第19輪 爆発(ばくはつ)パンジー
町が一瞬揺れるほどの大きな音がして。
パンジーが光球工場に着いた際には、製造部建物の一部は「廃墟」と化していた。
すでに、工程内で作業準備に取りかかっていた職人たちについて。
特段、焦ったようすがないままに、建物の外へとぞろぞろ逃れてくる。
私服のパンジーはそれに逆らって工場の中へ。
やがて、困惑の顔の前に、同じかあるいは別の悪い感情によって歪んだ顔のヒナがあらわれる。
「ああ、パンジー……おはよう。ちょっと、セントがやらかしたみたいで。今日は臨時休業だわ」
ヒナは申し訳なさそうに言うと、パンジーを球幹工程まで連れて行く。
球幹工程は、壁の一部が崩壊して骨組みがむき出しのありさま。
また、一面をかつてない大量の「揺らし石」の粉末によって汚染されていた。
肌に粘膜に張りつく粉じんの痛みと、こもった熱が、いっせいにパンジーへ発汗を催させる。
目ぶたも、生理現象として勝手に半分下りてきてしまう。
「おはよう、パンジー。あははー、驚いたよね」
惨状にふさわしくない軽口を叩いて、物陰から姿を見せるセント。
作業着を着て、腰まで伸びた艶やかな茶髪を後ろでまとめている。
と、普段どおりの格好ながら、尋常ではない汗をかいている。
汗は、顔の表面で、溶けた蝋のように見えるほどだ。
そして、何より、全身が真赭色に染まっているのだ。
「セントさん……な、何を?」
「いやあ、ちょっとしたボタンのかけ違いがあってねー」
いつもなら、この男の知識人めかした説明癖に付き合ってもいいところだが……。
粉々になった壁と床、砂漠化した景色を見るに、今回はそれを許すことはできない。
容疑者供述によると、始業前に火房で「揺らし石」を砕いて、磨り臼にかけていたところに、ヒナから急ぎの用を頼まれた。
それ自体は単に確認作業であるため、すぐに済ませて戻って来ればいい。
そう思い、磨り臼を高速で回した。
「揺らし石」の作用によって火房内の空気は温まる。
容疑者は滝とばかりに汗を流し、やがてワインの搾りカスみたいになって火房を出た。
「普通なら、時間を置けば自然冷却されるはずだったんだけど……」
話の途中で、ヒナが縄を投げ、容疑者を捕縛!
パンジーをともなって事故現場へ案内させる。
球幹工程そばの火房に来た。
はず、だが、建物がない。
散乱した瓦礫があるだけ。
少し上空を見上げると、竜か何か生き物が来て火でも吹いていったように、薄らと赤い粉が舞っている。
爆心地に立ったヒナは、足元から、焼け焦げたこぶし大の束を拾い上げる。
「これ! 廃棄するつもりだった金属線! ここから火花が飛んで、(『揺らし石』粉末に着火し)爆発したみたい。こいつ、アタシに怒られたくないからって、こんなとこに隠してやがった!」
「だから違うってー……ちょっと仮置きしてたのを、忘れてただけだよお」
「粉が舞ってるとこに置くなって何回言わせんのよ! それも忘れてた、忘れてたの? ああっもう、工場じゃなくてあんたの頭ん中吹き飛ばしてやりたい気分だわっ!」
言い争ってもキリがない。
とにかく、仕事場所が吹き飛び、やることがなくなった。
パンジーにとって必要な事実はそれだけだ。
いっきに風通しがよくなった、工場内へと戻る。
しばらくして、朝礼の時間がやって来る。
皆の面前で、ヒナは憤りを隠すことなく、荒っぽい口調で起こった出来事を話した。
それから、工場長ブレビスも顔を出した。
彼の口からは、別の都市にいる大工がファクトリアへ着いて工場を直すまで約1週間かかること、今日から2日間は工場全体を清掃し、残りの日程は休業となることが伝えられる。
解散後、パンジーが行くあてもなく製造部内を歩いていると、フォルミンに呼び止められる。
フォルミンはホウキ片手に、対面したパンジーに向かって、にこやかな表情をつくる。
「パンジーさん、一緒に掃除しましょう。私がウエのゴミを落とすので、パンジーさんはシタでゴミを寄せて(掃いて)ください」
「え、ええ。……ウエ、ってどういうことしょう?」
パンジーが半ば反射的に訊ねる。
フォルミンは顔を振り上げる。
丸縁メガネのレンズが日光に白んで、彼女の黒い髪にも光の粒が走った。
追ってパンジーもそうする。
自然の成り行きだ。
球幹工程の上部は、火房に近いところが青天井、遠いところがイライでも届かない高所に鉄筋の梁が張り巡らされた、灰色と褐色の屋根だ。
パンジーは視線を戻す。
そのとき、フォルミンが作業着を脱ぎ始めた!
「ちょ、えっ!」
と、動揺させられるパンジー。
よほど暑かったのか?
それにしたって、はしたないだろう。
フォルミンは作業着の上半分を、腰へ。
袖をしばって留める。
黒い肌着と細腕があらわになる。
バサっ――と、重くも軽い音とともに、フォルミンはハネを広げる。
比喩ではない。
黒髪の少女の背に、一対の、半透明な胡蝶めく翅が、大きく広がったのだ。
「――フォルミンさん。『ハネアリ』、でしたの?」
それにも、パンジーは驚くかと思った。
思い違いだった。
パンジーは知っていた、その正体を。
フォルミンは幼顔に似つかわしくない(あるいは年齢相応のものか)挑発的な笑みを浮かべる。
直後、翅を振動させ、革靴のかかとを浮かせた。
そのまま宙に飛び上がってしまった。
一切の難しさもなく。
ただ、人が歩くことと同じように空を飛んでいくのだ。
「いきますよーっ!」
澄みきった声が、熱気を帯びた工場内の空気にこだまする。
フォルミンは空中で姿勢を維持しつつ、手のホウキを振り回し、天井の梁へと叩きつける。
実に豪快な光景だ。
すると、ゴサっ! 土砂崩れでも起きたのかという音。
間髪を入れずに、真赭色の塊が落下する。
パンジーは口を開けたままそれを見上げていた。
だから、必定のこととして、降りかかる塊の下敷きとなる。
彼女の立っていた場所に、「揺らし石」のひと山ができる。
「――ぶふぉああ! ふがっ!」
汚声がして。
赤い粉山に、金のパンジーが1輪咲いた。
「フォルミンさんん! 死んでしまいますわ! おやめになってぇ!」
泣き言を言うパンジー。
フォルミンは天井から何かを言い返し、頭を下げる。
後ろで縄についたセントが腑抜けた笑い声を上げる。
ヒナが床から拾った粉を、やつの顔に投げつける。
場はまさしくカオス。
掃除をしたかったのに、当事者たちの混乱が、さらに状況を取っ散らかしている。
どうにか収拾をつけようと、製造部のガラス球工程や細工工程、さらに検査部からも応援の職人たちがやって来る。
「揺らし石」に埋もれたパンジーは彼らに救助された。
「ぷっ、ぷっ⋯⋯ありがとうございますっ! 皆さん、力を合わせてがんばりましょうっ!」
パンジーは混乱にかこつけて、主役気どりで音頭を取る。
――職人たちと莫大な「揺らし石」粉末との戦いが、幕を開ける!
フォルミンともう2人の「ハネアリ」が、華麗に工場内を飛び回って。
数分に一度の翅休めを行いながら、梁や野地板の隙間に積もった粉末を落としていく。
この「ハネアリ」というものは、パンジーたち人間の中で、小規模存在している変異種だ。
外見はやや小柄。
フォルミンのように飛行することができ、普段は体長と同程度の大きさの翅をうまく折り畳むことで、一般人社会に溶け込んでいる。
といっても、自由に空を飛んだところで、人々が噂するほど稀有だということもない。
実際、パンジーがファクトリアに移住してから、幾人かの「ハネアリ」の姿を目にした。
それをわざわざ話題にもしなかったのは、彼らが当たり前の存在だから。
同時に、一般市民――さしずめ「ハネナシ」に対して、「ハネアリ」の数が少ないのは、民族規模が小さいため。
そして、彼らの多くが、研究職、専門商、外交官などの特別な地位についているためなのだ。
さて、掃除は順調に進んでいるだろうか。
「毎日掃除しても、ずっと粉っぽかったのって、工場の天井に積もってた粉が落ちてきていたからなのね。きっと、風が入ったときに循環して……やっとわかりましたわ……」
そんな余計なことを考えて、床を掃く手が止まりかかっているパンジー。
進捗は⋯⋯1割未満といったところか。
「あー。それもあるけど。爆発させたの、今回で3回目だから。前の分が残ってたのかも」
「⋯⋯」
パンジーは口を閉じてしまった。
ムダな補足もそうだが、にんまりするセントの発した、「爆発させた」という、頭痛のするような言い回しのせいだ。
もっとも、そのお陰で作業効率はやや上がった。
数十分が過ぎた頃。
赤い砂漠は健在で、まだまだ道のりは険しい。
そこで、いきなり「ひあっ!」と、上擦った情けない声が飛び出してくる。
ゴキブリか、水枯れした骸骨でも見つけたのか。
パンジーが、声の方を見遣る。
彼女をも驚かせるためか。
直後、作業机の物陰から――ナゾの物体が飛び出してきた!
「なっ、なんですの! 赤いの!」
粉を吸ってしゃがれた、パンジーの声が指し示す先。
その赤いのは、ようす見とばかりに脚を止める。
それは、小さなからだ全体を真赭色に染め上げた、2つの上向きの耳、細長い尻尾をもつ。
生き物の姿。
「まさか――『揺らし石』の『波』は、ときに揺らした『粒』へ生命を与える、と聞いたことがあるが……そんな。『揺らし石』の粉自体が、生き物になったっていうのか?」
神妙な顔つきで、ハゲ頭に粉を降らせた男性職人がつぶやく。
「初耳ですわ!」
⋯⋯パンジーはそのような話は知らないし、そんな眉唾を言った男性も知らない。
誰だお前は。
応援に来た検査部の者だろうか。
門外漢は放っておいて。
真赭色の生き物が、四足歩行でたっと駆け出す!
球幹工程の赤い砂漠の中へ、逃げるためか、それともおびき出すためか。
予測不可能な獣の走りだ。
「パンジーさん、捕まえてっ! 外へ逃げられたら、大変なことになります!」
フォルミンは叫び、勢いをつけて天井から地面に向かって滑空する。
翅の猛烈なはばたきで、工場内の「揺らし石」粉末はふたたび舞い上がる。
目に見えない粒子の世界で、粉末は連鎖的にぶつかり揺らし合い、パンジーたちの世界を発熱させる。
パンジーと幾人かの職人も、後に続いて走り出す。
しかし、真赭色の生き物は後脚にバネでも仕込んでいるように、爆発的加速をして、追いすがる職人たちに影をも踏ませない。
「きゃあ!」
パンジーが転倒。
堆積した粉末がクッションになることはなく、工場の床に鼻を強打した。
「大丈夫ですかっ!」
「は、はい……すみません。私、とろくって。捕まえるなんて、とても……」
倒れたパンジーを、フォルミンが舞い降りて支えてくれる。
周りの空気、からだにびっしりこびりつく「揺らし石」粉末が、熱い。
湯舟に浸かっているみたいに。
熱が、パンジーを苦しめた。
(!)
それは、まるで奇跡が起こったかのようだった。
球幹工程の奥。
ガラス球(カバー)・球幹(発熱部)・金属線(発光部)が揃った、しかし検査前の上、発動機にもセットしていない「裸の光球」たち。
それらが、光った。
もしかすると、熱い空気が、球幹内側のシートに干渉して発熱したのか?
原因はわからない。
だが、どうしたって間違いようもない。
そこで、文明の光は、誇り高くかがやいていた。
「――そうだわっ! フォルミンさん、ニカワを持ってきてくださいまし!」
パンジーの頭の中にも、鋭いひらめきが伝播する。
フォルミンは目を細めて疑ってかかる。
しかし、すぐにパンジーの思い描く作戦に気がつき、工程隅の資材置き場へ飛ぶ。
場所に置かれたバケツ。
中に入ったニカワは、これも火房爆発の影響だろうか、糊状から半液状の悪臭物質となっている。
フォルミンはバケツを、パンジーの手元まで運んだ。
「これでっ。セントさんっ! 後で、一緒に叱られますわよっ!」
言ったそばからパンジーは、持てる力のすべてでニカワ入りバケツを振り回し、中身を床の上にぶちまける!
真赭色の生き物は、易々回避してしまう。
が、粉まみれの地面では、踏ん張りが利きづらい。
よろけた拍子に、右前脚からニカワ溜まりへと突っ込んだ!
隙あり!
と、翅なしのパンジーもニカワ溜まりへダイブ。
捨て身の一手をくり出した。
フォルミンやヒナが、くもり顔で近づくと……ぐちょぐちょになったパンジー。
めげない満面の笑みで、ナゾの生き物を、両腕いっぱいに掴まえている。
生き物は、ニカワの粘性によって表面から真赭色の粉がはがされ、下から本来の灰色をした体毛がのぞいて。
「ミャー」
と、力なく鳴いた。
「これは……あはは。ただの子猫ちゃんだね」
ヒナが、生き物の頭を臆さずに撫でつける。
ついでにパンジーの頭も。
どこから来た迷い猫か、わからないものの、これにて騒動はひとまず解決した。
……そう、ひとまずは。
子猫を愛でたところで、現場の惨状はどうにもならない。
仕切り直しだ。




