い》りバケツを振《ふ》り回《まわ》し、中身を床《ゆか》の上《うえ》にぶちまける!


 真赭《まそお》色の生《い》き物《もの》は、易々(やすやす)回避《かいひ》してしまう。


 が、粉《こな》まみれの地面では、踏《ふ》ん張《ば》りが利《き》きづらい。


 よろけた拍子《ひょうし》に、右《みぎ》前脚《まえあし》からニカワ溜《た》まりへと突《つ》っ込《こ》んだ!


 隙《スキ》あり! 


 と、翅《はね》なしのパンジーもニカワ溜《た》まりへダイブ。


 捨《す》て身《み》の一手《いって》をくり出した。



 フォルミンやヒナが、くもり顔で近づくと……ぐちょぐちょになったパンジー。


 めげない満面《まんめん》の笑《え》みで、ナゾの生《い》き物《もの》を、両腕《りょううで》いっぱいに掴《つか》まえている。


 生《い》き物《もの》は、ニカワの粘性《ねんせい》によって表面から真赭《まそお》色の粉《こな》がはがされ、下から本来《ほんらい》の灰《はい》色をした体毛《たいもう》がのぞいて。



「ミャー」



 と、力《ちから》なく鳴いた。



「これは……あはは。ただの子猫《こねこ》ちゃんだね」



 ヒナが、生《い》き物《もの》の頭を臆《おく》さずに撫《な》でつける。

 ついでにパンジーの頭も。


 どこから来た迷《まよ》い猫《ねこ》か、わからないものの、これにて騒動《そうどう》はひとまず解決《かいけつ》した。


 ……そう、ひとまずは。


 子猫《こねこ》を愛《め》でたところで、現場の惨状《さんじょう》はどうにもならない。


 仕切《しき》り直《なお》しだ。

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