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第1輪  箱入(はこいり)パンジー

 富裕《ふゆう》な商人の1人娘(むすめ)、パンジーは陽《ひ》の光をじゅうぶんに浴びた植物のように、ゆっくり、けれどしっかりと成長していった。


 6歳の彼女は金色のウェーブの髪《かみ》を、腰《こし》まで伸ばし、瞳《ひとみ》の碧《あお》をいっそう深くして、早々(そうそう)に淑女《しゅくじょ》といったいでたちをしていた。


 ただし、彼女の居場所は、先の喩《たと》えとは対照的に、いつでも、暗《くら》い部屋の中。


 教育係の使用人トドレスのゆるしがなければ、勝手にお屋敷《やしき》を歩き回ることも、湯浴《ゆあ》みをすることも、便所に立つことすらも許されない。


 そういう暮《く》らしをしていた。

 だから彼女は、肌《はだ》は色白でひょろっと痩せて、まるで大樹《たいじゅ》の陰《かげ》で徒長《とちょう》した新芽のような少女でもあった。


 口もいつでも開《あ》いていた。



 それから、6歳のパンジーが7歳になる日がやって来る。


 昨年のこの日は、5歳から6歳になる日だっただろうか。


 少しだけ、特別な夜。



「――ごちそうさま」



 食事を終えたパンジーは、うやうやしくあいさつする。


 顔が暗い。

 部屋も暗い。


 幾《いく》つかのランタンと燭台《しょくだい》が照らしているが、その明かりは手元でチ(・)キ(・)ン(・)と(・)手(・)を切り間違《まちが》えないための最低限度のものだ。


 部屋の隅《すみ》を見れば、闇《やみ》が蒸気《じょうき》のようにゆらめいて、明かりと混《ま》ざり合っている。



「パンジー、お誕生日おめでとう! いまケーキを用意するから」


「ありがとうございます。お母さま……」



 食卓の、パンジーから見て左に座《すわ》る母親が明るい声でもって祝福し、近くのいずれかの使用人に合図する。


 パンジーとお揃《そろ》いの金髪にフリルマシマシの服のうえ、小柄《こがら》な若い母親ではあるが、威厳《いげん》めかして言うと使用人たちはそそくさとキッチンへ戻っていく。


 母親に続いて、パンジーから見て右に座る父親も彼女の誕生日を祝福する。


 父親は中年の顔にやや衰《おとろ》えの見え始めたようすで、目にしわを寄《よ》せ、手元の油っこい料理やパンを遠ざけていた。


 やがてケーキが運ばれてくる。

 真っ白い台形に、カラメルの琥珀《こはく》色とイチゴの赤色を装《よそお》った、大きなホールケーキ。


 トドレスがそれを持ってパンジーの元にやってくる。



「さあ、どうぞ吹《ふ》き消してください」



 トドレスが言う。


 パンジーと、2人の息遣《いきづか》いがケーキの上に立つ7本のロウソクの火をわずかに揺《ゆ》らす。


 パンジーは一度、ロウソクから目を逸《そ》らしたが、力を込めて、火を吹き消した。


 それからトドレスが、ホールケーキをためらいなく次々(つぎつぎ)切り分けていく。


 配膳《はいぜん》。

 パンジーの手元にやって来たケーキは……ああ、やはり。


 家族のものを大きめに、残りを使用人のために切り分けたものは、とっても華《はな》やかな見た目をしている。


 それなのに、ケーキのひと切れは、パンジーの視界に収まってしまうほどに小(・)さ(・)い(・)。


 黄色いスポンジ生地《きじ》の断面には、クリームと果物《くだもの》がぎっちり詰《つ》まっている。


 けれど、どうしたって小さいのだ。


 まるでオルゴールのような風情《ふぜい》をしたケーキ。



「さあ、召《め》し上がれ」



 と。

 父親の催促がなければ、きっとパンジーは、胸《むね》のモヤモヤを押《お》して、その甘味のひと片《かけ》を口に運ぶこともできなかっただろう。



(これじゃあ、ただのデザートですわ……)



 特別な夜から覚めれば、またパンジーの厳粛《げんしゅく》な日々が再開してしまう、というのに。


 しょせん儀式のひとつに過ぎないと、誕生日を祝う時間はすぐにも終わりを告げた。

 


 それからも毎年、同じ日、○歳のパンジーが○歳になる日になれば、パンジーは夕食後、ロウソクを吹き消す重労働をし、ケーキを食べた。


 ケーキそのものの大きさ、果物の密度《みつど》は、年をへて何も変わってなどいないのだろう。


 とはいえ、毎年1本ずつロウソクが増《ふ》えるし、育《そだ》ち盛《ざか》りのパンジーのからだは子どもから大人の女性に作り変わっていく。


 そうするとイヤでも、ケーキが年々縮(ちぢ)んでいるのではないかと錯覚《さっかく》してしまう。


 パンジーにとって……誕生日のお祝いは、年々しょぼくれていくのだった。



 ◆



 ある夜。


 湯浴《ゆあ》みを終えてネグリジェに着替えたパンジーは、洗面《せんめん》台の上の鏡《かがみ》に顔を向ける。


 自分の顔をのぞき込む。


 1(・)7(・)歳(・)――気がつけば、妙齢《みょうれい》の美しい娘となった自分。


 あいかわらず血色《けっしょく》の悪い肌色をしているが、目元には長い艶《つや》やかなまつ毛が規則正しく伸び、金色の髪《かみ》は凛《りん》としてかがやいている。


 それでもいまだ、この家の教育からは脱却《だっきゃく》することができないままだったし、口もいつでも開いていた。


 教育係のトドレスの言いつけを守り、就寝のためすぐにも私室へ戻ろうとする。


 パンジーが手に持つランタンの灯《ひ》ばかり。

 暗がりのエントランス。


 1階から、三叉《さんさ》の階段を私室のほうに向かって上がる。

 そのとき。

 私室とは反対方向から、言い知れぬ憂鬱《ゆううつ》な声が聞こえた。


 パンジーは逡巡《しゅんじゅん》をするが、気になって声のした部屋までゆっくりゆっくり近寄《ちかよ》ってみる。


 声は、父親の私室からもれ聞こえたものだった。


 パンジーは戸の前に聞き耳を立てる。



『ああ……先ほど、断《ことわ》りの報《しら》せがあった。あの店が取り扱《あつか》ってくれないとなると、町の金持ちからは相手にされない。これまでの努力も、全部台(だい)なしだ』


『でも、お得意さんは、置いてくれるって言ってたじゃない? そこから話題を広げて……』


『それにだって大分《だいぶ》金がかかるんだ。もう、あまりリスクを負える余裕《よゆう》はない……ああ、くそ!』



 両親の話し声。


 深刻そうにしているが、どうしたのだろう。


 事情がわからないパンジーは、それから先に踏《ふ》み込《こ》む気概《きがい》も湧《わ》かず、そそくさと場所から立ち去った。

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