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TAX A-GO-GO! 〜国税局特殊強制徴収班〜  作者: 紘野 流
TAX File.03 密通税
7/7

(1)夜の会議室


 夜の高層ビル群が窓から見えている、薄暗い会議室。


 四十代半ばの男性上司と二十代後半のOLが、暗い中でイチャイチャしている。



拓也(たくや)さん……。奥さんに内緒で、悪い人」


「そういう俺と遊んでるおまえも大概悪いぜ、彩香(あやか)



 抱き合う二人のスーツは、さらに乱れていく。


 ガチャガチャガチャッ……!


 内側から鍵を閉めた入口のドアが揺れ、二人は慌てて声をひそめる。


 やり過ごせるかと思ったが、しばらくドアノブの揺れが続き、バキィッと錠が壊れる音が鳴る。



「ひぃぃっ」



 OLは怯えて上司に抱きつき、上司はOLを守ろうとその肩を強く抱く。


 ドアが強く開く。


 カチカチッとスイッチを押す音がして、蛍光灯がすべて点灯して会議室を明るく照らす。


 入口に立っているのは、制服姿のゴゴである。


 イチゴは二人の乱れた姿に目を合わせづらそうに、ゴゴに全てを任せて入口の外側で待機している。


 下着も見えるほどの衣服の乱れを直す暇もなく、二人は反射的に身を寄せ合い、露出を隠そうとする。男性上司はカッとなって怒鳴った。



「な、なんだ貴様……! ノックをしないでどういうつもりだ。管理センターに報告するぞ!」



 ゴゴは気にせずツカツカと二人に歩み寄る。身分証明証を提示しながら、たじろぐ二人へ告げる。



「警備員じゃねえよ。国税局の特殊強制徴収官 A-0055だ。お楽しみのところ申しわけないが、特殊徴税を執行させてもらう」



 それを聞いた二人は、とっさに離れてスーツを直す。そして必死に言いわけをする。



「な、何もしてないわ……、私たち」


「そうだ。まだ始まってもない」



 ゴゴは無表情のまま、スキャンに使うスマートフォンを取り出しながら伝える。



「いや、始めてもらってても一向に構わないが」


「……え?」



 二人は拍子抜けの表情。ゴゴが端末を見ながら言葉を続ける。



「知ってるだろ。今の時代、不倫は合法。……まあ今は不倫という言葉すら使わなくなってきてるが」



 ゴゴの言葉を聞き、男性上司の顔に安堵の表情が浮かぶ。OLはまだ恥ずかしそうにうつむいている。


 ゴゴが淡い赤サングラスの奥の視線を二人に向けて言った。



「だが、続きは払うもん払ってからだ。はい、国民カード出して」



 ゴゴは当然のように手を差し出し、提出を催促する。


 男性上司は顔をこわばらせたまま、なおも食い下がる。



「まだキスもしてないんだぞ。何が悪いんだ」


「だから」



 ゴゴは面倒そうに小さく息を吐く。



「別に悪いとは言ってないだろ。合法なんだから、堂々としてろ」



 淡々と続ける。



「密通の関係を申告して、密通税を納める。そうすれば好きなだけやれる」


「申告も何も、何も始まっていないと言ってるだろ!」



 男性上司の声が大きくなる。


 ゴゴは面倒そうにまた溜め息を吐く。



「密通税は」



 見かねてイチゴが入口から歩み寄ってきて、説明を加える。



「既婚者が婚姻関係にない異性と、閉鎖空間に入った時点で発生するんです。内側から施錠され、我々が解錠に着手したことで閉鎖空間は十分に成立してしまってます」



 イチゴの説明を受けて、女性社員は反論の気力もなく、乱れたブラウスの襟元を抑えたままうつむいている。


 男性上司だけが納得できずに、必死に反論している。



「仕事……。そうだ、仕事の相談だ。彼女は俺の部下だ。上司が職場で部下の相談に乗っていただけ。それの何が悪いってんだ」



 ゴゴは冷たく返す。



「分からねえオッサンだな」



 ゴゴの口調だとややこしくなりそうだと察したイチゴが、すぐに説明を代わる。



「悪くないんです。ただ、既婚者の方が配偶者以外と情事を結ぶには、事前申告と特殊納税が必要なんです。閉鎖空間での接触はその対象となりますので、今ここで申告と納税をしていただくことになります」


「プライバシーの侵害だろ! どうしてトクチョーが個人の恋愛にまで割り込んでくるんだよ」



 男性上司は論点を変えてくる。ゴゴはあくびを噛み殺して言う。



「通報があったんでね。まあ通報者にもプライバシーがあるから、誰からとは言えないが」


「そんな匿名の通報を、いちいち信用するのかよ!」


「いえ、通報者は国民カードで身元が確認されます。責任を伴う正式な通報ですので、我々も確認義務がありまして……」



 男性上司を宥めるように、イチゴは優しく説明をする。



「それに、お早めに国民カードを提示していただくことをお勧めします。ご存じと思いますが、私たち、時間がかかると出動税という税が加算されていきまして……」



 加算という言葉に反射的に反応して、二人はついICチップの埋め込まれた手を差し出してしまう。


 ゴゴはスマートフォンのカメラをかざして検知し、画面で個人情報を確認していく。



「ここの北海岸商事株式会社にお勤めの、小田切拓也さんと曽根原彩香さんね」



 小田切と呼ばれた男性上司は、なおも怒りが収まらない。



「話は終わってねえぞ。どうして恋愛で税金が取られるんだよ」


「今さらオッサンに授業も面倒だが……」



 ゴゴが人差し指を立てながら、解説を始める。



「極度の少子化の時代だからな。この国は出産大歓迎、そのための行為も大奨励なんだ。だから既婚者は配偶者以外とも好きなだけ愛を育み、不倫や不義なんて言葉も言わなくなった。出産となれば国や自治体から乳児や両親に補助がたっぷりと出る。だからその財源として申告と納税を済ませ、盛大にやってくれ、というのが今の制度なんだ」



 ゴゴの説明に、イチゴも正しさを証明するべくうなずいている。



「そんなことを聞きたいんじゃねえ!」



 小田切は吠える。



「恋愛に自由はねえのかって言ってんだよ」


「既婚のオッサンが、何言ってんだ」



 ゴゴが冷たく返した。イチゴはなおさらウンウンと強くうなずいている。小田切も自分の主張に綻びがあるのは分かっているが、引くに引けない様子である。



「納税は国民の義務だからな。あんたが納めないというなら、夫婦同体ってことで奥さんにお願いすることになるが。そちらの未婚のお姉さんの場合は、ご両親にということに……」


「待てよ!」


「待ってください!」



 小田切と彩香、二人の声がほとんど同時に重なった。


 どちらも家族に知られたくない様子。二人は観念して、おずおずと再び左手を差し出した。


 隣でタブレットを操作しながら、イチゴが尋ねる。



「それで、お二人はその……、出産を前提とした今後のご関係……正式には婚外関係と言うんですが、ここでその申請をなさいますか?」


「……」



 煮え切らず黙っている二人。イチゴの説明は続く。



「申請をいただければ、婚外関係税を納付の上、国の承認を得て、関係は継続していただけます。申請されない場合は、今回の密通税のみ納付いただいて終わり、ということになります。なお、婚外関係税は奥様に知られることとなりますが、密通税の場合は奥様への通達はございません」


「……」



 その規則を聞き、彩香はチラリと小田切の顔を見る。



「……申請はしない。家内には……知らせられん」



 小田切は額に脂汗を浮かべながら、威勢を失った小声で答え、ゴゴの求めに応じて再びICチップの埋められた手を差し出した。ゴゴは何も言わず読み取り、密通税の手続きを取る。


 彩香も意を決したように自分から手の甲を差し出す。



「じゃあ私も、密通税で」



 彼女の声は驚くほど落ち着いていた。


 スキャンの電子音が鳴り、手続きが終わると、彩香の表情はどこか吹っ切れていた。まるで夢から覚めたように。


 彩香は冷ややかな目で、鋭い言葉を発する。



「こんな覚悟のない人に心を許した私がバカでした。拓也さん、これで終わりにしましょ」


「あ、彩香……」



 小田切が名残惜しそうに部下の名を呼ぶ。しかし彩香は、乱れたブラウスを直しスカートの皺を払うと、荒々しい靴音を立てながらさっさと会議室を出て行った。


 ガックリと肩を落とし、うなだれる小田切。


 イチゴは少し気の毒そうな表情で見たが、ゴゴは端末を操作しながら、呆れたように言った。



「密通税は奥さんに通知されないが、支払い記録は残る。どうせバレることになるだろ」



 無言で唇を噛み締めている小田切に、ゴゴは言い放つ。



「覚悟がないなら密通なんてやめとけよ。それに比べて、女のほうは潔いな」



 それを聞き、小田切拓也は鼻で笑った。



「けっ。あの女だって覚悟なく逃げてるじゃねえか」


「あの彩香さんのことじゃねえよ」



 ゴゴは即座に切り返し、スマートフォンの画面を差し出した。



「あんたの奥さんだ」


「……!?」


「先ほど、あんたとは別の男性との婚外関係を申請したそうだ。婚外関係税も納付済みだ」


「……はぁ!?」



 小田切は驚いて、画面に顔を近づけて確認する。


 そこには確かに妻の申請記録、納付記録が刻まれている。担当者の名前には「特殊強制徴収班 C-0046」とある。


 事実を知り、小田切の唇はガクガクと震えた。



「ちょっと、ゴゴ先輩! 勝手に知らせるなんて……」



 イチゴが慌ててゴゴに指摘したが、ゴゴは全く気にしていない。



「夫婦は同体。どうせ本日中に連絡は行くんだ。少し早く伝えるぐらいいいだろ。あとは夫婦の問題さ」



 言い残して、ゴゴは会議室を後にする。


 イチゴは小田切に小さく一礼すると、その背を追って駆けた。


 会議室には、床に崩れ落ちた小田切だけが残された。焦点の合わない目で宙を見つめている。


 夜の高層ビル群を映す窓ガラスに、明るすぎる蛍光灯がその情けない姿を白く浮かび上がらせていた。





(つづく)



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