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ファクトリアッ! 夢づくりの工場物語  作者: 石鬼 輪たつ
まかれしものはチリか元肥か
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10/31

第9輪  粉吹(こなふき)パンジー

「この、赭《そほ》の色って……『揺《ゆ》らし石《いし》』の……」



 パンジーは、手近な窓枠《サッシ》に堆積《たいせき》した暗い赤色の真実に、指先《ゆびさき》を触《ふ》れた。



「びっくりした? はじめては面食《めんく》らうよねー。3日(みっか)に1(いっ)ぺんは掃除《そうじ》するんだけど」



 硬直《こうちょく》したパンジーに軽く配慮《はいりょ》をしつつ、ヒナは案内役の任《にん》を全《まっと》うせんとする。


 暗い赤色の粉《こな》が舞《ま》うのを、工場が息《いき》を止《と》めて我慢《がまん》しているように、空気が凪《な》いでいる。


 2人の移動だけが風を起こす。


 パンジーが目を離《はな》した間《あいだ》に、もう作業服のズボンや腕《うで》には粉塵《ふんじん》がまつわりついていた。



「いちおう、簡単に説明しておくね? さっき、光球《こうきゅう》は、発熱《はつねつ》器《き》から熱を起こして金属線《きんぞくせん》を温《あたた》めることで光る、って話したとおもうけど。その発熱器を、『球幹《きゅうかん》』って呼ぶの」



 ヒナは球幹《きゅうかん》工程《こうてい》の一角に置かれた古《ふる》めかしい棚《たな》の、現物《げんぶつ》見本《みほん》を手に取り、パンジーに見せる。


 球幹の現物見本は、真鍮《しんちゅう》か何かの合金《ごうきん》だろうか、くすんだ黄金《こがね》色にやや緑《みどり》色を含《ふく》んだ金属からできている。


 1枚のプレートを円筒《えんとう》状に加工したもの。


 サイズは、ちょうど今朝《けさ》イライが振《ふ》り回《まわ》していたイースト謹製《きんせい》の棒《ぼう》パンより、ひと回り大きいくらいだ。


 パンジーはヒナから現物《げんぶつ》見本《みほん》を手渡しされる。


 持ってみると、目算《もくさん》よりも巨大で、少女の小さな両手には包《つつ》みきれない。

 ……そして、重たい。


 パンジーの腰《こし》がL字にひしゃげる。



「あっ、ち、ちょっとヒナさ……っ! 重いですわ!」


「えー? 大《おお》げさだなー。子どもの体重ぐらいしかないって」



 ヒナはL字のパンジーの支柱《しちゅう》となり、そのまま金属製の球幹《きゅうかん》を受け取った。


 上体をゆっくり戻《もど》そうとする途中《とちゅう》、パンジーはふとして金属の円筒《えんとう》状の内側を目にする。


 暗(・)い(・)赤(・)色(・)をしていた。



「――もしかして、球幹《きゅうかん》というのは、『揺《ゆ》らし石《いし》』で、熱《ねつ》を起《お》こしているんですの?」



 パンジーが言う。


 ヒナは驚《おどろ》いた顔になる。


 なぜなら、その推察《すいさつ》とは、およそ勘《かん》が鋭《するど》いだけではたどり着けないものだったからだ。


 鉱石《こうせき》が熱を起こす、通常はそんな発想などしないのだ。



「よくわかったね! ってことは当然《とうぜん》、『揺《ゆ》らし石《いし》』が何かも、知ってるってことよね?」


「はい……。『揺らし石』は、私(・)た(・)ち(・)や(・)自(・)然(・)が(・)生(・)み(・)出(・)し(・)た(・)も(・)の(・)を(・)揺(・)ら(・)す(・)ことから、その名がついたと、父から教わりましたわ。……自然のものは、違《ちが》って見えるものもぜんぶが小さな『粒《つぶ》』からできていて。『揺らし石』は、研《と》ぐことで『波《なみ》』を起こして、『粒《つぶ》』に変化をもたらす。それが揺(・)ら(・)す(・)という意味だ、とも」



 パンジーは、これまでにない落ち着いた口調で、しぼり出すように答える。


 その事情通《じじょうつう》ぶりから、ヒナも、キーワードを引き出さずとも彼女の身分について、なんとなく推測する。



「おとぎ話《ばなし》みたいだよね、『粒《つぶ》』だとか『波《なみ》』だとかが、アタシたちに関係してるってさ。そんなの、目に見えないし。アタシも信《しん》じてなかった」



 ヒナはうなずきながら、パンジーに共感する。


 同時に、そのきりっと凛々(りり)しい面立《おもだ》ちに、どうして「夢見る少女」をよみがえらせるような印象をまとって、こう続ける。



「でも……いざ自分で光球《こうきゅう》を光《ひか》らせると――本(・)当(・)な(・)ん(・)だ(・)、って分からせられた。心《こころ》が震《ふる》えたんだ。実際、球幹《きゅうかん》の熱は、光球の外側にも少し伝わるから。きっと、パンジーも分かると思うよ」



 そのとき、ヒナの発言はどこかおかしかった。


 パンジーがたった今、柄《がら》にもない理知的なようすで、「揺《ゆ》らし石《いし》」の知識を披露《ひろう》したばかりだというのに。


 まるで、まだ彼女が「揺らし石」のことを理解していないと考えた上で、「行動しなさい」と訴《うった》えるみたいな格好《かっこう》をしていた。



 ……いや。ヒナの無粋《ぶすい》な見立《みた》てといえば、正しくもあった。


 パンジーの語《かた》った内容は、しょせんは誰かの受《う》け売《う》りに過ぎない。


 知識、というラベルを貼《は》ったメモの記録。

 古き雑感(メモリー)。


 だから、本当のところは理解も、実感ももっていなかった。



 ヒナはこれを見抜《みぬ》いていたのか? 

 あるいは、偶然《ぐうぜん》の一致《いっち》か? 


 ともかく、確信《かくしん》めかして、こう続けた。



「さっ、やってみよっ!」



 白い髪《かみ》の房《ふさ》が跳《は》ねる。


 ワクワクしたヒナの笑顔。


 それに、パンジーはどこか納得感《なっとくかん》を覚《おぼ》える。



 工程に入る。


 はじめて訪《おとず》れる場所だが、先ほどまで幾《いく》つもの作業体験をこなしてきたパンジーにしてみれば、似たような光景があるだけで、緊張感《きんちょうかん》が薄《うす》れつつあった。


 ヒナがまた職人を連れてくる。

 パンジーより頭《あたま》ひとつ背が高い、細身《ほそみ》の若い女性。


 茶髪《ちゃぱつ》を後ろでまとめ、眠気《ねむけ》まなこといった目をこすって、いかにもやる気がない。


 口元もパンジーに共鳴《きょうめい》して開いている。


 ヒナが馴《な》れ馴《な》れしい態度で、パンジーに紹介をしてくる。



「こいつが、球幹《きゅうかん》工程《こうてい》の責任者、セント。アタシたち幼《おさな》なじみなんだ。だから、イヤなことがあったらぶ(・)ち(・)の(・)め(・)す(・)から、すぐアタシに言ってね」


「は、はい……」



 要領《ようりょう》を得《え》ない会話をしてから、もはや自身から作業場のイスに腰《こし》かけるパンジー。


 セントと呼ばれた女性もその隣《となり》に座《すわ》る。


 セントの首筋《くびすじ》から、糖蜜《とうみつ》に似《に》た、精油《せいゆ》のやわらかい香《かお》りが立つ。


 だが、その奥に、わずかなものの汗《あせ》蒸《む》れと岩場の臭《にお》いが確《しか》とわかった。


 これが、職人のニオイなのか。



「簡単《かんたん》だから。見ててねー」



 ヒナよりもさらに気の抜けた声でセントが言う。


 そんなことはどうでもいい。

 声《こえ》が低《ひく》かった。


 明《あき》らかに男の声なのだ。


 パンジーの頭に疑問符《ハテナ》が繁茂《はんも》する。


 なぜ女性から男性の声が? 

 手品《てじな》か? 


 しかし今は体験に集中しなければ。


 パンジーは目を回しながらも、自身の目的になんとか食《く》らいつく。



 セントの手元《てもと》には、


 ・金属製の筒《つつ》

 ・皿に盛《も》った半透明の液体と「揺《ゆ》らし石《いし》」粉末《ふんまつ》

 ・ふるい

 ・筒《つつ》の円周より少し大きなシート


 が、用意されている。


 はじめにセントはシートを広げ、皿の半透明の液体を小さい丸《まる》ヘラに取って、塗布《とふ》していく。


 4辺(へん)と縦《たて》向きの数本を、最後に薄《うす》く伸《の》ばす。


 その上から、「揺らし石」粉末をふるいにかけ、シートに付着《ふちゃく》させる。


 半透明の液体は、どうやら糊《のり》のようだ。


 それを終えると、粉末付着面が内側《うちがわ》にくるようシートを丸め、金属製の筒へと入れ、また4辺を糊《のり》で接着《せっちゃく》する。



「はい、完成《かんせい》!」


「えっ? これだけ? これだけですのっ?」



 想定外《そうていがい》のことに困惑《こんわく》するパンジー。


 セントはのんきな顔でうなずく。


 すると、合図《あいず》もなしにパンジーの番《ばん》になった。

 セントと同じ手順で、シートをつくっていく。


 「揺らし石」の粉末《ふんまつ》は、作業場のそこらに散《ち》っているものと比べると、赤《あか》みの強い真赭《まそお》色といった見た目をしている。


 それがふるいにかけるだけで、顔《かお》に飛び胸《むね》に飛び……パンジーはあっという間に粉《こな》まみれになった。


 当人には鏡《かがみ》もないので、セントの顔を見たとき、自身の惨状《さんじょう》を察《さっ》した。



「ふう……終《お》わりましたわ。ぷっぷ!」



 パンジーは、ため息と粉を、防衛《ぼうえい》本能《ほんのう》によってヨダレにあふれた口の外《そと》へと吹《ふ》き出《だ》す。


 球幹《きゅうかん》完成まで、15分以上を要《よう》した。


 ものの、手こずることは、作業着《さぎょうぎ》の袖《そで》が糊《のり》まみれになること以外はなかった。


 それに、こうもあっさりと決着《けっちゃく》したことに、パンジーはもの足りなさすらも感じてしまう。



「お疲れさまー! 色々(いろいろ)やらせちゃって、大変だったでしょ」



 セントを外に追いやって、パンジーの前にずいっとヒナが笑顔を見せてくる。


 それはねぎらいのつもりで言っているのか、サディストの嘲弄《ちょうろう》なのか知れない。


 だが、少なくともパンジーは誇《ほこ》らしげな顔で彼女に応《こた》える。



「とっても、楽《たの》しかったですわ!」



「そっかそっか。今日はここまで。明日が仕事初日(しょにち)だからね、間違《まちが》えないでね! この後《あと》、居住区にある下宿《げしゅく》まで案内するから、とりあえず着替《きが》えて来《き》……あはは。一緒にいこっか」


「んふっ、恩《おん》に着《き》ますわ。ごめんあそばせっ」

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