プリンセスパンジー
麦畑広がる牧歌的な平地のいなか町。町には1棟ばかり、特別なお屋敷がある。
そこには商人の男とその妻、1人娘、幾人かの使用人が住んでいる。
商人の男は、祖父の代から紡がれたかがやかしい栄華を掌握し、本当に何不自由もないという、豊かな暮らしをしているのだ。
けれど、お屋敷といえば、けっして大きすぎることもなく、木組みの2階建て、エントランスをダンスホール仕立てにしただけの、少し古臭い建物だった。
夜。
お屋敷の2階、かろうじて足元が見える暗さの廊下を歩く、少女。
1人娘のパンジーだ。
真っ白な、よそ行きのドレスの姿。
すそをずる。
背にかかる金髪が少し浮くほどの、早足で廊下の先に向かう。
それは恐怖心のためか……違う。
――耳に聴こえる楽しげな声。弦楽器の伴奏。それに、胸が、高鳴っておさえきれないのだ!
パンジーが躍り出る。
少しの歓声が聞こえる。
ただ、私室から出てきただけのことだが。
パンジーが、エントランスにつながる三叉の階段の一方から下りてくると、普段はがらんとしている空間が、すっかり人で賑わっていた。
それは、一口に言えばダンスパーティー。
来客の誰が誰でどう偉いのか、誰と誰がペアでいるのか、そんなことを考えなければ、まったくおとぎ話のそれと大差もないくらい美しい光景だ。
時おり、紳士淑女が、幼いパンジーに目配せをして笑顔を向けてくれる。
宝石めくドレス、芸術めく燕尾服。
それらは踊る人間の姿をともなって、パンジーへ最大の敬意をあらわしていた。
「おやおや、お寝坊さんのヒロインがようやく登場だ。これはてっきり、朝まで踊りあかすかなと思ったよ」
苦笑交じりの男性の声。
階段をのぼって、パンジーのそばにやって来る。
今回の祝宴を主催する商人の男、つまりパンジーの父親だ。
父親の声に、会場の一同はダンスと音楽を止める。
けれど、当の娘は、父親の皮肉などどこ吹く風という、満面のスマイルを浮かべていた。
「お父さま、お父さま! みんな、私のために来てくださったんですのっ?」
父親の背の半分もない子どもの背丈をして、パンジーははしゃぎ回った。
金色の髪が、内側から光を発するように小躍りし、ウェーブがかかった毛束は宙を舞う。
「ははは、もちろんさ。それと……パンジー、上を見てごらん」
父親がパンジーの着るドレスの背を押さえ、自身のあごを上向けて示す。
その先。
パンジーはぱっと開いた口の端からヨダレが流れ出そうな勢いで、ぐっ、と父親の見た先を追う。
天井には1つの、雲と見まごう巨大なシャンデリアがつり下げられていた。
この日のために用意されたもの。
パンジーが初めて目にするもの。
けれど、関係ない。
――美しいのだ。
ただひたすらに。
息をのむほどに。
燭台の延長などではない。
無数の腕木の先に、陽の力強いひらめき。
そして金剛の鋭いかがやき。
それらを併せ持つ光は、パンジーの目に見える世界すべてを照らしていた。
「……」
「みんなから、君への誕生日プレゼントだ。改めて、おめでとう、パンジー」
父親は優しく語りかける。
しかし、パンジーは返す言葉を失うほど、光に魅了されてしまった。
パンジーは、初めて火の明るさを得た原始人類のごとくなって、固まっている。
父親にうながされ、エントランスへの階段を下りる途中、少しつまづいたことで正気にもどる。
「お父さま! 私も、踊りたいですわ! あのキレイな明かりの下で!」
「ははっ。それより先に、君には大きな仕事があるんだから」
父親とパンジーの目の前に、突如、白き塔があらわれる!
などと。
そんなことはない。ずっと前からそこにあったのだ。
パンジーの背丈の倍もある、全体をクリームと金箔で装飾されたケーキ。
夜冷えの中であっても、人混みの熱気にさらされたことで少し歪んでしまったそれが。
またパンジーは新鮮な驚きを顔いっぱいに広げる。
「ケーキっ、ケーキですわ! お父さま!」
口をこれでもかと開いて喜ぶパンジー。
飛び跳ねる金髪の小さな主役を、父親は両手に抱え上げる。
来客たちも期待のまなざしを向ける。
待ちに待った祝宴の山場を見逃すまいとして。
パンジーは胴をもつ父親の手に手を重ねて、姿勢を支える。
ケーキの頂上には5本のロウソクが、あふれんばかりのフルーツ盛りの中で立ち、炎を揺らしている。
「さあ。ふうっと、ひと思いに火を消して?」
1人娘の晴れ舞台で、台座となった父親が最後の助言。パンジーは力を込めて、火を消した。
パンジー、5歳の誕生日。
その日のパーティーは、彼女にとって最も美しい記憶として刻まれた。
なぜならば、これ以降、彼女の誕生日に家族と使用人以外の者が訪れることはなかったから。
また、シャンデリアだとか、絢爛豪華なケーキだとかが用意されることも、同様になかった。
彼女が消したロウソクの火は、もしかすると、彼女の命運――という、風前のともし火だったのかもしれない。
『ファクトリアッ! 夢づくりの工場物語』
ずっと書きたかった工場のお話です。
優しめで、すこしもの足りない感じがする。
でも時々読み返したくなる。
そういう作品にしていきたいと思います。




