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TAX A-GO-GO! 〜国税局特殊強制徴収班〜  作者: 紘野 流
TAX File.02 責任追及責任税
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(3)強制調査


 数日後。国税局調査査察部。


 デスクの上には分厚い資料の束やリストなどが乱雑に積まれている。スーツ姿の査察官たちが慌ただしく動き、部署全体が多忙の熱気を発していることが伝わる。


 護摩堂研介(ごまどうけんすけ)は銀縁眼鏡を光らせながら、若手査察官たちに次々と指示を飛ばしている。額には焦りの汗が浮かぶ。



「共有の敷地地図に車両位置をマーク。搬出の動線もよく確認しろ」



 一人の部下に指を差して指示した護摩堂は、入口から顔を出している人影に気付く。


 濃紺の制服を着たゴゴが覗き込んでいた。背後にイチゴも控える。


 護摩堂は足早に入口まで歩み寄って睨みつける。



「なんだ。邪魔だな」


「例の強制調査に行くんだってな。内偵から聞いたぜ」



 ゴゴが軽く答える。護摩堂は溜め息をついた。



「……なんで内偵から特殊徴収課に情報が下りてんだよ」



 内偵とは調査査察部の内偵班のこと。脱税の嫌疑者やその周辺を調査する調査部隊のことである。


 一方、護摩堂が属するのは捜索班。内偵班の集めた情報と裁判所の捜索差押令状に基づ気、強制調査へ踏み込む実施部隊である。


 十数年前までは、情報部門の「情」の字から内偵班をナサケ、実施部門の「実」の字から捜索班をミノリと呼ぶ隠語が現場で使われていた。しかし、小説やドラマなどで取り扱われ広く知られたことで、今ではそう口にする者はほぼいない。


 護摩堂は疲れた顔で、嫌味をゴゴへぶつける。



「おまえらが謝罪会見で目立ってくれたおかげで、俺たちはしばらく動きにくくなったがな」


「逆にいい牽制になったんじゃないか?」


「ふざけるな」



 ゴゴを睨みつける護摩堂。ゴゴは気にせず続ける。



「次長からは、護摩堂を手伝うように特殊徴収課に要請があったが、どうする?」


「……次長の指示なら断れん。邪魔だけはするなよ」



 護摩堂は念を押すようにゴゴに向けて指先を振るいながら、再び準備の輪へと戻っていった。


 イチゴは護摩堂へ小さく頭を下げて挨拶しながら、ゴゴに訊く。



「次長……って、捜査査察部の奈良岡(ならおか)次長ですか?」


「ああ。護摩堂の上司だ。護摩堂を助けてやれってさ」


「どうして奈良岡次長が、ゴゴ先輩?」


「さあな。じゃあオレらも準備だ」



 ゴゴは短く答え、顎で廊下の先を示す。



「はい。瀬戸山(せとやま)社長宅ですね」



 イチゴはうなずいて、踵を返して戻るゴゴについていった。




 その邸宅は、市街地からやや離れた静かな住宅地にあった。


 格子状の黒い鋳鉄の門の向こうには、短く刈り込まれた芝の庭。白い大理石の彫刻が点在し、花壇には様々な季節の花が咲く。その奥に白を基調にした二階建ての洋館が建つ。


 そんな静寂の住宅前に、十三名の国税局査察官がやって来る。


 先頭の護摩堂研介が、インターホンを鳴らして備え付けの小型カメラに令状を向ける。



「国税局調査査察部です。瀬戸山美織(みおり)さんのお宅ですね。強制捜査ですので、ご協力をお願いします」



 数秒の沈黙の後、スピーカーから女性の声が返る。



「え……。少々、お待ちください……」



 落ち着きを保とうとしながらも、焦りが滲み出ている声である。


 二分ほどして、門の電気錠がガチャリ解錠された音がした。


 護摩堂は後方の査察官たちに目で合図をする。門を押し開き庭の石畳を抜けて、玄関へと進む。


 重厚な白い扉が内側から開き、一人の女性が姿を表す。


 現れたのは、ビューティヴィーガの瀬戸山美織社長である。 


 先日の記者会見で見せたタイトなスーツ姿とは違い、比較的ラフなブラウスとパンツの装い。いかにも仕事休みであることが分かる。


 護摩堂は令状を掲げたまま、一歩前に進み出る。



「強制捜査に参りました。こちらが裁判所の令状です。御社の事務所にも今、別班が確認を進めています」



 護摩堂は事務的に告げる。


 瀬戸山は足元に寄ってきた白いペルシャ猫をすくい上げ、胸に抱いてその頭を優しく撫でた。白い毛並みに指先を滑らせるうち、瀬戸山の顔からは戸惑いがゆっくりと薄れていくようである。



「それでは、始めさせていただきます」



 護摩堂の合図で査察官が家中に散り、捜査が始まる。静かだった邸内が、職務の音が重なって慌ただしくなっていく。



「キッチンの棚、よろしいでしょうか」


「デスクの引き出し、開けさせていただきます」



 強制捜査では確認を要する場面ではないが、護摩堂は一つひとつ声をかけ確認をしている。返答の間、視線の動き、挙動の揺れ……、わずかな綻びを拾うためでもある。


 やましさは視線の逃げ先に表れる、というのは心理学の基本である。だが瀬戸山は抱いた猫を優しく撫でることで心を落ち着けているようで、特に怪しい目の動きを出さない。


 とても広いリビング。黒い光沢を放つ大きな金属製のテーブル。明るい臙脂色の革張りソファー。海外職人の手仕事を思わせる装飾棚……。査察官たちは必死で捜査を進めていく。


 邪魔にならないように瀬戸山は長いソファーの端に腰を下ろし、猫を撫でながらその様子を眺める。


 そして、明らかに他のスーツ姿の査察官たちとは違う、まるで警察官のような濃紺な制服を着て部屋をウロウロしている、見学者のようなゴゴとイチゴが気になって目を向ける。



「どうも、赤メガネさん」



 瀬戸山はゴゴに声をかけた。



「先日の謝罪会見では助けてくださって、素敵な紳士さんと思っておりましたのに」



 ゴゴはリビングを歩きながら冷たく返した。



「言ったでしょう。御社を助けようとしたわけではないと」



 瀬戸山は優しそうな笑みを浮かべてはいるが、明らかに挑戦的な鋭い視線を向けている。



 護摩堂は手元の資料へ目を落としながら、瀬戸山に尋ねる。



「他にパソコンやスマホなどの端末はありませんか? 金庫などは?」



 瀬戸山はそれら一つ一つ丁寧に答える。


 査察官たちは狙っていたものが見つけられないようで、特に何も出てこないままに淡々と作業が進む。


 瀬戸山が座っている豪華なソファーも怪しいと、護摩堂は瀬戸山にリビングの入口に移動してもらい、他の三人と一緒にソファーをひっくり返したり、重く黒いテーブルを動かしたり、カーペットを剥がしたりしている。


 世に知られた瀬戸山の美しい顔も、次第に苛立ちに曇っていく。一定の調子で猫の背を撫でていた指先の動きも不規則になり、白い猫は不快に思ったのか、床に飛び降りてどこかへ去った。


 護摩堂の顔にも焦りが見え始めている。


 ゴゴはそんな空気を断ち切るように、溜め息をつきながら瀬戸山に言った。



「瀬戸山社長。ぶっちゃけて言いますけど」



 ゴゴの言葉に、護摩堂とイチゴが最も驚いている。


 ゴゴは続ける。



「御社はファンイベントなど頻繁にやっているでしょう」


「え、ええ……」


「そこでの現金取引が多いから、売上隠しが疑われているわけですよ」


「……!」


「この家に現金とか隠してるなら、早めに出してくれませんかね。こっちも早く終わるんで」


「おい……!」



 護摩堂が即座にゴゴの肩をつかむ。



「勝手に進めるな。段取りってもんがあるんだ」



 止めようとする護摩堂に構わず、ゴゴは続ける。



「ご存知でしょう。オレたち特殊強制徴収班が来てるってことは、出動税が発生するわけですよ。長引けば長引くほど、余計な金額がかかる」


「誰も来てくれとは頼んでないわ」



 瀬戸山の眉が怒りに動く。



「勝手に来ておいて、得点稼ぎ? 特殊強制徴収班って、警察のネズミ捕りより姑息で陰湿ね」



 辛辣な皮肉が飛ぶ。ゴゴは動じない。



「どうせ見つかって納めることになるなら、少しでも金額は少ないほうがいい。そう思っての助言です」


「見つかって……って。ないものはないわ。まさか、何も見つからなかったのに特殊徴税だけはするってことはないでしょうね」


「それはありません」



 ゴゴはリビングを見渡しながら、そっけなく答える。



「でも、どうせ見つかるでしょう」



 言葉の軽さが、かえって瀬戸山の神経を逆撫でした。



「黙って聞いてれば、随分と図に乗るわね……」



 瀬戸山の声は怒りに変わっていく。



「だったら」



 こめかみに青筋を立てながら、瀬戸山は言い放った。



「何も見つからなかった時には、どう責任を取るつもり?」



 その言葉に、ゴゴは溜め息を吐いて手を差し出す。



「じゃあ国民カード出して」


「はい?」



 理解できておらず、怒ったように問い返す瀬戸山。



「会見場で見たでしょう。責任追及責任税の徴税ですよ」



 ゴゴは傍のイチゴに目で合図を送る。イチゴは即座にタブレットを取り出し、指先で画面に入力を始める。



「な……何よ……」


「雇用関係にない第三者が、他者に責任を追及した場合、その責任追及行為によって生じるあなたの責任に対して課税されます」


「……!」



 イチゴの説明に、瀬戸山の顔色が変わる。先日の記者会見で、瀬戸山の目の前で記者の五十嵐に向けられた説明のままだ。


 ゴゴもまた自分の端末で計算を始める。



「年収十年分の換算ですからね。けっこうな金額だ」



 瀬戸山が戸惑って訊く。



「え……。あなた、そんなに高給取りなの?」


「は?」


「あなたの年収って、どれぐらいになるの」


「いや、なんで私だけなんですか」



 鼻であしらうように、ゴゴは返した。



「査察チーム全員の責任を追及されたわけだから、十三名全員分ですよ。護摩堂はあれでもキャリア組なんで、案外もらってるみたいで……」


「ちょ、ちょっと待って!」



 瀬戸山が焦って一歩踏み出し、ゴゴの手をつかむ。


 ゴゴは淡い赤いサングラスの奥から冷たい視線を向けた。



「私に触れないほうがいいですよ。公務執行妨害予防税が発生してしまいますからね」


「……!」



 瀬戸山は反射的に、ゴゴから手を離す。


 だがその怒りは収まらない。



「めちゃくちゃじゃない……!こんな横暴、めちゃくちゃよ!」



 張り上げた大声が、邸内に反響する。


 ゴゴは澄ました顔で告げる。



「邸宅の周囲には野次馬も増えてるみたいなので、大声でのご反論は、音量税の通報に気をつけてくださいね」


「……くっ!」



 瀬戸山は唇を強く噛み、言葉を飲み込む。


 だが、査察官たちはその後も、二階の天井裏から庭の端々に至るまで、手際良く捜索を続けたものの、目ぼしい現金や証券も一向に見つからない。


 時間が過ぎるにつれ、瀬戸山の表情には次第に優越の色が戻り始める。



「結局何も見つからなかった、ってことになったら」



 ソファーに腰掛けている瀬戸山が口をひらく。



「私の名誉はどうなるのかしら?」



 リビングでぶらぶらしているゴゴに、瀬戸山は嫌味をささやく。責任追及責任税から逃れる言葉を巧みに選んでいる。


 ゴゴは不敵に口元を緩めた。



「ですから、結局何も見つからないということはないんですよ」


「そうかしら。ご同僚はかなり焦っていらっしゃるようだけど」



 瀬戸山は護摩堂を手で示す。


 護摩堂は屈辱を隠すように、額の汗を手の甲で拭った。



「護摩堂!」



 不意にゴゴが叫んだ。


 護摩堂も瀬戸山も、イチゴまでが驚く。



「なんだ」



 護摩堂は驚きでズレかけた銀縁眼鏡を指で戻しながら、訊いた。


 ゴゴは笑いながら言う。



「おまえは相変わらず、言うべきことを言えないな」


「……何をだ?」



 護摩堂は唖然として聞き返す。



「何か気づいたことはないか、と一言オレに聞けば済む話だろ」


「……何か分かったんですか」



 イチゴが思わず口を挟む。


 護摩堂も無意識のうちに歩み寄った。


 ゴゴはリビングの中央に指を差す。



「あのテーブル。黒いやつ」


「……?」


「あのデザインは、既製品じゃない。少なくとも流通している家具メーカーの型ではない。特注だろう」


「いや、あれはさっき調べたぞ」



 信じられない、という表情で護摩堂が確認する。



「ああ、四人で重さにばらつきがあるような持ち上げ方をしてたな」



 ゴゴの言葉を受けて、護摩堂とイチゴはすぐに瀬戸山の顔に視線を移した。明らかに動揺の表情が浮き出ている。



「テーブルだ」



 護摩堂はすぐに周辺で捜索中の査察官を集めて、重い黒テーブルをひっくり返す。


 四つの脚がは特殊工具でしか開けられないネジで固定されていたが、査察官の工具箱はどんなネジやボルトにも対応するプライヤーがある。


 一本目の脚を開けてみると、中からゴトゴトゴトッと、何かが流れ落ちてきた。テーブル板の上で鈍い音を立てる。


 脚の部分は空洞になっており、そこから無数の二百グラムのインゴット、つまり金塊が続々と出てきた。かち合わないように全て緩衝材で包まれている。


 四本の脚を全て外してみると、金塊は合わせて二キロほど入っていた。市場価格にして一億円はくだらない。


 瀬戸山は歯軋りをして立ち尽くしている。そして観念すると、ゴゴに食ってかかった。



「あなた……。早めに気づいてたわね……。それなのに、出動税を増やそうとして時間稼ぎをしてたってことでしょう。ほんと、クズね……」



 ゴゴは気にしていない。



「長引けば長引くほど余計な金額がかかる、と忠告しましたよ。だから早く出したほうがいいって、助言もしましたよね。それをクズ呼ばわりとは。悪質な脱税者が、笑わせてくれる」



 ゴゴは微笑を見せてると、護摩堂たちが続けている捜査に全く興味が失せたように、さっさと帰り支度を始めた。


 結局、家宅捜索によって瀬戸山美織の脱税は明らかになった。


 ファンミーティングなどで直接販売していた美容品や情報商材の現金売上は、少しずつ金に変えられ、テーブル脚の空洞に詰められていたのである。


 瀬戸山は莫大な追徴課税に加え、出動税や責任追加追及税などの加算も発生した。この様子はニュースでもしきりに取り上げられ、世間の話題となっていく。




 夕暮れの道路を走る、国税局の業務車。



「それにしても、金塊を自宅に隠し持つなんて、なんかやり方が古いですよねー」



 助手席のイチゴはホログラムで映る車内テレビのニュース番組を見ながら、後部座席のゴゴに話しかける。


 姿勢良く運転するC-0046、通称シロは穏やかな表情で、理解を示すように頷いている。


 ゴゴは浅くあくびをすると、イチゴに答えた。



「今はデータ上のことは大抵AIがマイニングしてくれるし、海外経由も各国の情報共有の活発化ですぐ追える時代だ。結局は手元でアナログに、っていうところに回帰するのさ」


「でも、触りもしないのに、よくあのテーブルに気づきましたね。世界中の家具メーカーまで把握しているなんて、さすがです」



 イチゴが感心して肩越しにゴゴを褒める。


 ゴゴは人差し指の先でサングラスの縁をチョンチョンと叩く。



「オレの赤いサングラスは、なんでもお見通しなんだよ」 


「え……?」



 イチゴは聞き逃さなかった。助手席から後部座席を振り返る。



「ゴゴ先輩……。それ……まさか」


「……しばらく寝るから、着いたら起こしてくれ」



 ゴゴは話を逸らすように、後部座席でまぶたを閉じて寝入った。





<TAX File.02 責任追及責任税 了>

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