表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/9

第8輪  体験(たいけん)パンジー

 工場こうじょうの光景――とは、どのように表現すれば美しくなるか、むずかしいところではあるが。


 「ヒト・モノ・道が作為さくい的に配置されたアート」。

 とでも呼べば、それらしいだろうか。


 内部はかねての想像そうぞうどおり、ほんのりとくらい。


 採光窓さいこうまどから昼の日光が差しているものの、隙間すきまなく並んだ石材せきざいゆか湯気ゆげのようにホコリや何やらが立ちのぼっていて、視界しかいがとにかく悪かった。


 パンジーは、おそろいのみをしたヒナを先頭に、けむたい中をゆっくり歩いていく。



「パンジーっていくつ?」


「17歳ですわ。ヒナさんは、お幾つですの?」


「あっ。レディーにとしくのは、マナー違反いはんだからね。気をつけること!」



 ヒナが茶化ちゃかしてくる。


 理不尽りふじんな返答ではあるが、パンジーについては「まあ、失礼しましたわ!」と目からウロコという反応をしているので、もういいだろう。



「ふふふっ。たぶん、今いる職人の中だと、パンジーが最年少さいねんしょうになるかな。全員先輩になるから、ちゃんとあいさつして。仲良くなって、うでをぬすむ! そしたら、すぐ仕事がらくになるよ」



 雑談ざつだんがひと区切りついた、通路のたりでヒナが足を止める。


 まだパンジーは「うでをぬすむ」の意味がわからず、視野しやせばめていた。


 ヒナにかたをぽんと押され、ゆっくり前方を注視する。



 光球こうきゅう工場の製造部作業場では、一見いっけんして大型おおがた設備せつびはほとんど存在しない。


 広範こうはんには、職人がすわって製品の組み立てを行う横長よこながの作業テーブル。


 工具よりも調理器具、といった風合ふうあいの小道具が整然せいぜんかれて、テーブルの真上まうえから光球こうきゅうそのものだろう照明が、目にいたいくらいに点灯てんとうしている。


 職人の、長年ながねんの手作業がはぐくんだ合理的な作業風景こそ、アートと呼ぶにふさわしい気がする。


 しかし、パンジーといえば、そこでいきづき働いている職人たちにこそ、心をとりこにされていた。



 2人の見学に来た工程は、ひか光球こうきゅう本体ではなく、何やらはこ型の道具を製造するライン。


 人の胴体どうたいほどもある容器ようきに、職人が手のひらサイズの歯車はぐるま支柱しちゅうを組み付けると、また次の職人へわたす。


 その職人が別の部品を組み付け、また次の……。

 というサイクルが休みなく行われる。



「まあ、まあ……すごい、みなさん、レシピも見ずに作業されていますわ。これが職人ですのね!」


「レシピって、お料理じゃないんだから。あはは。手順てじゅんあたまはいってるんだよ」


あたまはいる? うでをぬすむ……うーん、難しいですわ」



 職人特有な言い回し。


 パンジーにはまだ体感・認識いずれとしても理解しがたいものだった。



「それでいて、皆さん別々(べつべつ)のお仕事をなさっているようだけれど。光球には種類がありますの?」


「光球は、シンプルなやつと模様もようり、それから色付いろつきのやつがあるよ。でも、ここでつくってる『発動機はつどうき』は1種類だけ。工場は、職人がそれぞれ作業を分け合って、効率こうりつ的に1つのモノをつくるの。……っと、それは後回あとまわし。とりあえず、()()()を見に行こうね?」



 疑問ぎもんいだくのはよいことだが、いちいち回答していては、現場主義の工場の気風きふうとしてふさわしくない。


 ヒナは、ほうけているパンジーにうながし、作業場のすみ敷設ふせつされた見学者向けの実演(デモ機)ブースへ連れてくる。


 ヒナは、テーブルの上の発動機はつどうきらしい道具の、上にゆきもったホコリか何かを手で、ガサッとはらとしてから、パンジーに見せる。



光球こうきゅうって言うと一般いっぱん的には、光る『光球』本体と、光球にねつおくるこのおっきいはこ、『発動機』からできてるの。仕組みは簡単。発動機のヒモをると、中の歯車はぐるまが回って、光球の下の発熱はつねつから熱を発生させる。で、熱はせんつたって、光球の中の金属線きんぞくせんあたためる。するとね――」



 ヒナのデモンストレーション。


 やや日焼ひやけした彼女の、まるっこい小さな手でも、発動機のヒモはやすやす引くことができる。


 ヒモはジーと低い音を立てながら、少しずつ戻っていく。


 その間、発動機が作動さどうする。


 しばらくすると、上部にはめまれた光球のガラス球から、オレンジ色の光が点灯てんとうした。


 パンジーが興味きょうみ津々(しんしん)とした表情をせる。


 彼女の端正たんせいな顔だちをわずかに反射するガラスきゅう

 内部の光源こうげんは、やはりいろうすけむりを上げながら、強いかがやきをはなっている。



暖炉だんろまき、みたいに……これが、ねつあたたまってる、ということですのねぇ」


「ま、こまかいことはいいや! 今日はひとまず、工場の大まかな仕事(風景)を見てもらって、最後に、パンジーがはたらくことになる『球幹きゅうかん工程こうていに行く感じで。レッツゴー!」



 どうしてか、()()のパンジーより、ベテランのヒナの方がはしゃいでいるように見える。



 ◆



 2人はこんど、同じ製造せいぞうの、ガラスきゅうをつくる工程におもむく。


 きガラス。


 灼熱しゃくねつに向かい、職人が竿さおたましいごと息を吹き込んで、りガラスからとおったガラス容器をつくる技術。


 だが光球こうきゅうにそれは通用つうようしない。


 光球に使用するガラスきゅうは、パンジーが両手でささえなければならない大きさに、小冊子しょうさっしほどのぶあつさをしているからだ。



「よう、ヒナちゃん! いもうといか?」



 職人のひげもじゃな初老しょろう男性が1人、ちょっかいをかけてくる。


 ヒナは「ちがうよ」と笑うと、パンジーに()()()()()()()()()()指示する。


 ……はあ? 


 前置きもなく。いきなりのことだった。



わたくしがやるんですの? えぇっと……わたくしは、どうしたら?」



 卒然そつぜん、ヒナから子猫こねこのようにき上げられて、足漕あしこぎ式の送風機そうふうきにセットされるパンジー。



足元あしもとのペダルをむんだ! そしたら、はねまわってガラスに風を送る」



 何はともあれ、初老男性の言う通りにしてみる。


 パンジーは木製もくせいのペダルに足をかけ、ぐっと踏み込む。


 土嚢どのうを踏んでいるようなつよ反発はんぱつが、華奢きゃしゃなパンジーにとってかつてない重労働となる。


 「重いですわー!」と泣いていると、ペダルがじょじょに沈み、送風機そうふうきの羽が回り始めた。


 もはや竿さおとは呼べない、大砲たいほうめいたつつの先に、りガラスがふくらんでいく。


 加減なんかわからない。

 パンジーはしにものぐるいでペダルをつづけた――。



「よし! お疲れさん。あんた根性こんじょうあるな! また、いつでもなよ」



 パンジーは、職人に送風機そうふうきから降ろされ、ヒナへ返却へんきゃくされる。


 かたで息をするパンジー。

 首筋くびすじにかいたたまあせは、工場内にうホコリの粒子りゅうしを取り込んで、のりのようにへばりついてくる。



「じゃあ、次は細工さいく工程こうていに行こうか。立てる?」


「ええ……す、少し、ゆっくり歩いてくださいまし」



 長くもひょろひょろとしたパンジーの両脚りょうあしが、動作のたびに小刻こきざみにれる。


 ヒナは歩調を合わせて歩いてくれる。

 途中、先のやり方で成形せいけいしたガラスきゅうがラックの上で自然しぜん冷却れいきゃくされている場所や、溶解ようかいでガラスの原料をわせる場所などを通過つうかする。



 ◆



 続いて、細工さいく工程こうてい


 別に景色は変わらない。

 作業人数は10人ほど、半数に分かれて2つのラインで作業をする。


 その入口に設置された、2つのガラスきゅう指差ゆびさしてヒナがたずねる。



細工さいく工程こうていは、さっきも言った模様もようりのやつと、色付いろつきのやつをつくるところ。パンジーは、どっちが好き?」


わたくしですの? そうですわね。しいて言えば、こちらの模様入りかしら」



 パンジーは、なみの模様がきざまれたガラス球を選んだ。


 答えるとすぐ、ヒナに作業場へ連れて行かれる。


 問答もんどう無用むよう


 それは仕事の最中さいちゅうである職人も同じだったようで、(ブレビスのせいだが)本日見学者がいることも知らなかったから、ヒナたちの姿を見るなり大きく動揺どうようしていた。



「パンジー。模様入れ、やってみよっか」


「またですの!?」



 声を上げるパンジー。


 初対面しょたいめんである、細工さいく工程こうていの職人の顔を見遣みやる。


 職人は、パンジーと同じわかむすめだ。


 と言っても、目元が前髪まえがみによってかくれているため、顔つきはわからない。

 赤みのある黒色の髪。

 つやび、熟成じゅくせいしたワインのような色合い。


 ヒナの無言の圧力あつりょくくっし、自身の手を止めて、パンジーをとなりせきすわらせるが、目を合わせようとしない。



「あの……わたくし、パンジーと申しますわ。こちらの工場で働くことになった……」


「……サルビオラです」



 彼女の声はかぼそく自信なさげで、早くこの場をやり過ごしたいという思いがあふれ出ていた。


 後ろから、ヒナが9割ほど仕上がった格子こうし模様もようりの光球こうきゅうを、かかえて持ってくる。


 パンジーがだまっていると、サルビオラから、ガラスカット用のナイフをにぎらせられる。


 刃渡はわたり10センチのナイフは、下手へたをすればパンジーのゆびばしかねない。



「ハーッ! ハーッ!」



 ガラスきゅうに向かうパンジーの目は、血走ちばしっていた。


 表面に不要ふようきずがつくかどうか、そんなことをあげつらっている余裕はないのだ。

 ゆび明日あすがかかっている! 


 ふるえる手が、きゅう表面のガイド線を何度もはずれる。


 見かねたのだろう、終盤しゅうばんにはサルビオラが手を添えてくれた。



「……アッ! 終わり、ましたわ」



 パンジーが正気しょうきにもどる。


 よかった、指がある。

 けずれたのはガラス球と精神だけだ。



「お疲れ! 仕上しあげはサルビオラにまかせて。最後、本命の『球幹きゅうかん』工程に行くよー」


「も、もう、わたくしの方が製品せいひんになった気分ですわ……」



 消耗しょうもうしたパンジー。

 ひたいに浮かべるあせも、見かけ上は送風機そうふうきのペダル踏みによってもよおした発汗はっかんと変わらない。


 だが、ほお血色けっしょくといえば、冬の戸外こがいにさらされた後のようにえしている。


 パンジーは、面倒めんどうをみてくれたサルビオラに礼を言って、またヒナの放縦ほうじゅうな案内にしたがって歩いた。


 白い髪の三つ編みを、かたの上でやわらかくねさせる陽気ようきそうなヒナだが。

 案外あんがいスパルタ気質なのかもしれない……。



 不安への回答もないまま、2人は製造部の最奥さいおうに位置する、「球幹きゅうかん」なる部品の工程へとやって来た。


 最初に、ながる。



 そのときの、たった1秒間で、パンジーは()()()理解した。



 入口まで及ぶ、工場内のかわききった空気。


 こなまみれになるとは何か。


 欠員による急募きゅうぼの理由。


 それから――自身がここへいたった「運命うんめい」の存在を。



 球幹きゅうかん工程の区画は、まさしく砂漠さばくだった。


 ゆか一面いちめんかべ凹凸おうとつ、目につくあらゆるものを、特徴的な()()()()おおっている。


 画家がかが転んで顔料がんりょうをぶちまけたとしても、ここまでにはなるまい。



「この、そほの色って……『らしいし』の……」


 

 パンジーはその、手近な窓枠サッシ堆積たいせきした暗い赤色の真実に、指先ゆびさきれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ